146話
謁見の間で魔法使いと勇者は、片膝を付き首を垂れていた。
その先にはずらっと並ぶ重鎮たちと、そのさらに先にいる皇帝、ディスク・ギンバイ・オウガ五世。彼らは二人を値踏みするようにじっくりと二人の姿を見ていた。
「面をあげよ」
皇帝の声で魔法使いと勇者が顔を上げる。
「此度は、皇帝陛下の貴重なお時間をわざわざ頂ありがとうございま――」
「つまらん戯言は良い。率直に聞く。此度の失敗、何が原因だ?」
「勇者の蘇生及び、コントロールは問題なくできております。予定通り勇者が前面に出れば、問題なく機能するはずでした。しかし、予想外のことに、敵国に攻め入る際、必ず勇者を妨害する者がおりまして、勇者がその役目を果たすことが出来なかったのが問題だと思われます」
「つまり貴様は、勇者と同等の力を持った奴が今この世に生きていると申すか?」
「はい」
魔法使いは周囲となにより皇帝から受けるプレッシャーに冷や汗を流しながら一つ頷く。
「なるほど、勇者とはしゃべることは可能か?」
「はい、可能でございます」
「ならば勇者に問う。貴様と同等の力を持った者は実際にいたのか?」
「はい、いました」
「それは誰だ?」
「冒険者、漆桃花です」
「ふむ、どこかで聞いたことのある名前だな」
考える皇帝に、魔法使いが恐る恐る答える。
「今年のデイゴ闘技大会で、優勝したチームのリーダーを務めていた者にございます。奴のせいで、我が国のチームは敗退しております」
「ああ、思い出したぞ。そうか――」
そして突如部屋にカシャンとガラスの割れる音が響く。それは皇帝が持っていたワイングラスだ。
そのワイングラスは、皇帝の手の中で砕け、中の真っ赤な液体が皇帝の手を滴る。
「ことごとく俺の邪魔をすると言うことか。ならそいつを殺せ」
皇帝の双眸は、血に飢えた野獣のごとく鋭くなり、眉間には深い皺が寄っている。その眼光だけでも、一般人ならば震え上がらせるだろう。
それだけ皇帝の感情は怒りに満ちていた。
己の行動が阻害されることほど、皇帝が苛立つ物は無い。自らの力で皇帝の座を奪い取り、その権力ですべての望みを叶えてきた皇帝にとって、それは屈辱的な物だからだ。
「恐れながら皇帝陛下、奴は勇者が同等と認めるほどに強い人物になります。迂闊に手を出しても反撃をくらうだけかと」
「ふん、正面から戦うからそうなるのだ。闇討ちであれ、毒であれ、人質を取るであれ、やり方などいくらでもあろう。貴様のその頭は空っぽか? 能無しならばいつまでも生かしておく必要は無いのだぞ?」
「も、申し訳ございません。早急に対処いたします」
額を床にこすり付けながら言う魔法使いの姿に満足したのか、皇帝は怒りを収める。
「さて、ではお前たちに尋ねる。次狙う場所と作戦だ」
「陛下、ここは北方にある少数民族を潰すのが良いかと。大国も重要ではありますが、北の民族は寒さを嫌い常に南下を目論んでおります。いい加減羽虫に周囲を飛ばれるのも苛立ちましょう」
「ふむ、他には?」
「私はデイゴを攻めることを提案します。戦力を国境線に寄せた今のデイゴならば、海からの奇襲もかけられましょう」
次々と出てくる侵攻案に相槌を打ちつつ皇帝は重鎮たちを見回していく。そして何も言葉を発していない重鎮を見つけた。
その重鎮はまだ若く、この場に呼ばれたのも数回目という新人だが、皇帝はその者に何か輝く物があると感じていた。
そこで、皇帝はその重鎮に尋ねる。
「お前は何かあるか?」
「陛下、私は一旦侵攻を止めるべきだと考えております」
