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異世界は赤い星と共に  作者: 凜乃 初
カラン合島国・学院編
116/151

115話

 翌日。体験入学最終日。

 俺達が学院に行けば、学院はかなり騒がしかった。

 そして俺を見つけた教師の1人が駆け寄ってくる。


「トーカ君、すぐに職員室に来てくれないか?」

「ん? いいですけど。フィーナ達は先に行っててくれ」

「分かりました。じゃあまた午後に」

「パパまたね」


 フィーナがフランの手を引き、フランは俺に手を振りながら、学院の校舎に入っていく。それを見送って、俺は教師に向き直った。


「んじゃ行きますか」


 教師の先導で、俺は職員室へと向かう。そう言えば事務所は行ったけど職員室には行ったことが無かったな。

 俺は移動しながら教師に呼ばれた理由を尋ねる。


「それで何の用事なんですか?」

「ああ、今朝突然カラン王宮から連絡があってね。午後魔法科の授業が終わったら校庭を使わせてほしいと。何事かと尋ねれば、常闇様と君が試合をするというじゃないか」

「だから説明を求めると?」

「そう言うところだな。正直王宮からの連絡なんて初めてで、こっちもどう対処したもんかと思ってるんだ。一応議会の許可は通しているらしいんだけどね」


 カランにも王族はいる。しかしその王族は直接政治に介入はしない。飾りと言っても良いだろう。実質的にカランを動かしているのは、七島と副都市から選出された議員たちだ。そのため、王宮から要求がある場合、それが問題ないか一応は議会を通す必要があるのだ。それを通していると言うことは、議会的にも問題ないと判断されたってことだ。

 つまり、今日のルリーとの戦いは議会も許可したことになる。


「なるほどね。まあ、職員室で一気に説明しちゃいますわ。とりあえず王宮からどこまで聞いてます?」

「正直ほとんど聞いていない。何しろ突然だったからな。しかも戦う相手が両者ともA+冒険者だ。校舎の補強などで、今も全教師が走り回ってるよ」

「なんか迷惑かけてるな」

「仕方がないさ。王宮からの命令だからね。だから知ってることは今言ったことぐらいなんだ。どうして戦うのか、なぜ校庭なのか、そういう経緯が全く知らされていない」

「了解。その辺りの事を話せばいいんだな」

「そう言うことだ。ここだ」


 話しているうちに俺たちは職員室に到着した。

 教師が扉を開け中に入る。俺もそれに続いて中に入った。


 教師への説明を終え、教室に行けば今度は生徒たちに囲まれた。


「と、トーカ! 常闇様と戦うって本当か!?」

「おう、なんか昨日突然決まっちまった」

「マジか! 今日常闇様がこの目で見れるんだな!」

「見れるぜ。俺達が授業終わったら、そのまま試合に入る予定らしい。魔法科にも試合を見せるつもりだって話だ」


 俺の言葉に歓声が上がる。


「トーカ大丈夫なの? 常闇のルリーって言えば、毒属性の使い手でしょ? トーカ前毒属性が全然使えないって言ってたじゃない」


 心配そうに尋ねてくるサーニャ。確かに俺は毒属性に対する知識が少ない。それは事実だが、何も対策が無いわけじゃないしな。


「多分大丈夫だ。一応今日の昼は毒属性相手の戦い方とか調べてみるつもりだけど、俺もまぐれでA+になった訳じゃねぇからな。それぐらいなら何とかするさ」

「なんとかって……まあ、ただの試合だから命にかかわるようなことは無いと思うけど」


 それでも不安そうなサーニャ。まあ、A+どうしが戦うとなれば、必然的に危険な技の応酬になる可能性はあるしな。

 そうなると命の危険も必然的に増えて来るわけだ。

 まあ、それは仕方がないだろう。普通に冒険者やってても魔物とかとの戦いで命の危機はいくらでもあるんだから、それほど気にすることじゃない。

 それに、学院の教師達が色々準備してくれてるみたいだしな。

 職員室で経緯を説明した俺に、教師は心配しながらも安全策はしっかりと立てて置くと言っていた。

 王宮も念のために医者を派遣してくれるらしいから、問題ないだろう。闘技大会中に見た医療技術は凄まじい物があったからな。医療技術だけなら、確実に現代のレベル超えてるだろうしな。


