124話
基本的に、ルリーは王宮にいる。それは別に王宮に囚われていると言うことでも、議会からそのように命令されている訳でもない。
ルリーにもしっかりと実家があり、帰りたければ帰ることも出来る。むしろ王宮にいるメイドたちにとっては、帰ってもらった方がありがたい存在でもある。
そのルリーは今、王宮にあてがわれた彼女専用の部屋で巨大な3人掛けのソファーに足を伸ばして、テーブルからメイドに持ってきてもらったお菓子をつまんでは口に運ぶと言う行為を繰り返している。
いつものピンク色の服は皺が寄り、スカートは危ないところまでまくりあがっており、太ももが眩しい。腹の部分もまくれ小さなおへそがしっかりと見えてしまっていた。
その姿を見ながら、ミラノは小さくため息を付く。
「キティー、そんなはしたない恰好してないで、ちゃんと座って食べなさい。むしろそんなにお菓子ばっかり食べてると太るわよ?」
「フフフ、私の薬にはカロリーを蓄積させない薬もあるのよ? 太る訳ないじゃない」
「その薬を売れば、世の女性がどれだけ救われることか……」
「この薬は私だけの物よ! 私が開発したんだもの! 私が自由にする権利を持っているのよ!」
「はいはい、分かってますから暴れないでください。埃が舞います。それにお菓子もボロボロこぼしてますよ」
ミラノは、ルリーの傍まで来ると、ルリーを抱き起しソファーに座らせ、服のレースに付いてしまったお菓子の屑をパンパンと払っていく。
「ありがとう、お母さん」
「誰があなたのお母さんですか。同い年ですよ!? もう少し女性としてのつつしみを持ってください! 私がここのメイドからなんて言われてるか知ってますか!? 常闇の母ですよ!? なんで同い年であなたのお母さん役をやらないといけないんですか! 私はあなたの専属騎士なんですよ!」
「え、あ……ご、ごめんミラノ」
だんだんとヒートアップするミラノに、ルリーは焦りを見せる。
いつもはおとなしく丁寧な対応をするミラノだが、一度熱くなるとなかなか冷めない。と、言うよりルリー関連のことぐらいしか、ミラノがここまで熱くなることは無いので、その被害が来るのはまんまルリーのみだ。
「今日という今日は言わせてもらいますよ! キティーあなたは昔からそうでした。何かと面倒なことを私に押し付けて自分は楽な事と興味のあることしかしない。しかも、そのたびに何かしら周りに迷惑かけるから、代わりに私が頭を下げて回る始末。私はあなたの幼馴染であって、あなたの保護者でも、代理でも、道具でもないんですよ! いい加減その事を気付かないと――」
「すまない、ちょっといいか?」
『何者!?』
続けざまに飛び出してくるミラノの言葉を遮って、天井から声が掛かる。その瞬間、ミラノは剣を抜き、ルリーは自らに毒を流し、常闇へと姿を変えた。
「隠密筆頭だ。重要案件を持ってきた」
「証拠を見せなさい」
「これだ」
天井から何かが落ちてくる。それをミラノがキャッチした。それはミラノが昨日渡したばかりのプレートだった。
「これはトーカ様にお渡したもの……そう言えばあなた、今トーカ様の監視につていたはずでは?」
「そうだ。だがかなり面倒なことに巻き込まれてな。仕方が無く俺が来た」
「分かりました。事情を聞きましょう」
ミラノが剣を鞘に納める。ルリーは毒が体内から抜けるか解毒剤を注入するまで常闇状態であるため、今も髪は真っ黒で真剣な表情のままだ。
しかし、服装がピンクで、フリフリのため大変締まらなかった。
ルリーが常闇バージョンの服に着替えている間に、ミラノがメイドを呼びお茶を持ってくるように頼んだ。
男は隠密だからという理由で断ろうとしたが、なぜかルリーに押し通されてしまった。そしてなぜかミラノも乗り気だ。
すぐにメイドがお茶を持ってくる。それとほぼ同時にルリーが真っ黒なドレスを着て戻ってきた。
「お待たせしました」
「構わない。それで話してもいいか?」
「ええ、なるべく詳細にお願いします。トーカさんが私たちを頼るということは、かなり大事なのでしょう?」
「そうだな。国を揺るがしかねない大事件だ」
男はトーカが依頼から戻ってきた所から詳細に話していく。監視していただけあって、その話は簡潔で分かりやすく、しっかりと重要なことがまとめられていた。
