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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
ギンバイ帝国・極星編
143/151

142話

 翌日からは予想通り、勇者の命令は変更されていた。


「月示せ、堅牢なる土壁。ガイアウォール!」

「二極の星よ、雷光と風刃を回せ。デュアルテンペスト」


 勇者への命令は、砦を俺から防衛することから、砦の周囲にいる敵の殲滅へと変更されていた。しかも俺が出てくれば標的は俺に絞られる。必然的に俺はあぶりだされる形になったのだ。しかも標的が俺になっても、一般兵士への攻撃も隙があれば行われる。

 おかげで戦いの開始から今に至るまで、やけに大規模な魔法を発動させてくるのだ。

 俺はその魔法から兵士を守らなくてはならないため、魔法の発動に集中し勇者の相手をしている余裕が無い。

 そのせいで、砦攻めなのになぜか防戦一方という謎の形が出来上がっていた。


 そんな戦闘の二日目。包囲はさらに進み四分の三の包囲が完了した。帝国からの補給も、何とか砦に逃げ込むように入っていく。

 しかしその最後がどうしても包囲できない。勇者がいるからだ。勇者は砦の壁の上から包囲しようとする部隊に魔法で妨害を仕掛けてきていた。


「あの魔法使い、ほんと面倒な命令出しやがって! 月示せ、雷の軌道、ライトニングバニッシュ!」


 とにかく今は、砦の壁の上にまで後退して魔法を放つ勇者を引きずりおろして、自由に魔法が撃てない状況にしないといけない。

 俺は雷速で壁まで近寄ると、その壁を踏み切って上まで一気に飛び上がる。

 壁の上にいた兵士たちは、突然目の前に飛び出してきた俺に驚き動きを止める。その瞬間には、俺はサイディッシュを振るい、周囲の兵士を吹き飛ばしていた。そして初めて俺はフィーナから借りていた属性剣を鞘から抜き放つ。

 抜き放たれた属性剣は、勇者の日本刀をしっかりと受け止めていた。

 魔力は特に流していないため、普通の剣としてだ。

 そしてガッチリと日本刀を受け止めたところで、属性剣に俺の魔力を流す。すると属性剣は八色に輝きだし、その光はやがて刃の形となる。どうやら俺の全属性を感知した剣は光の剣となったらしい。なんとも勇者っぽい剣だな。俺らしくない気がする。

