141話
奇襲を何とか躱したユズリハ軍は、白み始める空を見て、そのまま攻撃に入ることを選択したようだ。隊列を整え進軍しようとしている。
俺はその様子を伺いながら、勇者の相手をしている。と言っても奇襲が失敗した時点で勇者の役目も無くなっているのか、本気でこちらの陣地を攻めようとしている様子は見られない。ってことは、今度はこいつが俺を足止めする役割になってるんだろうな。
ならたっぷり相手をしてもらおうじゃないか。
「月示せ、炎華の胎動。フレイムエクスプロージョン!」
「二極の星よ、土壁に水壁を纏わせよ。デュアルウォール」
俺のフレイムエクスプロージョンが勇者のデュアルウォールにぶつかり激しい爆発を起こす。
しかし炎を水で減退させられ、中の土壁によって爆破の衝撃も防がれる。
そこに俺はサイディッシュを構え走り込み、土壁を切り裂き勇者に迫る。しかし勇者もそれを予想していたかのように日本刀を構えていた。
お互いの武器がぶつかり合い、再び衝撃を発生させる。
勇者は俺の力に負けて吹き飛ばされるが、その間にも氷の槍を数本放ってくる。それは狙いが定まっていなかったのか、数本が俺の足もとに刺さり、一本が俺の頬をかすめ一筋の傷をつけた。
氷の槍が足元に刺さってしまったせいで、追撃できず、その間に勇者は体勢を立て直してしまう。もしかしたら外れたと思ってたのは、これを狙われてたのかもしれない。
魔法の使い方が勇者は上手い。それは何度も戦っていて、嫌と言うほど理解させられていた。
勇者の魔法はどこまでも合理的なのだ。
必要なタイミングで、必要な魔法を確実に選択して使う。一つや二つ属性を持っているだけならそんな選択は必要ないのだろうが、俺や勇者みたいに全属性を持っていると、それこそが重要になってくる場合も多い。
その辺り、寿命まで生き続けた勇者の知識が役に立ってしまっているのだろう。
俺は足元に刺さったままの氷の槍を掴み、勇者に向かって投げ返す。
勇者はそれを炎弾で相殺した。
しかしそろそろ勇者の相手を続けるのも疲れてきたな。何度も戦ってると、うっかり大けがを負わせそうになったり負いそうになったりする。
俺の目標が、勇者が自我を完全に取り戻すまでの足止めである以上、大怪我を負わせるわけにはいかないのだ。
もしそれをやってしまえば、自我を取り戻した時に勇者が動けない可能性もある。まあ、この世界の医療技術はかなり発達してるから、大事な戦力に適当な治療を施すとは思えないが、それでもここは戦場なのだ。常に医療品は不足しているだろうし、むやみに危険な橋を渡りたくはない。
つまり、俺は勇者に酷い怪我を負わせないように戦い続けなければならない。これがかなり難しい。
相手との実力差が極端に開いているのならそれも簡単なのだろうが、相手は勇者。俺との実力差なんてほぼゼロだ。
むしろ、技術や応用の面では勇者の方が上。俺が勝っているのは、魔法の威力と筋力。
この二つだけで勇者の攻撃を防いでいるのだから、肉体的にも精神的にも疲れるのは仕方がないと言うもの。
だから面倒くさくなってきたのだ。
しかも、今までは勇者が攻めて来るから撃退しなくてはいけなかった。けど今は違う。今は勇者が俺の足止めをしようとしているのだ。
なら俺は勇者と正面から戦う必要が無いんじゃないだろうか?
そう思ったら余計に面倒くさくなってきた。
ならやることは一つだろう。ギンバイ兵をかき回しながら、逃げ回る!
