139話
行軍は、特に問題なく順調に進んだ。
そもそもこれだけの規模で人間が動けば、そこら辺の魔物だって怖がって出て来ない。緊急時のマニュアルがしっかり構築されているのか、立ち寄った村での補給や寝床の確保も驚くほどスムーズに事が運ぶ。
まあ、俺は今回の行軍もただ一緒について行ってるだけだから、飯が出ることもないし、誰かが寝床を作ってくれることも無い。
普通は部隊ごとに行動して、テントの設営班や炊飯係なんかに分かれて作業を行うんだろうけど、俺は一人で全部こなすのも面倒だ。どこかの部隊に加わるかとも言われたが、丁重に断った。
そこで俺が出した結論。
そうだ、町の宿に泊まろう。
基本的に補給は町で行われる。ならば俺はそこの町で宿をとって泊まってしまえばいいのだ。それなら飯は出るし布団もやわらかいもので眠れる。
さすがに毎日町まで進める訳では無いから、野宿の時もあるが、その時は寝袋と干物や干し肉なんかで我慢した。フィーナの料理が恋しい。
そんなこんなで四日。俺たちは順調に今日到着予定の町へと到着していた。
そこからトーラン砦までは二日ほどの距離、その間に軍の食料を補給できるような大きな町は無く、直接行くことになるためここでの補給が最後と言うことになる。
町に入ると、軍は盛大に民間人に歓迎された。
防衛のためだしそりゃ歓迎もするわな。
そして隊長のような人が如何にも町長っぽいひげを伸ばした老人と少し話した後、各自に野営の準備を始めるように伝え、町長の家へと入って行った。
それを見送って俺も今夜の宿を探そうと馬車から降りた時、声を掛けられる。
「すみません。漆トーカ様でよろしいですか?」
「んぁ? 確かに俺がトーカだけど」
「遠征軍総指揮のヘリオ様がお呼びです。一緒に来ていただいてよろしいでしょうか? 偵察部隊から情報が入ったとのことで、共有しておきたいということらしいです」
「そりゃ歓迎だ。どこに行けばいい?」
「ご案内します」
どうやらガード砦の情報が入って来たらしい。総指揮はそれを俺にも把握させておくべきだと考えたのだろう。俺としては嬉しい考えだ。
俺は案内役の騎士に続いて、町長らしき人の家へと入って行った。
「ん?」
テントに入った時、空気がどんよりとしていた。これは作戦が上手く行かなかったのかね?
「トーカ殿来たか」
「ああ、ガード砦の情報が入ったんだって?」
「ああ、今ガード砦を最後まで監視していた者が来たところだ。説明を頼む」
「ハッ。我々は計画通りギンバイ軍を砦の中へ誘い込みました。そこで爆発するのを観察していたところ、数か所からは予定通り爆発を確認しました。しかし一番の目標としていた砦の頂上及び数か所が未然に防がれた模様です。そのため、ギンバイ軍の司令官を始め極星の勇者などの、重要人物を殺すことは出来ませんでした」
「分かった。しかし数か所の爆破は成功したのだな?」
「はい。黒煙を確認しました」
「良くやってくれた。部屋を用意させる。そこでゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。失礼します」
そう言って騎士は部屋を出て行った。総指揮はそれを確認して、部屋にいる全員に向き直る。
「と、言うことだ。作戦自体の成功は五分五分と言った所らしいな」
「しかし数か所が爆発したとなれば、それだけでもかなりの損害は出せているはず。時間は稼げるでしょう」
「ああ、我々は予定通りトーラン砦へと向かい、そこでギンバイ帝国を迎え撃つ。残念だがトーカ殿にも出番が回ってしまうようだ」
「仕方ないさ。相手は極星の勇者様だ。止めれるならそれに越したことは無いけど、止められないのも想定の範囲内だ」
そう言って、俺は総指揮の言葉を軽く流した。てか俺としては勇者にも死んでもらっては困るのだ。それでは俺の考えた復讐プランが成功しない。
「だいたいの状況は分かった。俺はもう戻らせてもらうぜ」
「ああ、状況だけ知っていてもらいたくて呼んだからな。ゆっくり休んでくれ」
「おう」
部屋を出て俺は馬車へと戻った。
予定通り二日でトーラン砦に到着した。
到着した遠征組はすぐに馬車から荷物をおろし、戦争のための準備を始めている。
そんな中俺は、砦の壁に上り、上から周辺を見渡す。
砦の周りは、地図で見た通り見渡しの良い草原が広がっている。ギンバイ兵が近づいて来れば、すぐに気付くことが出来るだろう。
