16話
「おっちゃん、ただいま」
「おう、戻ったか」
止まり木に戻り、おっちゃんから鍵を受け取る。
「そういえば今日、ランクアップ試験を始めたそうだな」
「ああ、そうだったぜ」
「だった?」
俺の変な言い方が引っかかったのか、おっちゃんは眉をしかめる。
「まあその話は後でな。俺も話したいことがあるし。それより聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「リリウムって今部屋にいる? 手伝ってくれたし、お礼言いたいんだけど?」
「まあ、坊主なら教えても大丈夫か。いるぞ」
「サンキュー」
リリウムみたいに有名な冒険者だと、ファンの押し掛けとかあるのかもな。まるっきり芸能人だ。
おっちゃんとの会話を早々に切り上げ、4階まで一気に上がる。
そして一番奥の部屋へと向かった。インターホンを押すと、すぐに反応が来る。
「誰だ?」
扉越しに聞かれたので名前を答えると、すぐに扉が開かれた。
「トーカか。こんな時間にどうしたんだ?」
「今依頼から帰ってきたとこなんだよ」
「ずいぶん遅くまで探していたんだな。まあいい、中に入ってくれ」
「おじゃまします」
今朝の噂も気にせず、さっさと中に入ってしまう。むしろ部屋の入口で会話してる方が見られる可能性は高いしな。
てか、リリウムは噂のことを知ってるのかね?
昨日と同じ位置に座りながらリリウムにそのことを尋ねる。
「リリウムってさ、新しい噂のこと知ってる?」
「私とトーカが同衾したと言うやつか?」
「やっぱ知ってるか」
「それがどうかしたのか?」
「いや、なんか悪い噂流しちまったなって思ってさ」
「別に構わないさ」
え? それってもしかして、俺ならオッケーってこと? 俺、男としてちゃんと意識されてた?
「その噂が真実味を帯びれば、それだけ早くトーカの最初の噂は消えるだろう。フェリール討伐の際にできた噂と、今の噂。冒険者としてやっていくのなら支障が無いのは後者だからな」
あ、そういうことですか。期待した俺がバカでしたね。
まあ、確かに依頼でどうこうの噂より、誰かと一緒に寝てましたって噂の方が冒険者としてはマシなのか。ただ問題はその相手が芸能人顔負けの美人、リリウムってことなんだけどな。
「どうしたんだ?」
少しだけがっかりする俺に、不思議そうな顔で問いかけるリリウム。
「いや、なんでもない。それより依頼のことだ。今日は教えてもらった魔法が役だったから、お礼を言おうと思ってさ」
「そうか、それはよかった。それで今日は何匹捕まえられたんだ? トーカのことだから3匹ぐらいは捕まえてそうだが」
「5匹全部捕まえてきたぜ。さっきギルドランクも上がった」
俺は胸ポケットにしまってある銀色になったギルドカードを取り出しリリウムに見せる。リリウムは目を見開き、俺とギルドカードを見比べた。
「本物……なのか?」
「もちろんだ! 偽物なんぞ作らんわ!」
「そ、そうだよな。しかし信じられん。あのマンドラゴラを1日で5匹も……」
「それには秘密があってさ――」
そうして俺は今日あった出来事を話していく。
最初にオオカミに襲われたこと。そして探しているうちに1匹目を自力で見つけれたこと。さっきサリナに聞いた深森に足を踏み込んでしまっていたこと。そこでドラゴンを観察したこと。
そして最も重要な、魔力を感知する魔法を生み出したこと。それを利用して簡単にマンドラゴラを捕まえることができたこと。
「そんで、帰り道に盗賊まがいの連中に襲われて、さくっと退治して帰ってきたわけだ」
「そうか……まるで意味が分からん!」
リリウムめ! 途中からずいぶん素直に相槌打ってると思ったら、聞き流してやがったな!
俺が懇切丁寧に魔力のことまで解説したのになんちゅうことじゃ!