そうと決まれば速行動だ。幸い、ユズリハ軍はすでに進軍を始めている。俺は一足先にガード砦の正面に向かわせてもらうとしよう。
「付いて来れるもんなら付いて来てみな」
俺は素早くサイディッシュを背中に背負い直し、森の中へと駆け込んで行った。
森の中を枝伝いに駆け抜けていると、後ろから水やら氷やら雷やら物騒な槍が沢山飛んでくる。
それをジグザグに飛ぶことで躱しながらガード砦へと向かって行った。
「あぶねぇな、うおっ!?」
今度は土の槍が飛んできて、俺の横にあった木に突き刺さる。
飛び散った木片と土塊が飛んでくる。それを手で防ぎながら森を抜けた。
そこには巨大な壁に覆われた砦が現れる。周りや壁の上にはギンバイの兵士達が警備をしており、森から飛び出してきた俺にすぐに気付く。
「敵襲! 敵襲!」
ガンガンと鐘が鳴らされ、俺が来たことが砦全体に知らされた。そしてその直後、俺の背後から熱いものが飛来する。
俺はとっさに伏せてそれを躱すと、飛んできた炎の槍はガード砦の壁に直撃して爆発した。ついでに何人かの警備兵が巻き込まれて倒れる。爆風で倒れただけだし死んじゃいないだろうけどな。
起き上っているうちに勇者が追いついて来て俺に斬りかかってくる。
それを俺はサイディッシュで受け止める。
「んじゃ派手に暴れますかね! 月示せ、崩壊の嵐。テンペストストーム」
俺の周囲に吹き荒れ始めた嵐が勇者の体を押し返そうとする。そこに勇者も同じく、嵐のような激しい風を纏わせる魔法を発動し、俺の風を相殺した。
しかしそれが俺の狙いだ。
お互いが激しい風をぶつけ合えば、その風はどこに向かうのか。もちろん近くに飛び散るよな。
周囲にいた騎士達はことごとく立っていられなくなり、その場に膝をつく。壁の上にいた兵士は、何事かとこちらを覗き込んで風に煽られ落下したりその場に座りこんだ。
直後、門の一部が開き、中からぞろぞろとギンバイ兵が出てきた。
この辺りで引き時かね? 後はユズリハの連中が来る方向とは反対側に逃げてこいつらの目を引き付ける。
勇者が奇襲なんてやって来たんだから、こっちも俺が陽動させてもらうぜ。
勇者を警戒しつつ、ガード砦の裏側へと走っていく。それをギンバイ兵が勇者を先頭に追いかけてきた。
それを見てほくそ笑みながら、俺は森の中へと再び突っ込んだ。
森の中を進み、完全に日が昇ったころ森を抜け目の前に城が現れる。
そこにはギンバイ兵士達が臨戦態勢でかまえていた。しかし彼らの視線が自分達の軍隊よりも砦の後方に向いていることに偵察の兵士は気づく。
それを森の中で進軍を停止させていた総指揮に告げた。
「なぜかはよく分からんか。だがこれが好機であることに違いはない。一度では落ちないだろうが、確実にダメージを与えられる。ここが攻め時だ」
そう言って総指揮は馬の上から声を上げる。
「全軍進軍せよ! 目標はガード砦! 今敵の注意は別の方へ向いている。今のうちに畳み掛けろ!」
『おぉぉぉぉおおおおおお!』
全騎士の声と共に森が震え、一斉に騎士達が森の中から飛び出してくる。
その声に驚いたギンバイ兵たちは、すぐにユズリハ軍に向き直るも、明らかに初動が遅れた。
瞬く間に壁まで接近され、周囲が制圧されていく。
ギンバイ兵たちも必死に壁の上から弓や大砲、魔法などで応戦するが、人数が少なく効果が薄い。
「相手が体勢を崩している内に壁を作れ!」
騎士達が魔法使いの部隊を壁付近まで守ってくる。そして魔法使いたちが一気に詠唱し、地属性で壁を作り出していく。と言っても、精々が人程度の高さだ。しかしそれだけの壁があれば矢は防げるし、大砲も的を絞れない。
魔法も壁の上からでは距離があるせいで、効果を発揮できない位置だ。
「よし、壁は出来たな! 騎士達はそこを拠点に包囲を開始!」