「ま、多少怪我する可能性はあるが、勝つのは俺だしな。医者はルリーの治療に専念することになるだろうさ」

「なに!? いくらトーカでも常闇様に簡単に勝てると思うなよ!」

「そうだそうだ! 同じA+ランクなら、ルリー様の方が経験は豊富だ!」

「トーカバカだし、簡単に毒にやられちまうだろうな!」


 自信満々に勝利予告したら、実は周りは完全アウェーでした。そう言えば、こいつらルリーの信奉者だったな。現実を知らないからそんなことが出来るんだ。

 現実のルリー、昨日のお転婆娘がルリーの正体だと言ったら、こいつらの反応どうなることか。

 ちょっと試してみたい気もするが、一応国の方針でやってるってことだから、話さない方が良いよな。後で面倒なことになっても嫌だし。


「お前ら……なら勝負だ! 俺が勝ったら勝負の後にどっかの店でパーティーやるぞ、もちろんお前らの奢りでだ! その代り、俺が負けたらお前ら全員分の飯代奢ってやる!」

「言ったな! 良いだろう、その賭けに乗ってやる!」「そうだ!」「大量に食いまくってやるからな!」

「サーニャ、お前はこっち側な! さすがに1人分のおごりだとダメージが少なすぎる」

「あ、ああ。それは構わないけど本当に良いの、そんな賭けしちゃって。一昨日彼女さんに怒られたばかりじゃ?」

「勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ」


 あまりやる気のなかった勝負だが、こうなれば別だ。全力で戦って勝ってやる。そんでこいつらに俺とサーニャ、ついでにフィーナやフランやあいつらの友達の分の飯代も奢らせてやる。覚悟しとけ!

 その後、異様に盛り上がる教室に入って来た教師が、慄いて開けた教室の扉をそっと閉めたのは言うまでもない。




 フィーナが教室に入ると、シホとチーナが駆け寄ってきた。


「ねえねえ聞いた? 今日なんかこの学院で魔法科の生徒が試合やるんだって!」

「それのせいで、午後の授業が終わったら、校庭は出入り禁止なんだけど、校舎には残っても良いらしいの!」


 2人は目を輝かせながら、交互に話す。


「しかも、試合の相手がレランの中でも1番強い人なんだって! 常闇のルリーて呼ばれてる人で、A+ランクの冒険者なんだって!」

「レランの人でも運が良くないとなかなか見られない人なんだって! 私たちすっごくラッキーじゃない?」

「とりあえず2人とも落ち着いてくださいね」


 興奮気味に話す2人を宥め、フィーナは自分の席へと向かう。もちろんシホとチーナはその後ろにぴったりとついてきた。


「もちろんその事なら知っていますよ。なにせ、試合の相手は私の彼氏ですからね」

「え!? 彼氏って今魔法科に体験入学してる?」

「初日に火柱作った人!? もしかしてこの試合ってその罰か何かなの!?」


 驚く2人が何かとんでもない方向へ勘違いをし始める。それを止めるために、フィーナは苦笑しながら両手を横に振った。


「違いますよ。試合の申し込みは向こうから来たんです。昨日の夜に少し話し合って、決めたんですよ。ずいぶん早い話になりましたけどね」

「そうだったんだ……それにしても、火柱作ったり、カランの凄い人から試合を申し込まれたり、フィーナさんの彼氏っていったい何者よ」

「そう。それ私も気になってた」


 冒険者でないシホとチーナでも、火柱を作ることが異常なことだと言うことぐらいは分かる。それに加えてカランで1番強い相手に試合を申し込まれる人物なのだ。気になるのは当然だろう。

 それに対して、フィーナは説明に困る。

 一応冒険者であることは言っているのだが、そのランクや強さは一切説明していない。それも、シホ達に話してもどうせ分からないだろうと言う理由なのだが。


「そうですね。分かりやすく言えば、自称最強で、極星の勇者みたいに強くて、冒険者ランクA+ランクで、一般人からかけ離れた力を持っていて、笑顔が可愛くて、料理ができなくて、たまに子供っぽいところがあって――」

