143話
次はデイゴ戦――と思うじゃん?
「ってのが、ガード攻防戦の俺の動きだな」
俺はフィーナ達から別れた後の一か月ほどを、フランを膝の上に乗せて語って聞かせた。場所はユズリハの王都、しかもお城の一室だ。デイゴでの戦争を終え帰ってきた俺はまずユズリハ王にその事を報告し、この部屋で一休憩していたのだが、俺が帰ってきたことを聞いたみんなが集まって来たのである。
そこで、これまでの出来事をダイジェスト風に説明していたのだ。
それを聞いていたのは、膝のフランと向かって左側のソファーに座ったフィーナ。隣にはリリウムが紅茶を飲み、その横でシスがスクワットをしている。
テーブルを挟んで反対側、俺から見て右側のソファーには、ミルファとクーラがお互いの手を握り合いドキドキとした表情で俺の話を聞いていた。そして一通り話し終った様子に、ホッと息を吐く。
「ま、まさに手に汗握る戦いだったのね」
「勇者さんと相討ちになった場面なんて私ドキドキしちゃいました」
パタパタと手で自分の顔を仰ぎながら、ミルファとクーラは感想を述べる。
そしてフィーナやリリウムも驚いた表情をしている。
「まさかトーカと対等に戦えるとは」
「なんだかんだ言って、あっけなく倒しちゃうと思ってましたからね」
フィーナ達は違う意味で驚いていたようだ。まあ、今まで俺が苦戦するような戦いってほとんど見たことが無かったからな。
「あいつは別格だ。俺と同じ全属性の使い手だぜ?」
「うーん、それでもトーカなら大丈夫だと思ったんですけど。まあ、実際に無事に帰って来てくれたのならいいんですけどね」
「そりゃ約束だからな」
ちょっと危ない場面もあったが、しっかり帰って来たしな。
フィーナと見つめ合っていると、オホンとリリウムに咳払いされる。
「さて、それでデイゴの方ではどうだったのだ? あそこには私たちがあらかじめ攻められる可能性があることを伝えてあったはずだが」
「おう、そのおかげで比べ物にならないほど楽だったぜ」
俺はデイゴへ向かってからのことを思い出していく。
デイゴでの戦争はかなり短期間で、一時的な物になった。理由は簡単。相手が攻めてくる場所も時期も分かっていて、準備期間もリリウム達が伝えていてくれた分、十分に時間があった。
おかげで、ギンバイ帝国との主な国境には、相当な戦力が待機していた。
そこに俺が情報を持って現れたわけだ。時間の関係上王都へ行っている余裕は無かったが、フィーナやリリウムがあらかじめ説明してくれていたおかげでデイゴ軍に情報が伝わっていたのか、ギンバイ軍の進行予定地である竜の谷、現在ではリューワン砦と呼ばれる砦でも、俺はすぐに受け入れてもらえた。
そこで迎え撃つ準備を整え、相手の進軍と共にこちらも攻撃を開始した。
おかげでギンバイ軍は、砦を攻め落とすことも出来ず、そのまま砦で半月ほどの攻防をしたのち、撤退したのだ。
その後の連絡で、勇者が帝都に呼ばれたからと判明したのだが、何故呼ばれたのかは不明だ。
まあ、勇者がいなくなれば攻められるほどの戦力はギンバイには無かったわけだな。
おかげで余裕の出来た俺はこうしてユズリハの王都に戻って来れたわけだ。
「しかし帝国はずいぶんと強引な手段をとったな。二か月で二つの大国に攻め込むなど、普通は自殺行為だ。しかもその二か国は協力体制を取っている。下手すれば同時に攻められていたかもしれないのに」
スクワットを終えてその場にへたり込んだシスに水を渡しながらリリウムが言う。それに対してフィーナは少し考えた後に応えた。
「それだけ勇者の存在が大きかったと言うことでしょうね。帝国は勇者の伝説からすると何度か関わっていますから、その時の文献から勇者の力量を図ったのでしょうし」
「そうだろうな。何せ帝国は城の天井に勇者が突入した穴が開いているはずだ。今はステンドグラスがはめられているが、なんでも勇者の存在を思い出すために残しているらしい」
さすが極星の勇者の物語にあこがれて冒険者になった奴は詳しいな。
俺も極星の勇者の伝説は一通り読み終わってるが、そんな細かい所まで覚えてないし。てかオルトの奴、城の天井ぶっ壊してんのかよ。結構派手にやるじゃねぇか。
「まあ、これでいったんは落ち着くだろう。問題は後半月で帝国が何をしてくるかだな」
「さすがに二戦もやらかしたんだし、動ける余裕は無いと思うけどな」
兵糧集めに兵士の遠征、今回の侵略戦失敗の責任をだれが取るかとか、決めることは沢山ありそうだしな。
