130話
今回視点変更多めです。そして久しぶりにあの人も
度重なる爆音と土煙。それは脱出したばかりの島から聞こえてくるものだ。
そしてそのたびに不安になる。トーカ様は大丈夫なのかと。
ルリーとミラノは脱出した船のデッキから、不安そうに木々がなぎ倒されほぼ禿げ島と化した島を見つめることしかできなかった。
体中に痛みが走る。そしていたる所に張り付いている氷。
俺は髪の毛や服に付いてしまった氷を手で払いのけながら、極星の勇者を睨みつける。
真横から迫ってきた炎は、俺のグローブで殴り飛ばして消した。しかし、反対側から迫ってくる氷には対処が間に合わず直撃を受けることになった。
そのせいで、このありさまだ。
「痛ぇな」
「……」
そして戦闘再開。
雷速で走り込み、勇者の懐に入る。輪廻剣はぶら下げた状態から切り上げるように勇者の前面を薙いだ。
しかし、薙いだはずの勇者の姿が靄のように霧散する。俺はすぐさま後ろを振り返り、振り下ろされる日本刀を輪廻剣で防ぐ。
バリバリと火花が飛び、日本刀の刃が瞬く間に欠けボロボロになっていく。しかし勇者はそれを気にした様子もなく力を込めてきた。
だが力比べなら俺のほうが強い。グッと押し返し、勇者を弾き飛ばす。
勇者は弾き飛ばされると分かった瞬間、自分から飛んだのか、思いのほか後退し俺が追撃できる距離では無くなってしまう。
だが、剣が届かない距離なら魔法を使えばいい。
「月示せ、閃光の雷槍。サンダーランス」
「二極の星よ、土塊に炎を纏わせ槍と成せ。デュアルランス」
まただ。さっきから時々形の違う詠唱がある。
打ち出されたサンダーランスは、デュアルランスと接触し爆発を起こす。しかし、土は雷に強い。その上炎を纏っているため、完全にデュアルランスを砕くことが出来なかった。
デュアルランスはそのまま俺に向かって飛んでくる。しかし、勇者の魔法とはいえ威力の減ったランスなど、恐れる物ではない。
俺は跳んできたランスに合わせて拳を振り下ろす。するとランスは簡単に真ん中からポッキリと折れただの土塊に戻った。
しかし、そんなことよりさっきの詠唱だ。
勇者の詠唱は聞いていると二パターンあるのが分かる。一つは『一極』からスタートする物。そしてもう一つは『二極』で始まる詠唱。
そして二極の場合は炎と氷、土の炎のように二つの属性を持った攻撃が飛んできていた。
その事から考えるに、極星の勇者の加護の星とは、二つあるのではないだろうかという想像ができる。
北極と南極。明るく輝く二つの星は、両方とも一等星だろう。
もし勇者の加護の星が二つあるのだとしたら。片方ずつに四つの属性を持ち、合わせてすべての属性をカバーする。
星が二つあるのだから、普通は出来ない別属性の同時または融合発動も納得できる。
だんだんと極星の勇者のカラクリが分かってきた。
ただそうなると、俺は魔法で極星の勇者に勝つのは難しいかもしれない。現に俺の雷槍はデュアルランスに消されてしまった。
幸い詠唱が普通の物より長い点を考えれば、それが救いだろう。接近戦の最中に突然発動されたのでは、避けきれにない。
俺は接近戦に持ち込むため、再び雷速となり勇者に向かう。しかし勇者も同じように雷速で移動し始めた。
そして勇者は雷速の状態からでも魔法を撃ってくる。俺は雷速を発動している時点で、加護の星を使っているため魔法は発動できない。だから、勇者の魔法を俺は避けるか、砕くしかできない。
このままではじり貧になる。そう考え、俺は動きを変えた。
「月示せ、堅牢なる迷路。ラビリンスウォール」
手を地面に触れながら詠唱する。その間にも勇者は素早く火球を飛ばしてきたが、それは俺の前にせり出した土壁によって防がれた。
そして土壁が出てきたのは俺の前だけでは無い。
島全てを飲み込む規模の土壁が現れ、島を一瞬にして迷路へとつくりかえた。
「さて、はらはらドキドキの迷路探索だ」
