145話
パーティーから明けて翌日。
俺は午前中から王城へと来ていた。そこで会っているのは、いつものミルファではなく、次期国王候補のシグルドだ。
「それで私にご相談とは?」
「ギンバイ帝国のことについて詳しく聞きたい」
「帝国のこと? と、言うと歴史などですか?」
「いや、俺が聞きたいのは、もっと現実的な事。帝国の広さだとか支配方法とか、領主との関係とかそっち方面」
「内政と言うことですか。構いませんが、それなら私よりも外交大臣の方が詳しいと思いますが」
確かに外交大臣ならば帝国にも行ったことがあるだろうし、ある程度内情も把握しているだろう。だがあえて俺がシグルドに尋ねたのには二つの意味がある。
一つは、気心が知れていると言うこと。いくら俺が王城に自由に出入りできる身分だと言っても、完全に信用されている訳では無い。
特に俺はA+冒険者として国に仕えることはしないと明言している。それなのに、俺の頼みを聞いて、ホイホイと自分が努力して手に入れた情報を話してくれるかと言われれば、それは無いだろうと考えられる。
勇者との話し合いの流れ的には、今後はギンバイ軍と戦うことが想定される。ならば、できるだけ正確に、かつ大量の情報が欲しいのだ。
そこに、人の心で何かを隠されてはたまらない。
そして二つ目。これは個人的にシグルドを試してみたいと言う気持ちだ。
ユズリハを治める可能性がある以上、外交にもある程度は精通していてもらわなければ困る。外国のことを良く知らなくて、上手くできませんでした。では話にならないのだ。
シグルドなら大丈夫だろうと言う気持ちはあるが、それでもフィーナやミルファ、他みんながいる国に不安要素は残しておきたくない。
もしここで、必要最低限の情報も得られないようなら、俺から王様にでも告げ口してやろうと画策していたりする。
だが、さすがにそれを正面からシグルドにいう訳にもいかず、俺は適当に誤魔化す。
「なんかデイゴやカランとの外交でかなり忙しいみたいでさ。さっき部屋覗いたら、血走った眼で資料に向かってたから邪魔しちゃ悪いと思ってな。それにシグルドなら次期王様として勉強してるだろ?」
実際、外交大臣は現在かなり忙しい。デイゴとはもともと同盟を結んでいたし、カランとも今回のギンバイ軍からの侵攻の件を踏まえて新たに同盟を結ぶことにしたのだ。
その調整のためか、外交大臣は大分お疲れの様子でもある。
「そう言うことでしたか。では私の部屋にどうぞ。地図を見ながら詳しく説明します」
「おう、頼むわ」
俺はシグルドに連れられて、部屋へと向かった。
部屋は執務室のような所だ。大きな机の上には色々な資料が並び、来客用のテーブルは綺麗に片づけられている。
シグルドはメイドに地図を持ってくるように頼んで、来客用のテーブルに腰掛ける。
俺はその対面に座った。
そして他のメイドが持ってきたお茶を飲みながら待っていると、しばらくして地図が届く。
それをテーブルに広げれば、かなりおおざっぱな地図が目に飛び込んできた。
「これ信用できるのか?」
「一応この国で一番信用できる地図ですよ。ギンバイからの亡命者や、密偵をフルに使って描き上げた逸品ですからね」
そうして、シグルドの説明が始まった。
しばらくシグルドの説明を聞き、ギンバイに対する基礎的な知識は手に入った。
ギンバイ帝国は、起伏の多い土地にあり、山や谷、森などを切り開いて町を作っているらしい。そのため町間の行き来は難しく、一つの町が大きくなる傾向がある。
大半の町がキクリや氷海龍に襲われたタストリアなどと同じ大きさらしい。その分、集落と言われるようなレベルの村は皆無といってもいいいそうだ。
そして帝都はその町々でも最も大きく、人が多く集まっている。
山の中腹に作られたその町は、山の斜面を利用した広大な坂道の町になっており、最も高い場所に城があり、下に向かうにつれて貴族、平民、貧民の暮らす町並みになっているらしい。なんとも分かりやすい社会のピラミッドだ。
「他に何か聞きたいことはありますか?」
「地方領主との関係とかかな? 反乱を起こされる可能性とか、絶対遵守してるとか」
