148話
義勇軍との戦闘が終わってからの二か月。それは俺にとって怒涛の日々だった。
謁見の間でわざと生かし泳がせた重鎮たちが、予想通り色々な町で帝都に対する攻撃を考え始めたのだ。
俺はそれを鎮圧するために、各町々を回る。
情報は、帝国時代の優秀な密偵たちが次々に届けてくれるおかげで、ここ二か月ほとんどノンストップで移動を続けている。
重鎮たちと反逆者を潰す時間の方が圧倒的に少ないほどにだ。
ある町に行けば、領主の館ごと潰し、別の町では人質に取られた領主の家族を助け出しつつ、重鎮を殺害した。
別の町では、街中ですら兵士が襲いかかって来たので、返り討ちにしつつ宿舎に乗り込み事情聴取(物理)を実行。首謀者などを洗いざらい吐かせてお仕置きの意味も込めて天井をぶち抜いておいたり、その首謀者の家を焼き払ったりと、完全に外道の所業である。
見せしめのつもりでかなり派手にやった。
しかし、それだけしても、各地で反乱の火種はなかなか収まらない。やはり元重鎮が裏で手引きしている限りは無くならないのだろう。
そして今日、とうとう最後まで生き残った重鎮の、反乱計画の情報が入った町に来ていた。
そこは、帝国では珍しい、平な土地の多い町だ。そのため、農業がかなり盛んにおこなわれており、市場も作物が多く並んでいる。
他の帝国の町が、鉱山から取れた鉱石や宝石で作った装飾品や武器なのが多いため、この景色はなかなか珍しい。
「さて、まずは情報取集」
フードを深くかぶり顔を隠して、町の門を潜り中へと入る。そして俺は一直線にこの町で一番大きい酒場へと向かった。
やっぱ、情報収集と言ったら酒場だよな。
この方法は意外とバカにならないのだ。
酒場には傭兵や冒険者のみならず色々な人種の人たちが集まる。それは娼婦だったり、どこかの傭兵だったり色々だ。吟遊詩人なんかも良く来るし、行商の姿も良く見る。
多種多様な職業の人間が集まれば、そこで行われるのは当然情報交換。
その中には、普段表では話に出せないようなことも結構あるのだ。
たとえば、こんな話。
「なあ、聞いたか? あそこに座ってる行商、詐欺まがいのことして別の町から追放されたらしいぜ」
「知ってる、知ってる。あいつ結構有名だぞ? 老人を狙って、訪問販売してるらしい。一人暮らしに便利とか、お子さんが喜びますとか言って高値で売りつけてるって話だ」
「爺さんたちじゃ、子供の喜びは最上の喜びだからな。意外と簡単に引っかかっちまうらしいぞ」
「なんで衛兵に捕まらないんだ? 俺達でも知ってるような噂だろ?」
「バカ、そりゃ金の力だよ。荒稼ぎしてんだから、兵士黙らせるぐらい造作も無いってことだろ?」
と、これだけの会話で詐欺師一名と、そいつの町での収賄容疑の兵士が数名ぽろっと出て来るわけだ。
これに、密偵の情報を合わせると、どこで何が行われているのかだいたい分かってしまう。密偵も情報の火種は酒場を利用して収集しているらしい。
酒場にいつもいる酔っ払いを見かけたら、それは情報収集してる密偵かも知れないから要注意だぜ?
