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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
ギンバイ帝国・極星編
141/151

140話

「これより追撃に入る! 部隊を第三型に変更!」


 総指揮の指示が飛び、伝令がすぐに各部隊に命令を伝えるべく走る。

 今回の作戦には、三種類のパターンが組まれていた。

 一つは砦の防衛を第一に考えた守備重視の部隊。砦への退路を確保しつつ、相手からの攻撃に最低限の被害で耐えるための陣形。

 二つ目は撤退を視野に入れた、消極的な陣形。これは、勇者をトーカが抑えきることが出来なかった場合のことを考えて考案されていた。

 トーラン砦からの退路を確保するために、砦を囲まれないよう部隊を展開するもので、砦の後方にも部隊を置くため正面の戦力が手薄になり突破されやすいものである。

 しかし、勇者が自由に動けている時点で、正面が敗北するのは明らかなため、妥当な編成でもあった。

 そして三つ目が追撃のことを考えた編成。

 追撃組と補給組に別れ、深追いを避ける意味も込めて部隊自体はそれほど大きなものにはしていない。もともとギンバイ帝国をガード砦まで押し返すことが目的のため、撤退の足を止めさせない程度に攻撃を仕掛けるものだ。

 その為、敵を追いかけることを考えて、王都から来た騎馬隊が主になっている。


 総指揮の指示が伝令により伝えられると、砦正面で戦っていた部隊から、あらかじめ選出された騎士達が自分の馬に乗るため砦へと戻ってくる。

 その間は、選出され人数の減った部隊が協力しながらギンバイ兵を追いかける。

 そして騎馬隊が追いついた所で歩兵隊は撤退、ガード砦へ進むための準備に入る。

 あわただしく動き回る騎士達を見ながら、トーカは壁の上で休憩していた。




「俺はこれからどうしましょうかね」


 サイディッシュを横におろし、その場に座り込む。正直極星の勇者との戦いはかなり精神力を消費する。

 何せ、一撃一撃が全て即死クラスの攻撃なのだ。最初の内は軽い攻撃で俺を躱し、砦へ攻撃しようとしていたが、途中からは俺をどかさないと砦へ攻めることが出来ないのを理解したのか命令されたのか、俺を集中して狙って来るようになった。