「関係ですか。険悪とは聞いたことがありませんね。領主はかなり自由な裁量が許されているらしく、横暴や犯罪まがいの行為もかなり行われている可能性があります。まあ、それも領主によりけりでしょうが」
「なら帝都が襲撃に合ったら、すぐに駆けつけて来ると思うか?」
「まさか襲う気ですか!?」
俺の問いに、シグルドは驚いて席から立ち上がる。
それをドウドウと落ち着けながら、もしかしたらの話だと釘を刺す。まあ襲撃掛けるんだけど。
「おそらく半数以上は帝都に駆けつけるでしょうね。ただ領主軍は民間兵も多くいるそうですから、正規軍ほど動きは早くもないし、練度も高くないでしょうが」
「それでも数はいるってことか」
一つの町が多くの民間人を有している。その中から男どもが徴兵されているのだとしたら、かなりの数が揃うはずだ。
「まあ、だいたいのことは分かった。ありがとな」
「いえ、帝国のことを聞いてくるということは、勇者に関わることなのでしょう? そろそろ二か月になりますからね」
「鋭いな、まあその通りだぜ。あいつから連絡があって、もうすぐ完全に意識を奪い返せるらしい。その時のお迎えに行かないと行けなくてな」
「なるほど、確かに勇者となれど、多勢に無勢。敵地のど真ん中で孤立しては厳しいですからね」
「んじゃ俺は準備があるからそろそろ行くな。情報あんがと」
「いえいえ、でも帝国で暴れるなんてことは本当にやめてくださいよ。ミルファ達が心配するんですから」
「あいよ」
俺はそう言って、背中に視線を受けながら部屋を出る。
扉を閉めた所で小さく呟いた。
「多勢に無勢か――でも極星レベルが二人いれば、多勢も無勢で簡単に潰せるんだよな」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、城を後にした。
城を出た俺は、真っ直ぐフィーナの家へと戻る。
「フィーナ、大丈夫か?」
俺はそのままの足で二階へ上がると、フィーナの部屋の扉をノックし声を掛けた。
するとその扉が開き、中からフランが顔を出した。
「ママねてる」
シーッと人差し指を自分の口に当てるフラン。それを見て、俺も人差し指を自分の口に当てる。
そしてフランの頭を撫でてからフィーナの部屋へと足を踏み入れた。
そこは、簡素だが、女性らしい小物が並ぶ部屋だ。そして独特の甘い香り。
しかしその香りの中にどこか異臭が混じる。それはアルコールだ。
昨夜、フィーナはアルコールを摂取し、酔いつぶれた。そして昨日の夜から眠りっぱなしと言う訳だ。
フィーナはかなり酒に弱いらしく、昔親の飲んでいた酒を間違えて飲んでしまった時も同じようにぐっすりと眠ってしまったと爺さんが言っていた。
俺は机から椅子を引っ張り出し、ベッドのそばに置いて、そこに座る。
もうしばらくで起きるはずだし、しばらくフィーナの寝顔でも堪能させてもらおう。野営の時は、俺が外で警戒してたし、起きるときはいつもフィーナの方が早いからな。
ゆっくりとフィーナの寝顔を拝める時間は意外と少ないのだ。
「フラン、膝の上のるか?」
「うん」
フランは一つ頷いて俺の膝の上に飛び乗って来る。
そしてフランと共に、ゆっくりと時間を過ごした。
ベッドの中でフィーナの目が開く。その目はまっすぐに天井を見ていた。
「ままおはよう」
フランが声を掛ければ、フィーナがこちらを向いた。
「あら、フランちゃん、おはよう。トーカもおはようございます」
「おう、おはようさん」
「あれ? トーカ?」
まだ寝ぼけているのか、俺が部屋にいることが異常だからか、はたまた他の理由か、フィーナの焦点は俺に集まる。
そしてゆっくりと、その表情が焦りへと姿を変えて行った。
ガバッと布団を跳ね上げ、フィーナはベッドから飛び降りる。
「ごめんなさい! すぐに朝ごはんの準備しますね!」
「その必要は無いぞ。もう昼過ぎだ」
「へっ?」
部屋から飛び出そうとしている所に、声を掛けフィーナを止める。ってか今の時間も把握してないほど慌ててんのか。
まあ、慌ててんだろうな。フランの頭に跳ね上げた布団が覆いかぶさって、おたおたしてるのに気付かないぐらいだし。
