113話
2日目。俺が魔法科の教室に入ってくると、2つの反応が返ってきた。
1つは俺を見て目を輝かせるもの。もう1つは逆に恐怖するもの。後半はぼんぼんたちだが、昨日の今日で学校を休まなかっただけ評価できるだろう。
あれだけのもんを見せつけられといて、普通に学校に来れるのは、意外と根性あるのかもしれないな。
「おはよう」
「おう、おはよう」
適当に声を掛けながら自分の席に座る。
袋の中身を机の中に移動させていると、隣の席が動いた。
「サーニャおはよう」
「おはようトーカ。今日も頑張ろうね」
「もちろんだ。実技はほどほどにするけどな。さすがに2日連続で設備壊すと、俺の貯金が無くなりかねん」
「そう言えば昨日設備費がどうこう言ってたね。結局どうなったの?」
俺は教室に来る前に事務所により、昨日貰った設備関連の修繕費に付いて少し話し合っていた。
その結果、向こうの要求通り3割を払うことになったが、今日以降の俺の行動で壊れた設備費は全額負担することに決まった。
その案は俺から持ち出したことだが、それを聞いた担当は、目を輝かせて喜んでいた。その様子は今にもその場で飛び跳ねそうな勢いだったな。
「3割払いで落ち着いた。まあ今日から壊したら俺の全額負担だけどな」
「それ大丈夫なの?」
サーニャは眉を顰めながら尋ねる。
割と本気で心配されてしまった。
実際問題としては、詠唱を変えて魔法を使えば問題ないだろうし、たぶん……大丈夫だろう。
てか、そんな頻繁に建物ぶっ壊すほどの魔法なんて詠唱しないだろうし。
「大丈夫だろ。午前中は座学だし、午後の実技も今日からは普通メニューのはずだ。それなら、物騒な魔法を使うことも無いしな」
「それもそっか。いやー、でも昨日の魔法は驚いたよ。A+の実力ってのは、等星じゃ図れないんだね」
ぼんぼんも1等星の炎属性。俺も部類上は1等星の炎属性。同じ能力でも、使用者によって全然威力が違うって言いたいんだろうけど、正直星のレベルが違うからな。俺の場合は、1等星より上のランクが無いから1等星に収まっているだけだし。
極星が明確なランクの分類に入ってるんだったら、間違いなく極星になるだろうしな。
極星自体は、名誉番号みたいな状態になってるから、使うことは出来ないし。
「まあ、A+になるには、魔法だけじゃだめだしな。冒険者としてって言うより、基礎スペックがおかしい人間じゃないとなれないだろ」
フェイリスもなんだかんだ言って人間やめてたからな。常に自分の左腕を自分の電気で操るなんて芸当は、普通の人間にはできない。
病んでるような精神じゃないと、そもそも耐えられないだろうしな。
そう考えると、A+ランクの連中は、俺と同じでどこかおかしい所がある人間なのかもしれないな。爆炎のドラグルや、常闇のルリーも。
「そう言えば常闇のルリーってカランにいるんだっけ?」
「そうね。国に所属してる唯一のA+冒険者だもの。基本的にはお城に住んでるって話を聞いたことがあるわ」
城住みか。デイゴで経験したことはあるけど、俺には合いそうもないんだよな。どうもメイドさんとか警備の騎士とかがいると窮屈な気がする。
城は広いのに、窮屈な気がするのだから、よっぽどだろうし、やっぱ俺は小さくても自分の家が欲しいな。
しかし、そうするとルリーは城の生活に馴染めてるのか? どこか壊れた人間が城の生活に慣れれるとは思えねーんだけど。
「ルリーってどういうやつか知ってる?」
「常闇様の話をしてるのか?」
俺とサーニャの話に、クラスメイト達が続々と参加してくる。冒険者の話から、自分の国の話になって参加できるようになったからだろうか。
「おう、同じA+だけど全然知らないからな。少しは知っておいた方が良いと思ってさ」
「常闇様なら俺見たことがあるぜ。国の依頼で魔物討伐に行くのを偶然見かけたんだけどさ、スゲー綺麗な人だった」
「私もパレードの時見たことがある! 真っ直ぐな黒髪がすっごく綺麗で、真っ黒なドレスがとっても似合ってるの! まさに常闇って感じだったわ」
「おう、俺もそれ見たわ。あれ1度見たら一生忘れられないよな!」
「にっこり笑って、こっちに手を振ってくれた時なんか感動したな」
「俺は、依頼受けて出発する時の真剣な眼差しに痺れさせられたぜ」
どうやら容姿は大和撫子っぽいらしい。性格はお淑やかだけどやる時はやる感じか? 遠目に見たことはあるけど、直接話をしたことがある奴はいないらしい。まあ、国抱えの重要人物だし、当然っちゃ当然か。
しかしあんまりぶっ壊れた人間とは思えないな。意外とぶっ壊れてるのは俺とフェイリスだけなのか?