「もういい。それ以上は言ってはいけない!」


 フィーナの説明が、だんだんと惚気に変わって行ったところで、シホが強引にフィーナの口を塞いだ。

 そして周りには若干うんざりしたような表情のクラスメイト達。


「最初の方の説明はまだ分かるけど、途中の笑顔が可愛いからとか、ただの惚気だから……」

「むぅ。もっといっぱい話したいところがあるのに」

「それはいいと言っておろうが。とにかく、フィーナさんの彼氏は、むちゃくちゃ強いってことね」

「それにしても、極星の勇者と同等は言いすぎだと思うけどね」


 事実を知らないシホ達は、フィーナの惚れたことによる誇張表現だと思っていた。


「本当ですよぅ」


 信じてもらえないフィーナは、唇をとがらせて小さく頬を膨らませていた。




 フランの教室も、他のクラスと同様に試合の話で盛り上がっていた。しかし、基本的に騒いでいるのは数少ない男子生徒たちである。


「なあなあ、俺達も試合見れるのかな!」

「先生が、パーティーの後で教室からなら見ても良いって言ってたよね」

「ここからだと少し遠いよね」

「けど見れいない訳じゃないよな!」


 その光景を見ながら、フランとカミナは周囲に集まった友達としゃべっていた。


「男の子ってどうして戦うのとか好きなんだろうね? ただ痛いだけじゃん」

「そうだよね。ママが喧嘩はいけないことだって言ってたもん」

「他の人に痛いことしちゃいけないんだよね」


 それを聞いていた男子たちが目ざとく反応する。


「別に喧嘩じゃねぇし! 試合だし!」

「それに両方とも良いって言って勝負してるんだから良いんだよ!」

「別に女子に分かってもらおうとは思わねぇけどな!」


 男子たちからの挑発的な態度に、女子の中でも活発な数名が言い返した。


「なによ、痛い事するのは本当じゃん!」

「怪我させあうなんて、ばっか見たい!」

「男子ってそういう所ほんとに野蛮だよね!」


 言葉の応酬は次第に激しいものになり、教室は騒然とし始める。

 それを止めたのは、意外なことにカミナだった。


「別に見たければ見ればいいし、見たくなければ見なければいいじゃん」


 その言葉に冷や水を指され、男子も女子も騒いでいたメンバーは一斉に静かになる。

 挑発されたから喧嘩していただけで、そもそもこの喧嘩の根源である試合のことがすっかり頭から抜け落ちていた子供たちは、その事を思い出してハッとする。

 そして、男子たちの中でリーダー的なポジションにいる男子が急に手を上にあげた。


「じゃあ、見たい奴だけで見に行こうぜ! 行きたい奴挙手!」


 それに男子全員と、女子からも数人の手が上がった。

 手を挙げた女子は、母や父が元冒険者で、常闇のルリーと言う名前を昔から聞いていたからだ。

 ヒーローのように常闇のルリーの名前を出す父たちの姿を見て、ぜひ見てみたいと思っていた。

 そして、当然のようにフランも手を上げる。

 基本的に物静かな子として認識されていたフランが手を挙げたことに、クラスの大半が驚いた。

 それはもちろんカミナも。


「フランちゃんも見に行くの!?」

「うん」

「フランちゃんってこういうの好きなの?」

「別にそういう訳じゃないよ?」


 カミナの問いに否定で返すフラン。多少人見知りがあり、盗賊の件もあってあまり自分から喋り出そうとしないフランは、基本的には聞かれたら答えるスタンスを取っていた。

 そのため、必要最低限のこと以外は返さない。

 しかし、カミナはそれを特に気にすることも無く、尋ねてくる。


「ならなんで?」

「パパが戦うから」

『パパ!?』

「うん」


 クラスの男子、及び常闇のルリーを知ってる女子たちから一斉に驚かれた。

 それに小さくうなずいたフランは、どこか自慢げだった。




 昼食を軽めに済ませ、俺は図書館に来ていた。例のレラン塔だ。

 塔の元まで来て、そこから塔を見上げる。塔は尖端が雲を貫きそうなほど高い。