それを聞いたルリーとミラノは眉をしかめる。
「まさかピクティムの騎士達がそんな状況になっていたなんて」
「死者蘇生に協力ですか。しかもかなり大規模な隠ぺいのようですね」
「ルリーどうしますか?」
「議会に行きます」
「分かりました。王宮へは私が連絡しておきます。その後はその鍛冶屋に向かいます」
「お願いしますね。ではまた後程」
ルリーは優雅に男に向かってお辞儀をすると部屋から出て行った。
「俺はどうする? 監視に戻るか?」
「はい、お願いします。もしピクティムの騎士がトーカの友人に手を挙げるようなら守ってください。そうしないとこの国が滅ぼされかねません」
「トーカ自身は守らなくていいのか?」
「彼は守られるような存在ではありませんよ。敵のど真ん中に落としても、殲滅して悠然と帰ってくるような人でしょう。A+ランクというのはそう言う存在ですから」
「化け物集団だな」
「でも可愛い所もあるんですよ?」
「それがあなたが母親と呼ばれる由縁だとなぜ気づかない」
男は去り際にそう言い残し、部屋から出て行った。
その言葉を聞いたミラノは、その場で顔を真っ赤にし、頭を抱えて蹲った。
カラン議会。国の頭脳であり、王宮すらこの議会には逆らうことが出来ない。
その議員たちは、七島と十六副都市島の島長と、各島の選挙によって選ばれた23人、そして王宮の推薦を受けた2人と、総選挙と呼ばれる全ての島から1名だけ選ばれる総代表の合計49人によって運営されている。
しかし、島長にも自分の島での仕事があるため、大抵は代理をよこしているのだが、今議会に集まっているのは、みな本物だ。
それはこの議会の決める議題のせいだ。
「それで、来年の予算配分は今配られた資料を想定しているのだが」
総代表が配った予算配分の予定表に、各島の代表たちと王宮代表は眉をしかめる。
それも当然、今回の予算配分では大幅な削減が行われており、ほぼすべての島の予算が削られているのだ。
「総代表、これはさすがにあんまりなのではないですかね?」
「そうだな。減らすにしても限度がある。これではまともな運営など無理だ」
「無理なのではないさ。実際、この金額で過去の議員たちは当然のように運営してきたのだからね」
「過去は過去。今は今であろう。過去と今では情勢も設備も違う。島周辺の維持費だけでも、過去より遥かに金額が掛かっているのは当然だと思うが?」
昔ならば、木枠で囲っただけの簡単な港だったかもしれない。しかし今は巨大な岩から削り出した防波堤や、波砕岩などが設置されており、それの整備にも金が掛かる。周遊船が停泊するための港の整備もそれぞれの島が行わないといけないため、港の整備費だけでもかなりの金が消費されるのだ。
それに加えて、常に潮風にさらされるこの国では、全ての島が潮風による腐食を受けており、公共施設の修繕費も掛かる。
その為、どうしても毎年の予算は少しずつ増えてしまうのだ。
「普通に考えればそうだろうな。しかし、私が見た限り、どうも無駄に予算を使っている所が多いようだが? たとえばレランではまだ建てたばかりの施設の外壁を塗装し直したようじゃないか。まだ出来て一年していない施設に本当に必要だったのかね?」
総代表の言葉に、レランの島長と議員が反発する。
「しっかりと説明責任は果たしているはずだ」
「我々とて好きで金を食っている訳では無い。島民の要望に合わせているのだ」
「それでわざわざ島民の要望で決められた外壁の色を塗り直したのかね?」
総代表の言葉に、二人は声を詰まらせる。
総代表はこの日の予算案の為に徹底的にそれぞれの島の資金の使い方を調べさせあげていた。
その際、何個かの島は横領まで出てきたが、それを盾に今回の予算案を可決させる予定だった。それ以外にも、予算を減らされたくないために強引な工事を行っている場所はピックアップされ、情報がまとめられている。
「他に意見があるものは、この後直接言いに来るように。明後日までに正当な意見が来なければ、明後日の議会で多数決を取り、予算案を可決する。今日はここまでにしよう」
総代表が手元にあるベルを鳴らし、その日の議会が終了となった。