って訳で、喧騒の中から俺の欲しそうな情報を持っている奴を探す。
とりあえずは傭兵だよな。あいつらなら領主や元重鎮に雇われてる可能性もあるし。
そこで、俺は近くのテーブルに集まっていた傭兵たちの会話に耳を傾ける。
「まさか俺達がこんな所で飲み食いできるとはな」
「それも雇い主のおかげだ。前金だけでポンと十万チップくれるとか、どんだけ裕福なんだか」
「しかも仕事はしばらく先なんだろ? 俺達がこの町を出ないようにするためにくれたってんだから、気前がいいよな」
「それだけ俺達が優秀ってことだろ」
ガハハと笑いながら傭兵たちは酒を煽る。
前金だけで十万チップ。しかも、町を出て行かないようにするための足止め料として。ってことは、今後も払い続けるのだろう。
そしてそれだけの金を簡単に用意できるのは、領主レベルの貴族しかいない。この町は帝国では珍しい農業の盛んな町のため、ある程度金を持っている人間は多いが、それでもこの額は難しいだろうしな。
どうやらいきなり当たりを引いたらしい。
俺はカウンターから立ち上がり、コップを持ってそのテーブルへと近づく。
いきなり近づいてきた店の中でもフードをかぶった俺に、傭兵たちはいぶかしみながら視線を向けてきた。
「なあ、あんたら面白そうな話してるな。俺にも聞かせてくれよ」
「お、あんたも傭兵か? この辺りじゃ見たことない風体だけど?」
「ああ、今日来たばっかりでね。いい雇われ先を探してるんだ」
「それなら領主んとこに決まってら。あそこはスゲーぞ、前金だけでポンと出してくれるからな」
その後は、酒の勢いもあって傭兵たちは領主の現状について色々と話してくれた。
酒の力は怖いね。
翌日。俺は領主の館の前へと来ていた。
そこには門番がおり、受付の代わりもしているのだろう、入ってくる人に身分の確認をしていた。
午前中のためか、人の出入りが意外と多い。領主の館は一部役所として使われているため、職員たちが出勤してきているのだろう。
さて、俺はどうやって入ろうか。とりあえず噂から領主が元重鎮をかくまって反逆の計画をしているのは間違いない。
しかし、物的証拠が無い以上、噂だけで潰す訳にもいかないのだ。もし噂だけで潰しては、民衆に変な不安が生まれる可能性がある。
潰した後に、領主にかかった疑いを正しく発表し、それを断定するだけの証拠を出さなければならない。そこまでが俺の仕事なのだ。
「とりあえず正面から行くか」
俺は門にむかって歩き出す。そして案の定すぐに止められた。
「おい、ここに入るには通行手形が必要だ」
「通行手形?」
「ここで仕事をしている者のみに配られる手形だ。それが無いとここは通れない」
「じゃあ、ここで仕事したいって人はどうすればいいんだ?」
「紹介だな。ここで仕事をしている者に、紹介してもらって、素性が調べられ確かなものだと分かれば手形を発行してもらえる。もしくは領主に目を付けてもらえるほど有名になることだ」
どうせお前には無理だろうがなと言う目線を投げかけて、兵士はすぐに仕事へと戻る。
まあ、今の俺はボロボロのフード付きマントを羽織った放浪者みたいな恰好だし、それも仕方がないか。一応こんな姿でも今は帝国の用心棒みたいな事やってるんだけどな。
「そっか、なら出直そう」
あの傭兵たちは、通行手形を持っているのだろうか? それなら紹介してもらいたい所だが。けど、もし持ってるのだとしたら、昨日の時点で、俺が領主の館に行くことは分かってたはずだ。なら、酒の席で手形のことは言ってくれるはずだし、知らないのだとしたら、門番と言っていた方法とは別の方法で接触することが出来るのかもしれない。
ならそっちを探すか? いや、あんまり時間かけるのも面倒だ。なら夜のうちに忍び込むか。
そう決めれば、早速準備。俺は領主の館の周囲を歩きながら、館の形や警備を確認していった。
深夜。みんなが眠り静まった所で俺は行動を開始する。
領主の館まで来れば、昼とは違う門番が立っている。それ以外にも壁の周りには数メートル間隔で兵士が立っていた。
館の警備にしちゃあ厳重すぎるよな。
