135話
ケホッ
誰かが咳をする。まあ当然だよな。あれだけ激しく建物をぶっ壊せば粉塵がスゲー舞うだろうし。
俺は瓦礫の上に立ったまま、周囲の光景を見回していた。
少し離れた場所にはフィーナとリリウムがいた。リリウム久しぶりだな。何か目を丸くし口をパクパクして何か話したそうにしてるけど声が出ていない。
そして俺を挟んで反対側。そこには体を真っ赤にして湯気を出してるおっさんが倒れていた。あれがドラグルなのか? 聞いてた見た目的にはぴったりなんだけど、なんか上半身裸で湯気出してるって危ない奴にしか見えない。けっして紳士では無いな。
そして俺の足もとには目を回している天使の姿。目の魔法陣がぐるぐる回ってるから、マジで目を回してるんだろうな。なんとも分かりやすい表現だ。
「おい、大丈夫か?」
足先で小突いてみれば、天使は目を覚ました。
「なっ……何をしてくれてるんですか! せっかく逃げたのに! 逃げたのにぃいい!」
「一人だけ安全な場所にいようとするのが気にくわん。それに地下って暗くてジメジメしてそうだったからな。これなら光が入って見やすいし、ジメジメも無くなるだろ」
俺の魔法により、議会の天井から地下三階までの屋根と床が全て壊されぶち抜かれていた。
空いた天井からは夕日が差し込み、部屋の中を明るく照らしている。まあ、もうすぐその夕日も沈んじまうだろうけどな。
「うぅぅ……何事だ?」
天使としゃべっていたら、倒れていたおっさんが起き上る。
「よう、あんたがドラグルか?」
「そうだ。お前は? いや、いい。名前など興味はない。これはお前がやったのか?」
ドラグルは俺に名前を尋ねようとして、途中で首を振りそれを止めると、そんなことを俺に尋ねてきた。
特に嘘を言う必要も感じなかったので、素直に答える。
「ああ、俺がやったぜ」
「ならお前は強いんだな」
「当然だ。最強だからな」
「ここまで来た甲斐があったというものだ!」
ドラグルは俺の答えに満足したのか、体からさらに湯気を吹き出しつつ声を上げる。そして大剣を片手に俺に突っ込んできた。
俺は足元に座っていた天使をフィーナ達の方に蹴り飛ばし、大剣をサイディッシュで受け止めた。
「俺もあんたに聞きたいことがあるんだけどな」
「俺は今気分が良い。特別に聞いてやろう」
ぎらぎらと闘志と歯をむき出しにしながら、ドラグルは答える。
「どうしてギンバイに付いて襲撃なんか仕掛けた? さすがにそんなことをすれば、ギルドから強制的に脱退させられるぞ?」
いくらA+が自由な連中だと言っても、限度がある。戦争に加担する、ましてや戦争の発端を作るようなことをすれば、除名されるのは間違いない。下手をすれば、ギルドの名を穢したとして命を狙われることすらある。
A+だと言っても、ギルドには他にもA+がいるのだ。その全員から狙われれば怪我では済まないはずだ。
「簡単な事。俺は強者と戦いたい。帝国は極星の勇者を復活させることを目標にしていたからな。それを手伝ったまでよ。報酬として勇者と戦わせてもらえるらしいからな」
「なら別に帝国に付く必要は無かったろ」
極星の勇者が復活してから戦いに行けばよかっただけの話だ。
「違うな。俺が手伝わなければ奴らは蘇生を失敗していた可能性もある。所詮は上流階級の愚図どもだ。戦い方など何も知らない。だから俺が奴らのお守りをしたりしてやったのだ」
なるほど、絶対に蘇生を成功させるために帝国に付いたってことか。帝国もかなり長い間蘇生に付いて研究していたみたいだし、その間の護衛なんかもやっていたと言うことなのだろう。
「なら次の質問だ」
「俺は余り気が長くないぞ」
「次で最後だ。すぐに済む。フィーナを殺そうとしたな?」
「フィーナ?」
「そこにいる氷属性の冒険者だ」
「敵だからな」
「それが聞ければ十分だ」
フィーナを殺そうとした。その時点で俺はこいつを殺す理由を得たことになる。
サイディッシュに力を加え、大剣を押し返す。突然加わった力にドラグルは一瞬驚いたが、すぐに力比べに持ち込んできた。
