12話
「おっちゃん、ただいま」
「おう、坊主か。なんだ今日は女連れか?」
「ハハ、そんな良いもんじゃねえよ。てか部屋の客ぐらいちゃんと覚えとけ」
「冗談に決まってるだろ。リリウムも戻ってきたんだな」
「ああ、鍵を頼む」
俺たちは部屋を受け取り、いったん別れて15分後に食堂で落ち合うことにした。
部屋に戻って鞄を置く。俺の準備はせいぜいこれぐらいだ。そういえばまだちゃんとした服を買ってなかったな。
明日からランクアップ試験を受けるとして、町を移動する前には買いに行きたいところだけど、行けるかな。
下に降りるとすでにリリウムは席に座っていた。2人用の席を取っておいてくれたらしい。
「悪いね。待たせた?」
「いや、気にするな」
近寄りながら声を掛けると、リリウムがこちらを振り返る。
リリウムは、今は私服だ。いつもの軽装備の姿しか見たことが無かったから新鮮である。
しかしやっぱりスカートじゃなかったか。ズボンにTシャツと、かなりボーイッシュな姿だ。いつもは後ろで纏められている真っ赤な髪も自由にされていた。
「私服か、よく似合ってるぜ」
「ありがとう、でもスカートとかドレスとか女性っぽい服を期待したんじゃないのか?」
「ハハ、一瞬期待もしたけどな。イメージ湧かなかったぜ」
「トーカは何気に失礼なことを言うのだな。良いだろう今度、機会があれば私のドレスを見せてやろう。その美しさに驚愕し褒めちぎることになるだろうがな」
「ハハ、そりゃ楽しみだ」
談笑しながら料理が来るのを待つ。今日の料理は何かね? ここの料理は結構美味いのがそろっているから俺も気に入ってんだけど。
「おう、2人とも待たせたな。今日は上等なビーリスが入ったから、そいつを使ったステーキだ。それとサラダとスープな」
おっちゃんがテキパキと俺とリリウムの前に食器を並べていく。
ビーリスって言えば、マナカナの店で出してた串焼きの肉のはずだ。あの肉でいいモノってのは結構期待できそうだな。
「そういやあリリウムはどこを拠点にしてんだ? 前は魔の領域にいたけど、あそこが拠点って訳じゃないんだろ?」
すぐに俺を追って来れるぐらいだし。
「私も拠点を置いていると言うことは無い。ただ実家は一応王都にあるぞ。今度の護衛依頼を受けたのも王都の実家に呼び出されたついでだ。できることなら近づきたくは無いのだがな」
「なんだ? 両親とでも喧嘩してんのか?」
ステーキを切り分けながら聞く。リリウムぐらいの強さがあるなら、この世界じゃ両親に期待されてそうなもんだけどな。俺のいた世界じゃ俺は明らかに異質だったから両親からも恐れられてたけど。
「特に仲が悪いということは無いんだ。ただ私の家は貴族でな。そのあたりの風習が私とどうも合わないんだ」
リリウムはバツの悪そうに言う。
なるほど、リリウムは貴族だったのか。確かに貴族で冒険者ってのは結構異質かもしれないな。まだあったことのある貴族ってのが、冒険者ギルドの幹部しかいないけど、あんな奴らがいるような世界だと、リリウムの性格は生きづらいかも知れないな。
「じゃあ、今回の呼び出しも貴族がらみ?」
「おそらく婚約の話だろうな。私の家は一応兄が跡継ぎにはいるが、父はどうも家の力を伸ばしたいと思っている節があってな。私を嫁に出して関係を築きたいのだろう。誰であろうと断ると言っているのにどうして婚約させようとするのか……」
リリウムの力ならメイドやら執事やら振り切って逃げることもできるだろうしな。そん所そこらのお嬢様とは別物だ。
「確かにリリウム美人だからな。綺麗どころを見慣れた貴族でも簡単に落とせるだろうしな」
「う……トーカは唐突に人を褒めるな」
「そうか?」
「自覚なしか……」
リリウムがため息を付く。そんなに家族に会うのが嫌かね。まあ嫌なんだろうな。魔の領域まで行くような冒険者だし、貴族の生活とはある意味正反対の存在だからな。
「リリウムはなんで冒険者になろうとしたんだ? 貴族のお嬢様なら結構大切に育てられたんじゃないのか?」
むしろ力を伸ばそうとしている父親なら、その娘を手放すとは考えにくい。金に困るような生活でもないだろうしな。
「私が冒険者になろうとした切っ掛けか? 子供のころに読んでもらった物語にあこがれたからだ」
「物語?」
おとぎ話とか英雄譚みたいなもんか?