騎士達は作られた壁を盾にしながら、壁の外にいた兵士達を倒していく。そして敵兵がいなくなった部分に魔法使いたちが新たに壁を作って行った。
途中まで包囲を終えたところで、砦の反対側から一気にギンバイ兵士達が出て来る。そして乱戦へと突入した。
魔法使いたちはすぐに壁に隠れ、騎士達が応戦する。
「報告、どうやら狂呀のトーカが砦の兵士の注目を裏側へと向けていてくれた模様です」
「ほう、トーカ殿か。勇者と戦いながらそこまでやるとは、我々もその活躍に頼ってばかりはいられんな。全軍に通達。乱戦に突入するが、ここを突破すれば一気にガード砦を包囲できる。そうすれば今後が楽になるぞ!」
包囲さえ成功すれば、補給線を断ち相手を飢えさせたうえで降参を求めればいい。いくら極星の勇者がいようとも個人個人の飢えには勝てない。
砦落としの定石だろう。
士気の上がった騎士たちは、ギンバイ兵士達を押し返していく。しかし、ギンバイ兵士達もただでやられるほど甘くは無かった。
「魔法隊! 撃て!」
突如壁の上から号令がかかり、大量の魔法がユズリハ騎士達を襲う。
以前の戦いで逃げ切られてしまった魔法使いの部隊だ。それがギンバイ司令官の命令で壁の上に集められ一気に魔法を撃ち始めた。
さすがの騎士達も、その攻撃にはたまらず壁まで退避する。その間にギンバイ兵たちも体勢を立て直してしまう。
戦況は硬直状態に戻るも、少しずつ壁は大砲によって破壊され、その隙間からユズリハ騎士達が倒されていく。
魔法使いが修復を試みるも、次々に飛んでくる大砲と魔法の嵐に、修復は追いつかず、次第に壁は破壊されていった。
そして総指揮から撤退の命令が下る。
騎士達は愚痴りながらも、集団となって盾で壁を作り森の中へと避難していく。その間にも何人もの騎士が魔法や大砲の餌食となった。
「くそっ! 壁にもたどり着けなかった!」
「あとちょっとだったのに!」
「けが人がいる! 治療キットを持ってる奴いないか!」
森の中で、必死に仲間の怪我を応急治療の出来る道具で治していく。ギンバイ兵士達が追撃を仕掛けてくる様子は見られなかった。
ギンバイ兵たちは、自分達が作った土壁を丁寧に破壊している。今後の戦闘で再び使われるのを防ぐためだ。
それをただ黙って見ることしかできないユズリハの騎士達は、強く唇をかみしめた。
翌日、翌々日と小さいながら攻防は起こった。
しかしどちらもこれと言って打撃を与えられず、こう着状態は続く。
「さて、攻城兵器の到着予定まであと四日ほどだが、相手の様子はどうだ?」
「完全に包囲が出来ていないため、補給を許してしまっています。ガードからギンバイへの道は一本道のうえ、周りは深い森になっているため、兵糧を奪えるほどの兵士を潜ませることが出来ず……」
「ふむ、それは仕方のない事だろう」
潜む以上、大部隊では動けない。かといって部隊を小分けにすると、途端に魔獣に襲われかねないのだ。
「トーラン砦からの増援は?」
「魔法使いを中心に、歩兵や騎馬兵も到着しております。そこからの情報で攻城兵器も予定通りに完成するだろうと」
「分かった。では我々は攻城兵器の到着までに、使う場所を確保しなければならないな」
むやみやたらと攻城兵器を持ち出しても、ユズリハ軍がトーラン砦でやったのと同じように相手の大砲や魔法で破壊されてしまうのがオチだ。使うならば確実に使える安全な場所を確保しなければならない。
あと四日ほどでそれをするとなると、今の膠着状態では少し難しかった。
「トーカ殿は勇者とか?」
「はい、我々から少し離れた所で戦闘を行っています。正直申しますと、あれは人の次元ではありません」
「そこまでか?」
「はい、彼らの魔法が発動するたびに地形が代わり、武器がぶつかるたびに、森が削れます。もし彼らと戦うことになっていたらと思うと体が震えます」
「ふむ」
兵士の言葉に、総指揮は少し何かを考える。そしてトーカを呼ぶようにその兵士に伝え、退室させた。