迷路は完全にランダムで壁を立てたため、俺も勇者がどこにいるのか分からない。魔力探査を使おうにも、迷路の土壁全てに魔力が入っているため地図がぼやけて分からなくなってしまう。
いつ真横から現れるか分からない状況での、勇者探しを俺は開始した。
その男は戦いの気配に敏感だ。
そこに強者がいると分かれば、ふらふらと歩いてその場に行き戦いを挑む。
それがその男の本能であり全てだ。
だからこそその男は気づいた。強者が現れたことに。
「蘇ったか。連中は成功したみたいだな。なら俺は俺の仕事を果たそう」
男は強者がいる所へと行く。しかし、強者と戦うためならばあえてその場へ行かず別の行動をすることもある。
たとえば個人から依頼を受ける。たとえばギルドから依頼を受ける。たとえば、国から依頼を受ける。
ゆっくりと重い体を持ち上げ、両手を伸ばしてグッと背伸びをする。それだけで男の手は部屋の天井へと到達した。
「おっと」
そのままでは天井を軽く押すように伸びをつづけ、板がミシッとなったところで背伸びを止める。
壁に立てかけてある大剣を背負い、男にとっては少し小さい扉を腰を屈めて通り過ぎる。
宿から出て大通りに出れば、一瞬男に視線が集中した。当然だろう二メートル越えの男がいれば、自然とそちらに目線がいく。それも、その男が身の丈ほどの大剣を背負っていれば当然だ。
「クク、さあ強者よ。俺の前に出てこい」
男が目線を向けた先。そこにあるのは、カランの頭脳。カラン合島国中央議会だった。
「貴様止まれ!」
「おいマテ。その人はA+冒険者のドラグル様だ。ドラグル様、申し訳ありませんが、どなたかと面会の予定がございましたでしょうか? 私どもは何も連絡を貰っておりませんのですが」
一人は高圧的に槍を向け、もう一人の兵士はその男の素性に気付くと、槍の兵士を止め敬語で接した。
しかし、ドラグルはその程度で足を止めるような男ではなかった。
気付くとドラグルの素性に気付いた兵士の右手が燃えている。
「え? う、うわぁ!」
ひっしにその手を振り火を消そうとするが、その火は消えるどころかますますその勢いを増し、兵士の右腕をあっという間に燃やし尽くす。
あまりの痛みに絶叫を上げ地面を転がる兵士を見て、槍を突きつけた兵士が素早く動く。そこはさすがに訓練されただけのことはある兵士だ。すぐさまそれをやったのが目の前のドラグルだと判断し攻撃しようとする。
しかし、その攻撃も無意味だった。
最初に突き出した槍はドラグルの左手によって握られていた。そのせいで引くことも押すことも出来ない。
とっさに槍を離し魔法を詠唱しようとするも、ドラグルはそれより先に兵士の口に手を伸ばす。そのまま口を巨大な手で塞ぎ、その握力だけで兵士を持ち上げる。
バタバタと足を動かしもがく兵士の目には、恐怖しか浮かんでいなかった。
そしてボンッと音がして兵士の顔が燃え上がる。悲鳴を上げることも出来ず、次第に兵士の足は動かなくなった。
それを見てドラグルは手を離す。
顔を黒焦げにされた兵士はその場に崩れ落ちる。
「通してもらうぞ」
ドラグルは悠々と議会の門を潜り、中へと侵入した。
外が騒がしい。そう感じたフィーナはメイドを呼び事情を聞く。
メイドは議会の正面で少しけんか騒ぎがあったのだと説明した。しかし、フィーナはそれだけには思えなかった。
タイミングがタイミングだからだ。
もし今日勇者が蘇生されたとすれば、真っ先に帝国が狙って来るのはこの国だろう。何せ勇者はカランで蘇生される。わざわざ兵士を敵の国に送り込む必要なく内側から破壊できるのなら、それを活用するのは当然のことだ。
しかも、カランの一部の島は帝国の計画に乗って帝国兵たちを国に入れてしまっている。それが一斉に蜂起すれば、小事では収まらないのが目に見えている。
「分かりました、ありがとうございます」
フィーナは体面上だけ礼を言い、メイドを部屋から出す。そしてすぐに準備を開始した。
部屋着からいつもの冒険用の私服に着替え、剣を腰に刺す。