「そうだ。兄様が夜寝る前に読んでくださった、とても勇敢な冒険者の話だ。読んでもらったのは最初の方だけだったが、その後は自分で文字を学びながら読んでしまったよ」
「どんな話だったんだ?」
リリウムをそこまで引き込むような話に少し興味がある。
「1等星すら凌駕する星の加護を持ち、世界中を回って強欲な貴族から子供や女性たちを救っていく典型的な英雄譚だった。実際に存在した冒険者の話をもとに作られているらしくてな。冒険者ギルドではA+のランクの上に実は極星というランクがあるんだ。そのランクに付いている唯一の冒険者がその物語の主人公のモデルになった人物だよ。興味があるのならギルドで聞いてみると良いぞ? おそらく本も貸し出してくれる」
「極星ね」
1等星を凌駕する星の加護か。それって要はチートだよな? 引っかかるな。
「そういうトーカはどうなんだ? ギルドに入った理由は?」
「俺は単純に仕事を探してたからだぜ。つい先日まで無一文でよ、旅の途中に助けた商人に金借りて冒険者に登録したぐらいだ。フェリールのおかげですぐに返せたけどな」
「そうだったのか。それにしても無一文とは……フェリールを倒せるほどの力を持っているのだから、そこらへんにいる魔物を狩ればよかっただろうに」
「今でこそギルドでいろいろ勉強してるけど、その時は魔物の何が金になるかなんてわからなかったからな。狩りようがなかったんだよ」
なんてったって異世界来たばっかだったしな。
「本当に不思議な奴だ。すごい力を持っているかと思えば全く常識がなかったり」
「ハハ、常識なんて捨ててきたぜ」
前世にな!
「常識が無いと言えばトーカはどうやってマンドラゴラを収穫するつもりなんだ?」
「どうやってって?」
料理に舌鼓を打ちながら話は俺のランクアップ試験の内容に移っていった。
「マンドラゴラは土から抜いた瞬間に悲鳴を上げる。そのまま持って帰るなんて不可能だぞ?」
「ああ、そういうことか。普通はどうするんだ?」
「うむ、本当は教えてやりたいんだが、ランクアップ試験にあまり手を貸すのはいけないことなんだ」
リリウムが悩むように眉間に眉を寄せる。確かに個人で受けるランクアップ試験は試験なんだからあんまり手助けしてもらうのも悪いか。ここは俺から回答を出して正誤を言ってもらうぐらいの方が良いのかね? 普通なら辞典とか引いて個人で調べるところだろうし。
「だいたい予想はついてんだよ。とりあえず方法としては2つぐらい考えてるぜ」
「ほう、聞いてみても良いか?」
俺の考えに気付いたリリウムが尋ねてくる。
「1つは鉢植えみたいなもんで、あらかじめマンドラゴラを植える場所を作っておく方法だな。土から抜くと悲鳴を上げるってことは、土に入ってれば問題ないってことだろ? なら土に埋めた状態で移動させればいいんだ」
どこかの魔法使いが使っていた方法だ。
「なるほどな。もう一つは?」
「風属性の魔法。音を止めて聞こえないようにしちまえばいい。幸い俺も風属性の加護があるからな」
「なるほど。それは風属性を持っている人間限定の技になるな。しかし風魔法で音を止められるのか?」
化学が発展していないし、魔法の効果自体もあまり研究されていないこの世界では、俺の知識はチートになるな。
この世界だと、どうも魔法は総べて星の加護の力であり、どんな作用が起きているのかを深く考えようとしないらしい風潮があるようだ。
星の加護を崇拝してるって言えばいいのか分からんけど、神聖なものを研究するのは邪道なことだって考えが人々の根底に巣食ってる。
実際ちょっと調べれば分かることだが、風属性の魔法と便宜上言っている魔法は、正確に言えば空気を操る魔法なのだ。
ウィンドカッターで言えば、空気の中に風を生み出しその風の力を強化することで敵を斬ることを可能にすると言った感じだ。
さすがに専門家じゃないし、詳しく説明することはできないが、中学生の理科程度を勉強していれば魔法の応用はかなり効く
「止められるぜ。逆に集めることもできるしな。すこしやってみるか?」
「ああ、にわかには信じられないが」
「なら今おっちゃんと話してる、冒険者っぽい奴らの会話を聞いてみるか」
「盗み聞きはあまりいいことじゃないがな。頼む」
好奇心には勝てないらしい。
「じゃあ行くぜ。星誘いて言葉を束ねる、ソニックリフレクション」
「なあ、今日噂になってた子供ってここに泊まってんだよな?」
「ん? 何のことだ?」
「止まり木のオーナーが冒険者の中で流行ってる噂を知らないはずないだろ? 隠しても無駄だぜ」
「ふん、知ってても教えることがあると思うのか?」
「無いな。あんたはその辺頑固だからな」
「店は信用が大事なんだ」
「よく言うぜ」
そこまで聞いて俺は魔法を解いた。
「と、こんな感じだ」
「すごいな。これは私も使えるのか? 情報収集とかに便利そうだ」
「使えるぜ。かなり簡単な魔法だからな。その分、壁を挟めばすぐに聞こえなくなっちまうけどな。空間がつながってないと無理な魔法だ。こういう吹き抜けの食堂や、街中じゃいいだろうけど、部屋の中の密談とかはさすがに聞こえない」