 それ以来、ずっと戦っていたのだから疲れもする。


「とりあえず総指揮さんに聞いてみるか?」


 自分も追撃に参加した方が良いのだろうか? しかし個人的にはあまり普通のギンバイ軍と戦うのは避けたい。

 今回のことは、事が事だけにギルドも戦争に参加するのを許してはくれるだろうが、一方的な虐殺に参加するほど落ちぶれちゃいない。

 それ以前に、俺が追撃に出ると、また勇者と戦わないといけない。

 正直それは勘弁願いたかった。


「トーカ殿、こんな所にいたのですか」


 壁の上に寝っころがって空を見ていると、突然横から声を掛けられる。そちらを見れば、総指揮さんがいた。


「現場の最高責任者がこんな所にいて良いんですかね?」

「たまには私にも息抜きが必要だと言われてしまってね。私としては指揮を続けたかったんだが、部下に追い出されてしまったよ」

「休めるときに休むのも仕事ってやつだな。まあ総指揮さんにはガード砦の奪還指揮もやってもらうんだ、今倒れてもらっちゃ困るんだろ」


 部隊の編制もすでに決められた通りに動くだけだ。それなら総指揮がおらずとも十分対応できる。

 それにギンバイ帝国が周辺から撤退している今、トーラン砦は安全な場所になる。まあ俺の隣にいる時点で一番安全だけどな。


「それもそうだな。この年になると持久戦は辛いものだ」


 すでにトーラン砦で攻防を始めて三日、移動も合わせれば一週間になる。五十超えたおっさんには確かに辛いだろうな。


「俺はどうすればいい? 正直追撃には参加したくないんだけど」

「ああ、追撃は我々がする。トーカ殿はしっかり休んでくれ。ガード砦でも勇者と戦うことになるだろう」

「そりゃ助かる。移動は馬車に乗せてもらえる?」

「もちろんだ。ガード砦での攻防は一週間程度を予想している。すでに攻城兵器の準備は指示したが、それが届くのがそれぐらいになるだろうからな」


 ガード砦では攻守が逆転する。今度はこちらが砦を落とす番になるのだ。ガード砦の状況がどうなっているか分からないが、それも追撃部隊が報告してくれるだろうしすぐに分かるだろう。

 そうなると俺が砦を攻めることになるのか? それを勇者が抑えると? いや、たぶんならんな。俺は勇者殴りに行くし。


「では私はそろそろ戻るよ。風にも当たってスッキリしたしな」

「そうか、頑張れよ」


 総指揮がいなくなった壁の上で、俺は少し眠ることにした。


 日が暮れ、追撃していた騎馬隊が戻ってきた。少し人数が減ったのは、反撃をくらったのだろう。しかしみなどこか充実した表情をしている。

 その先頭を歩いていた騎士が馬から降り近くの騎士に馬を任せ砦の中に入る。俺はそれを壁の上から見て何か進展があると踏んだ。

 そこで俺も砦の中に入る。

 そして会議室へと行くと、そこには案の定重要な立場のメンバーが揃っていた。そして俺が入って来たことに気付いた総指揮が声をかけて来る。


「おお、今呼びに行こうと思っていたところだ」

「何か進展がありそうだったからな」

「ああ、騎馬隊から情報が手に入った。ガード砦の現状だ。説明を頼む」


 騎兵隊の例の騎士がその場で撤退したギンバイ軍の状況とガード砦の状況を説明していった。

 それによれば、撤退したギンバイ軍をすぐに収容したガード砦は、砦の一部が爆破の影響で壊れているが、それほど大きく崩れている訳では無いそうだ。兵士達も砦を補強して普通に使っているらしい。

 追撃部隊が減っているのは、撤退している兵士を倒そうとして勇者の反撃にあったそうだ。

 勇者は基本的には周囲の警戒をしていたが、一定以内に入ると攻撃をしてきたらしい。そのためギンバイ兵の数を減らすことは出来なかったようだ。

 悔しそうに報告した騎士だが、総指揮は十分な情報だといって追撃をしていた騎士達に休息をとらせるように命令し、その騎士を下がらせる。

 そして地図に聞いた情報を書き込んで行った。


「さて、これが分かっている情報か」

「地の利は我らにあります。ここは一気に攻め込むべきでは?」

「そうしたいのはやまやまだがな。知っているからこそ無理は出来ないだろう。あの砦は落とされないための作りをしているのだ。普通の攻城兵器で壊すことは出来ん」

「そうでした」


 その為近くの町で開発したガード砦専用の攻城兵器が必要になるのだ。それの開発に約一週間、その間相手をガード砦に閉じ込めるのが今後の戦いになる。

 けどもしかしたら俺の出番が回ってくるかもしれない。運悪く攻城兵器が壊されてしまったら、また一週間以上攻防を繰り返さないといけなくなる。さすがにそれは面倒だ。その場合は、俺が門を強引にぶち壊すのも視野に入れておかないと。その場合、勇者をどうするかが問題だけどな。


「我々は明朝よりガード砦に向けて進軍する。各員準備を進めておけ。それと怪我をしたものはここに残していく。今後は野営が主になるからな。怪我持ちでは厳しいだろう。その分の補充は補給路を断つことに成功した領主軍を配属する。多少連携は難しくなるが、部隊の組み方でカバーしてくれ」