俺はフランの頭から布団をどかしてやりながら、フィーナに昨日のことを聞く。
「昨日の夜。どこまで覚えてる?」
「ぷはっ」
「昨日の夜ですか? 確かパーティーに行って、みなさんとお話しして……あれ? 私家にいますね」
「完全に記憶飛んでるな」
酒の影響でどうやら完全に記憶が無くなっているらしい。
まあ、そこまで度数の強くない酒一杯で倒れるぐらいだからな。仕方がないか。
俺はとりあえず座れとベッドを指差しながら、昨夜のことをフィーナに説明する。ちなみにフランはフィーナのベッドで布団にくるまっていた。何とうらやましい。
「昨日、フィーナは酒飲んで倒れたんだよ。驚いたぞ、いきなりデッカい音がして、そっち見たらフィーナがぶっ倒れてるんから」
「え? 私がお酒? あ、そう言えば」
俺の説明で少しずつ記憶が戻って来たのか、フィーナはベッドに腰掛け記憶を探るように頭に手を当てる。
「たしか女性の皆さんとでお話ししてて、恋愛関連の話をしていた気がします。それでトーカのことを色々聞かれて、恥ずかしくなって……ああ! 私恥ずかしくなって目の前にあったコップのお水を飲みました!」
「それだな」
どうやらフィーナは間違えて酒のコップを煽ってしまったらしい。
「うう、こんな失態をしてしまうとは」
「まあたまにはいいんじゃないか? 俺が来てからフィーナ、ずっと俺より先に起きてただろ? たまにはゆっくりするのも重要だぜ」
「だって、トーカには美味しい朝ごはんを食べてもらいたいんですもん」
「そりゃ嬉しいけどな」
俺だって毎朝フィーナに味噌汁作ってもらえたら最高さ。まあ、この世界に味噌汁無いけど。
「とにかく、もう昼も過ぎてるし、飯も食べたから急がなくていいぞ」
「分かりました。ありがとうございます。その代りに夕ご飯は頑張っちゃいますね」
「おう、そうしてくれ。またしばらくフィーナの飯が食べられなくなるからな」
「へ?」
俺の言葉にフィーナが固まる。
「昨日の夜にあいつから連絡があったんだ。それで明日から帝国に向かう」
「じゃあ勇者さんが?」
「ああ、完全に支配権を取り戻すらしい。その時に迎えに行ってやらないと大変みたいだしな」
「分かりました。でも迎えに行くだけならそんなに時間はかからないんじゃ?」
フィーナの質問に、俺は俺の計画を話した。
ギンバイの皇帝を殺す事、その皇帝に変わって新しく勇者を皇帝に据えること。その後に予想される領主の反乱。
そして俺なりの復讐のこと。
「俺は帝国がこのまま滅んでも満足できない。あいつらがやった罪はあいつらに償わせる。そのためには帝国には残ってもらわないといけない。勇者を利用して、俺は帝国を根本から変える。そして、フィーナやシスみたいに、両親を失った子供たちや、貧民の救済をさせるつもりだ。領主を抑え込むのにもだいたい二・三か月はかかっちまうだろうし、俺の考えを勇者に実行させて、それを見届けるまでにも数か月かかるだろう。それまではこの家に戻って来れない」
「……」
「待っててくれるか? フランと一緒に」
「ん?」
自分の名前が出て布団から這い出てくるフラン。その頭を撫でたフィーナが優しく微笑む。
「それがトーカなりの私のための復讐なんですね」
「ああ」
「分かりました。私はトーカを待ちます。大丈夫です、待つのには慣れてますから」
「ありがとう。必ず半年までには帰ってくる。約束だ」
「はい、約束です」
俺はあえて、フィーナの顔を見ないように、二人をギュッと抱きしめた。
着替えるので先に下に戻っていてくれと言われ、俺は素直に部屋を出る。階段を下がったところで爺さんが待っていた。
「話は終わったのか?」
「ああ、全部話した。明日からしばらく留守にすると思う。今まで世話になったな」
「ふん、何が世話になっただ。ここはお前の家だろう。それに覚悟しておけ、お前が帰ってきたらたっぷり儂の世話をしてもらうからな」
爺さんのツンデレって微妙にカッコいいかも。
「おう、任せとけ。死ぬまで幸福な生活にしてやるよ」
「生意気言いおって」
