112話
午前の授業を終え、トーカ達は午後の授業の準備のため訓練ドームと呼ばれるところに来ていた。
「実技か。楽しみだな!」
「トーカは座学より体動かしてる方が好きそうだもんね」
「もちろんだ。授業も後半は眠くて仕方がなかったからな!」
どこの世界でも授業は授業ということだな。教師の話を聞きながら、教科書を見ていると自然と瞼が重くなってくる。
昼前最後の授業とか、後半は寝てた気がするし。
「確かに寝てたよ。先生の頬が引き攣ってた」
「マジか。何か悪いことしたな。まあ、実技で挽回すればいいさ」
「そんなことが出来るのかね?」
「んぁ?」
俺とサーニャが話していると、自己紹介の時に俺達を馬鹿にしたような視線を投げてきた連中が話しかけてきた。
しっかりと団体で行動している辺り、団結力はありそうだな。
「冒険者だか何だか知らんが、しょせんは野蛮な連中だ。我々のように幼いころから英才教育を受けた者達に勝るとでも思っているのかね?」
「まったくだ。少し魔物を討伐したことがあるからと言って、いきがってもらっては困るな」
「だいたい、我々も魔物程度は片手間でも倒せる実力はあるのだよ。ただ我々が出てしまうと、お前たちのような貧しい冒険者の仕事がなくなってしまうからな。仕方がなく譲ってやってると言うことを忘れないでもらいたいね」
うん、やっぱりコンビネーションは抜群だな。一糸乱れぬ罵倒の嵐。これぞ貴族ってのが凝り固まったような連中みたいだ。
サーニャは突然の罵倒に、完全に委縮してしまっているみたいだけど。
「くくく、いいな、そう言うの。俺は好きだぜ」
「な、なんだ突然!」
俺の突然の告白に、先頭に立っていた男が狼狽する。
「ちっぽけなプライドにすがって、必死に誰かを貶める連中ってのが俺は結構好きなんだよ。そういう連中ほど、叩きのめした時の爽快感は一入のもんがあるからな」
「貴様!」
「お前たち何をやっている。授業を始めるから整列しろ」
男たちの1人が、俺に殴り掛かってこようとした時、ドームに実技担当の教師が入って来た。
教師はすぐに俺たちの様子に気づくと、注意を飛ばす。
それを聞いた生徒たちは、チッと小さく舌打ちをして俺達から離れた。
「トーカ、あんな挑発してどうするつもりよ」
「ん? 別に何も。喧嘩吹っかけて来るなら買わないとな。安心しろって、サーニャは巻き込まないから」
「もう巻き込まれてる気がするんだけど……まあいいや、とにかく今は授業よね。この授業で何か掴まなきゃ!」
グッと胸の前で拳を握るサーニャ。そう言えば、魔法のコツをつかむために授業を受けに来てるんだったな。
「お前たちも早く並べ」
「あ、はーい」「うーい」
教師の指示に従って、俺達は整列している魔法科クラスの生徒たちの一番後ろに並んだ。
「今日は体験入学生もいるからな。久しぶりに的壊しやるぞ」
『よっしゃぁぁあああ!』
その発言に、唐突に生徒たちが盛り上がる。俺とサーニャは何か分からず2人だけで取り残されていた。そこに、1人が説明してくれる。
「基本的に実技の授業って、基礎練習とか体力作りとか地味な事ばっかりなんだけどさ、的壊しだけは別なんだよ。ドームの壁際に並べた的に向かって、自分の自慢の魔法を飛ばすんだ。それが的壊し。みんな全力で魔法打てるから、これがあると喜ぶんだよ。ただ、破壊系の魔法だから、ドームの消耗が激しくて普通はやらせてもらえないんだけどね」
「なるほど」
「的壊しか。面白そうね」
確かに地味な訓練とかより、自分の好きな魔法をぶっ放せるほうが面白いに決まっているよな。魔物と戦う機会も無いみたいだから、攻撃系の魔法なんて使う機会はめったにないだろうし。
「じゃあ準備から勝手に始めておけ。俺は2人に説明とかしているから」
『わかりましたー』
生徒たちがドームの隅に作られた小屋に向かって歩き出す。そこに的壊しようの道具があるのだろう。
それを見送っていると、教師がこちらに歩いてくる。
「お前たちが体験入学生だな」
「はい、サーニャといいます。よろしくお願いします」
「トーカだ。よろしく頼む」
「ふむ。俺が実技担当のカジールだ。2人にも、今日は生徒たちと同じメニューをやってもらう」
「的壊しだろ。さっき概要は聞いたぜ」
同じことを説明されそうだったので、無駄手間を省くため、こちらの知ってる情報を先に出しておく。
「そうか、まあ大まかな所はそうだな。ただあまり威力が強い魔法を使うと、さすがにドームの壁も持たんから、それは気を付けてくれよ」
「ハハ、大丈夫ですよ。私威力弱いですから……」
言ってて、自分でショックを受けるサーニャ。そのサーニャにカジールは優しく声を掛ける。
「ああ、ここに来た理由は聞いている。俺も何か分かればアドバイスさせてもらうから、思いっきりやってみると良い。トーカは――壊さないようにな」
「おう、任せとけ」
うん、カジールも俺のことはやっぱり知ってるな。てか教師連中には全員情報が回ってると思っていいっぽい。
しかし、皆揃って俺のことを黙ってようとするんだよな。何か意図があるのか?
