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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
ギンバイ帝国・極星編
138/151

137話

『このままのスピードで進めば後一日で到着する』

「悪いな。馬車の代わりに使っちまって」

『構わない。我が子を助けてもらった借りは、この程度のことでは返しきれない』


 俺は今、氷海龍の背中に乗って上空を高速で飛んでいた。

 これが俺の移動手段だ。

 フィーナから属性剣を借りた後、俺はすぐに氷海龍と連絡を取った。そしてユズリハまで送ってくれるように頼んだのだ。

 その頼みに氷海龍は予想外にも快く受け入れてくれた。理由はさっき氷海龍が言った通り、借りを返すためなのだとか。

 俺としては、そんな貸しを作ったつもりは無いんだけどな。もともとフィーナを助ける為だったし、クーはなんか氷海龍とは思えないほど多彩な属性持っちゃったし。


『しかしトーカは本当に人間なのか? この速度で飛べば、普通は死ぬのだが……』


 氷海龍が空を飛んで移動するには、地面の生き物たちの心配をしなければならない。

 低く飛んでしまうと、その風圧だけで森は吹き飛び、川は抉れ、村は滅ぶ。そんなことにならないようにするには、雲の上のような高高度を飛ばなければならないのだ。

 しかし高高度になればなるほど、気温も気圧も下がる。

 氷属性の化身である氷海龍ならまだしも、俺のような人間がそんな高度に生身で行けば間違いなく死ぬだろう。てか防寒装備を付けたとしても、酸素が足りずに死ぬだろうな。

 だがそこは俺。

風属性の魔法で、地上付近にいた時の空気を確保して、時折氷海龍に速度を落としてもらい地上から新鮮な空気を補充することで難なくやり過ごしている。


「俺は人間だ。化け物っぽい力は持ってても、やっぱり死ぬときは簡単に死ぬと思うぜ」


 魔物のような驚異的な回復力も無ければ、永遠とも思えるほど長い寿命も無い。

 ただの人間なのだ。

 氷海龍に言われ、もう一度自分が人間であることを認識して、俺はユズリハ王国に入った。


 ウトウトと氷海龍の上で船を漕いでいると、氷海龍から声を掛けられた。


『そろそろ王都の上空に着くぞ。これからどうするのだ?』

「王様からの親書は預かってるし、直接王宮に行って手紙を渡す」

『ならば近くに降りよう。私が王都の上空に現れてはパニックが起こるだろう』


 たしかに突然邪神級の魔物が上空に現れたらパニックになるだろうな。けど、今は時間が惜しい。それに考えもある。


「いや、このまま真上に行ってくれ。ちょうど雲も出てるみたいだから、そこから俺が飛び降りる」

『この高さからか!?』

「魔法で落下速度を弱めればなんとでもなるさ。頼むぜ」

『むぅ……分かった』


 氷海龍は俺の言葉に渋々納得する。

 そしてそのまま王都の上空へと到着した。

 氷海龍は雲の中で、城の位置を確認し、その場で旋回行動をとる。その際にちょっと雲がとぐろ状に渦巻いてしまったが、まあちょっと珍しい現象ってことで処理してくれるでしょう。まさか誰も邪神級がいるとは思わないだろうし。


「ありがとな。もしかしたらまた頼むことになっちまうかもしれないけど」


 極星の勇者からの情報がいつ来るかは分からない。普通に馬車で移動して間に合うのならばかまわないのだが、それが間に合わない場合はまた頼ることになってしまうだろう。


『かまわない。いつでも呼んでくれ。だが我が子ともたまには遊んでくれ』

「もちろんだ。フランもクーのことは気に入ったみたいだしな。落ち着いたらまた呼ぶよ」


 さすがに今の状況で遊んでやる余裕は無いからな。


『それでかまわない』

「サンキュー。じゃあまたな」


 そう言って俺は氷海龍の首から飛び降りた。


 自由落下と言うのはこれほどの速度を出すものなのか!