「やっぱでけぇな。これ本当に図書館かよ」


 巨大すぎて、全てが図書館とはとても思えない。てか、そんなにこの世界に本が存在するのだろうか。

 しかし、塔の入口には、しっかりとレラン学院図書館と書かれており、学生たちが頻繁に出入りしている。

 学生たちが全員制服の中、白衣を羽織った人物の姿もちらほら見える。彼らが噂に聞いていた魔法科学者と言う連中だろう。

 魔法について考え、魔法回路を発明し、魔法道具を生み出した者達の総称。

 魔法道具屋のカラリスも、広い意味では魔法科学者に分類されていたりする。

 まあ、ここで立ち止まって流れる人を見ていても時間の無駄になるだけだ。俺はさっさと塔に入ることにした。


 中に入れば、目の前に広がる棚、棚、棚。棚には綺麗に本が並べられ、まさしく図書館と言った感じだ。


「こんにちは冒険者さん。ここに来るのは初めてですか?」


 俺が入口で立ち止まっていると、近くにあるカウンターから声を掛けられる。

 そっちを見れば、女性がこちらに笑顔を向けていた。学生には見えないし、司書さんなのだろう。

 しかし、その司書さんは非常に気になることに、図書館の中でサングラスのように黒いメガネをかけている。そんな状態で、本とか読めるのか? そんな疑問を抱きながら、俺はそこに歩みを進める。


「ああ、初めて来た」

「では、使い方の説明を聞きますか? かなり大きな図書館なので、使い方を知らないと、図書館内で迷うことになりますよ?」


 平然と物騒な事を言う司書さんに、引き攣った笑みを浮かべながら俺は教えてもらえるように頼んだ。


「では説明させていただきますね。基本的に皆さんの閲覧が許可されている本は、今いる1階から5階までの本になります。まあ、これだけでも優に10万冊はありますから、大抵の情報なら見つかると思います。探し方は簡単、棚に張られているジャンル分けから、必要な物のある棚に行って、1冊ずつしらみつぶしに探すだけです!」

「しらみつぶし!?」


 棚1つとっても、大量に本があるのに、それをしらみつぶし!?

 そこは魔法とか使って、現代も顔負けの蔵書検索があるもんじゃないの!?

 ガッツポーズを作る司書さんに突っ込みを入れれば、司書さんは冗談ですと言って、軽く笑った。


「まあ、冗談はこの辺にしておいて、検索の仕方ですが、基本的にジャンル分けされた棚にまで行くのは本当です。ですが、そこにも専門の司書がいますので、その人に聞いてください。場所は案内がでてますので、簡単に分かりますよ」

「了解」


 俺がそれでカウンターを後にしようとすると、司書さんに止められた。


「あ、ちょっと待ってください。注意事項ですが、絶対に地下へは行かないでくださいね。立ち入り禁止の札がありますが、そこから下は王族の方か議会の承認を得た人しか行けない場所になりますので」

「そんなこと言われると、入りたくなるな……」

「絶対だめですよ!? 入ったら、問答無用で打ち首ですからね! これ法令で決まってますので、脅しとかじゃないんですからね!」

「了解了解」


 本気で焦り出す司書さんに、俺は軽く手を振って応え、自分の探している本を求め棚の間に足を進めて行った。その背後から「絶対ですからね!」と言う司書さんの声を聞きながら。


 そして目的の棚欄に到着する。それは魔法に関する書籍が並ぶ棚だ。

 3階にあるその棚は、フロアの実に3分の2を占めていた。それだけ魔法が研究されていると言うことだろう。


「さて、司書さんはっと」


 言われた通りに、司書を探せば、棚の間に小さなカウンターを見つけた。そこにその司書らしき人物はいる。

 カウンターに突っ伏し、全く動かない白髪の老人。


「すみません」

「……」

「あの、すみません」


 眠っているのかと、肩をゆすっても、全く反応が無い。

 それを見て、だんだん不安になって来た。これ死んでんじゃね?