「お前ら、授業始めるぞ」
ルリーの情報について整理していると、教室に教師が入ってくる。
そこで、俺の情報収集は一端ストップとなった。
フランが教室に入ると、すでにカミナがいた。
「カミナちゃん、おはよう」
「おはようフランちゃん! 知ってる? 今日は魔法の練習もあるんだって!」
カミナは嬉しそうに言う。カミナの属性は、カミナが望んだ通り水属性と判定された。ギリギリ3等星だったが、なんとか属性を持てたと言うことで、カミナにとっては満足のいく結果だったのだ。
そして昨日に続いて今日は、実際に魔法を使ってみる時間があると言うことで、カミナのテンションは非常に高いものになっている。
他のクラスメイト達も、その話題で持ち切り状態だった。
自分がどんな魔法を使いたいだとか、親のマネをして格好よく詠唱したいだとか、夢を膨らませた子供たちが各々に語っている。
「そうなの? たのしみ」
「だよね! 上手く水出せるかな!」
「カミナちゃんならきっと上手くできる――と思うよ」
しかしフランたちは現実を知らない。今日行う魔法の練習は、まだ無属性の初歩も初歩、ライトをつける所から始まると言うことを。
フィーナは午前中の授業を終え、昼食の準備をする。
ライン学院には購買もあるし、学院のすぐ傍には学生向けの食堂や屋台も多く並んでいる。
学生たちは、各々好きな物を食べに行ったり、買って来て教室で食べていたりする。
シホとチーナも購買で買って来たサンドイッチを机に広げている。飲み物も一緒に買って来た果実水だ。
そんな中、フィーナは自分の紙袋の中から四角い箱を取り出した。
シホとチーナがその箱に注目する。
「フィーナさん、何それ?」
「お弁当箱ですよ」
「お弁当? もしかして自分で作って来たの!?」
生徒の中にも少なからず弁当を持ってくる者はいる。しかし、それはレランに家があったり、実家から通える範囲にいる者ばかりだ。
寮生活をしながら、自分で弁当を作っている者などほぼいない。それは家事技能科の面々でも例外ではない。まして体験入学中で、宿に泊まっているフィーナが作ってくるのは例外中の例外だ。
シホとチーナの声で、反応した他のクラスメイトが寄ってくる。
「早く開けて見せてよ」
「そんなに急かさないでください。それに凄いものじゃないですよ? 簡単に出来る物の詰め合わせなんですから」
そう言いながら、フィーナは弁当箱を開ける。
そこには色鮮やかな野菜が挟まれたサンドイッチと、ソーセージ、煮物などが綺麗におさめられていた。
それを見た生徒たちから感嘆の声が上がる。
「これフィーナちゃんが作ったんだよね?」
「そうですよ。ちょっと早起きすれば簡単にできますからね」
「これはもしかしなくても、昨日の彼氏と娘にも作ってあげてるわよね」
「はい、2人とも喜んで受け取ってくれました」
にっこりと笑いながら、満足そうにうなずくフィーナ。その笑顔が、どこまでも家庭技能科の最終到達目標である母親の顔に見えて、家庭技能科の面々には、フィーナから後光が差しているように感じた。
午前中の授業を何事も無く平和に終え、実技の時間になる。
昼食には、フィーナが作ってくれた弁当を食べたが、何となくいつもより美味かった気がする。これはあれか、家庭技能科で何かを学んだのかね?