まあ、普通体型を考えれば俺が負けるだろうな。普通は――
「雑魚が馬鹿な事ほざいてんじゃねぇよ!」
さらに力を加え、ドラグルを一気に押し返す。ドラグルはたたらを踏みながら驚いた表情で後退した。
そこにサイディッシュを展開させ、切り込む。
ドラグルは大剣でサイディッシュを迎え撃った。衝撃が周囲に伝わり、空いた天井へと粉塵を吹き飛ばす。
「俺の女に手ぇだして、生きて帰れると思うなよ!」
サイディッシュへとさらに魔力を込め、刃の回転速度を上げる。高速で回転する刃は一瞬で高温になり、ただの鉄であるドラグルの大剣を溶かし斬った。
「面白い! 俺以上の怪力を見たのは初めてだ!」
ドラグルは瞬時に大剣を捨て殴り掛かってくる。その動きはボクサーのように俊敏で、奴の本領が大剣ではなく格闘術であることを教えてきた。
俺は迎え撃つようにサイディッシュを投げ捨てると、ドラグルの右ストレートを左手で受け止める。
すると奴は、左手をからめて関節技を決めようとして来る。
素早く手を引いて左手から逃れ、その場でブリッジをするよう背中を後ろへと倒す。そして足をドラグルの顎に向けて振りあげた。
間一髪で躱されるも、掠ったのか僅かにたたらを踏むドラグル。
俺はそのままバク転し、ドラグルから距離をとると詠唱する。
「月示せ、水の槍。ウォーターランス」
「俺の星よ、我が身を燃やせ。オーバーヒート」
ウォーターランスが俺の周りに大量に展開され、それが一気にドラグルに襲い掛かる。それと同時に、ドラグルは自身の皮膚から炎を噴きだし、一瞬にして炎に包みこまれた。
直後、ウォーターランスがドラグルに直撃し、激しい爆発が起こる。
蒸せるような水蒸気が漂う中で、俺は爆発の場所を睨みつける。
そこに影が現れた。
「俺をここまで熱くしたのはお前が初めてだぞ」
煙から出てきたドラグルは素っ裸だった。だが、大事な部分は炎が噴き上がっていて隠されている。
完全に変態だった。
「お前、その姿はかなり恥ずかしいぞ」
「これは仕方がないのだ。俺が熱くなると鉄だろうとなんだろうと溶けてしまうからな」
そう言いながら再びファイティングポーズをとるドラグル。
こっそりとフィーナ達の反応を伺えば、フィーナの目はリリウムによって隠されていた。ナイスだ、リリウム。そしてそのリリウムはガン見。まあリリウムの場合は、戦闘の動きを一挙手一投足まで逃さないためなんだろうな。色気とか全く無さそう。
そして天使は両手で顔を覆いながら、指の間からこっそりと覗いている。何とベタな。
「さて、続きと行こう!」
ドラグルの一歩踏み出せば、その後には火が残る。そして加熱され身体能力があがったドラグルは、俺との距離をその一歩で詰めてきた。
ジャブのように小さく繰り出されるパンチを、俺は動体視力と反射神経だけで躱していく。
頬のすぐそばをドラグルのパンチが通るたびに、頬が焼けそうになった。
今、ドラグルの攻撃を受けるのは不味そうだ。それだけで防御した部分が発火しかねない。
なら直接受けなければいい。
「月示せ、氷結の小手。アイスガード」
両手の肘から手先までの全てを、氷の鎧が覆った。
そして繰り出されたジャブを小手で弾き、ドラグルの腹に一発お見舞いする。
「ぐふっ」
「俺の氷はテメェの熱で溶けるほど温くねぇぞ」
「ならもっと熱くするだけだ!」
今までは一部だけだった炎の噴出が、その大きさを広げてゆく。股だけだったのが、太ももや下腹部を覆い、肩や背中、耳の裏などからも火が噴き出している。
その姿はまるで、暑苦しい炎の精霊のようだった。
「もっと熱くな――「それ以上はアウトだ!」
高らかに叫ぼうとしたドラグルの頬に、俺は渾身のストレートを見舞いする。
防御なしで殴られたドラグルは、簡単に吹っ飛び壁に突っ込んだ。そして壁が燃え上がる。
これは早めに方を付けないと、火がいろんな場所に燃え広がりかねないな。
燃え移った部分に魔法で水をぶっかけながら、俺はドラグルの動きを警戒する。