木の上で休憩していたら兵士に呼ばれた。そこで俺は総指揮のいるテントへと向かう。
「どうしたんだ?」
「急に呼び出してすまない。体調はどうかね?」
「問題ないぜ。すこぶる快調だ」
「それはよかった。呼んだのは少し聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
総指揮の言葉に首を傾げる。
「勇者についてだ。彼は一時的にでも我々で押さえることは出来ないか?」
「勇者を? 我々ってのはユズリハ軍全員でってことか?」
「そうだ。そしてその間にトーカ殿にガード砦の周囲にいる兵士を倒してもらいたいんだが」
「無理だな。両方の被害が全滅になるだけだぜ」
俺はその問いに即答する。
「そうか……時間を取ってすまなかったな」
「いや、構わないさ。そうだ、俺は明日はちょっと戦闘に参加しない」
「なに?」
俺の言葉に総指揮が驚きの声を上げる。まあ普通はそうだろうな。今まで勇者を抑えていた俺が出ないとなれば、部隊はついさっき俺が行ったみたいに全滅する可能性もあるんだ。
「言葉が足りなかったな。少し勇者の出方を見たいんだ。あいつは俺から砦を守るように言われてる。なら俺が出なければどういう風に動くのか。もちろんあいつが普通に兵士に向かって行くようなら俺も出るけどな」
「そう言うことか。分かった、その辺りの動きはそちらの自由にしてもらって構わない」
「了解」
そう言って俺はテントを出て、自分のテントへと戻った。
翌日、俺が戦闘に参加せず戦いの様子を木の上から観察する。すると勇者が壁の上に立って戦場を見ているのを確認した。何かを探している様子なので、俺を探しているのだろう。
しかし、俺の姿が無いと分かると壁の中へと戻って行ってしまった。
「これは指示を貰いにいった感じか? なら」
勇者が壁の内側に戻ったタイミングを見計らって、俺は壁の上にいる兵士に向かってフレイムエクスプロージョンを放つ。
突然森の中から飛んできた火の玉に兵士達は反応することが出来ず、その爆発に巻き込まれ大砲や近くに置いてあった火薬ごと吹き飛んだ。
その直後勇者が再び壁の上に戻ってくる。
それを確認して木陰に身を隠す。
そう、俺が気になっていたのは、勇者の意識レベルが操られている場合どの程度になるのかと言うものだ。
今の行動から考えるに、勇者は命令を実行するだけの人形になっているようだ。
しかもそれが遂行できない状態となれば、魔法使いに指示を仰ぎに行くように命令されている可能性もある。
これなら俺が動く隙があるかもしれない。
そう考えながら、俺はひっそりと森の中に隠れ続けた。
その結果、その日一日俺は勇者と直接やりあうことは無かった。
勇者が指示を貰いに行ったタイミングで攻撃を加える。その攻撃に反応した勇者が即座に壁の上に上がってくる。そしたら俺はそそくさと隠れる。
おかげで壁の上の砲台はあらかた片付き、壁の下の兵士達も大分動きやすくなったようだ。まだ歩兵たちの抵抗があるため包囲までとは言っていないが、それでもガード砦の三分の二は包囲出来ただろう。
「まあ、明日からはまた戦闘だろうけどな」
今日上手く行ったのは、魔法使いに命令を更新されないようにすることが成功したからだ。魔法使いから勇者の状況は分からない。勇者が砦の中に戻ろうとしたことから、おそらく魔法使いは砦の中にかくまわれているはず。
まあ、魔法使いが死ねば勇者に命令を下せる存在がいなくなるからな。それを防ぐための処置なんだろうけど、それが幸いした。
けど明日はもう命令が更新された状態で出て来るだろう。そうなれば勇者との戦いは避けられない。
けど、今日はゆっくり休憩出来たし、いい感じに勇者をおちょくれたので気分も良い。
明日からの戦闘は意外と楽しくできる気がした。




