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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
エピローグ
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エピローグ

 王都の近くで馬車を降ろしてもらった俺は、のどかな風景を見ながらゆっくりと歩いていた。


「この匂い、懐かしいな」


 吹き抜けるユズリハの草原の匂いは、こちらに来て初めて長旅をした時に感じた匂いと同じものだ。

 そして草原の遥か先には、草を食む草食動物たち。

 こののどかな風景を守れたと思えば、戦争してきた意味があったと思える。

 そしてしばらく歩けば、門の下まで到着した。

 前回来たときは、氷海龍から飛び降りたせいで、門なんて通らなかった。

 今は、夜間以外は常時開放されているらしい。特に荷物検査なども無い。

 そしていつもは一応いるはずの門番の姿が無い。何やら遠くから俺の姿を見た時点で門の中へと駆けて行ってしまったのだ。たぶん王城に知らせに行ったのかね?

 門を抜けて、大通りへと入る。巨大な鎌を持った俺に一瞬視線が集まるが、冒険者も多くいるこの王都で、武器を持っていること自体はさほど珍しくない。すぐに視線は離れて行った。

 俺は大通りの露店を適当に見ながら目的の店へと目指す。そこは大通りを一本入ったところにある店だ。

 その店は、中で普通に食事を取ることも出来るし、入ったすぐ右手のカウンターで串焼きの持ち帰りサービスもやっている。


「いらっしゃいませ。こちらでお食事でしたらお好きなテーブルへどうぞ。お持ち帰りでしたら、こちらで注文をお願いします」


 元気のいいその声の発信源は、今まさに串焼きを焼いている最中だった。


「持ち帰りで串焼き十本」

「はーい、少々おま――」


 串を焼いていたその少女は、会計をしようとこちらに顔を向け、言葉が止まった。

 そして、笑顔だったのが、満面の笑顔へと変わる。


「トーカさん! 帰って来てたんですね!」

「おう、今帰ってきたところ」

「もうフィーナさんには?」

「まだ。だからお土産買って早く帰りたいんだわ」

「じゃあ速攻で焼いちゃいますね!」

「火はしっかり通してくれよ」


 カナの発言に、苦笑しつつ串焼きの代金を払う。

 そしてしばらくして、焼き立てが出来上がった。


「お待ちどうさま」

「あんがと。そう言えばマナは?」

「残念なことに今買い出し。夜の食材の準備なんだ」

「そっか。まあ後でも会えるしな」

「帰って来たって伝えておくよ」

「おう、頼むわ。じゃあまたな」

「うん、ありがとうございました」


 マナの店で串焼きを買い、俺は軽い足取りで目標の家へと進んだ。


 その家は半年前に出た時と全く同じだった。


「帰って来たな」


 その家を前にして、俺は深く深呼吸をする。ここに帰って来たということは、フィーナに言わなければならないことがあるということだ。

 それは、これまで色々修羅場をくぐって来た俺でも、経験したことが無いほど緊張することだ。

 パンッ! と自分の頬を叩き、気合いを入れる。


「うし、行くか」


 そして玄関へと一歩を踏み出そうとしたところで、ガタンと何かが落ちる音がした。

 驚いてそちらを見れば、一番会いたかった人がそこにいた。

 その人は、両手で口を覆い、驚いたように俺を見ている。


「トー……カ?」

「おう、ただいまフィーナ」


「トーカ!」


 落とした洗濯籠もそのままに、フィーナは俺へと駆け寄ってきて飛び込む。

 俺はフィーナを受け止めて、そのまま抱きしめた。


「トーカ! トーカ!」


 フィーナはボロボロと涙を流しながら、俺の名前を連呼する。玄関先のせいで、周囲にもまばらだが人影はあるのだが、そんなことを気にする余裕は、今のフィーナには無いらしい。ギュッと抱きしめられた俺の背中から、フィーナの腕が離れることは無い。

 とりあえず宥めるために、俺はフィーナの頭を撫でる。


「ただいまフィーナ。約束通り半年までには戻って来たぜ」

「待ってました! すごく寂しかったけど、フランちゃんがいたから何とか待っていられました!」

「おう、もう待たせたりはしない。ずっと一緒にいるから」


 そう言いながら、俺は少し強引にフィーナの体を引き離す。その行動にフィーナは少し驚きながら俺の顔を見る。

 さすがに一世一代の告白だ。相手の顔を見ながらしたいだろ?