それだけに、夜襲を警戒する必要もあるが、極星を有している今のギンバイがそんなことを考えるだろうか。正直俺が俺+軍隊で攻めると考え、さらに相手に俺と同格がいないと思っている場合、そんな面倒なことはしない。
正面から押しつぶしてしまうだろう。
そう考えると、今のギンバイも同じではないだろうか。
伝説の勇者を有し、ガード砦も傷ありとはいえ手に入れた。そんな好調な状態で、夜襲をかけるとは思えなかった。
なら夜はゆっくり眠れるかもな。けどここ、砦だから宿は無いんだよな。頼めば部屋ぐらい用意してくれるだろうけど、広場で寝てる兵士達のことを考えると一人だけ部屋で寝るってのも寝覚めが悪そうだ。
「夜空でも見ながらゆっくり過ごさせてもらいますか」
赤い星の下で、俺は空を見上げながら久しぶりに空を見ることにした。
トーラン砦に到着してから三日目、けたたましい鐘の音がトーラン砦に鳴り響いた。それは敵軍の襲来を告げる鐘の音だ。
俺はすでに壁の上から進軍してくるギンバイ兵を確認している。
斥候の情報によれば、数は二万五千。最初とまったく変わらない編成らしい。しかしガード砦で数を減らしているはずなのにそれはおかしい。普通は爆発の怪我やガード砦の警備で数は減るはずだ。三日で全員の怪我を直せるだけの医療品を持ってるとも思えないし、もし持っていたとしても、そんな贅沢には使わないだろう。
たぶん、元から速攻で落とすことを予定して補充要員を準備していたんだろうな。
国攻めで一番大切なのは、安定した戦力の投入だからな。最初から大群で攻め込んでも、全員が息切れしたら意味が無い。
常に怪我人は出るし、疲れで動きが悪くなる奴なんていくらでもいるのだ。それを最小限に抑えるための補充要員作戦か。
そしてその軍の先頭には、他の部隊と少し離れて歩く二人組。一人はギンバイの真っ黒な全身鎧を身に着け、顔は分からない。もう一人はローブを着たおそらく魔法使い。
これだけの情報があれば、鎧を着ているのだが勇者だとは判断できる。
俺は小さく見える勇者の姿を睨みつける。その視線と殺気にでも気づいたのか、勇者もこちらに向けて顔をあげてきた。
何となく視線が交わった気がした。
瞬間、俺は右手を勇者に向け突き出し詠唱、それと同時に首を僅かに横にずらす。直後、俺の顔があった位置にレーザーが飛んできた。そして同じように勇者の後ろの地面が跳ね上がる。
とりあえず挨拶代りにお互いが同じレーザーの魔法を使ったのだ。迷路の戦いで見たレーザーの魔法だが、なにかと威力が高くて便利なのだ。
狙いも指先から出すから狙いやすいし、何より貫通するのが良い。炎弾とかだとその場で当たれば爆発しちまうからな。
隣にいた魔法使いは俺達の攻防に驚いてとっさに勇者から距離をとる。その光景が滑稽に見えたため、そちらにもレーザーを放ってみた。
すると勇者が魔法使いの前に出てそのレーザーを水の壁で防ぐ。
レーザーは炎属性の魔法で放っているため、水属性で防げるらしい。やっぱ防ぎ方は発案者に聞くのが一番だよな。
「さて、んじゃ始めますか」
挨拶を終えたところで、魔法使いが勇者に何か指示を出す。勇者はそれに頷き単騎で砦に突っ込んできた。
トーラン砦の門を勇者に破壊させるつもりなのだろう。
けどそれを防ぐのが俺の役目だ。仕事はきっちりしますぜ。
壁の上から砦の外側へと飛び降り、俺はサイディッシュを展開させ勇者に向かって走り出した。
トーカと極星の勇者が戦闘を開始したと報告を受けた総指揮は、すぐさま全軍に敵軍への攻撃を命令した。
直後、壁と砦に設置された砲台が火を噴く。
けたたましい音と共に砲弾がギンバイ軍へと向かって一斉に発射された。
しかしそれは当然のようにギンバイ軍の魔法使いたちによって防がれ、砲弾がギンバイ軍に損害を出すことは無い。
だが、だからと言って砲撃を止めれば、今度は魔法使いからの強力な魔法が砦の門を破壊しに来る。
戦争において魔法使いの立ち位置は、弓兵よりも長距離から高威力の攻撃が行えるため重要な位置にある。
この魔法使いたちを働かせるかどうかで、戦争の勝敗は決してくるのだ。
「砲撃の手を休めるな! 奴らに魔法を撃たれれば門を突破されるぞ!」
トーラン砦の門はガード砦の門よりも薄い。魔法使いたちが力を合わせれば破壊可能なレベルなのだ。
総指揮は砲撃の命令を出しながら次の手を準備させる。