それと同時に、疲れたため息が各所から上がる。そして大会議室の扉が開かれ、外から兵士が駆け込んできた。
「連絡申し上げます! 第六都市ピクティムにて、冒険者が鍛冶屋に立てこもり、兵士達と戦闘を行っております。ピクティムの騎士より救援要請が来ております」
「冒険者の立てこもりだと!?」
その伝令に声を上げたのは、ピクティムの議長。ピクティムは冒険者本部があるだけに、冒険者の数が多く、その分町の雰囲気は少し悪い。その反面、犯罪行為などが少ないのが特徴だっただけに、立てこもりが起こることなど今まで無かったのだ。
「どこの馬鹿だ!」
「立てこもっている冒険者の名前は漆トーカ。ランクはA+で狂呀の二つ名を持つ者です!」
伝令の言葉を聞いて、今度は議会の全員が息を飲んだ。
狂呀のトーカ。つい先日常闇のルリ-と模擬戦を行い、勝利した冒険者だ。つまり、今のカランの戦力では、彼を止める手段はほとんどないと言うことである。
「なぜそんなことになった!」
「詳細は不明ですが、狂呀のトーカは今日の昼過ぎに騎士団詰所を訪れ、そこで騎士団長と騎士の一人と戦闘、騎士団長を二階の窓から突き落とし、騎士も壁に叩きつけられ気絶しております。そこで何があったかは不明! その後逃走した狂呀のトーカは、一軒の鍛冶屋を占拠、その場に立てこもり、風の魔法で騎士団を近づけないようにしているとのこと」
理由の全く分からないA+冒険者の突然の行動に、議会の面々は蒼白になる。
「と、とにかく他の島から応援を! それと常闇のルリーに出動要請を!」
「そうだな。ピクティムなら私の島が一番近いだろう。騎士を向かわせよう」
近くの副都市の島長が提案し、ピクティムの島長が即座にそれを受け入れる。
そして何島かの騎士団の派遣が決まったところで、兵士の入って来た扉から、さらに別の人物が入って来た。
「みなさん御揃いで助かりますね。ルリーでございます」
そこに現れたのは、出動要請を出したばかりの常闇のルリーであった。
ルリーはミラノに言われた通り、議会へと向かう。
王宮と議会は同じ島にあり、距離も意外と近い。そのため、歩いて移動できる距離にあるのだ。
ルリーは王宮から出て、議会へと向かう。途中突然のルリー常闇モードの出現に驚いた兵士やメイドたちがルリーを凝視するが、気にすることなく簡単に会釈をして通り過ぎる。そして議会前に到着した。
そこは、王宮とほぼ同じ大きさの城門が構えられ、数名の騎士が常に警備を行っている。奥には城とは違い、巨大な木造建築。三階建てのそれの中には大小合わせて数多くの会議室や食堂、議員のための仮眠室などが整備されており、議員たちの為の設計がされている。稀に、地元の宿屋より仮眠室のベッドの方が高級で、わざわざこちらに泊まっていくものがいるほどだ。
ルリーは門の前の兵士達に一言二言声を掛け中に入る。さすがに常闇状態のルリーを止める者はいない。
ルリーは悠然と足を進め、議会へと足を踏み入れる。
兵士に聞くと、どうやら今は会議の真っ最中らしく、大会議室に集まっていると言うことで、そちらに向かう。
近づけば、扉が開かれ、中からがやがやと声が聞こえてきていた。それを会議が終わったのだととらえたルリーはそのまま会議室の中へと入る。
「みなさん御揃いで助かりますね。ルリーでございます」
「ル、ルリー!」
「ちょうどいいところに来てくれた!」
ルリーの登場に、何名かの議員が歓喜する。
「はて? どうかいたしましたか?」
「今ルリーを呼びに行こうとしていたのだ。君に緊急の任務が決定した」
総代表がルリーに事情を話す。
「A+冒険者、狂呀のトーカがピクティムの鍛冶屋にて立てこもっているらしい。それ以前には数人の騎士を倒して詰所から逃走もしている。君には、狂呀のトーカを止めてもらいたい」
「あら、その事でしたか。それなら私も情報は来ていますよ」
そう言いながら、ルリーは開いていた扉を閉める。
「なんだと? 君は王宮にいたはずだが」
議会より先に王宮に伝令が行くことは無い。実際に騎士団を動かせるのは議会だからだ。それなのにルリーが先に情報を入手していることに、総代表は疑問を持つ。
「そ、そんなことはどうでもいい! ルリーは早く狂呀のトーカを倒しに行くのだ!」