爺さんは俺がフランにやるように、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。それはとても温もりがあり、俺は久しぶりに親の優しさと言うものを感じた気がした。
この優しさは、フランにもしっかり与えてやらないとな。
気付いた時、俺の目には涙が溜まっていた。
部屋の中をうろうろと歩き回る魔法使い。その姿からは落ち着きというものが一切見られなかった。
それもそのはず。せっかく苦労して極星の勇者を蘇生したのにもかかわらず、その報酬であるはずの領土や栄光が全く入ってこないのだ。
そしてカラン、ユズリハに続きデイゴでの失敗を期に、魔法使いと極星の勇者は帝都へと呼び戻されていた。
魔法使いは今、城の一室で謁見の時間を待っている。すぐ近くには極星の勇者が空ろな瞳のままで座っている。
その何も考えない姿に苛立ち、近くの椅子を蹴り飛ばした。
「あいつはいったい何なのだ! 極星の勇者と同等だと! そんな存在がいるなど、あり得ないだろ!」
息を荒げ、言葉を散らす魔法使いを、勇者は黙って見つめたままだ。
「A+とは言え、あれだけの強さを持っていれば噂ぐらいは流れるはず。それが一切無かったのは、あいつが力を隠していた? しかし、ユズリハやデイゴの軍と一緒に行動していたということは、二つの国は奴の力を知っていたと言うことか? この国の情報部は何をやっているのだ!」
ただやみくもに自分以外の原因を探し、そこに八つ当たる。今魔法使いが自分の心を少しでも落ち着けるには、それしかなかった。
「だいたい貴様も貴様だ! なぜさっさと奴を殺さない! 殺せないなどという言い訳は聞かんぞ! 貴様は極星の勇者なのだ。この世界最強であるはずだろう!」
「はい、かつてそう呼ばれておりました」
「ならばなぜ倒せない!」
「私と同等の力を持っているからだと判断します」
「そんなことがあってたまるか!」
魔法使いがテーブルの上にあった花瓶を勇者に向かって投げつける。
花瓶は勇者の顔の横を通り過ぎ、部屋の壁に当たって激しい音を立てて割れ、中の水が壁に染みを作る。その音に反応した警備がノックして中に入ってくるも、部屋の惨状を見てすぐに判断し、あまり暴れ無いようにと釘を刺して扉を閉じた。
魔法使いと極星の勇者は、城ではあまり良い扱いを受けてはいなかった。
三回もの失敗は、二人の信用を失墜させるのに十分すぎたのだ。
城の者たちも、どこか冷めた目で二人のことを見る。その事が魔法使いには気にくわなかった。
「私だけが勇者を扱えるのだぞ。なぜこのような……」
握りしめた拳からは、血が流れていた。
さて、極寒の風を受けながら、俺は氷海龍に乗って帝都の上空へ来ていた。
腰には属性剣。背中にはサイディッシュを背負い、黒いフード付きのコートを羽織っている。そのコートの裾は風にたなびきながらも、あまりの冷たさに一部凍り付いていた。
「そろそろかね?」
『そのオルトとかいうものの合図を待っているのだろう?』
「おう、そいつの合図で突入するからな」
『ならば待てばいい』
「だな。しかしクーも大きくなったな」
俺の首にはクーが巻かれていた。しかし、今まではマフラーのような大きさだったのに、今回あった時には、クーの大きさが1.5倍になっていたのだ。そのせいで首に巻かれた胴体に口元が隠れてしまっている。
『そだった! 私そだった!』
「この分だとすぐに俺に巻きつけなくなるな」
『それやだ!』
クーは簡単な言葉なら分かるようになっていた。これでフランとも会話ができるな。遊びにはかどりそうだ。
『あと半年もすればトーカと同じ大きさになるだろうな。そろそろ甘え方を考えなければ』
「だな。甘えてきただけで普通の奴なら死んじまいかねない。その辺りは任せるぜ」
『できれば手伝ってほしいのだがな。私も人間の身体能力はしっかりと把握している訳では無い』
「時間があればな。けどしばらくは忙しそうだし」
帝国にいても、遊べる時間があればいいけど、あんまり無いだろうな。
そんなことを思っていると、連絡が来た。
『トーカ、飛び込んできて』
「了解」
一言だけ返し、クーを首から離す。
「んじゃ、またな」
簡単にそう言って、俺は氷海龍の上から飛び降りた。