 俺は自分の体にぶつかる空気の壁に驚愕しながら真っ直ぐに王都へと落下していく。

 手足を全開に広げ、ちょっとでも空気の抵抗を増やして降りていくと、雲を抜ける。そして目の前に王都の景色が広がった。

 懐かしい街並みだ。木材と石材が適度に使われた家々は、デイゴにもカランにも無かったからな。

 中央を走る大通りは、今日も人で賑わっているようで、豆粒のような大きさの人影がせわしなく行き来していた。

 そして王都の中心、俺の真下には王城がある。

 巨大な城と、周囲には高い壁。城と壁の間には騎士達が訓練に使う練習場や、憩いの場として使われる芝生などがあり、着地する分には問題ない。

 俺は体を傾け落下する場所を修正していく。そして地面がだいぶ近づいてきたところで詠唱、風属性の魔法で、俺の体を上空へと押し上げるように風の流れを作る。

 次第に俺の落下速度は遅くなり、地面がはっきりと見えるようになってきた。

 俺が着地点に選んだのは、騎士団の訓練場。そこならば土もむき出しのままで、綺麗な芝生を吹き飛ばすことも、周囲にいるメイドたちを驚かすことも無いしな。

 そのまま体を傾け落下地点を最終調整する。


「よっと」


 そして俺は軽く前転し足を真下にして土の上へと着地した。

 ドンッと激しい音と共に勢いよく土煙が舞い上がり、訓練場が大きく抉れる。

 ちょっと着地速度が速かったみたいだな。俺の足もとを中心に、半径五メートル程度が大きく抉れちまった。

 その音に驚いたのか、騎士達が訓練場に駆け込んでくるのが見える。


「何事だ!?」

「空から何かが降ってきた模様です!」

「自分見てました! 人のような物体が降って来ていました」

「バカな事を言ってる暇があったら状況把握に努めろ!」


 正しい事を言ってる騎士が、冗談だと一蹴されショボンとしていた。


「全員抜剣! 魔物かもしれん、警戒を怠るな!」


 騎士の中でも一番偉そうな奴が周りの騎士達に指示を出す。

 そんな中、俺は服に着いた土を払い、発動させたままの魔法で土煙を上空へと吹き飛ばした。

 そして騎士達が呆然とする。


「到着。さて、カラン合島国の王様から親書を預かって来たA+冒険者の漆トーカだ。最重要事項なんで、すぐに王様に会わなきゃならん。案内してもらえるか?」


 さっき全騎士に指示を出していた騎士に問いかける。

 その騎士は俺の問いかけに何とか答えた。


「み、身元が判断出来る物を見せろ。それとその親書もだ。親書ならばカランの押印がされているだろう」

「了解」


 結構しっかりした応えが返ってきた。俺がA+って名乗ったから少しは納得したのかね? とりあえず俺は鞄からポケットからギルドカードを鞄から親書を取り出し騎士に向かって見せつける。

 その親書を確認した騎士が、周りに剣を降ろすように伝え自分も鞘に剣をしまう。


「失礼しました。すぐに連絡を取りますので、客間でお待ちください。おい、ご案内しろ」


 俺は騎士の一人に案内され、客室へと向かった。


 王様との謁見が決まったのは、俺が客室で待って十分程度した時だった。

 メイドの一人が呼びに来たので、それにしたがって謁見の間へと行く。入口で武器類は全て騎士に渡し、扉を潜った。

 中央奥にミルファの父で、現ユズリハ王であるライア・ユズリハ・サイハルトが、玉座に座っている。その横には、寄り添うように王妃であるテリアの姿があった。その二人を守るようにシグルドが控えていく。