「フィーナ、もうお前を置いていったりしない。お前と一生一緒にいたい。結婚しよう」

「けっ……こん?」


 俺は真っ直ぐにフィーナの顔を見て、フィーナの答えを待つ。ここで断られることは無いと信じてる――たぶん無いと思ってる……正直ここで断られたら俺自殺する自信があるわ。


「結婚。私とトーカが結婚」


 フィーナがぶつぶつと呟くように言うのが聞こえる。

 何この空気。早く! 早く答えを!


「と、トーカ!」

「はい!」


 フィーナの裏返った声に、俺も反射的に返事をする。


「結婚しましょう! 喜んで結婚します!」


 瞬間、周囲のおじさんやおばさんから拍手され、俺たちは自分達が今どこにいるのかと言うことを思い出す。

 フィーナは顔を真っ赤にして洗濯籠を拾うと、ダッシュで家の中へと駆けこんで行った。

 俺も頬を赤くしながらも、嬉しさのあまり、口元はずっと笑ったまま家の中へと入って行った。


 家に入ると、すぐさまフランが駆け寄っていた。


「パパ!」

「おうフランただいま!」


 駆け寄ってきたフランをそのまま抱き上げる。その時に感じた。


「フラン大きくなったな!」

「えへへ。パパおかえり」


 嬉しそうに顔を摺り寄せてくるフランに、俺も笑みを浮かべる。

 そこに爺さんもやってきた。


「やっと帰って来おったか」

「おう、約束通り、世話しに来てやったぜ」

「バカ言え」


 そう言いながらも、爺さんはどこか嬉しそうだ。


「そう言えばフィーナが部屋に駆け込んで行ったが?」

「ありゃりゃ、パニくってるのかね? まあ直に落ち着くだろ」

「なんだ、もう告白したのか?」

「さっきな。もちろんオッケー貰ったぜ」

「そうか、なら色々と準備せねばならんな」


 爺さんはそう言って居間へと戻っていく。それを見送って、俺はフランを抱えたまま同じように居間へと向かった。




 フランや爺さんとお土産の串焼きでお茶を飲みながら結婚式に付いて話していると、何やら外が騒がしくなってきた。

 そして、その音は家の前で止まる。うん、間違いなく家に誰か来たみたいだな。そしてこんな騒がしく来れる奴を俺は一人しか知らない。

 はぁとため息を付きながら、席を立ち玄関に向かった。フランも俺の後に付いてくる。そして玄関を開ければ、驚くほど大きな馬がいた。フィーナの馬に比べると1.5倍ぐらいデカい。まさしく軍馬って感じだ。

 そしてそこに乗っているのは二人の人物。一人は甲冑を纏った立派なユズリハ騎士。そしてもう一人は騎士の後ろで馬に横座りしているミルファだった。


「やっぱりミルファか」

「トーカ!」


 ミルファはその馬から飛び降りる。高さ的にはミルファの背と同じぐらいなのに、いきなり飛び降りたミルファに騎士は慌てるが、俺が素早く着地点に移動して受け止めたことでホッとしていた。