「オオカミを倒して1匹目を見つけたところまでは良い。冒険者ならそれが普通の状態だ。だがその後が意味が分からん。どうして深森まで行く? そしてどうしてドラゴンを観察しようなどと思う? さらにそこから新しい魔法を生み出すなど常識の範囲外のことだぞ……盗賊がまるでおまけのように語られたのには、その盗賊に対して憐みが浮かんだぞ」
「ハハハ、言ったろ常識は前世に置いてきたって! そういうことで、俺も今日からB-ランクだ」
「おっと、そうだったな。おめでとう」
「ありがとうよ。これでランクアップ試験も終わったことだし、そろそろ町を移動しようと思う」
「そうだな。まだ商隊の移動までには3日ほどあるし、受けられると思うがどうする?」
「もちろん受けるぜ。とりあえず旅支度しないとな。服とかもいい加減買いたいし、前話してた極星の冒険者のことも調べたい。っと、そうだった。リリウムに土産があったんだ」
「土産?」
「ほら、前話してた串焼き屋。今日から営業再開してたから買って来た」
鞄からまだ暖かい串焼きを取り出す。ここに来るまでに3本消費して残りは7本しかない。
「おお、これが噂のマナの串焼きか!」
「噂になるほどなんだな。やっぱあそこの串焼きは美味いからな!」
2人で串焼きに舌鼓を打ちながら、その夜は更けて行った。
今朝はちゃんと自分の部屋で目覚めたぜ!
さすがに2晩連続で同じミスはしないぞ? 同じミスをするのは屑のすることだからな。
水道で顔を洗ってから食堂に降りる。すでにリリウムはカウンターで朝食をとっていた。
「おはよう」
「おはよう、トーカ。昨日は美味い土産をありがとう」
「ハハ、気にすんな。俺もいつも世話になってるからな」
主に噂面で。
隣に座ると、リリウムから話しかけてきた。
「今日はどうするつもりなんだ? 試験はもう終わってしまったんだろ?」
「とりあえず移動のためにその商隊の依頼を受けて、その後はマナカナの所かな。誘われてるし」
「ほう、あの2人に誘われているのか」
「お礼をしたいんだと。俺としては十分にお礼はもらってるつもりなんだけどな」
「お礼というとフェリールの目か? 何を貰ったんだ?」
「串焼きを買う時に原価で買える権利」
「……本気で言っているのか?」
「元は取るつもりだぜ」
「トーカなら本当にやりそうだな。しかし町を出るのだろ?」
「そうなんだよな。まあ何とかなるっしょ」
「そうだと良いな」
と、そこにおっちゃんが朝食を持ってやってきた。
「ほら、今日の朝飯だ」
スープにパン、サラダにスクランブルエッグ。その上に乗せられたソーセージのようなものが非常に美味そうだ。
「おう、いただくぜ」
そういえば、昨日のことを聞いとかないと。おっちゃんに用事があるって言ってたのに、すっかり聞き忘れてた。
朝食を食べながら、おっちゃんに問いかける。
「おっちゃん、俺の情報売ったろ?」
「何のことだ?」
突然の俺の発言に、リリウムが首を傾げた。
「依頼の帰り際に待ち伏せされたって言ったろ? 盗賊を装ってたけど、あれじゃバレバレだ」
「ほう、襲われたのか」
おっちゃんは興味なさそうに相槌を返す。
「そんでよ、そいつら締め上げて情報引き出したら雇ったのは冒険者だって話じゃねえか。ならそんな奴が情報を得るには、ここぐらいしかないと思うわけよ」
「そんなことがあったのか、大変だな」
おっちゃん、もうちょっとまともな相槌返してくれよ……俺1人でしゃべってるみたいでめっちゃ寂しいじゃん。
仕方なくポケットから1,000チップ硬貨を取り出しおっちゃんに渡す。
「御用は?」
「俺の情報を売った冒険者」
そういいながらさらに1万チップ硬貨をおっちゃんに渡す。
「オルトロ・ホースロア」
「サンキュー」
おっちゃんから名前を聞き出して、飯を平らげる。そしてギルドを出た。