 今日は他の重鎮はいないような。まあ、かなり緊急の謁見だったし当然か。

 そしてその三人は、俺を懐かしむような目で見てきた。

 俺は王様の前に膝を付き、頭を下げる。


「よく来た。親書を持ってきたと聞いた。急ぐと言うことだ、面倒なしきたりは飛ばすぞ」

「感謝します。手紙はこちらになります」


 俺は近くのメイドへとその手紙を渡す。そうすればメイドが王様のもとまで持って行ってくれるのだ。

 王様自体は知り合いだけど、謁見の間という公の場でフランクにするわけにも行かず、形式に従ってやり取りを進めていく。

 王様はその場でカランの押印であることを確認し、封を切った。

 そして内容を読み進めていくうちに、だんだんと表情が険しくなる。

 その表情に王妃が心配そうに王の方に手を置く。その手を王は軽く握り、大丈夫だと言って手紙をシグルドへと渡した。

 シグルドは多少戸惑いながらその手紙を受け取った。親書を渡したってことは、王様の中ではシグルドが次期王としてほぼ確定しているってことなのだろう。

 今の王様も確かまだ三十五と若いが、何があるか分からない世界だからな。

 そしてシグルドも手紙を読み、その表情を焦りへと変えて行った。


「王様これは」

「そうだ、すぐに騎士団長クラスを全員召集。作戦会議を開く。トーカ殿、大義であった。部屋を用意させる。そこでゆっくりしてくれ」

「ありがとうございます」


 とりあえず今俺の役目はここまでだろう。後は極星が出てきたときに俺が対応するだけだ。国どうしの戦争はさすがに俺が介入しても意味ねぇし、作戦会議は聞かされるかもしれないけど、俺は徹頭徹尾単独行動をするだけだ。

 謁見の間を出て、再びメイドに案内され、俺は部屋へと向かった。


 用意された部屋でもらったお茶を飲みながらゆっくりと寛ぐ。

 ここ二日は氷海龍の上で魔法使いっぱなしだったし、ベッドもソファーも無かったから尻が痛かったんだよな。

 久々に座った柔らかいソファーはやっぱ楽だわ。

 自分が家を買うのだったら、ソファーやベッドは拘ろうと決心していると、扉がノックされた。


「どうぞ」

「久しぶりね、トーカ!」「トーカ様お久しぶりです」

「姫さんにクーラか。久しぶりだな」


 入って来たのはミルファとクーラだった。

 俺がソファーから立ち上がるとミルファが飛び込んでくる。とっさに受け止めると女の子らしい甘い香りがした。まあ、フランやフィーナで嗅ぎなれてるんだけど。


「元気だったか?」

「当然よ! トーカの噂は色々聞いてるわ、それにシグルドからも色々聞いたの!」

「闘技大会で会ったからな。何か悪いことした気もするけど」


 せっかく婚約発表まがいのことしたのに、俺が話題は全部掻っ攫っちまったからな。


「大丈夫よ。あの後しっかり他国から確認の使者が来たもの。しっかり宣伝にはなってたわ。それよりトーカ!」

「ん?」

「他の女の匂いがするわ!」

「ミルファ様!?」


 ミルファの突然の発言に、クーラが驚いて声を上げる。

 まあ、王女様がそんなこと言い出せばそりゃ驚くよな。だが甘い! 俺はそんなことで動揺するような人生を送って来てはいないのだ。


「まあいろんな女を抱いてきたからな」

「トーカ様!?」

「何ですって!?」


 俺の返しにクーラが同じように驚き、ミルファがサッと俺から離れクーラのもとまで戻った。


「ま、まさか私も狙ってたってことなの!?」

「クックック、ばれてしまっては仕方がない。幸いこの部屋にはベッドもあるしな」


 そう言いながら視線をベッドの方へと向ける。それにつられて向いた二人は、ベッドを見ただけで顔を真っ赤にした。

 初心な奴らって面白いわ。


「く、クーラ。あなたもそろそろ結婚を考えてもいいんじゃないかしら!?」

「ミルファ様!?」


 ミルファが突然クーラを売った。何がなんでも自分の貞操を守る気か。まあ、王女様としてはなかなか的確な判断だな。だがそんな簡単に逃がすと思うのか? こんな面白い奴らを、この俺が!


「おいおい、ミルファが先に抱き着いて来てくれたんだろ?」

「そ、それはちょっと嬉しくてはしゃぎ過ぎちゃっただけよ!」

「でもしっかり他の女の匂いまで嗅ぎ分けるほど、俺にギュッと抱き着いてくれたもんな。

そんな熱く抱擁されちゃ、男として答えないといけない訳だ。むしろ一国の王女様からのお誘いを断ったとあっちゃ、沽券に関わっちまうからな」


 一歩一歩ゆっくりと二人の元へ近づいて行く。なんともスケベな表情で迫る俺は、乙女的にはめっちゃ怖いだろうな。

 現に二人とも、抱き合いながらその場で固まっちまってるし。

 そろそろ冗談はやめた方が良いかね? けど、ミルファが先に降参してくれないと負けた気になっちまう。俺は負けず嫌いだからな。

 さあミルファ、降参しな!

