138話
事が進んだのは、俺が王都に到着してから三日目の朝だった。
俺はその時、朝から騎士達の訓練を見学しながらシグルドと談笑していた。
そこに兵士の一人が駆け込んでくる。
「シグルド様、陛下がお呼びです。至急国家対策室へお越しください」
「分かりました」
兵士の慌てた様子に、シグルドもただ事ではないのを感じ、すぐに移動する。俺は邪魔しちゃ悪いと部屋に戻ろうとしたのだが、シグルドに呼び止められ一緒について行くことになった。
国家対策室は、国家規模の重要な議題を話し合う時に使われる専用の部屋だ。
部屋の中央には円卓のテーブルが置かれ、全員がその席を囲んで話し合いが行われる。
基本的にはあまり使われない部屋だが、今回は戦争が起こると言うことでこの部屋が使われていた。
俺達がその部屋に到着した時、すでに王様、重鎮、騎士長クラスが勢ぞろいしており、シグルドの到着を待っていた。
シグルドは一言謝りながら空いている席へと座る。
俺は適当に警備の騎士達と並んで部屋の隅に立った。
それを見て、王様は少し眉を顰める。俺がいることではなく、空いている席に座らなかったことが不満なんだろうけど、俺は作戦に加わるつもりは無いしな。その辺りの意思表示はしっかりとしとかないといけない。
「それでは会議を始める」
王様の言葉で会議が始まった。それを受け継いで傍にいた参謀役のような甲冑を来た爺さんが情報を伝えていく。
「早朝、偵察に出していた部隊から連絡が戻ってきた。それの報告によれば、ギンバイ軍の動きを掴めたようだ。現在、ギンバイ軍はすでに進軍の準備を整え、我が国との国境線上に待機しているらしい。トーカ殿が持ってきた情報と照らし合わせれば、おそらく極星の勇者が合流し次第、この国に攻め込んでくるものと思われる」
参謀役は机の上に広げられたギンバイとユズリハの国境付近が描かれているらしい地図を使って、ギンバイ兵たちの位置を示していく。
それを聞きながら、近くにいる専用の召使いが地図上にコマを置いていった。
そしてその地図によれば、ギンバイ軍がいるのはガード砦と呼ばれるユズリハの国境付近で、周辺は険しい山と深い森に阻まれているため、その位置から進軍するには確実に砦を攻められることになる。
そして進軍の準備を進め、待機状態になっているギンバイ軍の数はおおよそ二万五千。騎兵五千、魔法兵五千、歩兵一万五千の割合になっているらしい。良く調べたもんだ。
対するガード砦の兵はたったの五千。これでも最近の帝国の動きから警戒を強化して人員を増やしているほどだ。
そもそも周りが深い森に囲まれたガード砦では、多くの兵を常駐させておくほどの余裕は無いのだろう。
「よろしいでしょうか」
「なんでしょうか?」
参謀役が一通り情報を離し終えると、重鎮の一人が手を上げる。
「なぜガード砦を攻めるのでしょう? 正直あそこはギンバイからこちらに攻めるにはもっともやり難い場所だと思うのですが? 何か相手には思惑が?」
「おそらく極星の勇者を前面に使うためだろう」
そう言って参謀は地図を棒で指しながら説明する。
「見ての通り、ガード砦からギンバイ側の道は一本道だ。その上ガード砦の周辺も深い森に囲われていて、こちらも迂闊には入れない。軍を展開できないと言うことは、それだけ個人の戦闘力が物を言わせる戦いになる」
一本道で正面からぶつかることを想定すれば、戦闘で戦う者の強さが物を言う戦いになる。そうなると極星の勇者を止められるものは、一般人の中にはいない。
これがもし、周辺が開けた場所で普通の戦争を行った場合、勇者からの犠牲を覚悟して他の兵士の掃討に当たることも可能なのだ。
おそらくギンバイは全ての国を攻めることを考えている。そうなると、自国の兵士の損失はなるべく少ない方が良い。
「なるほど」
「他に質問はあるか?」
周囲を見回すが、誰も手を上げる様子は無い。それを確認して参謀は本題に入った。