ちなみにリリウムは、今日は簡単な討伐依頼を受けるらしい。昨日教えた魔力サーチの魔法を練習するのだとか。
ギルドに顔を出すと、早速ギルドマスターに呼び出しを受けていた。
非常に面倒くさいが、まあ仕方がない。
「入るぜ」
「おお、待っておったよ」
今日は個人的な呼び出しと言うことで、ギルドマスターの部屋に案内された。
中は豪華な調度品が並び、壁に飾られている剣や槍は、どれも名刀名槍と呼ばれるものの類だろうと想像させる。ソファーもテーブルも他の部屋とは比べ物にならないほど豪華だ。
中に踏み込むと、1歩ごとにふっくらとした絨緞が足を埋めた。
気を抜くと足を取られそうになるのだから相当なもんだな。まあ、これも襲撃に警戒して、わざと足場を悪くしている可能性もあるけど。
「何の用だ?」
「ランクアップ試験をもう合格したと聞いたものでな。しかも深森まで行って来たとも聞いたぞ」
「別に行きたくて行った訳じゃねえよ。迷ってたら辿り着いたってだけだ。それにマンドラゴラも見つけるのは苦労したぜ。なんせ帰るころには外が真っ暗になっちまった」
「ホッホッホ、それだけで済むのなら相当早い方じゃよ。それでトーカ殿は今後どのように動くか決めておるのか? ずいぶんいろいろな噂が飛び交っておるようじゃが」
「ああ、さすがにこの町にいるのは、ちっと人の視線がキツくなってきたところだ。今日も近々ある商隊の移動の依頼を受けようと思って来たしな」
「なるほど。王都へ行くのか」
目的地が出て来たってことは、その依頼のこともギルマスは知ってるんだな。
依頼なんて日々大量に出て来るだろうに、いちいちよく覚えてんな。
「そのつもりだ」
「ならば王都のギルドマスターに、トーカ殿のことを少し書いて送っておきたいのじゃが良いかの? トーカ殿はずいぶんと非常識なことをしてくれるからの。あらかじめそのことを伝えておこうと思うんじゃが」
「信頼できる相手?」
前情報を伝えて利用されるのはたまったもんじゃない。俺だって自由にやりたくて冒険者やってんだ。変な柵に捉われるのはまっぴらごめんだ。
「そのあたりは安心してもらって構わんよ。王都のギルドマスターは儂と旧知の仲での。昔は同じチームで共に戦ったこともあるほどじゃ」
「なら問題ないのか? まあ、いざとなったら王都からも逃げりゃいいしな」
「そうじゃの。トーカ殿ならそのぐらい可能じゃろうて」
本気出せば王都ごと潰して逃げることも出来そうだけどな!
「じゃあ情報は流してもらっていいぜ。けど噂は持ってかないでくれよ。王都まで移動して噂も付いてくるようじゃ、またすぐ移動しなくちゃいけなくなっちまうからな。観光する時間も無くなっちまう」
「分かっておるよ。事実のみを伝える。あの男ならしっかりと理解してくれるじゃろう」
「了解。もう行っても良いか? この後行きたいところもあるからな」
「そうじゃったのか。呼び出してすまんかったのう」
「俺のためにしてくれんなら、感謝こそすれ文句は無いさ。じゃあまた機会があればな」
ギルドマスターの部屋を出て受付に戻る。
商隊の依頼を掲示板から探しても良いが、面倒だから受付で直接探してもらう。
ちなみに今日はハルちゃんは休みらしい。猫耳が見れないのはちょっと残念だが、最近ハルちゃんに構いすぎていた気がするから、今日はサリナの所に顔を出した。まあ、なんだかんだ言ってサリナもハルちゃんと俺の会話に入ってくるから、話して無いとかは無いけどな。
「サリナ」
「トーカ君、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「依頼を受けたくてさ。王都までの大規模な商隊の移動なんだけど」
「ああ、あれね。と、言うことはこの町を移動するの?」