魔法使いが封じられるのはギンバイ軍も予想の範疇だろう。そしてそれを見越しているのならば、別の解決策を要しているはずだ。
それが攻城兵器。
分厚い門を破壊するための大型の杭や、砦自体を破壊するための投石器などが出て来ると総指揮は考えていた。そこで、それを破壊するためにこちらも相応の準備をしてある。
「火を灯せ! 攻城兵器を近づけさせるな!」
それは、壁の上で四角く組み上げられた丸太の塊。その中には大量の薪が用意され、兵士達はそれに火を灯していく。
一斉に壁の上で火が上がり、黒い煙が空へと登って行った。
攻城兵器のほぼすべては木製で出来ている。それは移動の為に重量を軽くするためであったり、その場で簡易的に作れるようにするためだ。
その為非常に燃えやすい性質をもつ。幸い、ここ最近ギンバイ帝国からトーラン砦までの地域には雨が降っていない。おかげで、攻城兵器もしっかりと乾燥している。もし部隊の中に水属性の魔法使いがいたとしても、砲弾の防御で手一杯だ。
壁の上から上がる黒い煙を見て、ギンバイ軍もすぐにその事を理解し、攻城兵器を下がらせた。
そして戦争はトーカと勇者を除いてにらみ合いとなる。
しかしこの作戦には問題があった。それは大砲の弾である。
包囲されている訳では無いので、補充作業自体が滞ることは無い。しかし絶えず魔法使いを妨害するために放たれている砲弾だけは補充がどうしても間に合わないのだ。
砲弾が尽きる時、魔法使いたちが自由になり、一気にトーラン砦も窮地に落とされる。総指揮の役目は、砲弾が尽きるまでに、ギンバイ軍を撤退させること。時間との勝負だった。
「さて、ここまでは予想通りの展開になったな」
総指揮は膠着した戦場を確認しながら、自分の考えた作戦を頭の中で思い返す。
まずは膠着状態に持っていき、戦場を安定させる。
その後、あらかじめ伝令を出しておいた領主の私兵団に、ギンバイ軍を後ろから攻撃させると言うものだ。
しかし私兵団ではいささかその練度が心配だった。
そこで総指揮は直接ギンバイ軍を叩くのではなく、その兵糧を叩くことを命令した。
防衛戦だからこそできる技だ。
敵の兵糧を叩くだけならば、練度の足りない私兵団であっても、数で押せば何とかなる。兵糧を運ぶたびに、数千の部隊を移動させていたのでは効率が悪すぎるのだ。精々が防衛の部隊を合わせても数百だろう。
それならば私兵団一万でもなんとかなる。
「さて、我々はしっかりとここを守らなければな」
後は敵の今ある兵糧が枯渇するまでこの砦を落とされないようにすること。せっかくA+冒険者が極星の勇者を止めてくれているのだ。
それなのに落とされたとなれば、恥では済まされない。
「弓隊に通達。弓射撃始め!」
ギンバイ軍の歩兵たちが砦に近づいてきたのを見て、総指揮は新たに弓による応戦を命令した。
「月示せ、氷の雨。アイスレイン!」
「一極よ、炎を纏わせ。ファイアマント」
降り注ぐ氷の針を、纏った炎で溶かし防ぐ。そして俺のもとに走りより剣を振り下ろしてきた。
それをサイディッシュで受け止め、腹に向けて蹴りを放つ。
蹴りは勇者の左手に防がれた。しかし、片手になった剣を押し返しバランスを崩させる。
ふらつくように後退した。そこに追撃の土の槍を飛ばす。
勇者はその槍を、体を倒して躱した。そして倒れた状態のまま詠唱、地面が盛り上がり勇者の姿を土の中へと攫って行った。
「隠れられた? なら足もと!」
サイディッシュを俺の足もとへと突き刺し、刃を高速で回転させる。すると、ガリガリと激しい音がして火花が散った。
それは勇者の剣と俺のサイディッシュがぶつかった音だった。
「やっぱり突き刺す気だったか、日本人ならそう考えるよな!」
アニメなんかじゃ、足もとからか太陽を背中にして攻撃するのは常套手段だからな。
攻撃を防がれた勇者は再び地面の中に消える。
次はどう来るか。正直微妙に後ろとかから攻撃されてたら躱すのが面倒だったから助かった。んで、直接攻撃が無理なら魔法で来るだろうな。
しかも詠唱の時間はある。そうなると――
直後、俺の足もとから半径数十メートルがボコボコとまるで沸騰するかのように盛り上がる。
とっさにジャンプし、高所へと逃げると、直後地面が激しい爆発を起こす。それは周辺の土を吹き飛ばし、大きなクレーターを作った。
そしてそこに佇む勇者の姿。剣を構え居合の準備をしている。
降りてきた俺を切るつもりなのだろう。だが甘い!