「ではガード砦での作戦を説明する。今回派遣する部隊も、領主軍もおそらくギンバイの進行には間に合わないだろう。そうなれば、極星の勇者を有しているギンバイ帝国が圧倒的に有利なのはみな分かっていると思う」
神妙にうなずく円卓の人々。
「しかし不利なら不利でやりようはいくらでもある。我々は今回ガード砦を放棄する作戦をとることにした。だからと言って、簡単に明け渡す訳では無い。奴らには手痛い一撃を与え、我々が到着するまでの時間を稼ぐのだ」
そう言って参謀役は、地図の上に棒を指しながら説明する。
「先ほど言ったように、ガード砦は森の中にある砦だ。そしてそこからこちら側で一番近い砦はトーラン砦となる。ギンバイ軍はまず間違いなくガード砦を占領し、進軍の足掛かりとするだろう。そこで、我々はガード砦にギンバイ軍を誘い込み、砦ごと爆破させる」
その作戦を聞いて、どよめきが走った。まさか貴重な砦を爆破させるような作戦をとるとはだれも考えていなかったのだ。
そのどよめきにしてやったりとニヤリ顔で参謀役は説明を続ける。
「ガード砦にはすでに戦時用に大量の火薬が運び込まれているため、準備はすぐにでもできる。もし明日敵軍が攻めてきたとしても、準備には十分な時間がある。そして私たちはこの場所でギンバイ軍と正面から戦闘を行う」
参謀役が示したのは、ガード砦から王都に向かった場所にあるもう一つの砦。先ほど名前がでた砦だ。
トーラン砦はユズリハの特徴であるなだらかな平原に作られており、そこでなら勇者を前面に押し出した戦い方は出来ない。こちらが有利に事を運べるのだ。
「すでに伝令は出発し、ガード砦に指示を送ってある。ガード砦にいる兵士たちは、爆薬の設置を終え次第、最低限の兵士を残してトーラン砦へと撤退する手はずだ」
「起爆にはその兵士を使うのですか?」
「まさか。起爆は魔法回路によって行う。扉を開けた時に火花を散らせる魔法回路を組み、その上に大量の火薬を用意しておくのだ。これならば、敵が勝手に扉を開いて自爆してくれるだろう。魔力回路もかじった程度の知識で作れる簡単なものだ」
誰かに爆破させるとか、エグいしな。その辺りは便利な魔法がどうにかしてくれるようだ。残った最低限の人員と言うのは、俺達に砦の状況を連絡するための偵察役で、森の中から観察するらしい。
「他に質問はあるか?」
その後、いくつかの質問を受け答えし、会議は終了となる。
「では騎士団は明日の朝より出発する。準備には城の人身を総動員して当たるように。愚かな帝国の軍に好き勝手を許すな」
『ハッ!』
王様の威厳ある一言で会議は終了した。それと同時に、部隊長や重役たちが足早に会議室を出て行く。残ったのは、俺と王様とその護衛だけだ。
そこで初めて俺は口を開く。
「俺がガードに行かなくてよかったのか? 俺なら明後日には間に合うぜ? そうすればガードを爆破なんてしなくても済むはずだ」
ガード砦は辺境にあるとは言え、ギンバイとの大事な境界線になっているはずだ。そこをわざわざ使えないようにしてしまうのはもったいないだろう。
しかし王様は首を横に振った。
「最初っからまかせっきりなのもおかしいだろう。これは国どうしの戦争なのだ。もともと一人でどうこうするような物ではない。相手が極星の勇者だからと言っても、それは変わらないのだ。最初からトーカ殿に頼り切るようでは、国を支えるものとして恥ずかしいからな。我が国の知恵を絞って、一度ぐらいは極星の勇者に土を付けてやらねばな」
王様はそう言って笑う。
その答えに、俺も思わず笑みがこぼれた。
「分かった。けど、トーランでの戦いのときは俺が相手をする。こればっかりは譲れないぜ」
トーランでの奇策はない。ならばトーランでの戦いで勇者を自由にすれば、それ相応の被害が出るはずだからな。
「ああ、その時は頼むぞ」
「任せときな」
俺は部屋の出口に向かいながら、手を振って答えた。
翌朝、予定通り遠征軍は出発の最終準備を進めていた。
城にあった食糧は片っ端からかき集められ、昨日の昼から夜通し馬車への積み込み作業がなされていた。
