122話
その集団がいるのは、今いる島とは別の島だった。しかし、距離が近く船を使わなくても行けそうだ。もちろん俺ならだが。
「跳ぶか、それとも凍らせるか」
島と島の間の海を見ながらそんなことを考える。距離的にはジャンプでもなんとか届く距離だろう。けど何とかなんだよな。あんまり水に落ちたくはないし――けど凍らせると後の処理が大変なんだよな。この辺は無人島が多いけど、それでも少なからず自由船は通る場所だ。海を凍らせるとそれを邪魔するわけになるから、使わせてもらっている身としては、自由船の船主たちを困らせるようなことはしたくない。
「よし、跳ぶか」
結果的に、俺は跳ぶことを決めた。幸いこの浜辺にはある程度広さがあり助走もつけられる。
一番踏み切りやすそうな場所と、そこから1番近い島の浜辺を確認する。距離的には500メートルは無いだろう。
さっきからしっかり動いて体はほぐれているのだが、気分的に準備運動をして、自分で砂に描いたスタートラインに着く。
「3・2・1・Go!」
クラウチングスタートから一気に加速し、波打ち際ギリギリまで助走をつける。そして目印の為に置いた木の枝の所で思いっきり踏み切る。
ドンッと浜辺の砂が大きく跳ねあがり、俺の体が宙へと放り出された。風が強いが、幸い向かい風では無い。
俺はそのまま目標通りに島の砂浜へと着地する。その際に再び大きく砂が舞い上がり、俺の視界を覆い口の中に大量の砂を運んできた。
「ペッ、うわ、じゃりじゃりする……」
砂が風でどこかに流れたところで、俺は鞄の水筒から水を取り出し口をゆすいだ。その間に踏み切った場所の状況を確認する。
そこにはやはりと言うか、大きな穴が出来ていた。そしてそこに海の水が流れ込み、小さな池のようになっている。
まあ、これなら直に砂が流れ込んで埋まってくれるだろ。
そこまで大きく地形を変化させなかったことに安堵しながら、俺は鞄に水筒をしまい、集団がいる森の中へと足を踏み入れた。
森の中を進んでいくと、集団が目視出来た。それは当初予想していたゴブリン達ではなく普通に人間だった。けど普通の人間とはちょっと違うみたいだ。
魔法使いっぽい奴が9人と、騎士のような奴らが11人。合計20人の集団だが、その魔法使いっぽい奴らがめっぽう怪しい。
真っ黒なローブを羽織り、フードで顔を隠し魔法陣を囲んで何かやっている。
騎士たちはその護衛なのだろう。
けど、その騎士たちもカランの騎士では無かった。
騎士たちの全身を包む漆黒の鎧は、闘技大会の時に見たギンバイ帝国の物だからだ。
そこで、以前潰した盗賊の手紙を思い出す。
「カランの連中は侵入を防げなかったわけか」
ここにこいつらがいると言うことはそう言うことなのだろう。
「さて、どうすっかね?」
ここで戦闘を吹っかけてしまっても良いが、正直判断に悩む。もしこいつらが正式にカランの許可を受けてこの場所で怪しげな事をやっているのだとしたら、俺が襲撃した場合俺が犯罪者になってしまう。
けど、この場でその確認を取る方法は無い。
とりあえず、あの魔法回路だけでも描き写しておくか? 何かやっていた場合、あの魔法回路が肝になりそうな気もするし。
そう言えば、闘技大会の時も、あいつらは怪しげな魔法回路を使っていた。なら、今回の魔法回路も色々とヤバいもんの可能性がある。それならこの魔法回路を証拠に、叩き潰すのも手かもしれない。まあ、今日何も行動を起こさなければの話だけどな。
そして自分の鞄の中から手頃な皮用紙を取り出し、魔法回路を描き写していく。大分複雑な構成になっていたり、魔法使いの影に隠れてしまったりで、描き写すのに時間がかかった。
けど、何とか全て描き終えたところで魔法使いたちが詠唱を止めた。それに合わせて魔法回路の光も収まっていく。
「よし! 今日はここまでだ! 明日もよろしく頼むぞ!」
『はい!』
「では撤収する。騎士たち頼んだぞ」
「お任せください。順路は確保してあります」
そして魔法使いたちは騎士の先導で森の中へと消えていく。それを追ってみることも考えたが、今は何をしているのか調べるのが先だろうと判断して、俺は儀式をしていた場所に足を踏み入れる。