「構わないさ。路地裏の連中の会話を聞けるだけで十分」
「なら問題ないぜ。後で教えるよ」
「ああ、すまない。なら食事が終わったら私の部屋に来てくれ」
「ん? いいのか?」
不用心だな。男を部屋に誘うなんて。信頼されているのか、それとも男として見られてないのか。ハハッ、後者だったら微妙にショックだな。
「構わないさ。トーカがそんなことする人間には見えないからな」
「ずいぶんと信頼されてるな。そんな信頼されるようなことした覚えはねぇけど」
「私も子供のころは貴族として育ったんだ。人を見る目はあるつもりだよ」
「まあ、信頼されてる分には構わねえさ。じゃあ飯食ったら行くよ」
「4階の3号室だ。間違えないでくれよ?」
「4の3な了解」
と、料理を食べ終わったところでおっちゃんが何やら皿を持ってきた。
「ほれ、デザートだ」
「デザートなんてあったか?」
今まで一度もそんなものが出たことは無かったはずだが。
「A-の冒険者と期待の新人にサービスだ。他の町でも止まり木を贔屓して欲しいからな」
「ハハ、これも商売か」
「俺は商売以外のためには動かない主義だ」
きっちりしてんなおっさん。
「ならばありがたくいただこう。すまないな店主」
「なに、これで固定客ができるなら安いもんだ。それより坊主。お前ずいぶんと変な噂が流れているようだが?」
「ああ、全部デマだけどな。ちなみに、そのデマに出てくる他の冒険者ってのがリリウムだぜ」
「なるほど、デマが事実だったならそんな2人が仲良く飯食ってるはずないか」
「そう言うこと。宿ならある程度情報も操れるだろ? どうにかなんない?」
「別料金がかかるぞ?」
適当に言ったつもりが、案外行けるらしい。このあたり小説とかで出てくる裏の仕事ってやつなのかね?
しかし職業柄色々な情報が入ってくるだろうけど、宿屋1つ程度じゃ情報屋なんてできるほど情報は入らないはずだ。なら他の宿ともある程度提携していると考えられる。案外、情報屋ギルドみたいなのが闇ギルドであるかも知んないな。
「ならいいや」
「そうか、必要になったら声を掛けろ」
「どこの止まり木でもいいのか?」
「構わないぞ」
提携は町の中だけじゃないみたいだな。どうやって素早く情報をやり取りしているかしらんけど、相当なネットワークがあるとみて良い。宿は敵に回したくねぇな。
ありがたくデザートの冷えた果物を食べて部屋に戻ってきた。
この後はリリウムの部屋に行って魔法を教える。その時になにか役に立ちそうな魔法俺も教えてもらおうかね。強い攻撃魔法とかはいらんけど、旅に役立ちそうな魔法とかあれば聞いておきたい。そもそも属性魔法は結構見て覚えたけど、無属性の魔法を全然知らない。
無属性で知ってるのは、ライトとムーブの2種類だけだ。
これではどう頑張っても応用に限界があるからな。
少し休憩してリリウムの部屋に行く。
「4の3だったな」
階段を1つ上がるだけで世界が違った。
「マジか。4階ってスイートなのか?」
2階や3階とは廊下の大きさからして違う。壁には花瓶が掛けられ、綺麗な花が活けられていた。
客室は全部で3室しかないようで、扉と扉の幅も下の階より2倍以上の差がある。
まさか冒険者が主な利用者の止まり木にこんなところがあるとは思わなかった。
廊下を進み、一番奥にある3号室の前へ。
「チャイムまで完備か。まあ、これだけ広さがあると部屋にいてもノックが聞こえない時があるかも知んないしな」
チャイムを押すとすぐにリリウムが出てきた。
「待っていたぞ。さあ、入ってくれ」
「ああ、邪魔するぜ」
部屋の中もやはり比べ物にならなかった。
俺の借りている部屋の優に3倍はあるだろ。ベッドも豪華にダブルベッドだし、ソファーにテーブルまである。借りてる部屋にはそんなもん当然ないし、そんなものを置こうものなら、立っている場所がなくなる。
ベランダもあるようで、壁際に外に出られるドアが付いていた。
「そこに座ってくれ。今お茶を出す」
「ああ、別に気にしないでいいぜ」
「さすがにそういうわけにもいかないさ。いいから座っていてくれ」
「じゃあお言葉に甘えて」
ふかふかのソファーに座りもう一度部屋を見回す。本当にデカいな。3部屋分ぶち抜きだってこともあるが、水回りもかなりきれいに整備されている。
お茶を準備できる台所があるだけでも、部屋の広さが分かる。俺の部屋は水道がぽつんと1つあるだけだからな。
「あんまりレディーの部屋をじろじろ見るものじゃないぞ?」
リリウムがお茶を手に戻ってきた。
「俺の借りてる部屋とはずいぶん違うんでね。かなり驚いてる」
「ここはスイートルームだからな。冒険者でもランクが上がればそれだけ稼ぎも多くなるし特典も付く。この部屋を借りるぐらい造作もなくなるぞ?」
「マジ? ランクって上がるとなんかいいことあんの?」
ただ名声が手に入るだけだと思ってたんだけど。
違うのか?