焦っているピクティム島長が声を荒げるが、それにルリーが従う様子はない。
ただ悠然と島長と議員を見る。
「彼に付いていた隠密から連絡を受けまして、私はこちらに来ました。ミラノはすでに現場に向かっていると思いますわ」
「ほう! 隠密が動いていたのか! ならばルリーも早く――」
「申し訳ありませんが、私は別件でやらなければならないことがありますので」
「議会の要請を拒否するのか!」
ルリーの言葉に、ピクティム島長のみならず、他の議員たちも驚きの声を上げた。当然だ、これまでルリーが議会の要請を拒否したことは無い。ルリーは国に仕えているため、それは当然のことなのだが、A+冒険者でもあるルリーにはある特権が与えられていた。それはその要請があまりに理不尽な物だった場合、拒否することが出来ると言うものだ。
ただ今回、議会の出した要請はカラン騎士を倒し逃走、立てこもり事件を起こしている冒険者の逮捕と言うことで、普通ならば拒否できる内容では無い。
「今回の件ですが、私は議会に対しての説明責任を求めさせていただきます。特にピクティム代表のお二人には」
ルリーから鋭い視線を飛ばされ、椅子に座りこむ島長と議員。それを見ながら、総代表が尋ねる。
「何が聞きたい?」
「隠密からの情報で、ピクティム周辺の無人島で帝国の兵士と魔術師によって死者蘇生の魔法が発動させられそうになっているのを確認しました」
死者蘇生と聞いて、静まり返っていた議会が再びざわざわとざわめき出す。それを気にせずルリーは言葉をつづけた。
「そして依頼に出ていた狂呀のトーカが偶然それを発見、騎士団の詰所にてその事を話した所、騎士団長並びに他数名が狂呀のトーカを捕縛しようとしたらしいですよ。何でもその死者蘇生が悲願だから、協力しているとのことです。なので私は議会の皆さんに説明責任を求めます。どうも、騎士団長クラスで止められるような話ではないと思いましたので」
帝国から密入国していた人員は分かっているだけでも20人。それだけの人員を、玄関口であるコロンからピクティム周辺の島に移動するためには、最低でも七島の1つナサトと第11副都市を経由しなければならない。もし、大型船で移動したと言うのなら、其れだけの物を動かせる人物が関わっていたと言うことになる。
つまり、ピクティムのみならず、他の島の騎士団や、もしかすると議会のメンバーですら関係している可能性があるのだ。
ルリーはその説明を求めた。
「なるほど、その申請を相当と認めよう。ピクティム代表並びに、経路にあるコロン・ナサト・第11副都市の者は説明せよ」
総代表の言葉に対して、真っ先にコロンと第11副都市の島長が口を開いた。
「我々はこのことに関して関係していない」
「我々も同様だ」
「なるほど。それでピクティムとナサトはどうした?」
先ほどまで真っ先に声をあげていたはずのピクティム島長から声が聞こえない。そしてナサトの代表も黙ったままだ。
「この場において沈黙は、関連していると自白しているものだぞ?」
「総代表、無理ですよ」
島長たちの代わりに口を開いたのは、ルリーだった。
「現在、この議会の皆さんは私の毒で嘘が話せなくなっていますからね。もし知っていて無関係だと言おうとしても、声が出ません」
「なるほど、だからパクパクと口だけ動かしていたのか」
総代表の視線がピクティムとナサトの島長に突き刺さる。
「それぞれの議員はどうだ?」
「私は無関係です」
それに対してナサトの議員は普通にしゃべる。しかし、ピクティムの議員は声を出すことが出来なかった。
「これで決まりだな。この後全ての代表も順次質問する。応えられない者は、会議室から外には出さない。騎士達良いな?」
『ハッ!』
総代表の問いに、警備に当たっていた騎士達が一斉に敬礼をする。
「では私は事が終わったとトーカさんに伝えてきますね。私の言葉ならトーカさんも聞いてくださるでしょうし」
「よろしく頼む。こちらの不祥事に巻き込んでしまって申し訳なかったと伝えておいてくれ」
「わかりましたわ。薬は半日ほど効き続けますので、ごゆっくりどうぞ。それでは失礼いたします」
ルリーは、ピクティムの島長他数名から怒りの視線を、そして他の議員たちからは羨望の眼差しを受けながら、会議室を後にした。