 とりあえず強そうな武器は手に入った。

 勇者は八色に光る剣を警戒してか、いったん距離を取る。

 俺はサイディッシュを近くに突き刺し、剣だけを構える。それによって勇者に剣で勝負することを示した。

 その意味を取ったのか、はたまたそれ以外に方法が無かったのか、勇者も日本刀を両手で中段に構える。まさしく剣道の構えのようだ。


「行くぜ」


 一歩踏み出し一気に距離を詰める。

 勇者は普通に俺の速度に対応して日本刀を傾ける。剣と刀がぶつかり、ギンッと重い音がする。

 その直後、同じような音が一瞬のうちに何度も鳴らされた。

 それは俺達が打ち合った数と同じだ。雷速の魔法を使い速度を上げて攻撃を仕掛けたら、勇者も同じように雷速で移動してきた。

 雷速で斬り合う俺達を傍から見れば、まるで一度だけ剣を合わせたように見えただろう。しかしその間に俺達は五度ほど剣をぶつけ合う。

 お互いが確実に急所を狙う攻撃だった。

 まあ、俺の場合は急所を狙うようにしないと変な方向へ斬りかかりかねないから仕方がないんだがな。

 そして呼吸を計るようにお互いが離れる。

 勇者の刀は、数度の打ち合いだけでボロボロになっていた。それを確認してすぐさま形を変化させる魔法を発動させようとした。

 しかしそれを逃す手は無い。

 こちらの剣は俺の魔力で保護され傷一つ無いのだ。ならここが攻め時。

 再び勇者に向かって剣を振り下ろす。

 勇者はそれを刀で受けることなく体術だけで躱した。その動きに俺は目を見張る。

 上体をひねるように右に向け、左足を振りあげて強引に体を倒す。右肩を地面に打ち付けるように倒れたが、そのまま地面を転がり、すぐに起き上った。

 その時にはすでに日本刀は元の形に戻ってしまっている。

 だがやはり倒れた時に肩を打ったのか、勇者は日本刀を左手に持ち変えた。


「俺有利だな」


 ニヤリと笑みを浮かべ、勇者の出方を伺う。ここで引くようならば、一気に砦の包囲が進むだろう。引かないのなら引かざるを得ない状態にするまでだ。

 当然、勇者は攻めてきた。

 雷速の魔法を使い、俺の懐へと飛びこんでくる。俺はそこに剣を置き、勇者を迎え撃つ。

 剣と刀がぶつかり、水が四方に散った。勇者の刀が水に覆われていたのだ。そして飛び散った水に電気が走る。

 各所に散った水が、電気を誘導して俺を中心に電気の球体を作り出した。

 俺がヤバいと思った瞬間、俺の体を電流が駆け抜け、神経がビクンと跳ねる。

 体が沸騰するような熱さに覆われ、意識が飛びそうになる。

 しかし俺の体はそれに耐えた。そして合わさった剣に力を込めて強引に勇者を弾き飛ばす。

 飛ばされた勇者は俺に向かって指を突き出し銃のような形を作っていた。それだけであいつが何をしようとしているのか分かる。

 だから俺も即座に左手を突きだし、同じように銃の形を作り詠唱する。

 次の瞬間、お互いの指先からレーザーが放たれ、俺は脇腹に熱を感じた。

 とっさに腹を抑えれば、そこからはぬるっとした熱いものがあふれ出している。

 手のひらを広げれば、そこは真っ赤に染まっていた。

 俺はその場に片膝を付き、崩れ落ちそうになるのを耐える。そうしながら勇者を見れば、勇者は右手をぶらんとぶら下げて、同じように片膝をついていた。

 そしてその右手からはとめどなく血が流れ出している。

 俺の放ったレーザーは、どうやら勇者の右手を貫いたようだ。


「まずったな……」


 先ほどの電流と今のレーザーでかなり体がヤバい。まだ戦えないことも無いが、今無理するとこの後動けなくなりそうだ。

 だがそれは勇者も同じのはず。

 勇者を睨みつけていると、勇者はよろよろと立ち上がった。

 少し動いただけなのに、右手からは驚くほどの血があふれ出す。どうやら俺のレーザーは突き出した状態の掌から肩までを一気に貫いたらしい。肩の上からも血が流れていた。


「……どう動く」


 勇者はしっかりと立とうとしてふらつく。そして近くに置いてあった木箱に手を付き何とか姿勢を保った。

 限界っぽいな。ならここはお互い引くとしようか。これ以上無理をされて死んでもらっちゃ困るのは俺も同じだ。

 痛む脇腹を堪えて俺も立ち上がる。同じように血があふれ出すが、俺は傷口を魔法で凍らせて流れ出すのだけは止めた。けどすぐにちゃんとした処置をしないと問題になりそうだ。

 属性剣を鞘にしまい、サイディッシュを引きずるように持ちながら、勇者を警戒しつつ壁の端まで移動する。

 勇者も俺を警戒するように、距離を保つためか壁の内側に移動する。

 そして俺は勇者の見ている前で、壁からトンと外側へと蹴りだし、飛び降りた。


 どうやら追撃してくる様子は無いようだ。それどころかこちら側の確認すらしてこない所を見ると、勇者もかなり危なかったのかもしれないな。

 俺は壁にサイディッシュの斧側を突き立て、それに捕まりながら状況を考える。

 それにしても脇腹が痛い。電流の時の痛みはほぼなくなったと言っていいが、さすがに傷がはっきりと残っている怪我はいつまでも痛む。その上凍らせているせいで非常にしみるのだ。


「早く戻ろう」


 サイディッシュを揺らして壁から抜き、地面へと着地する。そこはすでにこちらの軍が制圧していた場所のようで、周囲にはユズリハの騎士達がいた。

 そして一様に俺の姿を見て驚き駆け寄ってくる。


「トーカ殿! 大丈夫ですか!」

「ああ、何とかな」


 最初に駆け寄ってきた騎士に軽く状況を説明し、勇者が出て来る心配はあまりしないで良い事を伝え、肩を借りて医療テントへと向かう。

 そこには怪我をした騎士達が大量に並べられていた。

 森の中のせいであまり風が無く、辺りには薬品の匂いと血の匂いが充満している。

 そんな中でせわしなく駆け回る軽装の男たち。彼らが医療班なのだろう。

 肩を貸してくれている騎士の一人が近くにいた一人に声を掛ける。


「すまない! この人を大至急見てくれ!」

「怪我人の判断はこちらでする! そこに寝かせてくれ!」


 どうやら怪我の度合いで治療の順番を決めているらしい。まあ数に限りがある戦場じゃ常識だな。

 俺は言われるままに近くの布の上に寝かされる。こんな所にベッドなんてものがあるはずも無く、上等なマットが引いてある訳でもない。

 ただ草の上に敷かれたマットは、背中に地面と根っこの感触をダイレクトに伝えてきた。それが傷口に触り痛みを上げる。


「つつっ……」

「トーカ殿!」

「大丈夫。傷口に当たっただけ」


 思わず呻いた俺に、騎士が不安そうな顔で声をかけて来る。しかしこの騎士、なんか距離が近くない?