フランを呼び、フランも動きやすい服に着替えさせ、荷物をまとめていく。
物々しいフィーナの雰囲気にフランは不安そうな顔をしながらも素直に従った。それを見てフィーナは微笑むとフランの頭を優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。フランちゃんは私が守りますからね」
しかし、それはフランにとって落ち着ける言葉では無かった。
その言葉は生みの親を思い出させる言葉。フランを守ろうとして賊に殺された母と同じ言葉だったからだ。
フランはその不安を抱えフィーナに抱き着く。絶対に離さないと覚悟するように。
フィーナはフランの行動に戸惑いながらも、フランを優しく抱きしめる。
フランの髪からは石鹸の良い匂いがし、フィーナの心を落ち着けて行った。それはフランも同じで、フィーナの匂いがフランの不安に荒立った心の波を穏やかな物へと変えていく。
「多分帝国の兵士が来ているんだと思います。メイドさんは私たちに不安がらせないように配慮してくれたんでしょうね」
「どうするの?」
「特に何もしませんよ。ただ事が動いたときにすぐに動けるように準備しておくんです。波に乗り遅れると後が大変ですからね」
ちょっとした波や流れと言うものは存在する。それに乗り遅れてしまったり、早く動いてしまったりすると、他の人より苦労したり、損をしたりと、色々と面倒なことになる。それをフィーナは商人のころから勘として刷り込まれていた。
「それにトーカもまだ戻って来てませんからね。私たちはここで待ってるって約束しましたから、ちゃんとここで待っていないといけないんですよ。トーカは約束を絶対に守ってくれますから」
「うん!」
フィーナの言葉にフランは嬉しそうにうなずいた。
「ふう、やっと着いたか」
女性は船から降りたところで大きく伸びをする。
ここに探していた人物がいるのは、すでに情報を掴んでいた。後はどのように接触するかだけだ。
自分の名前を出してもらえばすぐにでも会えると思うが、それではせっかくの再会が味気ないものになってしまう。
そう思った女性は町で偶然すれ違う出会いを再現してみようかと考えていた。
しかしそこに後ろから声が掛かる。
「師匠様、早く先に行ってください。後ろが詰まってます」
「おっとすまなかった」
師匠と呼ばれた女性はすぐにその場から移動を開始する。そのすぐ後に少女を連れて。
「それで師匠様。そのお知り合いの方とどのように会うのですか? どこかで待ち合わせでも?」
「いや、特にそういうことはしていない。だから少しハプニング的な出会いはないかと考えていたところだ」
「そんな無駄な事してないですぐに会いに行きましょうよ。師匠様より強い人なんて、私も早く会ってみたいんですから」
少女はそう言って目を輝かせる。
「師匠様の話によればその方は魔法の面でも剣技の面でも師匠様より秀でていると言うではないですか! それならばぜひ私もその方に剣を教えてもらいたいのです! そうすれば私はもっと強くなれ、すぐに師匠様なんて追い越してしまうのです!」
「分かった分かった。それは良いから先に宿を探すぞ。サミリラは議員宿舎がしっかりしているせいであまり宿が無いのだ。先に確保しておかないと野宿になりかねないからな」
「師匠様はそれを先に言うべきだと思うのです! すぐにでも宿を探しましょう。こんな発展した都市の片隅に年端もいかない私が野宿などしたら、一瞬のうちに野獣と化した男たちに取り囲まれ、決して絵で表現してはいけないような、それこそ文章にすらすることを憚られるレベルのことをされてしまうに違いありません。そんなことになれば私は師匠様を末代まで恨み続けねばならなくなってしまいます」
一方的に捲し立てるように話すだけ話し、少女は宿を探すため町の中に消えて行ってしまう。もちろん師匠の女性と自分用の荷物を全て船に預けたままで。