てか、まさかサンドイッチのパンにハート型の焼き目が付けられてたのは予想外だった。
それに気づいたサーニャに思いっきりからかわれたが、逆に思いっきり惚気てやったら、うんざりしてたな。
他のクラスの連中もどこか甘ったるそうな表情してたから、効果は抜群だったみたいだ。
そのサーニャと共に、俺は実技の為の準備をする。と、言っても俺たちは元々動きやすい恰好だし、着替えは必要ない。今日はサイディッシュも宿に置いて来てあるから、そのまま移動するだけだ。
そこで、職員室に行っていた生徒が戻ってきた。
「午後の実技は校庭でやるってさ」
「まだドームは修復出来てないだろうしな」
「そりゃそうだろ。あんな穴簡単に埋められるもんじゃないって」
「だよなー」
しばらくの間ドームは立ち入り禁止になっているらしい。綺麗に穴は開いているが、その部分から天井の一部がまだ降ってくる可能性を考えての安全策らしい。
修繕費は、俺の口座と国からすでに出ているため、今日の午後からにでも修復を開始するらしいが、完了がいつになるのかは未定だとか。まあ、俺がいる間に直ることは無いだろうな。
「サーニャ行こうぜ」
「あ、まってくれ」
俺はサーニャと共に、教室を出て校庭に向かう。
「そう言えば昨日は、ごたごたしてアドバイスできなかったな」
「ああ、構わないよ。あの後少し先生からアドバイスを貰ってね」
「そうだったのか?」
「トーカが彼女としゃべりだした後、私たちは勝手に解散しただろ?」
「そうだったみたいだな」
気付いたときには、俺の後ろに誰もいなかったし。
「あの後先生に会ってね。少しアドバイスを貰ったんだ。魔法の発動に関しては何も問題が無かったんだから、詠唱自体を変えてみたらどうかって」
「ああ、詠唱自体が合ってないパターンか」
「そう、トーカも自分の詠唱を使ってただろ? それで先生も思いついたみたい。私も昨日の夜はそれをずっと考えてたんだ。だから今日は、時間があればそれも試してみたいな」
「そっか。なら俺のアドバイスはいらなそうだな。てか俺も同じこと考えてたし」
「そうなのか?」
問題ないところを潰していけば、最終的にはその結論に辿り着いちまうからな。
「ああ、それ以外に俺も威力が出ない原因が思いつかなかった。で、どんな詠唱にしたんだ?」
サーニャの様子を見ていると、特に『星に願いて』でも問題ない気がするのだが、それが合わなかったとなると、俺に近いものになるのか、それとも時間をかける形にしたのか。
「貰った教科書を見ながら色々かんがえてみたんだが、どうも私の性格に『願う』と言うのが合わなかったみたいなんだ。ライトで色々試してみて、最終的には、『星の力よ』にしてみた」
『星の力よ』か。願うと言うよりも、力を借りて自分で使う形になったのか。星との関係は、どちらかと言えばこっちが上って感じになるか? 俺の『星示せ』は完全に俺が上位に立って命令している形だが、『星の力よ』だと上位にいながらも、ちゃんと理解を求めてる感じだな。仲の良い先輩後輩の関係?
「良いんじゃないか。サーニャのフランクさに合ってる気がする」
「ありがとう。ライトも1番光が強くなったからね。しばらくはこの詠唱で色々試してみるつもり」
「頑張れよ。応援してるぜ」
「ありがとう。私ももっと上のランクに行きたいからね。A+は無理だとしても、せめてA-を最終目標にしてるんだ。なんて言ったってあのリリウムさんも3等星なのにA-ランクまで上がってるんだからね」
「そういやぁリリウムも3等星だったな。それ以上の威力が出てるような気がしたけど、あれって努力とか熟練とかそんな感じだって言ってたっけ」
てかリリウムってAランクに昇格するんじゃなかったっけ? デイゴのギルド長はそうするみたいな事行ってたけど。
そうなるとサーニャの目標も自動的に上がっちまうな。
「リリウムさんのことを知ってるのか?」
「知ってるも何も、前は一緒に行動してたからな。俺に冒険者としての心得とか教えてくれたし、俺の彼女の剣の師匠でもあるぜ」
闘技大会中はずっと稽古つけてたしな。
「な!? 闘技大会でチームを組んだだけじゃなかったのか!?」
ん? その事もしってるのか。
「ああ、ユズリハから一緒に行動してたしな。デイゴで別れちまったけど。今頃ユズリハの実家にいると思うぜ」
そう言えば実家はどうなったのかね? 上手く収まってると良いけど。手紙でも出してみるか? けど、俺が頻繁に移動してるからな。返事が受け取れない。ギルドの連絡を使ってみるのも良いかもしんないな。あれだとどこのギルドでもメッセージが受け取れるらしいし。