俺は近くの木の枝に乗り、目標地点を定める。そして足に力を込めて一気に飛び上がった。
俺の体は優に五メートルの高さまで飛び上がり、平然と館の壁を通り越す。高すぎて兵士達も気付かない。それどころか、俺が飛び上がった時に揺れた木の枝の方に注目している。
おかげで、月の光で出来た俺の影もばれることは無かった。
とりあえずこれで庭へと侵入できた。次は館だ。
俺は近くの窓へと歩みを進める。案の定しっかりと施錠されているが、この世界の鍵など穴に棒を差し込むだけの簡単なものだ。
針金でちょちょっと弄れば、ほれこの通り。
カチャンと小さい音がして棒が穴から外れる。そして悠々と屋敷の中へと侵入した。
屋敷の中に入った俺は、まず執務室を探す。地図なんてものは無いから、適当に部屋を開けていくだけだ。もちろん中に人がいないことを確認してからだ。
そして十分ほどで目当ての部屋を発見する。テーブルには乱雑に資料が置かれ、いかにも仕事をやりかけで諦めたと言う印象が伝わってくる。
部屋に入って鍵を閉め、その資料を調べてみる。それは領内の税収のことだった。オルトが皇帝になってから、最初に帝都の年貢徴収率は引き下げ、他の領主にも同じだけ引き下げるように命令したのだ。それの資料だろう。
資料によれば、年貢引下げにおける影響は、領内運営には問題ないが、手元で自由にできる金が減るレベルだと言うもの。まあ、減るって時点で領主的にはあり得ないだろうけどな。けど皇帝の命令だ。簡単に背くわけにも行かないのだろう。
そこで次の資料。うん、横領する気満々だね。
その資料には、今後の資金の流れを変更し、領主自身が持っている商会へ来年度からの年貢と今年の年貢の差額分を流す経路が想定されていた。
こんなヤバい資料出しっぱなしにしとくなよな。まあ、ありがたく貰っていくけど。
とりあえずその資料を鞄に突っ込み、家宅捜索を続行。今度はテーブルの中を拝見。
うん、あった。
元重鎮からの密書。しっかり蝋印まで押されちゃって、証拠能力もばっちりだ。
内容を確認すれば、傭兵を集めて帝都に送り込み、内乱を勃発させる作戦が書いてあった。
その為に傭兵を雇っているらしい。金は元重鎮の懐から出てるみたいだ。さすが落ちぶれても大貴族と言うことだろう。
まあ、それもここまでだけどな。
これだけの証拠があれば十分だ。
俺はそそくさと部屋を後にし、領主の館を後にした。
翌日。再び門の前へと来る。そして案の定昨日と同じ門番に止められた。
「手形は手に入れられたのか?」
にやにやと笑う門番に、俺はフードを取りながら答えた。
「手形はいらねぇよ。俺はギンバイ帝国特別監査官だからな。帝国内で出入りを禁止できる場所はねえ」
そう言いながら懐にある皇帝直轄の証である手形を取り出した。
「ここの領主に反逆罪の疑いがある。調べさせてもらうぞ」
帝国でこの手形に逆らえるものはいない。門番も一応は正規の帝国兵だ。そのことは身にしっかりと教え込まれていた。
「し、失礼いたしました! すぐ領主をお呼びいたします!」
「その必要は無い。俺が直接行く。お前は仕事を続けろ」
「ハッ!」
門番は敬礼したまま動かなくなった。内心冷汗ダラダラだろうな。昨日あんだけ俺に対して言ってたし。
まあ、その事に関しては何も咎めるつもりは無いけどな。
そして今度は堂々と館へ入り、執務室へと赴く。
ノックも無しにドアを開けた俺へ、領主から罵声が飛んだ。
「誰だ、馬鹿者! ここは私の部屋だぞ!」
「誰に向かって口を利いているのだ、馬鹿者! 俺は特別監査官だぞ! 貴様を反逆の疑いで捕縛する!」
「なに!?」
俺の言葉に、領主は慌てふためき、逃げようと窓に足を掛けた。
俺はすぐさま駆け寄り、その領主の襟首をつかみひっ倒し、踏みつける。
「さて、あんたには反逆と元重鎮の一人をかくまっている疑いがある。おとなしく話すなら死罪は免れるかもしれないぜ?」
「わ、分かった。話す。話すから殺さないでくれ!」
どうやらこの領主もなかなか無能らしい。どこの領主もだいたいこんな感じだが、ここまで素直に認めるのもなかなかいないな。一度領主総とっかえした方が良いんじゃね?