 横になってからずっと肩に手当ててるし、なんていうか……ホモ臭い。

 そう思ったとたん、痛みとは別の意味で冷や汗が出て来るのを感じた。

 聞いたことがあるのだ。戦場では女性が少なく、男性たちは性欲を発散させるために男同士てその……そういうことを……

 いかん、考えるな。今俺は怪我人だ。寝ている間にそんなことをされる心配はない……はず……

 ぶんぶんと頭を振って、考えを振り払っていると、医療班の人が駆け寄って来てくれた。これで助かる! 色々な意味で!


「君、怪我の具合は?」

「脇腹を貫通してる。今は氷で覆ってるけど」

「分かった。氷をはがすよ」


 傷口を覆っていた氷を医療班の男が丁寧に剥がしていく。そして空気に触れた傷口から再び出血が始まる。


「これは酷いな、貫通してるじゃないか。けど内臓が傷ついている訳じゃなさそうだね」


 レーザーは非常に細い光の攻撃であるため、傷口自体もわりと小さい。その上内臓に当たってはいなかったようだ。


「そりゃ助かる。火で傷口炙って閉じる必要は無さそうだな」

「それだけ軽口を叩けるなら、気力も十分ありそうだしね」


 そう言いながら男は袋の中から絆創膏を巨大にしたような物を取り出した。そしてそれを傷口がふさがる大きさに切り、俺の傷口に貼り付ける。


「これで安静にしていれば治ります。反対側も張りますから背中向けてください」


 俺は黙ってそれに従った。


 後から聞いた話では、俺に張った巨大な絆創膏は、闘技大会の時皮膚を作っていた道具と同じような道具だそうだ。

 一時的に細胞の増殖速度を高め、自分の力で傷を回復させる。だから後遺症の心配も無し。

 本当に不思議なぐらいこの世界の医療技術は発展している。まあ、おかげで俺が助かってるわけだが。

 魔法に治療系の技が無い分、魔法のある世界だと治療系の技術が飛躍的に高まるのかもな。

 そんなことを思いながら、俺は布の上で疲れをとるため眠ることにした。


 眠りから覚めた時、状況は一変していた。

 包囲自体は完全に完成し、投降を促していたのだ。それは攻城兵器が届いた証でもあった。攻城兵器はすでにいつでも門に攻撃を開始できる状態で、森の中に配置されている。後は、総指揮の命令一つでガード砦の城門を破るだろう。