「さすがに視線と噂がキツくてね」
「確かにリリウムさんとの噂は面倒くさそうね。リリウムさんって熱烈なファンとかいるから」
「ハルちゃんみたいな?」
ハルちゃんのリリウムを見る瞳は微妙に熱を帯びた視線だ。あれはただのファンで済むようなレベルじゃない気がする。
しかし、サリナは首を横に振った。
「あれならまだ可愛い方よ。中には近づく人を排除しようって人もいるぐらいだから」
「それってオルトロ・ホースロアって冒険者?」
今朝おっちゃんに聞いた名前を挙げてみる。
「あら、知ってるの? あの子リリウムさんを信仰の対象にしている感じでね。他の町でもいろいろ迷惑かけてるみたいなのよ。やることが中途半端だから特に被害は出てないんだけどね」
どうやら当たりだったみたいだな
「昨日、試験の帰りに盗賊に襲われてさ。嘘くさい盗賊だったから情報引き出したら、冒険者に雇われて俺を殺すように言われたらしいんよ。んで、その前に止まり木で俺の情報を買ってたのがオルトロって奴な訳。まあ、これだけそろえばそいつが犯人だと見ていいっしょ」
「まったくあの子は……今度最終通告を出しておくわ。あんまり酷いようならギルドからの追放もあるって警告されてるのに」
「ハハハ、まあ頑張ってくれ。でさ、依頼受けれる?」
「ああ、そうだったわね。これが依頼書よ」
ギルドから依頼書を受け取り内容を確認する。
依頼内容はキクリから王都への護衛。日数的にはだいたい5日間か。
商隊の数はかなり多く、馬車が20台に、人が30名。さらに家畜までいるのか……
護衛の人数も10人と多めだ。
成功報酬は10万チップ。さらにその過程で倒した魔物の素材は自由にしていいと。
食事は自給自足。全部こっちで用意することか。まあ、この人数ならしょうがないかも知んないな。商隊は自分とこの人員の食費を確保するだけで精一杯だろうし。
「今何人ぐらい受けてんの?」
「リリウムさんが受けるって分かってるから、結構な数の申し出が来てるわ。まあ、チームで受けたいって人が多くて、最後の1人が余ってる状態だけど」
「なら選択の余地は無いかね。分かった、この依頼受けるぜ」
ギルドカードを渡し、依頼の受理をしてもらう。
出発は明々後日の朝5時半。出発が早いのは、なるべく日があるうちに移動したいからだろう。
夜になる前には野営の準備もしなければならないとなると、実質移動に割ける時間は、9時間あるかないかだしな。規模の大きな商隊は移動ペースの遅いから、仕方がないことだろうな。
「はい、これで受理はできたわ。今日か明日にでも1度依頼主に挨拶に行っておくといいわよ。5日間一緒にいる相手だし、関係は良好な方が良いわ」
「そうだな。このテオドラ商会ってどこにある? ってかどこに行けば会える?」
「テオドラ商会は結構いろいろなお店やってるから、もしかしたらもう入ったこともあるかもしれないわね。依頼主の屋敷は、ここから北に行ったお屋敷街にあるわ。詳しくはこの地図を見てね」
ギルドカードと一緒にいちまいの地図が渡された。テオドラ商会までの行先を書いた地図だ。
準備がいいなサリナ。
「サンキュー。と、そうだ極星の冒険者の物語って貸し出しとかしてる?」
「してるわよ。ギルドの頂点に立つ冒険者のお話だからね。トーカ君もああいう英雄譚に興味あり?」
「まあね。それ貸してもらえる。あと返すのってここのギルドじゃないとダメ?」
「別に他のギルドでも構わないわよ。全ギルドで共有しているから。これがその本よ」
渡されたのは教習本と同じように装丁の酷い紙の束だ。1枚目に極星の冒険者の伝説と書いてある。
「じゃ、ありがたく借りてくぜ」
「護衛中に読んで隙を突かれないようにね。ご健闘をお祈りいたします」
お決まりのセリフを言うサリナに軽く返し、カウンターを離れた。