「重鎮はどこにいる?」
「私の別宅だ」
「どこにある?」
「町の外れにある丘の上だ」
「別宅には何人いる?」
「重鎮たちの仲間が数十人。警備も全て重鎮の私兵だ。私は彼に命令されていただけなのだ! 私からは兵士も何も出していない!」
「あいよ、なら大人しくしてな。それなら、別宅が無くなるぐらいで済ませてやる。後、横領したら死罪だからな」
「わ、分かりました……」
俺が足をどかすと、男はホッとしたように倒れたまま息を吐いた。まあ、こんな男なら放っておいても大丈夫だろう。一応オルトには報告しておくけど。
そして俺は別宅へと向かった。
そこはまさしく療養には良さそうな場所だった。なだらかな丘は気持ちのいい風が吹き抜け、家畜たちがのどかに草を食んでいる。
振り返れば、上って来た丘から、街並みが見え、景色も抜群だ。
惜しいな。このなだらかな丘の上に焼け跡が残ることになるのは。
領主からは、別宅には重鎮の身内しかいないことを聞いている。なら、容赦は不要。反逆の証拠もしっかり握ってるので、早速殺します。
「月示せ、太陽の落撃。フレアドライブ!」
その魔法は一瞬で発動し、丘の上に立っていた館は一瞬にして灰と化した。
証拠と詳細をまとめた資料をオルトに渡し、俺はグッと伸びをする。
「お疲れ様。これで重鎮は全部片付いたね」
「ああ、これで反乱も終息するだろ」
「これで桃花の仕事も終わりな訳だ」
「そうだな。やっと帰れる」
長かった。予想していたとはいえ、五か月近くを帝国で過ごしたことになる。帰りは氷海龍を使うつもりも無いので、ユズリハに帰るころには、半年たってしまうかもしれない。
「ありがとう。桃花がいなかったら帝国はもっと荒れていた」
「俺が言い出した作戦だったからな。俺がしっかり見ないとダメだろ」
「後は各国へと賠償だね。重鎮連中の遺品は全て回収するけど、それでも足りなさそうだし、少し新しい事業でも始めるかな。増税する訳にもいかないしね」
それ以前に、今までの重い税収を引き下げたばかりなのだ。今引き揚げたら本末転倒も甚だしい。
しかしそこは転生チート持ち。しっかりと前世の知識があるのだから、この世界での金儲けの方法はまだまだある。
「まあ、その辺りはオルトの方が詳しいだろ。伊達に死ぬまで生きてなかったんだし、この世界で必要な業種とか増やせばすぐに儲かるんじゃね?」
「たぶんね。昔からいくつか考えてたものもあるから。ただその儲けは全部他国に行っちゃうけど。しばらくは国家事業としてやらないといけなさそうだ」
オルトはそう言って苦笑する。
「けど本当に手伝わなくていいのか?」
「うん、ここからは皇帝の仕事。それに政治も絡むから、A+には厳しいよ」
「そっか……」
オルトを皇帝に。それは俺が言い出した作戦なのだ。だから本当はしっかり安定するまでは俺がそばで見て手伝うべきなのだろう。
けどそれはオルトがいいと言ってくれた。俺はその言葉に素直に甘えようと思う。まあ、オルトが個人的に助けを求めてくれば、すぐにでも助けに行くつもりだけど。
「すぐ出発する?」
「ああ、明日には準備して出て行くつもり」
「そっか。なら最高の馬車を用意させとくよ」
「あんま豪華なのは勘弁な」
そういって、俺は部屋を出た。
帝国生誕から三百十三年。極星の勇者による帝位強奪は、帝国の大きな転換期となる。勇者の行った政治改革により、帝政を監視する機関の設立、各領主の監視役としての独立機関の設置と、孤児のための特別確定予算の設置、将来のための人材育成を進めるためのカランと同じ学校システムの導入など、これまでの軍事路線とはうって変わり平和路線、発展路線へと舵を変えることになる。
その影響は、すぐさま各国に影響した。
具体的な脅威がギンバイ帝国だった各国は、ギンバイから軍事的脅威が消えたことで、これまで軍事に割いていた予算が国内の事業に移せるようになったことで、各国がこぞって教育に力を入れ始めたのだ。
それは勇者が再び学校システムの構築を行ったからという意味も大きかった。
物語で勇者は一度カランに学校システムを作り、さらに蘇ってすぐに学校システムを帝国に作った。それだけ重要だと言うことを、行動で理解させたのだ。
その行動が意味を成したのは、数世代先のことになる。しかし、その世代は勇者の行った政策の意味を理解し、自分達の発展に活かした。
そして勇者の死んだ後も、帝国の皇帝たちは勇者の政策を否定することは無かった。それは、勇者の政策によって救われた子供たちが、政治に関わるようになったからだと言われているが、その真は定かではない。
感想で質問がありましたのでここで答えておきます。
オルト(極星の勇者)の身体能力は、一般人に毛が生えた程度、騎士クラスと同じレベルです。
トーカと接近戦ができたのは、雷速魔法+他の魔法によるけん制+騎士レベルの剣術を併用したからですね。それと戦闘経験の豊富さです。
事実、切り結ぶ時は必ずトーカに弾き飛ばされてました。