その言葉に、各所から何を馬鹿なと言う声や、呆れたため息などが聞こえてくる。しかし、その状態を気にすることなく、若い重鎮は理由を話した。
「先のユズリハとデイゴの戦闘。どう考えても両国の防衛速度が速すぎます。まるで元々こちらの情報を得ていたような的確さでこちらの軍の動きを読んできました。作戦などである程度読めるにしても、これは的確すぎます」
「何が言いたい?」
「こちらの情報が内部から洩れている可能性を懸念しております。そのため、一度城内の者たちの洗い直しをするべきかと」
若い重鎮の発言に、場が凍り付いた。そして一瞬の静寂をおいて、重鎮たちの感情が爆発する。
「貴様! 我らの中に裏切り者がおると言うのか!」
「言っていい事と悪い事があるぞ! 若造だからと放っておいてやれば付け上がりおって」
「貴様こそ裏切り者ではないのか!」
重鎮たちからこぞって批判を受けるも、その者は堪えた様子も無く飄々と受け流す。そして皇帝の様子を伺った。
皇帝は何かを考えるように顎に手を当てている。そしてゆっくりと言葉を放った。
「お前ならば何日で見つけられる」
「七日もあれば」
「陛下!」
皇帝の若者に対する肯定的な言葉に、他の重鎮たちから制止の声が掛かる。
「その事に関しては俺も同意見だ。どう考えても情報が漏れている」
「そのようなことが!」
「バカな!」
「現実から判断した客観的な事実だ。おい、お前に調査を命じる。俺の名を使っても構わん。徹底的に洗い直し、情報を流している奴を調べ出せ」
皇帝の言葉に若者の重鎮はうやうやしく頭を下げる。そして満足そうに顔をあげようとしたところで、別の場所から声がした。
「その必要はありませんよ」
その声はその若者と同じぐらい若い声だった。
全員がその方を振り向く。魔法使いも驚いた様子で声の発生源を見上げていた。
そこに立っていたのは、極星の勇者だった。
「なぜだ?」
皇帝も突然の勇者の行動に驚きながらも、尋ね返す。
「僕が流した情報ですからね。この城に裏切り者はいないんじゃないかな」
「まさか貴様が!」
即座に矢面に立たされたのは、隣で腰を抜かしている魔法使いだった。
「ち、違います! 私はこのような命令はしておりません!」
「そりゃそうだよね。君は僕に命令を与えただけだもん。ただ次はどこを攻めるとか、どんな作戦で行くとか」
「な、何故自由にしゃべれるのだ! お前は今私の管理下に――」
「置かれているように見える? 確かに蘇ってから今日までの二か月は支配されてたね。けど、僕がいつまでもそんな状態に甘えてるわけないでしょ」
勇者は苦笑して顔を天井へと向ける。そこには天使の絵を模したステンドグラスが張られていた。
「ハハ、僕の空けた穴はしっかり塞がれちゃってるね。しかも綺麗な絵まで付けちゃって」
「衛兵! 衛兵!」
あまりに突然の出来事に、全員が呆然としていたが、若い重鎮が一番早く状況を飲み込み、声を上げる。
その声に反応して、待機していた衛兵たちがどっと部屋になだれ込んできた。
それは天井や柱の影からも次々と出て来る。
「極星の勇者が暴走している! 即座に捕らえよ!」
「できると思うかい? 君たち程度で」
勇者が振り返った時には、すでに衛兵の中にまともに立っていられるものはいなかった。全員が体に痺れを訴えながら、地面に這いつくばる。
「さて、君たちもだ。一極よ、停滞の雷を放て。パラライズサンダー」
バチンと激しい音がして、重鎮たちが一人残らずその場に膝をつく。それはさながら、皇帝と勇者の両名に膝を付いているようにも見えた。
「さて、残ったのは陛下一人ですね。でもここで特別ゲストをお呼びしましょう」