今朝俺が起きてきてみれば、いつもはきびきび動いているはずのメイドたちも、どこかぐったりしている。徹夜で頑張ったのだろう。
俺はそれを横目に、適当な馬車の屋根へと上る。俺が地上でふらふらしてても邪魔だろうからな。
馬車の上から全体を見回せば、さすが遠征と言うだけの馬車がずらっと並んでいた。
今回ギンバイ軍は二万五千+極星で攻めてくる。それに対してこちらの軍はガードの常駐五千に加え、遠征組が二万五千、周辺領主からの私兵が一万と予想され、合計四万の軍だ。普通に戦争したのならば、まず負けることは無いだろう。
まあ、俺が極星の勇者をしっかり抑え込むことが前提の作戦だけどな。
もし極星の勇者を自由に動かされてしまえば、正直一万五千程度の軍勢なら相手にならないだろうし。
そんなことを思いながら出発の準備を待っていると、城の入口からミルファとクーラが現れた。きょろきょろと誰かを探している様子だ。ってかこの状態だと俺しかいないか。
立ち上がり馬車から飛び降りてミルファ達の下へ向かう。
「どうしたんだよ。こんなところに来て」
「トーカ!」
俺の声に反応してミルファが駆け寄ってくる。
「昨日の夜聞いたの。戦争になるって……」
ミルファは不安そうに顔を歪めていた。
その後ろから来たクーラも同じような表情をしている。二人とも優しいからな。兵士であっても誰かが傷つくのは嫌なのだろう。
「ああ、ギンバイが攻めて来るからな」
「トーカも戦争に行くの?」
「聞いてるだろ? 相手には極星がいる。あいつは俺じゃないと抑えられないからな。まあ、俺の仕事は極星を抑えるだけで直接ギンバイの兵士とやりあう訳じゃねぇけど」
けど、直接兵士とやりあうより危ない仕事だよな。
それを悟られないように、俺はあえて軽く言う。
「だから戦争するのとはちょっと違うかもな。個人戦みたいなもんだし」
「生きて帰ってくるよね?」
「当たり前だ」
バカなことを言うミルファの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「俺が簡単に死ぬように思うか?」
「ううん、思わないわ」
「なら信じろよ。俺が極星を止めて、ユズリハの軍がギンバイを追い返す。それで終了だ」
「そうよね、大丈夫よね」
「おう」
俺の言葉に少し安心したのか、ミルファの顔に笑顔が戻る。
「なら早く戦いなんか終わらさて戻ってきなさい! そしたら町で遊びましょ!」
「そん時はフィーナ達も一緒にな」
フィーナと付き合い始めたことや、娘が出来たことはすでに話してある。ミルファは自分より年下の女の子とほとんど接点が無かったらしく、フランと会うことを楽しみにしてくれた。性格的には正反対の気もするが、どんな反応が起きるか結構楽しみだったりする。
「当然よ!」
ミルファはそう言って城へと戻っていく。クーラのそれに続いて戻ると思ったのだが、クーラはなぜかこの場に残った。
「どうした?」
「ミルファ様のことありがとうございます。昨日戦争が始まるって聞いてからミルファ様ずっと不安そうな顔をしていましたから。私じゃどう励ましても説得力がありませんし、A+になったトーカ様が励ましてくれたおかげでいつもの調子に戻れたと思いますから」
「どうだろうな。まだ不安自体は拭えてないだろ」
自分の国で戦争が起こるのだ。すぐに不安が消える訳がない。きっと我慢しているのだろう。
「だからクーラも支えてやれよ。ミルファ付きのメイドだろ」
ミルファにしたのと同じようにクーラの頭もくしゃくしゃと撫でてやった。クーラはそれにうっすらと頬を染めて恥ずかしそうに顔を伏せた。
「クーラ、何してるの! 早く行くわよ!」
城の入口からクーラが付いて来ていないことに気付いたミルファが声をかけて来る。
クーラはそれに反応して素早く俺の手から逃げると、一礼してミルファの下へ駆けて行く。その直後、馬車の最前列から笛が聞こえた。
それを合図に先頭から馬車がゆっくりと動き出した。