「月示せ、氷の足場。アイスフロア」
自分の少し下に氷で足場を作り出す。そのまま重力に引かれて足場も落下するが、そうすることで勇者の居合は防げる。
勇者はそのまま居合の形をとり、落ちてきた氷の床に向けて刀を振るった。
直後、その床は真っ二つに切断される。俺はその隙間から勇者に向けてサイディッシュを振り下ろす。
勇者はそれを雷速で動いて躱した。
バチバチと雷を纏ったままの勇者に、俺も雷を纏って攻撃を仕掛ける。
雷速で動きながら剣とサイディッシュを打ち合わせる。そのたびに周囲に衝撃波が生じ、周囲の土を吹き飛ばす。
次第に戦いの場は砦の前から移動し、平原側へと移動していった。それは俺の計画通りだ。勇者は完全に操られている。その状態の勇者は初めて戦った時とは違い、あまり考えが回っていない。戦いにおける考え方は鋭いが、周囲の把握を怠っているのだ。洗脳で命令だけを実行している状態だからだろう。
俺はそれを利用して、ギンバイ軍の近くへと戦場を移動させていた。おかげで先ほどから俺達の攻撃に巻き込まれた兵士達が少なからずいる。
「作戦成功」
勇者に向かって優越感に浸った笑みを見せるも反応なし。やっぱ操られてる奴相手だとつまらんな。
しかし、これでギンバイも少しは進軍が遅くなるだろ。
もうチョイ押さえたら撤退かね。
早朝から戦い続けてそろそろ昼になる。飯も食べたいし、何より疲れた。
勇者と言えど、相手も体は人間だ。無休で動き続けられるはずも無く、そろそろ撤退しないといけなくなるだろう。
そこまでは付き合おうと、サイディッシュを構え、再び勇者に突撃した。
トーラン砦での戦闘が開始されてから二日が経過した。
その間トーカは勇者の妨害をつづけ、仕事をさせず、魔法使いたちも、砲弾を防ぐために働くことが出来なかった。
結果、トーラン砦での攻防は、ユズリハ軍が有利に事を進めているように見える。そして今日、その最後の一手が到着したと報告が来た。
「そうか、ならば明日こちらから攻撃をかけるぞ。目標は相手陣地にある兵糧だ。物資の支援は領主軍が止める。後はここに残った兵糧を潰すことで、戦いを早期決着させる」
総指揮の指示により、夜の間に総攻撃の準備が行われる。
そしてまだ日が昇る前、白み始めることすらない夜の内に、ユズリハ軍は動いた。
砦の中で土から砲弾を作り出していた魔法使いたちや防衛に当たっていた魔法使いたちが総動員され、夜空にライトの魔法を放つ。それと同時に砦の門が開かれ、兵士達が一斉に突撃を開始した。防衛側が奇襲をかけたのだ
兵糧が届かず、食料を節約しながら休憩をとっていたギンバイ軍にとって、それは予想外の攻撃だ。
しかも、夜が明ける前に総攻撃してくることなど、まずありえない。魔法使いをライトに総動員するということは、他の攻撃に対して魔法使いが無防備になるからだ。攻撃力の高い武器をただの明かりに使うなど、普通ならば考えられない。
しかし砦から攻める場合、巨大な壁が魔法使いたちを守る。だからこそできる作戦だった。
その灯りは周囲をまるで朝のように明るく染め、ギンバイ兵たちの目をくらませた。
トーカはすぐに壁から飛び降り、勇者を止めるべく軍と一緒に走り出す。
兵士達が一気にギンバイ軍の陣地へとなだれ込み乱戦の様相を呈する。いたる所から火の手が上がり、ギンバイ兵たちの動揺を加速させた。
しかし指揮官が優秀なのか、ギンバイ兵たちはすぐに統率を取り戻す。
そして瞬く間に陣形を組み直し、撤退戦に入った。もしここで無理にでも抵抗して来れば全滅もあっただろう。しかし素早い判断がギンバイ兵たちの命を救った。
トーカは勇者の相手をするも、魔法使いの指示により勇者は味方の援護へと回る。そのせいでやることの無くなったトーカは、ユズリハ軍の最後尾に付き、適当にギンバイ兵を追い回すことにしたのだ。
こうしてトーラン砦での攻防から三日目。
ユズリハ軍は多少の犠牲を出しながらも、ギンバイ軍に大打撃を与え、ガード砦まで引かせることに成功した。
戦争はサクサク進めます。