「ゲスト?」
「陛下も気になる今話題のあの人。さあ、堂々の入場です!」
そう言って勇者が威勢よく指を天井に向かって振り上げる。
それにつられて皆が天井、ステンドグラスを見ると、そこには黒い影ができていた。その影は次第に大きくなり、やがて人の姿をする。
次の瞬間、カシャンッと軽い音と共に、ステンドグラスが砕け散った。
そして数瞬遅れてドスンと何かが着地する音。その後に降り注ぐステンドグラスの破片は、その落ちてきた何かを太陽の光でキラキラと輝かせる。
「ご紹介に預かりました、漆桃花です。どうぞよろしく、皇帝さん」
天井を突き破って入って来た男、冒険者漆桃花は、そう言って振り返りながら、皇帝に向かってニヤリと笑みを浮かべたのだった。
勇者の合図と共にステンドグラスに向けて飛び込む。一瞬見えた中の様子は、勇者以外のほぼ全員がその場にうずくまっていて、俺の出番は無さそうだった。
そして着地。今回は床を壊さずに上手く着地できた。
テレパシーの魔法を繋いだままだったので、中の会話はだいたい聞いていた。それから予測するに、俺の後ろにいるのは皇帝だろう。なら、オルトの言葉に合わせてきっちり挨拶してやらないとな。
「ご紹介に預かりました、漆桃花です。どうぞよろしく皇帝さん」
振り返りながら皇帝に挨拶すれば、その皇帝は目を向いて俺を睨みつけていた。
「貴様が、貴様が俺の計画を妨害していた奴か」
「おう、お前が俺にちょっかい出してくるからな。降りかかる火の粉は普通払うだろ?」
「俺の計画が火の粉程度だと?」
「実際は火の粉にも満たねぇよ。羽虫も同然だ」
俺の言葉に、皇帝は椅子の手をグッと握る。
「さて、ゲストも到着したところで、本題に入ろうか」
勇者が一歩前に出て、皇帝と話し始めた。
「陛下が僕を蘇生させて兵器にしようとしたことは、許される行為じゃない。この世界の誰でも分かることだよね。とりあえず極刑は免れないとして、今後の帝国をどうするかだけど――」
「この俺がこのまま死ぬと思うのか?」
勇者の言葉を遮り、皇帝は立ち上がる。
「この状態から逃げられるとでも?」
「俺は俺の力でこの座を手に入れた。その力は未だ衰えてはいない!」
椅子の後ろに手を回し、そこから何かを引っ張り出した。それは大剣だ。
大きさは皇帝の身の丈もあろうかと言う巨大な剣を構え、皇帝はこちらに近づいて来ながら一振りする。
それだけで風が起き、俺達の前髪を揺らした。
そしてどこからともなく現れる五人の兵士達。その兵士は皇帝を守るように皇帝と俺達の間に立つ。
鎧は着ておらず、動き易そうなズボンとシャツに武器と言う様相だ。
「こいつらは俺の近衛兵だ。帝国のもっとも強い五人でもある。そして星に願いて、紡がれた全ての枷を外せ。リミットブレイク!」
皇帝の詠唱と共に、近衛兵たちが唸り声を上げ、体から赤い靄のような物を噴出させる。
「奴らを殺せ」
命令と共に、近衛兵が走り寄って来た。その動きは早く、練度も高い。連携のためか、二名は少し遅れてから走り出している。
俺とオルトは即座に武器を構え、近衛達を迎え撃つ。
俺に斬りかかってきた二人を、俺はサイディッシュの柄で受け止め、強引に押し返す。しかし枷を外された近衛達の力も凄まじく、いつものように弾き飛ばすまではいかない。精々がその場に押しとどめる程度だ。
そして二人の後方から飛び上がってこちらに向かって来るもう一人の近衛。
それを見た瞬間、俺はサイディッシュを全力で押し込み、相手二人にたたらを踏ませ、すぐにサイディッシュから手を離した。