日がまだ登り切らず、空がうっすらと白み始める時間。その集団には、涼しい朝の空気に負けないほどの熱気に支配されていた。
その集団が進むために、ガチャガチャと鎧がこすれ大きな音が鳴る。周りの木からは鳥が飛び立ち、獣は森の奥へとその姿を隠す。
ギンバイ軍は、ガード砦へとその足を進めていた。
そしてその先頭にいるのが、今回の戦争の幕開けを告げる号砲を担う者と、その人物を操る魔法使い。
「勇者よ、ガード砦は高い壁と分厚い門で閉じられた、我が国から守るために作られた砦だ。それゆえ我が国から攻めるのは非常に難しい」
砦への道は一本しかなく、その道も軍が通るには少し狭い。
扉はガッチリと閉じられ、進軍する兵士達を拒み、梯子をかけようとしても起伏の激しい地形と高すぎる壁がそれを許さない。
「貴様の仕事はあの門を破ることだ」
道の先に小さく見えてきた門。それは今も静寂の中でしっかりと閉じられていた。
「やれるな」
「はい」
勇者は生気のない瞳でギンバイの鎧を纏い一つ頷く。
それに満足した魔法使いは、にんまりと笑みを作り先頭を歩き続けた。
やがてガード砦が見えてくる。その砦は静寂に満ちていた。
その様子に、ギンバイ軍の兵士達は首を傾げる。これから、血で血を洗う戦争が始まるはずなのだ。それなのに、壁の上にはユズリハ騎士の一人も見えない。
こちらの進軍がバレていたにしても、誰もいないと言うのはおかしな話だ。
これがギンバイ軍の砦だったならば、近づいてきただけでも、砲撃を開始しただろう。
「様子がおかしいな」
魔法使いがつぶやき、警戒を強める。そこに後方から来た兵士が魔法使いに何事かを告げる。それに頷いた魔法使いは、勇者へと指示を出した。
「何か罠がある可能性もある。まずはあの門を破壊しろ」
「分かりました。二極の星よ、豪炎と腐敗の炎を放て。デュアルブラスト」
勇者から放たれた炎が門へと当たる。炎はその分厚い門にたやすく阻まれてしまった。しかし、その炎の触れている部分がゆっくりと溶け始める。まるで長年立って朽ち果てたようにボロボロと崩れる門を見て、ギンバイ兵は歓喜の声を上げた。
勇者はさらに畳み掛ける。
「一極よ、土塊を放て。アースハンマー」
詠唱と同時に、直径数メートルはあろうかと言う巨大な土塊が宙へと浮かび上がり、ものすごい速さで門へと衝突した。
ボロボロになっていた門は、その衝撃に耐えることが出来ずたやすく破壊される。そして砦の内部を露わにした。
そこには兵士の一人もいない。
「どういうことだ。迎撃が間に合わないから逃げたのか?」
それは考えにくい事だ。しかし現にこうして兵士は一人もいない。
そこに進軍の命令が出される。
騎士達が慎重に砦の中へと足を踏み入れた。
庭へ、訓練所へ、そして砦の内部へと足を踏み入れる。
しかし兵士一人おらず、食料庫も武器庫も空だ。そこまで確認して、ギンバイ軍の司令官は、ユズリハ軍がガード砦を放棄したと判断した。
「ふん、愚かな連中だ。いや、よく分かっていると言うべきかな?」
安全確認を終え、司令官は魔法使いと極星の勇者他数名の兵士を連れ、砦の天辺にギンバイ帝国の旗を立てるために向かう。戦争で勝った時に、自国の旗を掲げるのはその場の最高司令官の役目なのだ。
そして頂上へ続く螺旋階段のある通路への扉を開けた時、その光は放たれた。
司令官も魔法使いも兵士達も突然のことに何があったのか分からない。
しかしその中で勇者のみが命令に従い素早く動いていた。それは魔法使いを守れと言うもの。扉の爆破装置が起動したと同時に、その装置の周囲を風の膜で覆ったのだ。
結果として爆風は外に漏れることなく、風の膜の内部を激しくかき混ぜるだけに終わった。
やがて呆然としていた司令官が我に返る。そしてすぐに叫び声をあげ、全軍に伝えようとするような大声で指示を出す。
「砦の扉に気を付けろ! 罠が仕掛けられている!」
しかし数瞬間に合わず、砦の各所から黒煙が噴き上がったのだった。