そこは木が生えておらずぽっかりと森の中に開いた広場のような状態になっている。
そしてその中央に先ほど描き写した魔法陣。どんな効果の魔法陣かは分からない。こればかりは専門家のカラリスや、カランの魔法道具屋に聞いてみるしかないだろう。
しばらくその周囲を探ってみたが、特にめぼしいものは無かった。
「そろそろ時間か」
周囲を探っているうちに、日が傾き始め、迎えの来る時間になってしまう。島を移動しているから、こっちに呼ばないといけないしな。早めに浜に出ていなければ。
俺は来た道を急いで戻って行った。
ギルドに戻ってくると、すでにフィーナ達がいた。休憩所の方でお茶を飲んでいる。そしてフランが職員の人気者になっている。
「はい、フランちゃん、あーん」
「あ、あーん」
多少困ったような表情で、職員のフォークからケーキを貰うフラン。フィーナはその様子を、紅茶を飲みながら苦笑していた。
「2人ともお待たせ」
「ぱぱ!」
フランがこれ幸いと椅子から飛び降り俺に駆け寄ってくる。俺はそれを受け止めて抱き上げた。
職員たちからもうちょっと遊びたかったのにと言う視線を浴びるが、ここはフランの為に気付かないふりをしておくことにする。
「お帰りなさい、トーカ。どうでした?」
「依頼は問題なし。巣も潰したし、もうゴブリンがあの島に巣を作ることは無いと思うぜ」
あれだけ派手に血をまき散らせたからな。しばらくはゴブリンの血の臭いが取れないだろうし、匂いに敏感な魔物のことだ、自分たちの血が充満している場所に新たに住もうとは思わないだろう。
「フィーナ達はどうだった? クーの姿が見えないけど」
「クーちゃんなら依頼が薬草の採取が終わったところで帰っちゃいました。お腹が空いたみたいですね」
「相変わらず自由だな。まあ、それなら依頼は問題なく進んだ感じか?」
「はい、フランちゃんが頑張って薬草を見つけてくれたので助かりましたよ。近くに魔物が来たときもありましたけど、クーちゃんが威嚇したらすぐにいなくなっちゃいましたし」
「まああいつも、子供とはいえ邪神級だしな。普通の魔物から見たら、神様みたいなもんだろ」
「確かにそうですね。でもクーちゃんに何かお土産上げようと思ったのに残念です」
「また遊びに来てもらえばいいさ。フランも気に入ってたんだろ?」
「ええ、ずっとクーちゃんにくっついてましたから」
フィーナから聞いた様子だと、フランとクーは依頼中ずっと一緒に行動していたらしい。クーはフランの腕や首に巻きつき、フランはクーの体を撫でながら薬草を探す。なんとも想像しただけで朗らかな光景だな。
「それじゃあ宿に戻りましょうか?」
「いや、先にカラリスの所に寄りたい。ちょっと気になるもんを見つけてな」
俺はゴブリン退治の後に、怪しげな集団を見つけたことをフィーナに話す。するとフィーナもそれは気になりますと、カラリスの元へ行くことに賛同してくれた。
まあ、フィーナも帝国関連の被害者だからな。特に闘技大会では色々酷い目にあわされたし。
そして俺たちは宿を出て、カラリスとバスカールのいる鍛冶屋に向かった。
奥からトンテンカンと鉄を打つ音か聞こえてくる。それに負けない声で、俺は奥に向かって呼びかけた。
すると、おくからおっさんが出て来る。
「なんじゃい、あんたらか。直るまでにはまだ時間がかかるぞ?」
「いや、そっちの要件じゃないんだ。カラリスって今呼んでもらえる?」
「ちょっと待っとれよ」
そうしておっさんが引っ込むと、すぐにカラリスが飛び出してきた。
「トーカさんどうかしましたか?」
「おう、ちょっと魔力回路で見て欲しいもんがあってさ」
「見て欲しいもの?」
俺はそこでカラリスに経緯を話し、描き写した魔力回路を見てもらう。
カラリスは真剣な面持ちでテーブルに広げられた皮用紙の魔力回路を調べていく。時々首をひねったり、別の紙に魔力回路を描きながら、その魔力回路の正体を調べていく。
そしてしばらくして、カラリスから声がかかった。
「トーカさん、これはかなり問題ですよ」
その声はいつものカラリスの明るいものではなく、魔力回路を刻むときのように真剣なものだ。
「問題?」