こいつはやけにタフなのだ。フェイリスやルリーなら俺の腹パンをくらった時点で吐いて動けなくなっててもおかしくはない。
しかしこいつはちょっと息を吐くだけだった。
確かにこいつの筋肉は鎧のように体を覆っているが、それだけで俺のパンチは防げるはずは無い。
何かあるはずなのだ。
「ぬぅ、決めセリフ中に攻撃とは恥ずかしくないのか!」
「正義じゃないから恥ずかしくないし!」
「それもそうか」
納得しちゃったよ。
「では再開と行こうか」
ドラグルが再び突撃してくる。その表情は笑顔だ。戦闘が楽しくて仕方が無かったのだろう。けど俺はそんな気分じゃない。
フィーナを害そうとしたのだ。そんな奴にいい気分で戦わせるはずがない。
「頭冷やさせてやるよ。月示せ、水の大口。ウォーターホール」
俺に駆け寄るドラグルに対し、俺は水を大きな口の形にしてドラグルを飲み込ませた。瞬間、ドラグルの炎に触れた水がどんどんと蒸発していくが、こちらの水もドラグルの炎を削っていく。
「体熱くして動きパンプアップしてんだろ! なら強引に冷やせば動きも悪くなるよな!」
そこに追い打ちをかけるように俺は氷属性魔法で水を冷やしていく。
空気自体もひんやりと冷たくなり、そこにあった水蒸気が水滴となって近くの物に付着する。
ジュウジュウと激しく音を立てながら、ドラグルが一気に冷やされていく。しかしドラグルは気にせず突っ込んできた。まるでイノシシだな。
けど、冷やされたドラグルなんて、温いコーラと同じだ。何の強みも無い。
繰り出された拳を簡単に受け止め、懐に潜り込み、拳を振り上げる。
その拳はドラグルの顎を直撃し、メリメリと骨の砕ける感触が手に伝わってくる。
脳を激しく揺らされ、ドラグルはその場に倒れた。
俺はそこに追い打ちをかけるべく詠唱する。
「月示せ、氷結の棺。フローズンコフィン」
一瞬にしてドラグルの体の周りに氷が浮かび上がり、ドラグルを長方形に閉じ込めた。そして冷凍されるドラグル。
さらにトドメを加えるために、俺はその場から高く飛び上がった。
「地獄で閻魔様とでも戦ってな!」
重力に引かれて落下し、その勢いと共に自らの拳を氷の棺に叩きつける。
激しい衝撃が周囲を襲い、俺の氷がバリンッと音を立てた。
そして俺の拳の場所から徐々に罅が入っていく。その罅は止まることなく氷の棺全体に渡ると、激しい音を立てて一斉に砕けた。体の芯まで凍らされたドラグルと共に。
「断面図グロいな」
砕け散ったドラグルの破片から、断面図が見える。今まで盗賊を切り裂いたり、おろしたり、潰したりしたが、人間の断面図を綺麗な形で見るのは初めてだからな。結構キツイかも。
パンパンと埃を払うように手を叩き、気分も切り替える。
そしてフィーナ達がいる方向へ振り返った。
瞬間、トサッと体にぶつかる何かを受け止める。それはフィーナだった。
「さすがトーカです! 私の来てほしいタイミングで駆けつけてくれました」
「おう、フィーナは俺が守るって約束したからな」
俺はフィーナを抱き寄せ、優しく抱擁した。
しばらく抱き合っていると、オホンと咳払いが聞こえた。
そちらに顔を向ければ、リリウムと天使がやや困った表情でこちらを見ている。
俺はフィーナから手を離し、リリウム達に向き直った。
「久しぶりだな、リリウム」
「まったくだ。しかもこのような再会をするとは思わなかったぞ。多少はハプニング的な再会を考えてはいたんだがな」
それでも街中で偶然すれ違う程度だと言ったリリウムに、俺は苦笑する。
「ドラグルを抑えててくれたんだな」
「どちらかといえば喧嘩を吹っかけられたのだ。私は元々議会の護りに参加する予定だったからな。議会内で迷っていたところを襲撃されて仕方がなく戦っていた」
「その割には楽しそうじゃありませんでした?」
「強いものと戦うのは好きだからな」
フィーナの言葉に、リリウムは反論せず、笑顔でうなずいた。この辺り全く変わってないな。
「ところでこちらの方は?」
「そうだ、私もそれは聞きたかった。いきなり知らない人と二人で抱擁シーンを見せられるのは、なかなか気まずかったぞ」