女性はため息を一つ吐き、あとで探せばいいかととりあえず荷物を受け取るため船員に声を掛けるのだった。
少女が見つかったのは、女性が宿をとって何か昼食でもと露店を散策していた時だ。
「うう……ぐすっ……ししょーさまー……」
少女は涙を流しながら、騎士の男たちに囲まれていた。
「ぐずっ……きっと私このままこの人たちに独房に入れられちゃうんだ……ずびっ……それで夜な夜なやってくるチンピラっぽい騎士達の慰み者にされて、精神的にも肉体的にもボロボロにされちゃうんだ……孕まされたら殴られて流産させられて、また慰み者にされる未来がみえるよー……」
瞬間は騎士達が少女をいじめているようにも見えるが、よく見れば騎士達の表情は皆困り顔だ。周りの通行人は少女の激しい妄想によって、騎士達に向けて嫌悪感を飛ばしている。
完全に騎士達が被害者であった。
それで女性は何があったのかだいたい把握する。
「シス」
その声に反応し、少女が女性の方を見る。そしてすぐに駆け出してきた。
「ししょうさまー」
ガンッと女性の足もとに抱き着くシス。抱き着いたときに、思わぬ音が出たのは、女性の足に付けているプレートと、シスの着ている重要な所だけプレートを付けられた簡易の鎧がぶつかった音だった。
「ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、お連れが見つかってよっかったよ」
騎士達は心底ホッとしたように手を振ると、町の中へと消えていく。おそらく巡回中に迷子になって泣いているシスを見つけて手を差し伸べたのだろうと予測した。
「ほら、いつまで泣いているんだ。探したんだぞ」
片手に串焼き、逆の手にサンドイッチを持った姿ではいささか説得力に欠けたその言葉だが、女性の手元など見ずに足もとにすがりつく少女には効果的だった。
「ごーめーんーなーさーいー」
「ほら、あまり人前で泣くものではないぞ。これ食べて元気出すんだ」
女性は持っていたサンドイッチを差し出す。シスは涙をぬぐいそれを受け取ると齧りつく。不安と緊張から解放されたことで一気に腹が空いて来ていたのだ。
一心不乱にサンドイッチに齧りつくシスを見ながら、女性はシスの頭を撫でる。
そして食べ掛けの串焼きを一口で頬張ったところで、やや離れた場所から爆発音が聞こえた。
周囲の人たちも何事かとそちらを見る。
するとそこからは黒い煙がもんもんと上がっていた。
それを見て誰かがつぶやく。
「あそこって中央議会の場所じゃないか?」
「王宮かも知れないぞ」
「何かしら? 事故?」
数々の推測が飛び交う中、女性は少女の腰に腕を回す。
「師匠様?」
「実戦が待ってるかもしれない。行くぞ」
「実戦ですか! 戦いですか! 訓練ですね!」
「実戦だ」
女性の言葉を聞いてシスは嬉しそうに目を輝かせる。しかし、しっかりサンドイッチを食べることも忘れない。
そしてシスを担ぎ上げた師匠は、煙の登る方に向かって走り出した。
学院島レラン。その象徴ともいえる図書館塔で一人の女性が顔をあげた。
「あらあら、間に合いませんでしたか。しかもこれは」
暗い図書館の中だと言うのにサングラスを付けたその女性は一人小さく呟くと席を立った。それを見ていた他の司書が何事かと女性を見る。
「すみません。所用がありますので今日は失礼します」
「珍しいですね」
「そうですね。こんなこと一生に一度あるかないかぐらいですよ」
「もう、大げさですね」
話しかけた司書は女性の言葉にアハハと笑い、後は任せてと言って手を振る。それをありがたく受け女性は図書館を出た。
「トーカさんなら止められると思ったんですけどね。さて、私はどうしましょうか?」
目を閉じて腕を組み少し悩む。
「うむむ、ふむ。議会が危なげですね。あそこにはフィーナさんもいますし、私も守りに行った方が良さそうですね。この世界のためにも……」
次の瞬間、女性の姿はレランからいなくなっていた。