「ええ、大問題です。すぐに騎士の人に連絡を取って、その怪しげな帝国の集団を叩かないといけません」
「そこまでのもんなのか?」
「ええ、この魔力回路。いろいろと改造させていますが、大本はこの魔力回路で間違いありません」
カラリスはそう言って別の紙に移した魔力回路を見せてくる。
と、言っても俺はそれがどんな効果を持つ魔力回路なのか分からないため、どう反応した物かと困ってしまった。
そこに気付いたカラリスが補足説明してくれる。
「この魔力回路。これは死者蘇生の物です」
「死者蘇生!?」
その一言で、事の重大さが判明した。俺でも分かる。死者蘇生はこの世界の禁忌の魔法だ。けど、それと同時に1つの疑問が浮かぶ。
「死者蘇生って無属性の魔法じゃなかったか?」
リリウムから聞いた禁忌の魔法死者蘇生は、無属性で誰にでも使える危険な魔法だと言うことだった。
しかし、今図面に起こされているのは、幾何学的な魔力回路。ものが全く違うのだ。
「魔法自体は全て魔力回路として描きだすことは可能なんですよ。ただ魔力量や効果の関係で星の加護でないと効果を発揮できないものが多いだけなんです。集団で大きな魔法を発動したいときは、わざと魔力回路に描きだして、そこに全員で星の加護を使った魔力を流す場合もあるぐらいです。トーカさんの言った集団も、おそらくそれを行っていたのでしょう」
「そうなのか。つまり死者蘇生は魔力回路でも発動可能だと?」
「ええ」
だからすぐに騎士に連絡を取った方が良いってことだったのか。
死者蘇生が行われようとしているのなら、それは間違いなく止めるべきことだしな。
「分かった。俺はこのまま魔力回路を持って騎士団の詰所に行ってくる。フィーナはフランを連れて先に戻っててくれ」
「なにやら大事になったみたいですね。分かりました。私はフランちゃんと宿で待っています」
フィーナも事の重大性を感じて、宿で待機してくれることになった。
「カラリス、お前も付いて来てくれ。俺だけじゃ説明できないことがあると思うし」
魔力回路のことは全く分からないからな。専門家に付いて来てもらうのが一番だ。
「おっさん! 話しは聞いてたか!? 騎士団の詰所の場所を教えてくれ!」
奥に問いかければ、奥から西の外れだと答えがかえって来た。
「んじゃ行くか」
「バスカール私も行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気を付けてね!」
「はい!」
こうして、俺とカラリスは騎士団の詰所に事を報告することになった。
サクッと騎士団の詰所に到着した俺たちは、受付へと顔を出す。
「すみません、少し話したいことがあるんですけど」
「はい、なんでしょう?」
受付は気の良さそうな騎士のお兄さん。20代後半ってところかな? さすがに受付作業をやっている時は、甲冑は脱いでいるらしく、インナーのような物だけだ。
「無人島で怪しげな儀式やってる連中を見つけて、その魔法回路調べてもらったらヤバいもんだって分かったんで報告に来たんですけど」
「ヤバいもの?」
「死者蘇生です」
「!? すぐに部屋を用意します。少々お待ちください」
俺の単語に反応して、騎士が厳しい顔つきになる。
そして隣の受付に一言二言告げ、すぐに奥へと消えて行った。
俺たちはそれを見送って、適当に椅子に腰かける。
「トーカさん、大丈夫ですかね?」
「何か問題ある? 俺たちはただ報告すればいいだけだし」
「そうなんですけど、なんか嫌な予感が……」
カラリスが何やら不安そうにしていると、奥からさっきのお兄さんが戻ってきた。
「準備ができましたので、こちらにどうぞ」
「了解」「はい」
俺とカラリスは、お兄さんの案内に従って、2階に向かって行った。
「ここです」
お兄さんが扉を開けて中へ誘導してくれる。俺達はそれにしたがって中へ入った。すると突然部屋の扉が閉められる。
「隊長、2名をお連れしました」
「ご苦労。その場で待機していてくれ」
「了解」
お兄さんはそう言って扉を塞ぐように待機する。これはカラリスじゃないが嫌な予感がするな。
「よく来てくれた。私はここの詰所で隊長をしているフルガと言う。まあ座ってくれ」
促されるまま俺たちは席に座る。