「おい、あんた生きてるか!?」

「……」

「おい!」


 耳元で声を張り上げれば、その老人はのっそりと体を起こした。どうやら死んでいる訳では無かったらしい。


「なんじゃ、飯か?」


 頬から涎を垂らし、爺さんがつぶやく。


「あらやだ、お爺ちゃん、ご飯なら一昨日食べたでしょ?」

「そうじゃったな。確かドラゴンのステーキじゃったか」

「違うわ、トカゲの丸焼きよ」

「……そろそろボケ倒すのも疲れたんじゃが」

「じゃあさっさと起きろ、ボケ老人」


 だんだんイライラしてきた。なんなんだろう、この老人は……


「まったく、近頃の若いもんは洒落と言うものを知らんのう。それで何の用じゃい。ちゅうても、ここに来る時点で用事はだいたい分かっておるがの」


 ホッホッホの笑う老人の顔に、パンチを叩きこむのを必死に耐えながら、俺は目的の本を探すのを頼む。


「探してるのは毒属性に関する本だ。特に対人戦を意識した物が書いてあるのがあると良い」

「毒属性か。ふむ、誰かと戦うのかの?」

「まあ、ちょっと厄介そうなのと戦うことになってな。一応相手の手の内は知っておかないとな」

「なるほどのう、ならこっちだ」


 老人はカウンターから出てきて、棚の間を迷わず歩きはじめる。それに続いて俺も後を追うと、老人が話しかけてきた。


「毒属性に関する本は意外と多い。この国には毒属性の最高峰がおるからな」


 常闇のルリーの事だろう。奴がA+ランクであると言う理由こそが、奴が毒属性を極めているということに他ならない。

 A+ランクが自分の属性を極めていないはずがないからな。それに、見たあいつの体型は騎士のように筋肉が発達したわけでも、瞬発力があるようにも見えなかった。

 むしろ、屋上から校庭に走って来ただけで、汗流しながら息切れしてたし、そこら辺の冒険者より体力は無いだろう。

 たぶん、ただの剣技だけで勝負したら、サーニャでも勝てる気がする。

 そんな相手がA+ランクとして、カランの最終兵器になっているのだから、それだけ毒属性が強力と言うことなのだろう。

 闘技大会でも、毒属性を使うやつがいたが、予選ではその効果を遺憾なく発揮していた。

 あの時は毒をフィールド全体に散布して、出場者全員に毒を浴びせる猛攻をしてたしな、範囲攻撃には毒ほど強力な物は無いだろう。

 風のように動きがある訳でもないしな、気付いたらやられているってのはマジで怖い。まあ、今回は試合として決まってるから、不意打ちの心配が無いけどな。


「おかげで素晴らしい数の蔵書が揃っておる。他のどの属性よりも多く、どの属性よりも先を進んでおる。ほれ、ここの棚が全部そうじゃ」


 老人が足を止めた棚。そこにはぎっしりと本が敷き詰められている。どの本も背表紙が紫で何となく毒々しいのは、毒属性に関係しているのかね?


「少し待て、戦闘に関する物を持ってくる」

「俺も手伝うぜ」


 通路を進みながら、老人はパッと足を止めると本を抜いてはこちらに渡してくる。俺はそれを黙って受け取る。

 するとすぐに老人はまた歩きだし、同じことを何度か繰り返す。


「なあ、あんたはここにある本の内容が全部分かってるのか?」


 そうでなければあり得ない行動だ。内容も確認せずにこちらに本を渡していると言うことはそう言うことなのだろうが、にわかには信じられない。


「当たり前じゃ。司書なのじゃからな。毒属性だけじゃない、火も炎も、風も雷も、水も氷も、土も全ての物を読み、どこにあるのかを覚えておる。それができなければ、司書としてここにいることは許されん。レラン学院のシンボルで仕事をするということは、そういうことじゃ」