「おいおい、あぶねぇぜ」

「さすがトーカね。門番に、トーカが帰って来たって聞いて飛んできたわ!」

「予想はしてた。どうせ門番に俺を見たらすぐに知らせるように言ってたんだろ?」

「そうよ! まあ、上から来る可能性もあったから、あんまり信用はしてなかったけどね!」

「ひでぇな」


 必死に役目を全うした門番が可哀想だ。


「とにかく良く帰って来たわね! お城でもトーカの活躍は話題になってたわよ! ギンバイ帝国で大暴れしてるって」

「まあ色々やってたからな」

「みるふぁさま~」


 受け止めたミルファを降ろして、話しをしているとクーラが駆けてきた。どうやらクーラは走らされたらしい。まあ馬って二人乗りが限界だしな。

 汗だくになったクーラは息を切らしてミルファの下へ到着する。


「み、ミルファ様だけ、ズルい、ですよ」

「仕方がないでしょ、二人乗りが限界だし、従者と同じ馬に乗る事なんて出来ないし」

「そうですけどー。だったら走るとかでも……」

「王女が走るなんてもってのほかよ」


 いつも街中を激走しているのはどこのどいつだと思いながら、俺はフランに水を持ってきてもらうように頼んだ。

 フランは一つ頷いて家の中へと戻っていく。


「それでどうしたんだ。馬まで使って来てさ」

「特にないわ! ただトーカが戻って来たのなら、ちゃんと挨拶しとかないとね。おかえりなさい、トーカ」

「トーカ、さん、おかえり、なさい、ませ」


 ミルファは満面の笑みで、そしてクーラは息も切れ切れに言ってくれる。クーラはもっと息が落ち着いてからでいいんだぞ?


「とりあえず、ただいま」


 俺も二人に返す。

 そこにさらに声がした。そちらを見れば、新たに二人の来客の姿。


「ようやく帰って来たね」

「さっそくフルメンテですね!」


 いったいどこから情報を聞きつけたのか、そこにいたのはバスカールとカラリスの二人組。

 さらに続くように声がする。


「お帰り、トーカ」

「やっと私より強い人が帰って来たのですよ!」


 バスカールとカラリスの後ろからリリウムとシスの声が聞こえる。

 どうやら、もう町中に俺が帰ってきたことはバレているらしい。

 その事に苦笑しつつ、俺は全員に向けてただいまと声を掛けた。




 時間は過ぎて一か月。

 天気は快晴。気温はほどほどに温かい。ガーデンパーティーなんかをやりたくなる気温だ。

 そんな陽ざしが窓から入り込む一室で、俺は椅子に座って静かに時間を待っていた。そこに爺さんが入ってくる。


「こっちの準備は終わってるようだな」

「ああ、いつでもいいぜ。てか早くしてほしい。心臓がドキドキして五月蠅くて仕方がないんだ」

「ハハハ、今はそれを楽しむことだな。と、言いたいところだがこっちの準備も終わった。移動するぞ」

「その言葉を待ってた」


 俺は椅子から立ち上がり、服に付いた皺を伸ばす。

 俺の服はいつものラフな格好では無い。貴族が王様に会う際に着るような、この世界での正式な儀礼服だ。

 そしてなぜこんな服を着ているのかと言えば、簡単な事。今日は俺とフィーナの結婚式だからだ。

 この世界の結婚式は、現代の西洋風結婚式に似ている。結婚式の進め方自体あまり知らないが、花嫁の衣装が真っ白なドレスだし、結婚式の場所は教会みたいなところだ。たぶん神星教の教会なんだろうな。俺は神星教からすると異端だけど、まあバレなきゃ問題ないだろ。


「こっちだ」


 爺さんは俺を教会の礼拝堂へと連れてきた。そこにはすでに招待客が集まっている。リリウムにシス、バスカールにカラリス、ミルファとクーラもマナとカナも、ギルドの面々も王都に住む俺の知り合いが集まってくれた。