「それで、死者蘇生の魔法回路を見たと言う話だが」
「ああ、その魔法回路はここにある。これと同じもんを使って、無人島で怪しげな儀式をしてるギンバイ帝国の連中を見たぜ」
俺はさっきと同じように、事の顛末を話していく。
それを聞いた隊長さんは、難しそうに眉をしかめていた。
「ふむ、話しは分かった。協力感謝しよう」
「俺たちは何かやる事あるか?」
「いや、君たちには何もやることは無い。むしろ、君たちにはここに留まってもらう」
「どういうことだ?」
一気に剣呑になった隊長の言葉で、俺は眉をしかめる。カラリスも不安そうに隊長の姿を見ていた。
「なに、簡単なことだ。彼らの計画が台無しになっては、私たちが困るからな」
「私たち――つまりあんたらもこの死者蘇生の計画に1枚噛んでるってことか」
「冒険者のくせに物分りが早くて助かるな」
隊長は俺達をあざ笑うようにどっさりと椅子の背に背中を倒す。
「どこまでの連中が噛んでるんだ?」
「それを言うと思うのか? まあ、この詰所のほぼ全員と考えてもらえば楽だと思うがね。そうでも無ければ、それだけの集団をカランに常駐させることなどできんよ」
「確かにそうだ」
あの時見た人数は20人。きっとそれ以外にもアジトの見張りや、食糧調達のためのメンバーなどがいるのだろう。
そう考えれば盗賊連中と同規模のメンバーになるはずだ。
と、言うことは騎士の連中も当然彼らの存在に気が付いている。しかしそれをあえて無視している。
「いくらもらったんだよ」
「金など貰わんよ。あれは我らの悲願だ」
「悲願ねぇ」
死者蘇生、悲願、帝国絡み。正直厄介ごと過ぎて全体像が見えてこない。
とりあえずこの場は脱出した方が良さそうだが、そうなると騎士連中を全員ぶっとばさないといけなくなる。
隊長はほぼ全員が計画に絡んでるって言ってたし、絡んでない騎士もいるはずだ。そいつと見分けがつかない今の状態だと、さすがに全員ぶっとばして逃げるって訳には行かないよな。
なら一時的に犯罪者になっても、脱走するか? カラリス1人程度なら抱えていくらでも逃げられるしな。
「さて、では君たち2人には、我が詰所自慢の独房へと移動してもらおうか。変な行動はするなよ。我々は騎士だ、お前たち冒険者がいくら暴れたところで、すぐに押さえつけられる」
隊長さんは俺の素性を知らないようだ。まあ、後ろに控えてる受付のお兄さんに話したのは、俺がゴブリン退治に行ったことと、その時に見つけたことだけで、俺のランクに関しては全く触れてないもんな。ゴブリン退治は通常Cランク程度の依頼だから、まさかA+ランクが受けてるとは思わないよな。名前ぐらいは聞いとくべきだぜ、お兄さん。
「カラリス。ちょっと大事になるぜ」
「ハハ、そうみたいですね……サイディッシュの魔力回路の描きこみが終わっててよかったですよ。今日は戻れそうにないですし」
「そうだな。とりあえず別の島に――いや、その必要は無いな」
ミラノの言っていた言葉を思い出して、その必要は無いと判断する。どうせすぐに迎えが来るだろうしな。
「冒険者風情が、ここから逃げられると思っているのか?」
「騎士風情が、俺を止められると思ってるのか?」
一瞬のにらみ合い。そこから俺は一気に目の前のテーブルを蹴りあげる。
隊長の視界がふさがったところで、剣を抜こうとしている後ろのお兄さんの顔を掴み、そのまま扉に叩きつけた。
そして隊長に振り返れば、剣を抜き、テーブルを叩き斬ってこちらに向かってきている。
それを見て勝利を確信した。
「星誘いて、雷の矢を放つ。サンダーアロー」
とりあえず殺さないように威力を押さえながら、俺はサンダーアローを隊長に向けて放つ。
隊長は何とかそれを剣で防ぐが、隙だらけになる。
俺は隙だらけの体に蹴りを入れて、隊長を2階の窓から吹き飛ばした。
「カラリス、逃げるぜ」
「あ、はい!」
呆然としていたカラリスに呼びかけ、俺はお姫様抱っこで持ち上げる。
「え? 入口から行かないんですか?」
「今の騒ぎで駆けつけるだろうからな。逃げるならここからだ」
「え? え、マジ?」
「マジ」
焦るカラリスに笑顔を返して、俺はさっき隊長がガラスを割った窓から飛び出した。