「じゃあ入口の所にいたねーちゃんは?」


 あの陽気なねーちゃんはどうなのだろうか? あのねーちゃんからは、目の前にいる老人のような風格は感じなかった。

 むしろ、バイトと言われても違和感が無い。

 しかし、老人の話を聞くと、ここで働けると言うことは、ある程度のレベルが必要とされることなのだろう。


「奴か」


 老人は、苦々しそうにつぶやく。


「奴は別格じゃ。奴はこの図書館にあるすべての本を把握しておる。内容から、どれを貸し出しておるかまで全ての」

「もしかして立ち入り禁止の場所も?」

「そうじゃ、奴は議会から唯一の自由に立ち入りを承認された存在じゃ。奴がこの図書館の全てを管理していると言っても過言ではない」

「スゲー奴なんだな」

「そうだな。凄い奴だ。化け物じみてると言ってもいい。冒険者の世界で最高峰がA+の連中なら、奴は司書の世界で紛れもなく頂点だ。奴を超える知識者はいない」

「そんなやつだったのか」

「それに奴は儂がここで働く前からこの図書館の主任司書をやっておる。そのくせ10年間全く見た目が変わらん。正直人間ではないと言われても、違和感が湧かんほどにな」


 必死に声を上げるあのねーちゃんの姿を思い出しても、とてもそうは思えなかった。人は見た目に寄らないな。まあ、俺も人の事言えないほど化け物じみた怪力持ってるわけだが。


「ほれ、これが最後じゃ。毒属性との戦闘に関する物を厳選しておいた。全て読めば瞬殺されることは無くなるだろうな」

「なんか過小評価されてる? 勝つ気満々なんだけど」

「ふん、今から調べようとしてる小僧に何ができると言う。せいぜい足掻くがいいわ。儂は元の場所に戻る。読んだ本はカウンターに持ってこい」

「了解」


 それだけ言うと、老人は棚の影に消えてしまった。俺はそれを見送って、この階にある読書用の机に向かった。


 片っ端から使えそうな知識を詰め込んでいく。

 基本的な毒属性の戦い方は、長距離からの毒散布か、時間を稼ぎながら、相手が毒で動けなくなるのを待つパターンらしい。

 つまり、今回の試合は、後者のパターンの可能性が高い。なるべく時間をかけて戦うことで、俺に毒を浴びせ体の自由を奪う。その後に倒すと言うことだ。

 しかし、これなら俺は有効な攻略手段を持っている。要は吹き飛ばせばいいのだから、風属性を纏って戦えばいいのだ。

 空気を全て毒に変えられるわけじゃあるまいし、相手から散布された毒をこちら側に近づけさせなければいい。

 風属性を使える俺なら簡単にできることだ。

 そうなった場合、相手がどういう手を使って来るか。

 まず間違いなく体内に直接毒を入れることを考えるだろう。

 闘技大会でも、個人戦ではナイフに毒を塗ってそれで切りつけると言う方法を取っていた。なら、ルリーも間違いなく毒ナイフないし、毒の武器を使ってくる。

 しかし、これも俺なら躱せる。ルリーの体力は無さそうだしな。それならむしろ俺の方が長時間の戦いは有利になる。

 勝手に疲れてくれるのなら、それを待ってゆっくり倒してしまえばいいしな。

 こうして適当に調べてみると、俺の負ける要素が無い気がするんだよな。

 一通り厳選してもらった本を読んだ結果、俺の結論はそうなった。


「うーん、なんか釈然としない」


 結論的には、俺が勝つことは間違いない。けど、何か違和感があるのだ。

 俺が負けることは無いと思うが、そんな簡単に倒せる相手がA+ランクになれるのだろうか。

 何か別の技があるんじゃないのだろうか?

 そんなことを考えていると、レラン学院のチャイムが昼食時間の終了10分前を示した。


「もうか。本はカウンターだったっけ?」


 もう1度あの爺さんに会わないといけないのは、面倒だがここに置いて行くほどマナー違反なことはするつもりもない。

 俺はため息を1つ吐いて、開いていた本を閉じ、全ての本を持ってカウンターに向かった。


 カウンターに本を返して、去り際に軽く、本当に軽く爺さんを叩き教室に戻ってきた。


「おう、トーカ。対策は出来たか?」

「精々足掻いて、俺達に美味しい思いをさせてくれよ」

「対策は完璧だぜ。俺の勝利は揺るぎ無いものになったからな。図書館の資料は役に立つな」


 俺の言葉に、なぜかクラスメイトはクスクスと笑う。その表情を見ると、俺の言葉を信じてないな?