『了解しました』


 総指揮が一通り指令を出し終え、ホッと息を吐き水を飲む。

 そして俺に向き直った。


「トーカ殿。トーカ殿も今日は部屋を使ってしっかり休んでくれ」

「いいのか?」

「当然だ。というより兵士から報告を受けて驚いたぞ。なぜ壁の上なんかで寝ているのだ。我々に言ってくれれば部屋ぐらい幾らでも用意する」

「なんか悪い気がしてな。俺は軍人じゃないし、部屋一つ独占して一人だけそこでぬくぬく眠るのってな」


 俺の言葉に総指揮がフッと吹き出した。


「そんなことを考えていたのか。トーカ殿の役目は勇者を抑えることだ。抑えられなければ我が軍は全滅する。それどころかユズリハが滅びかねないんだ。それはトーラン砦で君の姿を見ていた者が良く知っているし、それを聞いたもの達も分かっている。何も気にする必要などないのだよ。しっかり休んで万全の状態で勇者に挑んでほしい。我々が今勝てているのも、君のおかげなのだ」

「そうか、ならありがたく部屋を借りるぜ。そろそろこいつの整備も必要だったからな」


 そう言ってサイディッシュを小突く。

 サイディッシュは勇者との戦闘でかなり消耗してしまっている。そろそろフルメンテが必要になるだろう。

 さすがにバスカールレベルのメンテは出来ないが、バラして掃除して組み立てるぐらいはできるしな。それに細かいパーツ程度なら換えも貰って来ている。

 それをしっかりやるには、さすがに屋外じゃ不安だったし。

 ちなみにフィーナの属性剣はまだ使っていない。常に腰には下げているが、なんというかこれはお守りのような気がするのだ。

 こいつが俺の腰にあるおかげで、俺はフィーナ達の存在を強く感じられる。

 だから絶対にやられたりしないと意識できる。


「部屋は騎士に案内させよう」

「あんがと」


 総指揮がそう言って部屋の外から騎士を一人呼び、案内するように命令する。騎士はそれにしたがって俺を案内し、部屋へと誘導してくれた。

 その騎士にお礼を言って俺は部屋に入る。そしてすぐにサイディッシュの調整に入った。




 翌朝、俺は馬車に揺られながらガード砦へと向かう。

 つっても揺られ方が激しいけどな。歩兵はみんな駆け足だし、それに合わせた馬の速度も結構出てる。

 それ以上に、国境付近に近づくにつれて、舗装が悪くなってる。さっきから馬車がガタガタいって非常に五月蠅い。


「あとどれくらいかね」

「もうそろそろ砦の天辺が見えると思いますよ」


 俺に応えたのは、同じ馬車に乗った騎士だ。

 なぜ彼が一緒の馬車に乗っているのかと言われれば、彼が非戦闘員だからだ。一応の基礎訓練は受けているらしいが、基本的に彼は戦闘には参加しない。

 彼の戦場は厨房。この遠征チーム全員の胃袋を守る最後の砦の一人である。そしてガード砦で料理人をやっていた騎士だった。

 今回は、周辺地理に詳しい事と、数少ない料理人ということで、同行することになったのだ。


「どれどれ」


 馬車の隙間から外を覗けば、木々の間から石造りの建物が見えた。それがガード砦なのだろう。ってことはそろそろ野営の準備か? あんまり近づくわけにも行かないしな。

 そう思ってしばらくしたら、案の定馬車が止まる。そして俄かに外が騒がしくなった。

 再び外を見れば、騎士達がテントの設営をしている。ここを野営地とするらしい。

 周辺に木は無く、森から少し離れた場所なのが分かる。まあ、森の中で野営なんかしたら魔獣やギンバイの兵士に奇襲かけられかねないしな。

 瞬く間に出来上がっていくテントの群れを見ていると、俺と一緒に乗っていた料理員が馬車から降りる。


「じゃあ私は夕食の準備をしてまいりますので」

「そうか。俺は適当にふらついてる」

「じゃあまたどこかで」


 そう言って料理人は走り去ってしまった。