そう考えると、勇者が帝都に呼ばれたのも、その辺りの情報を詳しく調べるためかもしれない。
皇帝は勇者に直接あった訳じゃないし、伝令で様子を聞いてるだけだからな。実力とかそう言うのの判断に困ったのかも。
「まあしばらくはゆっくりできるだろ。この間に俺は羽を伸ばす」
グッとソファーの上で両腕を天井に向けて伸ばす。
気持ちのいい伸びを感じて、久しぶりの平和な空気にふぅと息を吐いた。
「いやー、なんか久しぶりだな」
俺は王城からフィーナの自宅へと戻ってきた。
この建物を見るのも久しぶりだな。外見はほとんど変わっていない。まあ中身も変わってないだろうな。フィーナと一緒に旅してたんだから、ここに住んでいたのは爺さん一人のはずだし、大規模な模様替えなんて出来るはずないし。
「そうですね。半年以上になりますから。私も帰ってきたときにはまだ半年ちょっとしか経っていないのに妙に懐かしく感じちゃいましたよ」
フィーナは行商として色々なところを旅してたから、半年ちょっとなら帰ってこないこともあったそうだ。
そう言ってフィーナはフランの手を引いて家の中へと入る。フランもすでに一か月以上ここで生活しているからか、慣れた様子で家に入って行った。
この家に一番慣れてないのって俺だよな。
そんなことを思いながら、俺はフィーナ達に続いて家の中へと入る。
すると、すぐに爺さんが出迎えてくれた。
「おお、おかえりフィーナ、フラン。それにトーカ君も」
「はい、ただいま戻りました」「ただいま」
「お邪魔しますよ」
全員でそろって居間に移動する。
「トーカ君は久しぶりだね。活躍は時々耳に入ってくるよ。約束も守ってくれているようだね」
その言葉には若干棘があるようにも感じた。だがそんな程度で怯える俺じゃない。どっしりとした態度で対応する。
「おう、しっかり守ってるからな。けどフィーナも強くなったぜ。もうそこらへんの冒険者なんかじゃ相手にならない程度にはな」
「私としてはそこまで強くしてもらわなくても……トーカに守ってもらえれば」
フィーナの言葉に爺さんの目元が引くつく。いやー、完璧に怒ってますね。けど付き合ってるんだから当然じゃん? そう言えばフィーナって俺と付き合ってるのもう話したのか? てかフランはどんな説明になってるんだ?
しまったな。ここに戻ってくる前に聞いておくんだった。
俺はフィーナの耳に口元を寄せ、その事を尋ねる。その問いにフィーナは簡単に答えてくれた。
(付き合ってるのはまだ話してませんよ。フランちゃんは事情を説明して話してあります)
(なんで付き合ってること言ってないの?)
(もちろんそれは、ちゃんとトーカと一緒に報告したかったからですよ)
フィーナは、当然のように結婚前挨拶レベルの要求をしてきやがった。
とりあえずフランのことは普通に受け入れてくれたようだ。爺さんも子供を二人も、自分より先に亡くしているんだし、フランを受け入れるのはある意味当然かもしれない。
「どうしたのかね?」
内緒話をする俺とフィーナに爺さんは首を傾げる。
「あー、えっとな……フィーナと付き合うことになった」
行ったぞ、俺。言ってやったぞ!
「すまんな。年を取ったせいで耳が遠くなってしまったようだ。もう一度言ってもらってもいいかな?」
……絶対聞こえてたはずだ。みんな静かだったし、爺さんはこっちに耳を傾けてたし。分かったうえでもう一度聞いてるんだ……
「付き合うことになった」
「トーカ君ちょっとこっち来ようか」
有無を言わさぬ迫力で、俺は爺さんと共に廊下に出る。フランは訳が分からずフィーナに撫でられている。フィーナは……スゲー幸せそうな顔で見送りやがった!
廊下で壁に押し付けられ、俺の顔の横に爺さんの腕が壁に向けて突き刺さる。
「さて、死ぬ前のセリフは何が良い?」
「え? なに、理由聞くとか、とりあえず殴ってみるとかそう言うの一切なしで死刑宣告!?」
「孫に手を出したら殺すと言っておいたはずだぞ?」
「ま、まだ手は出しちゃいねぇよ。清く正しい付き合いだ」
「子供まで作っておいて清く正しいか。ずいぶんつまらない冗談だ」
「いやいや、フランは養子だから!」
「だが子供だ。そうやってフィーナを逃げられないように囲ったのだろう?」
なんか凄い方向に爺さんの考えがめぐらされてる!? フランを拾ったのってフィーナと付き合い始めた後だから関係ないって!