しばらく話していると、着替え終わった他の生徒たちもやってきて、授業の時間が始まった。
整列した生徒たちの前に立つのは、昨日と同じカジールだ。
「今日からは今まで通り基礎作りに励んでもらうぞ」
『うぇー』
当然のように生徒たちからは批判が上がるが、それを完全に封殺しカジールは話しを続ける。
「まずはグラウンド5周。その後ライトの打ち上げ30発。そこまでやったら自由時間だ。攻撃魔法と幻覚魔法以外なら好きに使っていいぞ。じゃあ始め!」
『うぃー』
やる気のない声と共に、先頭から順番に校庭を走り出す。
俺とサーニャもその後について走り出した。
うん、遅い。
魔法メインの魔法科の連中なら校庭5周でも十分すぎるのかもしれないけど、正直俺には物足りない。てかサーニャもどことなく物足りなさそうなのは、冒険者という職業上、体力がいるからだろう。
「サーニャ、速度上げるけど、どうする?」
「あ、じゃあ一緒に行くわ。このスピードはさすがに遅すぎるもの。逆に体がムズムズしちゃう」
「了解」
サーニャの答えを聞いて、速度を上げる。
あっという間に先頭に追い付き、さらに追い越していく。サーニャも俺の後をぴったりとついて走っている。
そして4周目に入ったところで、全員を周回遅れにした。
周回遅れにしたところで、息が上がり始めている生徒の1人に話しかけられる。
「トーカ早ぇな」
「これぐらいだとまだ流してる程度だけどな。正直5周じゃもの足りないな。サーニャもそうだろ?」
その問いにサーニャは無言でうなずく。それを見て、生徒たちは慄いた。
「マジかよ。冒険者ってのはスゲー体力あるんだな」
「体が出来てないと、すぐに死んじゃう職業だからね。私も最初の半年は体力作りばっかりしてたし」
「命がけだと真剣になるのか。正直覚悟が全然ちがうなって、おい話してるのに先に行くなよー」
そんな息上がってる奴のスピードに合わせてたら、意味ないじゃん。
と、いう訳で俺たちはさらに速度を上げ、校庭を駆け抜けて行った。
結局俺とサーニャはクラスメイト全員が5周を走り終えるまで走り続けた。結果、俺が10周、サーニャが9周と半分を走ったことになる。
最後の方になると、さすがのサーニャも疲れを見せ始め、俺がスピードを合わせようかと思っていると、先に行ってと言ったので、自分のペースを保たせてもらった。
それでも俺と半周しか離れなかったのだから、すごいものだ。
伊達に魔法抜きでC-ランクまで上がった訳では無いらしい。
そして、全員が揃ったところで、ライトの魔法30発の時間になる。これは純粋に自分の詠唱を噛まずに読む練習だったり、魔法の発動する感覚や、熟練度を上げるための練習だったりするらしい。
「星誘いて、灯りを灯す。ライト」
『星に願いて、灯りを灯す。ライト!』
俺やクラスメイトが適当にライトを上空に打ち上げる中、サーニャが深呼吸して息を整える。
「よし、星の力よ、灯りを灯せ。ライト!」
空に打ち上げられたサーニャのライトは、俺のライトほどではないにしても、普通の生徒たちと同じか少し下程度の明かりを伴って輝く。前の状態から比べれば、変化は一目瞭然だ。
それを見た生徒たちからも、おーっと声が上がった。
「それが新しい詠唱か。いい感じじゃん」
「うん、これなら何とかいけそうだよ」
嬉しそうに頷くサーニャ。そして続けざまにライトの詠唱を開始した。
それを見ながら、俺も遅れまいと詠唱を繰り返していく。
絶えることなく明るい空にさらに輝くライトが打ち上げられ、校庭には明るい部分と影の部分がよりはっきりと映し出されていく。
そして最後の1発が打ちあがると、生徒たちから「終わったー」と歓喜の叫びが上がった。
「この後は自由なんだっけ?」
「そうみただね。私はもう少しこの詠唱に慣れておこうと思うよ。危なくない魔法でもう少し唱えてみる」
「そうか。俺は何すっかな」
周りの生徒を見ながら、なにをしようかと考えていると、突然校舎の上に、これまでで1番大きなライトが打ち上げられた。
そのライトに、校庭にいたクラスメイトのみならず、校舎の中にいた連中も窓から顔を出してそちらを見る。
俺も一緒に校舎の屋上を見ると、そこにはライトの明かりによって作り出された影があった。
その姿は人型。つまり、その人型がライトを打ち上げたのだろう。
かなり巨大なライトだし、1等星レベルなのは確実だ。しかし、1等星を持つ生徒ならほぼ魔法科に所属しているはずである。
なら、あそこにいるのはいったい誰なのか。
考えを巡らせていると、向こうから声を掛けてきた。
「フフフ、フッフッフ! ハーッハッハッハ! とうとう見つけたわよ! 漆トーカ! 今行くから待ってなさい!」