 それを見送った俺は、言ったとおり適当にぶらつくことにする。ついでに少し周囲の様子を調べておくことにした。


 森の方へと歩いていると、声を掛けられる。総指揮だった。


「あまり森の方へは近づかない方が良いぞ」

「奇襲? それとも魔獣?」

「どっちもだな。この辺りはしっかりと狩りが行われていない。冒険者ギルドもかなり離れた場所にあるせいで、依頼自体も少ないからな」

「なるほどね。まあ俺なら大丈夫だけどな」

「それは分かっているさ。だが万が一と言うこともある。勇者が奇襲してこないとは限らないんだ」


 勇者と言えば高潔な精神を持って、正面から向かって来るものだろうけどな。けど今の操られている勇者ならそういうことも平然とやるか。

 言われてみればそうだ。

 しかも相手は敗戦し退却した軍隊だ。なりふり構っていられないはず。カラン攻めが失敗に終わったこともあって、強引にでも攻めてくる可能性もある。


「それもそうだな。ならテントに戻りますか」

「トーカ殿のテントはこちらで用意させてもらった。一人だけ特別が気になると言うことで、他の兵士と同じサイズのテントを用意させてもらったよ」

「そりゃ助かる。けどあんまり使わないかもな。夜の警備もする予定だし」


 夜襲朝駆けは要注意ってね。ガード砦には相手からの増援も来てるんだろうし。


「そうか、まあ自由に使ってくれ」


 総指揮はそれだけ言い残し自分の持ち場へと戻っていく。

 俺もその後に続いて、とりあえずテントに荷物だけ置いてくることにした。




 夜。俺は夜警の騎士達に交じって警戒をしていた。そして発動していた魔力探査に、明らかに人為的な動きの点が見つかる。

 それは森の中、俺達のいる場所に向かって横一列に並んでいる。明らかに監視しているな。

 しかも、チャンスがあれば攻撃を仕掛けんばかりに近づいてきている。森の中から出てきて来ることは無いようだが、それでも結構近い。

 その事をこっそりと騎士達に伝えておく。

 そして俺は一際高い魔力を持った別の場所に足を進めた。


「さて、魔法使いに操られた哀れな勇者さん。俺が相手してやるよ」


 サイディッシュを展開させ、森の中に向かって啖呵を放つ。

 すると茂みが揺れ、中から勇者が出てきた。夜に真っ黒な鎧は見にくいな。

 勇者は剣を抜き構える。どうやら相手をしてくれるらしい。

 俺と勇者の戦いガード砦編の最初は、夜戦から始まった。




 トーカと勇者がぶつかった衝撃で、近くにあったテントが一気に吹き飛んだ。そして中から慌てたように騎士達が飛び出してくる。

 騎士達はすぐに敵襲であることに気づき、近くの騎士達で連携をとりながら、部隊を編制していく。

 そして総指揮もすぐにテントから飛び出し声を上げた。


「報告! 各部隊は被害状況を知らせろ。夜警は何をやっている!」

「報告します! 現在極星の勇者と狂呀のトーカが戦闘中。夜警は狂呀からの情報により潜伏していたギンバイ軍を監視していたとのことです。被害状況は現在詳しくは判明していませんが、テントが破壊されたのみで怪我人は出ていない模様」

「分かった。続けて情報を集めろ。私も部隊指揮に出るぞ」

「危険では?」

「ここにいても状況は変わらん」


 総指揮はテントから出て動揺しながらも、着実に編成を組み立てていく騎士達に声を掛ける。


「現在襲撃を受けているが、狂呀のトーカが止めている! ギンバイ軍も未だ直接の戦闘にはなっていない! 慌てず早急に部隊を組み立てよ! 反撃に出るぞ!」


 言葉を聞いた騎士達から動揺が無くなっていく。

 そして動きのよくなった騎士達は、すぐさま陣形を立て直し反撃に入った。


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