俺は爺さんを説得するため、爺さんの顔をまっすぐ見て答える。
「フランは関係ない。俺はフィーナが好きになっちまったから告白したんだ」
「約束を破ってまでか」
「破ってはいない。爺さんに正式に認めてもらうまでフィーナに手ぇ出すつもりは無い」
家族との付き合いは、大切にしたい。俺の前の家族関係が完全に崩壊していただけに、この世界ではしっかりと仲良くしていきたいのだ。
だからしっかりけじめは付けて、俺達が付き合うのは理解してもらいたいと思っていた。
「爺さんにダメだって言われても、簡単にあきらめるつもりは無いが、だからって爺さんの感情を無視してフィーナと付き合ったって何も良い事は無いからな」
俺の真剣な視線を受けたからか、言葉に何かを感じたのか、爺さんの顔から威圧感がゆっくりと消えていく。
そして壁から手を離し、少し離れた。
「今のフィーナはな、見ているだけで幸せだと分かってしまう」
爺さんはそう言って小さな声で話し始めた。
「儂だって伊達にフィーナが育つのを見てきた訳では無い。フィーナがどんな感情をトーカ君に寄せているのかぐらい、戻ってきたときから気付いている。いや、今のフィーナを見て気付かない者はいないだろうな」
そんなに惚気てたのかよ。
「だからフィーナの気持ちは分かっているんだ。だから余計に心配になる。トーカ君は今何をしている? フィーナから聞いたぞ、復活した極星の勇者と戦っているのだろう?」
「……ああ」
「それは死ぬ可能性が高いと言うことじゃないのか? フィーナや友人のリリウムさんなどはトーカだから大丈夫だなんて言って安心してはいるが、儂はそうは思えない。冒険者は簡単に死ぬ。それはどれだけ強い男でもだ。誰かを庇って死ぬこともあるし、不意を打たれて死ぬこともある」
俺は目を見開いて爺さんを見ていた。
あり得ない話だが、この時俺は、ある意味一番俺のことを理解しているのは、この爺さんじゃないのかと思ってしまった。
化け物のような力を持っているから大丈夫。化け物なんかに負けるような奴じゃない。簡単に死ねる男じゃない。何とかしてくれる。
どれも友人や知り合い、噂なんかで流れた俺のことだ。
けど俺だって人間なのだ。勇者と戦った時は、実際お互い死にそうになった。
その事をみんな忘れかけている。
だがこの爺さんは違うのだ。俺のことをただの人間。一冒険者として見ている。
だからこそフィーナのことを心配に思っているのだ。簡単に死んでしまうようなことをしているから、フィーナが辛い目に遭うのではないかと。
「そうだな」
俺は爺さんの言葉に何も言い返せなかった。極星の勇者を止めるのは俺しかできない。俺がいなければユズリハもデイゴもカランも落ちるだろう。ギンバイ帝国は侵略をしようとする国だ。征服した後の国に仁政をするとは思えない。
だからフィーナの為に戦争に参加しないと言うことはできないのだ。それは最終的にフィーナを苦しめることになるから。
「その様子だとトーカ君も分かっているのだろう?」
「ああ、自分がどれだけヤバい事に足を突っ込んでるかってのはな。けど今止める訳にはいかない。俺が止めれば多くの人間が不幸になる。後半月なんだ。この後どんなことが起こるかも分からないけど、後半月で全部終わるんだ」
「全部?」
「ああ、全部だ。これの決着が着いたら俺は冒険者を止めようと思ってるからな」
俺はここで初めて自分の未来をどうしようと思っているのかを話した。
「世界を見たいって俺の希望はだいたい終わってるし、フランもいる。これ以上フランを連れまわしながら冒険するなんて無理があるし、子育てにも良くない。カランの学校で強く思わされたよ。フランが同い年の友達と楽しそうにしゃべってるんだ。それを引き離すのは可哀想すぎる」
俺とフィーナが冒険者だったから、フランはカランで出来た友達と別れなければならなかったのだ。
フランの本当の両親が子育ての為に村に住んだという理由がよく分かった。
だから俺は冒険者を止めようと思っていた。金は十分にあるし、後はどこかに家を買って、自慢の馬鹿力で力仕事でもしながら細々と暮らしていこうと考えていた。
「だからこれで最後だ」
「……そうか、それだけ覚悟が決まっているのなら、こちらからは一つ条件を出す。それを飲めば交際を許そう」
「なんだ?」
「絶対にフィーナより先に死ぬな。約束は絶対に守るのだろう? ならこの約束を守れ。それが儂から出す条件だ」
できればフィーナに看取ってもらいたいとか思ってたんだが、どうやらその夢は諦めるしかなさそうだな。精々子供たちに看取られるのが限界のようだ。
その事を考えて、フッと笑う。
「ああ、分かった。絶対にフィーナより先に死ぬことはしない。フィーナが寿命で死ぬまでは生きて生きて生き抜いて、最後までフィーナを幸せにするぜ」
「そうか。なら儂から言うことは無い」
そう言って爺さんは廊下から部屋へと戻って行った。
それを見送って、俺は小さくガッツポーズを作る。だって爺さん言ったろ? フィーナより先に死ぬことは許さないって。そして俺は寿命で死ぬまでは死なないって言った。それってフィーナと死ぬまで一緒に暮らすってことだろ? つまり爺さんは俺とフィーナの結婚を認めたってことだ。
俺、この戦いが終わったら、フィーナに結婚を申し込むんだ!