 しかしそれに対して帝国側は良い反応を示さない。まあ当然だろう。

 そして最終的には特攻もあり得ると考え、総指揮は包囲の一部をあえて解除したのだ。

 いわゆる逃げ道を残しておくって技だな。

 そのおかげか、ギンバイ側の緊張が少し和らいだらしい。

 ちなみにこの状況になるまで丸一日。どうやら俺は丸一日眠り続けていたらしい。らしいと言うのは、俺自身じゃ分からないし、医療班の人に聞いた話だからだ。

 そして俺は怪我の具合を確かめ、問題ないのを確認してから総指揮の元へと向かった。


「失礼しますよ」

「おお、トーカ殿! もう怪我は大丈夫なのか?」

「ああ、おかげさまでな。そっちも調子は良さそうだな」

「あと一息といったところかな。しかしここからが難しい。相手を上手く誘導しなければならないからね」


 爆発させず、かといってまだ行けると思わせてはいけない。

 撤退するのがベストな判断だと相手に思わせなくてはならないギリギリのラインを見極めるのは、歴戦の指揮官でも難しい事だろう。

 しかも相手には勇者が付いているのだ。それだけで相手の士気はおのずと上がってしまう。


「勇者の様子は?」

「トーカ殿が怪我をしてからは見ていないな」

「なら俺と同じか。ってことはそろそろ復活するな」

「ここで引く判断ができる指揮だと良いのだがな」


 兵士達の生命を考え、撤退を宣言できる指揮がいるとすれば、全軍に突撃を命令させ華々しく散ることを選ぶ指揮もいるということだ。

 今回のギンバイの指揮官は、トーラン砦の時に見事な撤退を見せてくれたし、後者ではないと思いたいが。

 あの魔法使いがどう出て来るか分からないからな。

 魔法使いが勇者をコントロールしている以上、魔法使いにもある程度の発言権がある可能性は低くない。

 それを抑えるだけの能力が指揮官にあるかどうか。


「さて、我々はもう一押ししてこよう。勇者が復活するとなれば、それまでにこちらに元気があることを教えておかなくてわな」

「なら俺も行くぜ。俺が出て来ると分かれば、相手も躊躇するだろ」


 何せ砲台全部ぶっ壊したり、勇者を抑えてたんだ。それがまだ健在となれば、相手の士気も衰えざるを得ないはずだ。


「頼むよ」


 そう言って総指揮はテントから出て行くと、全軍に攻撃命令を出した。


 攻城兵器が砦の門に向けて丸太で出来た杭を打ち付ける。

 その度に衝撃が砦全体へと伝わり、ギンバイの兵士達に動揺を与えた。

 さらに続けざまに投石器が砦自体への攻撃も開始する。

 ギンバイの魔法使いたちも必死に攻城兵器を壊そうとするが、こちらの魔法使いたちがそれを阻止していた。

 そしてみるみるうちに砦の門が破壊された。

 それと同時に、騎士達が雄叫びをあげながら砦へと入り込んでいく。瞬く間に砦の中は乱戦の様相を呈し、混乱の極みへと到達していた。

 俺は壁の上からその様子を眺め、勇者の位置を確認するために周囲を見渡す。

 いた。勇者はこちらが攻めているのとは逆、ギンバイ側の門にいた。

 そしてそこには多くの兵士達が集まっている。どうやら撤退してくれるらしい。勇者を最後尾に据えるってことは、殿を任せるつもりなのだろう。

 砦に入り込んだ騎士達もそれに気づき、声を上げ本部へと伝える。

 それに応じて、騎馬隊が出撃準備をする。

 その時点で流れは完全に決まっていた。ユズリハはギンバイ帝国の侵略戦に勝利したのだ。


 一週間ほど国境線上でにらみ合いを続け、完全にギンバイ帝国が撤退するのを確認してから、総指揮は今回の戦争の勝利宣言をした。

 その吉報は早馬で王都へと届けられ、瞬く間にユズリハ王国全体へと伝わっていく。

 ユズリハ全土が祝勝ムードに浮かれる中、俺はある報告を一人、森の中で聞いていた。


『そう、撤退したのは次の進軍の目途が立ったから。僕はそっちに移動中』

「やっぱデイゴ?」

『正解。攻めるのに二万五千って少ないなーって感じてたけど、僕の存在と他の国に攻める準備をしてたからみたいだね』

「そっか、分かった。なら今度はデイゴの国境で会うことになるな」

『今回みたいな戦いは正直勘弁願いたいけどね。こっちも死にそうになってたし』

「どんな状況だったんだ?」

『右腕は神経切れちゃってて結構大変だったみたい。こっちの医療班が緊急手術して何とか神経を繋ぎ直したんだ。やっぱりこの世界の医療技術って異常だよね。昔から発展してるなーとは思ってたけど、今の時代の技術って明らかに地球より上じゃん』


 オルトも俺と同じ感想を持っているようだ。


「それは俺も思ってた。魔法があると大抵治癒魔法みたいなのあるだろ? あれが無い世界だから医療技術が発展したんじゃないかと俺は思ってる」

『なるほど。死ぬ確率が高いから、その分発展が早かったって説か。必要になると必死になるのは、異世界でも変わらないからね』


 戦争が科学技術を発展させるように、魔法が医療技術を発展させた。そう考えるのがやっぱ妥当だよな。

 それにしても、百年近く生きている奴の言葉は重みが違うな。


『それにしても、帝国本部も結構慌ててるみたいだね。まさか僕が止められるとは思ってなかったみたい』

「そりゃそうだろ。おとぎ話の最強が普通は止まらんぞ」

『桃花がこの時代にいたのは運の尽きだったね。もし桃花がいなかったら、誰も僕を止められなかっただろうから』


 そう言いながらオルトが苦笑する声が聞こえる。


「だな」


 その未来はちょっと想像したくないが。


『とにかくだ。次の目標はデイゴとギンバイの国境。昔は竜の谷なんて呼ばれてた場所だと思う。今はどんな呼ばれ方してるのかは分からないけどね』


 なにせ数百年たっているのだ。地名が変わっていてもおかしくはない。


「了解。その辺りは聞けば分かるだろ。数百年なら口伝でも本でも残ってるだろうし」

『じゃあそろそろ限界だから切るよ。また頼んだ』

「この貸しはいずれきっちり返してもらうから覚悟しとけよ」

『全てが上手く行ったらね』


 そう言って勇者との接続が切れる。

 俺はそっと息を吐き、新鮮な空気を取り入れるべく大きく深呼吸した。


「よし、俺も行くか」


 俺は新たな目標へ向かうため、とりあえず馬車を調達しに総指揮の元へと向かった。


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