たたらを踏んだ二人は、サイディッシュが地面に落ちていく様子を見て、こちらに攻撃を仕掛けて来るが、そんなことは関係ない。まとめて薙ぎ払う。
「属性剣魔力全開だ!」
どうせ殺すなら、一振りで三人まとめての方が楽だろ。
虹色に輝く属性剣が、巨大な刀身を作りだす。それは優に三メートルはあるだろう。俺はそれを思いっきり振り抜いた。
衝撃波が発生し、飛びかかってきた近衛は逆に吹き飛ばされる。
攻撃を仕掛けてきた二人は、巨大化した刀身に真っ二つにされ、その場に崩れ落ちる。
吹き飛ばされた近衛が、すぐにバランスを立て直し着地するが、もう遅い。距離があって、詠唱する余裕があれば、俺の勝ちだ。
「月示せ、灼熱の閃光。レーザー」
一瞬の光と共に、俺の指先から放たれたレーザーは、近衛の胸を打ち抜く。
「一丁上がり」
「こっちも終わったよ」
俺がガンマンっぽく指先に息を吹きかけていると、オルトがゆっくりとした歩みで寄ってきた。そちらを見れば、縦に真っ二つにされた死体と、首のない死体が転がっている。
「帝国最強が聞いて呆れるな」
「まあしょうがないでしょ、僕たちチートだし」
「それもそうか。んじゃ後は」
「陛下一人ですね」
自慢の近衛兵をあっけなく殺された皇帝は、その場で剣を構えながらも呆然としていた。
「化け物め」
「化け物だってさ」
「君に言ってるんだよ?」
さりげなくオルトに押し付けたのに、しっかりブーメランしてきやがった。こいつも化け物って呼ばれ慣れてるな。
「とりあえず時間ももったいないし、やることも沢山あるからそろそろ退場願おうか」
「お前がやれよ。次期皇帝さん」
「はあ、推薦人は桃花だけどね。じゃあ、帝国の伝統に則って」
オルトは一つ息を吐くと、大きく吸い込んだ。そして――
「我がこの国を治めん。故に汝には退場を願おう!」
「……」
「あれ? 返してくれないの?」
今の言葉に何か返すのが伝統だったのかね? けど皇帝さん今そんな事やってられる状況じゃないと思うけどな。
「伝統に則るなら、ここで陛下から『この国を治めるのは我なり。故に秩序を乱す貴様を排除する』って返してくれると思ってたんだけどな。まあいいや、こっちはしっかり決まり文句言ったしね。じゃあ行くよ」
オルトが悠然と一歩を踏み出す。次の瞬間には、皇帝の目の前まで到達していた。
そして振り上げられる勇者の刀。
その刃は、皇帝の肩から脇腹までを一撫でし、紙でも切るかのように滑らかに切り裂いた。
ゆっくりと倒れる皇帝。しかしまだ息はある。
俺が近づけば、皇帝は天井に向かってゆっくりと手を伸ばしていた。その先にあるのは、俺が入って来た穴。
「俺は……俺は世界を」
「世界は一人でどうこうできるもんじゃないぜ」
「皆でどうにかするものだからね」
止めとばかりに振り下ろされたオルトの刀が、皇帝の心臓を貫き、帝国の野望は完全に潰えた。
「さて、これからが忙しくなるな」
「しばらくは頼むよ、右腕君」
「腕が吹っ飛ばないように、しっかり抑えてろよ」
その日、ギンバイ帝国全土に、緊急の伝令が発令された。
その内容は、現皇帝、ディスク・ギンバイ・オウガ五世の崩御により、新皇帝が選出されたこと。その人物が極星の勇者オルトであるという内容だった。
城に住むもの達はその伝令に嘆き、城下町に住む民は喜びの声を上げる。
そして、地方領主たちは、桃花たちの予想通り、その日のうちに異を唱え、挙兵に向けて動き出した。
えー、この作品は以前も言いましたが主人公最強成分100%でお送りしております。
悲劇の主人公、死亡フラグ、大逆転劇等の演出はあっけなく吹き飛ばされますのでご注意ください。