確かにそれは気まずいかも。
「こいつは天使だ」
『天使?』
「いわゆる神の使いだな。色々と裏で動いててくれたみたいだぞ」
「そうだったんですか」
「あまりお驚かれないんですね」
フィーナがすぐに納得したことに、天使が逆に驚いていた。
「普通神様の使いと聞けば、みなさん土下座するレベルのものだと思うんですが」
「トーカがそばにいますからね。神様と直接会ってるという話も聞いたことがありますし」
普通に天使と話すフィーナだが、天使の横ではリリウムがしっかり固まってくれていた。リリウムはまだ常識を捨てきれていないらしい。これじゃA+になるのはまだ先になりそうだな。
簡単な自己紹介が終わったところで、奥の扉がドンドンと叩かれる。こちらの戦闘音が無くなったために確認に来たのだろう。けど、扉は氷で固められていて開かない。
「いけない、氷を溶かすの忘れてました」
フィーナは慌てて魔法を解除し、部屋中を覆っていた氷を溶かしていく。
その間に天使は俺に話しかけてきた。
「それでは私はこれでお暇させていただきますね。あまり多くの人に見られるのも問題ですから」
「了解。勇者は蘇生しちまったけど、今後はどうするんだ?」
「輪廻間の調整のために、神様に報告ですね。怒られちゃうかもしれませんが、そんなシステムを作ったのも神様ですから、一方的には怒られないと思います。後は神様が、勇者が死んだときにでも魂を修復するか、輪廻間移動をさせなければいいだけの話ですから」
確かに神様が作ったシステムを使ったのに、一方的に怒られてはたまらないな。それなら最初からそんなシステム作るなよって話になるし。
「それではお元気で。変な事件に巻き込まれないことを祈りますよ」
「それは無理だな。この後二か月ぐらいは勇者となぐり合う予定だし」
操られている間の勇者を止めるのは約束しちまったしな。
「はぁ……命だけは失わないようにしてくださいよ」
「分かってる、分かってる」
天使はもう一度ため息を付くと、全身から光を発し、球体となって空に消えて行った。
それを見送っていると、我に返ったリリウムが声を上げる。
「て、天使はどこに!?」
「もう帰ったぞ」
「なに!?」
「なんか用事あったのか?」
天使に何か頼みたいことでもあったのだろうか?
「いや、特にそう言うことは無いんだが、サインでも貰えば家宝に出来るかと思ってな」
「絶対ならないぞ、それ」
天使の存在すら眉唾物なのに、そんなもののサインなど家宝にされても、ただの紙切れと同じだろ。そもそも証明できるものが何もないんだから。
「そ、それもそうか」
「トーカ、リリウムさん、扉が開きましたよ」
空いた扉からフランが駆け込んでくる
フランは俺の姿を見て、笑顔になるとぱぱと言って駆け寄って来てくれた。
俺は走ってくるフランを抱き留めそのまま抱き上げる。
「一仕事終わったぜ」
「おかえり!」
「ただいま」
「トーカばかりズルいです。私も頑張ったんですよ」
「ままもおかえり!」
「はい、ただいまフランちゃん」
俺の腕の中からフィーナの腕へと移るフラン。ちょっともの寂しさを覚えながらも、俺はフランの頭を撫でることで我慢する。
「その子はトーカ達の娘なのか?」
「まあな。あ、そういえばさっきリリウムの弟子にあったぞ」
「ああ、シスはどうだった?」
「超怖ぇ」
あの狂気っぷりはマジで異常だって。まあ、普通に会話は出来たから、いつもは普通の子供なんだろうけど、戦闘時だけは完全にイカレてる。まさしくバーサーカーだな。
「そうか、トーカにそう思わせるほどか。良い弟子を拾ったな」
「まあ、その弟子はリリウムのことをイカレてるって言ってたけどな」
実際、孤児院でパッと見つけて連れ出すとか、結構イカレてる気がするし。
「まあ、それは色々とあったのだ。とりあえず向こうの部屋に行かないか? ここは埃っぽ過ぎる」
「そうだな」
俺達はとりあえず、戦闘の余波でボロボロになり、使い物にならなくなった部屋を出ることにした。