 トドメとばかりに一言加える。


「急いで来たせいでここ二日ほど抱いて無くてな。溜まってんだよ」


 何がとは言わない。何がとは。


「わ、悪かったわよ! ふざけて変な事言ってごめんなさい! 女の匂いとか分からなかったわよ!」


 叫ぶように言うミルファの言葉を聞いて、満足した俺は表情をいつものニヤリ笑いに戻す。


「ハハハ、俺をからかおうなんて百年早いな。もっと女を磨いてから出直してきな」

「なんだ、冗談だったんですか……びっくりした」

「クーラも本気にし過ぎだ。それに俺はここまで超急いで来たんだぜ、女の匂いを付けてる余裕なんて無いさ。それ以前に体も拭いてないからな」


 そう言ったとたん、別の意味で二人が俺から離れた。うん、まあ仕方がないか。


「とりあえずこの後風呂借りたいんだけどいいか? 積もる話はその後ってことで」

「ええ、メイドに湯あみの用意をさせておくわ」


 俺はミルファ達に断わって一旦風呂へ行くと、二日で溜まった汚れを落としていく。さすがに空の上とはいえずっと外にいたのだ、服も埃が酷いし、髪もガチガチになってしまっていた。

 それをきれいさっぱり洗い流し、部屋に戻ってくると、ミルファとクーラがお茶とお菓子をつまみながら普通に寛いでいた。

 そんな光景に俺は呆れながら声を掛ける。


「お姫様がこんなところでのんびりしてていいのか?」

「今は良いのよ。お姉さまが忙しいから私は暇なの」


 どうやらシルファは結婚前のあれこれでかなり忙しいらしい。まあ次期王様が決まるようなもんだし、権力関連のあれこれが大変なのだろう。

 城の人間がそっちのことでてんやわんやになっているせいで、ミルファはかなり自由に行動しているようだ。完全に放っておかれてるな。

 まあ、クーラが専属で付っきりになってるから大丈夫だと思ってるのだろう。

 昔襲われた時に危険分子は一掃出来てるらしいしな。


「なるほどね。そんで今食べてるのは?」


 そのお菓子がちょっと気になった。


「これはトーカが教えてくれたシロップを使ったお菓子よ。シロップ自体に甘味以外にも味があってそのままかけても美味しいから、パンの上にかけることにしたの」


 そして完成したのがパンケーキですか。

 パンはロールパンのようなふわふわとしたものだ。そして生地にもほんのりと色が付いてることから、生地にもシロップが練り込んであるのだろう。


「一つ貰っていい?」

「ええ、どうぞ」


 ソファーに腰掛けながらパンケーキを一つ貰い口の中へ放り込む。優しい甘味とパンの風味が非常に合っている。これなら女性はみんな気に入るだろう。


「なるほど美味いな」

「トーカが王都を出てからも、色々研究は進めてたからね。今はシロップ自体の研究も一段落して、今度はシロップの木を増やす方向で進めてるの」

「国家規模の事業ってこと?」

「まだそこまでは行ってないわ。私の個人的なお願い程度ね」


 それで植林事業が始まってれば十分国家規模だと思いますよ、ミルファさん。


「これならいい感じに成功しそうだな」

「見てなさい、直に新しい王都名物が登場するわ」


 その後は、俺がいなくなってからの王都のことや、俺の邪神級との戦いや闘技大会、カランの学校のことを話しながら夜は更けていく。

 ミルファは俺の話を聞くたびに一喜一憂し、以前と変わらない元気な女の子らしい反応を見せてくれた。

それがいつも一緒にいるフィーナやフランと違う反応で、とても新鮮に感じた。

 そしてミルファが眠気に勝てず船を漕ぎ始めたところで、今日はお開きとなる。

 俺はメイドに、ミルファを部屋に運ぶように頼み、クーラとも別れた。

 再び一人になった部屋で、ベッドに倒れ込みながら思う。

 ミルファはまだ戦争が起こることを知らない。できることなら知らないまま、平和なままでいさせてやりたい。けど、王女様なんだから無理だろう。

 だからこそ、極星の勇者は絶対に止めなくてはならない。

 もし俺が止められなかった場合、極星の勇者は間違いなく町を滅ぼし、ユズリハを一瞬にして火の海に飲み込むだろう。

 それだけの力があることを俺は知ってる。


「必ず止めないとな」


 天井に向けて突き出した手をグッと握りしめ、俺は決意を新たにした。


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