「トーカ、本当に大丈夫なのか?」

「ああ、まあ見てな。それよりそろそろ行かないとな」


 試合があっても授業もちゃんとあるのだ。3日間で最後の授業になるのだから、しっかりと受けないともったいない。

 フランは今頃パーティーを楽しんでるだろうし、フィーナも最後の授業と意気込んでいる所だろう。

 俺は、それぞれ教室を出て行く生徒たちの後を追って、校庭へと向かった。


 授業が後半に差し掛かったころ、俺は1人カジール先生に呼ばれた。


「なんですか?」

「この後試合だろ? 少し体を試合用に慣らしておけ」

「ってことは自由?」

「そう言うことだな」

「了解。じゃあちょっと武器持ってくるわ」


 サイディッシュは教室に置いてある。それを持ってこなければ、試合用の慣らし運動も出来ない。

 今回の試合では、特に武器を使用しての戦いも禁止されてはいない。

 学校からは、生徒たちに見せるために魔法を使用してくれと要請されている。俺も最初はそのつもりだったが、あいつらに目にもの言わせるためにはサイディッシュが必要になる可能性はあるからな。

 俺はそそくさと校庭を駆け抜け、教室に戻り壁に立てかけてあるサイディッシュを握る。

 最近使ってなかったから、どこか異常がないか心配だ。3日に1度はメンテナンスを行ってはいるが、それも鍛冶屋に頼んでいる訳では無いので、完璧とは言い難い。


「今日は久しぶりに全力出すことになりそうだからな。お前も頼んだぞ」


 魔力を軽く流し込み、サイディッシュの刃の回転具合を確かめる。良い音と火花が教室で軽く弾けた。

 それは、まるでサイディッシュが絶好調であることを示しているようで、俺には頼もしく見える。

 その回転を止め、背中にサイディッシュを背負い直し、校庭へ戻って行った。

 校庭に戻ったところで、サーニャから声が掛かる。


「トーカ、ちょっといいか?」

「なんだ?」

「常闇のルリーの戦い方についてだ」

「戦い方?」


 それは、俺が昼に図書館で調べていたことだ。今更聞いても意味が無い気がするが、一応聞くことにする。


「どうも、常闇のルリーは一般の毒使いの戦い方とは違うらしい。みんなの話を聞いていると、どうもそうとしか思えないんだ」

「どういうことだ?」

「実際に戦ってる所を見た人はいない。まあ、それは普通な事なんだろうけど、ルリーの場合、取り巻きも全くいないらしいんだ」

「取り巻きがいない? まあ、A+ランクなら弱い取り巻きは足手まといだし、普通じゃないのか?」

「それは攻撃的な属性を持っているからだよ。毒属性は発動から効果が表れるまで時間がかかるのは分かっているよな?」


 俺はそれに1つ頷く。先ほどの本にもそう書いてあった。


「毒属性はそのタイムラグを、仲間を使ってカバーすることが多いんだ。仲間にあらかじめ使う毒の解毒剤を打っておいて、襲ってくる魔物を撃退してもらう。その間に、毒をくらわせる。それが普通の毒属性の戦い方のはずだ」

「それが取り巻きが1人もいないと」


 なるほど、サーニャの言いたいことが何となく分かってきた。

 つまり、常闇のルリーは取り巻きを使わない毒属性の戦い方をしてくると言うことなのだろう。つまり、毒の攻撃から効果の発動までに時間のかからない技。直接体内に毒を入れることだ。

 要はナイフとかだな。

 しかし、そうなると疑問が出て来る。あいつの体力は明らかに少ないし、剣の心得があるようにも見えない。そんなルリーが本当に接近戦で魔物を倒しているのだろうか?


「私が言いたかったのはそれだけだ。普通の毒属性とは思わない方がいい」

「腐ってもA+ってことか。分かった、忠告はありがたく受けとくぜ」


 戦い方が違うかもしれない。けど、俺だって普通の戦い方をするようなタイプじゃない。

 なら、どちらにしろ初見の戦い方で勝負しなければならない訳だ。

 それはそれで面白いし、燃える。

 俺は小さく舌なめずりをして、サイディッシュを構える。

 自らの体を温める為、そして戦意を向上させていくため、俺はゆっくりとサイディッシュを動かし始めた。


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