「それは当然だ。じゃなければ冒険者がランクアップをしたがらなくなってしまうからな。ランクは+から-ランクになるときに特典が付く。受付で説明されなかったか?」
「いんや、説明されてない。もしかしたら普通にランクアップ試験を受けるときに説明する予定だったんだろうね。けど俺が常識はずれなことしたから説明を忘れた感じか?」
「なるほど、ありそうな話だ。B-のランクアップ試験でランク特典の話はしないからな」
「説明してもらってもいいか?」
「ああ、構わないさ。ランク特典と言うのは、そのままランクが上がると手に入れることのできる特典のことだ。ランク特典が付くのはDランクからだな。それまではランクが上がっても何もない。Dまではだれでも努力すれば上がることのできるランクだからだ。そしてD-のランクになるとギルドの喫茶店の利用料が無料になる。これはまあ、頑張ったご褒美と言ったところだな」
いきなり喫茶店無料かよ。かなりいい特典なんだな。
「そしてCランクになれば魔物の素材をギルドが買い取る時に2割増しになる。ランクCの依頼に出てくる魔物は3等星級以上の魔物が多いから、かなりの値段になるんだ。だが、これだとまだこの部屋に泊まるのは無理だがな」
それだけの待遇受けといてまだ泊まれないってどんだけこの部屋高いんだよ……
「そしてランクBだ。このランクになると買い取りの値段が3割増しになり、宿屋の値段も2割引きになる。これでやっとこの部屋が借りれるぐらいになるな」
「どの宿屋でも2割引きになるのか?」
「ああ、宿でギルドカードを見せて証明するんだ。各宿にはギルドカードの読み取り機があって、そこで読み取りすることで冒険者ギルドから割引分の値段が支払われるようになる」
「なるほどね」
てことは冒険者ギルドも情報系の闇ギルドと提携してる可能性もあるな。冒険者ギルドがどの国のどの町にもあることを考えると、相当強い権力持っててもおかしくないな。下手すりゃ国策に口出しできるレベルだぞ。
しかし、Bランクでこの部屋に泊まれるってことは――
「トーカはBランクのランクアップ試験を受けるのだから、試験に合格すればこのサイズの部屋にも無理せず借りれるようになるぞ」
「マジか。しかしこの部屋1人で借りても落ち着かなそうだな」
日本じゃ一般的な庶民の家庭に暮らしてたからな。今借りてる部屋で俺の部屋より少し大きいぐらいだし、一人暮らしするにはちょうどいい大きさだと感じてたんだよな。
まあ、慣れればどうってことないだろうけど、それまでは眠れなさそう。
「私はもともとこのサイズの部屋に住んでいたようなものだからな。最初から違和感がなかった。むしろ最初のころは、下の階の部屋の方が違和感が強かったな。隣の部屋から声が聞こえてくるのが怖かったぐらいだ」
リリウムが懐かしむように目を細め、お茶を一口含む。
「確かにそうかもな。さて、そろそろ魔法の勉強をしますかね」
「そうだな。話がそれすぎてしまった」
「じゃあとりあえず、この魔法の原理から教えるぜ」
この魔法を使うには風属性がもともと空気を操るものだと言う考えをもとにして使わなければならない。そのため俺はリリウムに空気とは何かを理解させることから始めた。