校舎の上から大声で名指しされた。
そして当然のごとく俺に視線が集中する。
「お、俺今回関係ないぞ! まだ何もやってないし!」
慌てて弁明するも、周りの生徒の視線は「またトーカか」と言った感情がひしひしと伝わってくる。
そしてその視線に耐えながらしばらく待っていると、校舎の入口から普通に走って出てきた。
その姿は、ピンクを基調とし、白のフリルをふんだんにあしらった、まるでどこかの子供向け魔法少女のような服の少女。
髪は銀色で、左右に1本ずつ、いわゆるツインテールに縛っている。
その髪をなびかせながら、少女は俺の前まで走り寄ってきて足を止めた。
「ハァ……ハァ……やっと、見つけた、わよ! 漆、トーカ!」
「とりあえず息整えろ」
完全に息切れしているその少女に、呆れた視線を送りながら、とりあえずそう言うことにした。
「フフ、優しい、ところが、あるのね。ちょっと待ってなさい! すぐに、整えるから!」
額から汗を流しながら、少女はそう言って深呼吸を開始する。
その姿に、校庭にいた生徒も、校舎から覗いていた生徒も全員が絶句している。
まあ、この状態でなんて言えばいいのかなんて、誰にも分からねぇよな。俺も分からねぇもん。とりあえずシュール過ぎるってこと以外。
「よし、大丈夫! さあ、漆トーカ! 私と戦いなさい!」
「はぁ?」
「だから! 私と戦いなさいって言ってるの! 分からない!? 模擬戦よ!」
俺の反応に納得がいかないのか、少女はその場で地団駄を踏む。
そこで、今まで黙っていた、と言うより、黙っているしかなかったサーニャが口を挟む。
「えっと、あなたが誰か分からないんだけど、あなたは彼が誰か知ってるのよね?」
「当然でしょ! 4人目のA+ランク冒険者漆トーカ、ユズリハで冒険者登録をして、その数か月後にデイゴの闘技大会に出場、初出場にして初優勝を遂げる、超新星。その試合での活躍と、帝国の暗躍を未然に防いだことが功績となって、A+ランク冒険者に登録される。なんか未確認情報だと、邪神級となぐり合ったとか、そんな情報も出てるみたいだけど、本当の所はどうか分からないわね」
つらつらと並べられる俺の経歴に、全員が唖然とする。てか帝国の暗躍関連とかここで言っちまっていいもんなのか?
「ああ、そう言えば2つ名が何個かあったわね。狂呀のトーカとか、極星の再臨とか、双姫の従者だとか」
「おいこら、双姫の従者ってなんだ」
狂呀とかはサイディッシュから着いたんだろうし、極星はまんま全属性使えることからだろうな。けど双姫の従者は納得いかんぞ! あのパーティー俺がリーダーだったろ!
「そりゃ、あれだけ有名な孤高姫と期待の新人の氷結姫に挟まれて大立ち回りやったんだもの、当然でしょ?」
「ならなんで従者なんだよ! そこはもっとカッコいいのあったろ!?」
かっこよさの問題なんだとサーニャから突っ込まれるが、この際無視だ。従者なんて絶対認めねぇぞ!
「それはあれよ。ファンの願望? 姫2人が1人の男にゾッコンなんて、ファン的には考えたくないでしょ。まあ、付いちゃったんだから諦めなさいって。私も嫌な2つ――おっと、これは言っちゃ駄目ね。とりあえず、あなたのことは知ってるわ。その上で勝負よ!」
「何でだよ、俺今体験入学中なんだけど」
なんかすでにむちゃくちゃになっているが、一応俺は今授業中である。攻撃魔法と幻覚魔法は禁止されているから、勝負は出来ない。
「そんなの関係ないわ! 私が勝負するって言ったら勝負――」
「何やってるの、このバカ娘は!」
少女が全てを言い終える前に、その声を押し潰すようにして、さらに巨大な声が校舎から響いてきた。
全員がそちらに目を向けると、カラン騎士の恰好をした女性がこちらに向かって走って来る。結構全速力だ。
「あら、ミラノ遅かったわね」
「キティー、あなた何勝手なことしてるの! 私が良いって言うまで校舎から出るなって言ってたでしょ!」
「だって漆トーカを見つけたんだもの! 即行動しなきゃもったいないでしょ?」
「このバカ娘!」
騎士の手が振り下ろされ、少女の頭を直撃する。
「いったーい! 何すんのよ!」
「とにかく今は帰りますよ! ほらこっち来る!」
「わ! ちょっと、襟掴まないでよ! 伸びちゃうじゃない! これお気に入りなのよ!」
「あんたの私服なんか知ったこっちゃないわよ! 自分の行動、反省しなさい! 皆さん、お騒がせしました」
そう言って騎士は一礼すると、少女の襟をつかんだままずるずると引きずっていく。
それを俺たちはただ唖然としながら見送るしかなかった。