 俺を見て皆待ってましたと拍手をしてくれる。それにお辞儀しながら俺は正面に立ち、そこでフィーナの登場を待った。


 しばらくして隅に並んでいた聖歌隊が歌いだす。

 それを合図に礼拝堂へ続く扉が開かれた。俺はそちらに目を向ける。

 そこにいたのは、純白のドレスを着たフィーナと、そのスカートを支えるフラン。フィーナの隣には、爺さんが並んでいる。

 俺はその姿に、息をすることも忘れるほど見とれていた。

 全身を包みこむ純白と、フィーナの長い水色の髪の毛が、聖歌の流れる教会の荘厳さにマッチしている。一歩進むたびに、ヴェールと髪がふわりと揺れた。

 ゆっくりと俺の下まで来て、爺さんとフランが席に座る。そして聖歌隊が歌うのを止め、静かに式は始まった。


「トーカさん。あなたはフィーナさんを妻にすることを望みますか?」

「はい、望みます」

「フィーナさん。あなたはトーカさんを夫にすることを望みますか?」

「はい、望みます」

「トーカさん。健やかなる時も病める時も、星の見守る下で、死が二人を別つまで、フィーナさんを愛することを誓いますか?」

「誓います」

「フィーナさん。健やかなる時も病める時も、星の見守る下で、死が二人を別つまで、トーカさんを愛することを誓いますか?」

「誓います」


 司祭はフィーナの言葉に満足そうに一つ頷く。


「では指輪の交換を」


 司祭はそう言って自分の手元からあらかじめ俺が預けていた指輪を俺に渡してくる。俺はそれを受け取りフィーナに向き直った。


「フィーナ」

「はい」


 優しくフィーナの左手を取り、その薬指に俺の持っていた指輪を付ける。

 同じように、フィーナも司祭から指輪を受け取り、俺の薬指に付けた。


「では誓いのキスを」


 ゆっくりとヴェールを上げれば、やや頬を上気させ、瞳を潤ませたフィーナの顔が目に飛び込んできた。優しく甘い香りが俺の鼻を軽くくすぐる。

 今すぐにでも抱きしめたい衝動を必死に抑え、俺は軽く深呼吸をする。そしてフィーナの唇に自分の唇を優しく合わせた。

 その瞬間、教会が拍手に満ちた。

 数秒の後、唇を離す。ゆっくりと拍手が収まり、再び静寂に包まれる。


「神聖なる星の下。この素晴らしき日に立ち会えたことを光栄に思います。司祭タリスは、星の加護と良き友に囲まれたこの者達の星約が結ばれたことを、ここに宣言します。

 御参列の皆様、今日結ばれた御二方に幸せが訪れることを願い、皆様の星にお願いをしましょう」


 これが現代の結婚の流れと大きく違う所だ。

 神星教の結婚式は誓いの言葉の最後に、参列者も合わせて自らの星に結婚した者達の幸せを願う儀式のような物がある。

 その為、そのタイミングで教会の庭に出るのだ。

 参列者が先に外へと移動し、全員が移動した後に俺とフィーナが外へ向かう。

 扉の先、教会の庭にはテーブルが並べられ、色々な料理が並べられている。儀式の後はそのまま祝宴に入るのだ。

 ちなみにこの料理を用意してくれたのはマナカナである。

 外に出て、全員で空を見上げる。

 俺が見上げる空には、今日も変わらず真っ赤な月が俺を見下ろしていた。


「ではみなさん、私の後に続いて言葉を続けてください。

 我らを見守りし星の加護よ」

『我らを見守りし星の加護よ』

「今日、この場で結ばれた二人に幸せを」

『今日、この場で結ばれた二人に幸せを』

「永遠の安寧を」

『永遠の安寧を』

「星に願いて、二人を祝福する。ハピネス」

『星に願いて、二人を祝福する。ハピネス』


 瞬間、快晴の空に一筋の光が走る。それは昼の空でもはっきりと分かるほど強い光だ。

 その光は俺達の上を通り過ぎるように、東から西へと一気に駆け抜けた。

 そしてその光の後をなぞるように、巨大な虹が空に掛かる。それは、普通では起こりえないことだった。

 魔法の詠唱にこのような効果は無い。全員が唱えた詠唱は、ただ幸福を願うだけの物だと聞いていた。

 そして俺の視力は光の正体をしっかりととらえていた。

 それは真っ白な翼を生やした、人の姿。

 参列者たちは、その光景に目を奪われ、空を見上げたままポカンと口を開いている。

 こっそりと視線をフィーナに移せば、フィーナは虹ではなくこちらを見ていた。

 そして目線が合う。

 フィーナも何となく誰の仕業か気付いているのかもしれない。

 俺達はクスリと笑いあい、もう一度、どちらからともなく唇を重ね合った。


あと一つだけ。二年後のトーカとフィーナ、フランの姿を明日投稿して、この物語は完全完結となります。

その他の人たちの二年後を書く予定はありません。書き出すとキリが無くなりそうなので。

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