「先生ー、準備できましたー」
「そうか、なら順番に始めろ。見本見せるつもりでしっかりやれよ!」
「はーい」
見れば、ドームの壁際には計5体の藁人形のような物が置かれている。しかし、どうも藁製ではないようだ。まあ、藁製なら炎で簡単に燃えちゃうし、すぐ使い物にならなくなっちまいそうだからな。
「あれって何で出来てるんですか?」
サーニャも気になったのか、カジールに尋ねる。
「あれ自体はただの鉄だ。ただ人形の内側に硬化の魔法回路をびっしりと大量に書き込んである。開始前に1度魔力を流し込めば、授業時間程度なら十分発動し続ける優れものだ。多少歪んでも、勝手に治るよう修復魔法もかかっている」
「なるほどね。それで壊れないようにしてるのか。けど限度はあるだろ?」
「そうだな。だいたい1等星の大技だと壊される。だが、生徒でそれほどの威力を使える奴は、今うちの学園にいないからな。その点では安心して的壊しをやらせられる。あれ1つ100万チップ以上かかるからな。本当に壊されると俺が怒られるんだよ……」
カジールは経験があるのか、肩をがっくりと落としながらつぶやく。
俺はその姿と、懸命に魔法を放つ生徒たちを見ながら、力のセーブ具合を考えて行った。
一通りの生徒が的に各々の魔法を打ち終え、スッキリとした表情をしている。そんな中サーニャの表情だけはガチガチに固まっていた。
「おいおい、そんなんで大丈夫か?」
「だ、大丈夫だし。魔物とかの相手するより楽だし」
口ではそういているが、体は素直だぜ、ゲヘヘ。いかん、こんなこと言ったらフィーナに怒られそうだ。
しかし、実際サーニャの膝はがくがくに振るえていた。明らかに武者震いじゃないだろそれ。
「ほれ、深呼吸」
俺の合図に合わせて深呼吸するサーニャ。そして何度か繰り返したのち、自分の頬をパチンと叩いて気合いを入れたサーニャは、全員の視線が集まる中、魔法を放つ位置へと移動する。
「トーカ、お前は行かなくていいのか?」
俺も一緒に生徒たちとサーニャの魔法を見ようと思っていると、1人に声を掛けられた。
「おう、俺は後からスゲーの見せてやるよ。それよりあいつの魔法が何で威力でないのか、俺も気になるしな」
基本的に魔法とは祈りのはずだ。そして加護の星に祈れば、後は勝手に加護の星が判断してやってくれる。そこに威力の増減は関係ないはずなのだ。
あえて自分に合わない詠唱をして威力を落とすことはあっても、全力で祈って威力が振るわないのはおかしい。
その事を説明すれば、確かにと生徒もうなずいてサーニャを見る。
サーニャは、ラインの引いてある場所から的に向かって手を伸ばし、精神を集中させているところだった。
「星に願いて、炎弾を放つ! ファイアボール!」
詠唱と同時に、サーニャの右手に炎が溢れ、収束し球体の形を作る。そして手の平から打ち出されたそれは真っ直ぐに的へと向かい、直撃した。
しかし直撃しただけだ。
炎弾は、的に当たるとすぐにはじけ飛び、的に着せられた鎧の表面を軽く舐めただけにとどまってしまう。
「はぁ……やっぱりだめだ」
サーニャのため息を付き、とぼとぼとこちらに戻ってくる。
戻ってきたサーニャに、俺は感想を言う。
「確かに威力が出てないな。3等星にしても、火力が弱めな火属性だって言っても、さすがに弱すぎる。何か原因があるはずなんだけどな」
詠唱は特に問題無かった。詠唱から魔法の発動までも、特におかしな点は無い。火の収束の仕方もしっかりとしていた。なのにあの威力しか出なかった。
炎弾をくらった鎧は、少しだけ焦げたものの、修復魔法の効果かすぐにその焦げさえなくなってしまった。
何が原因か考え込んでいるとき、俺達と反対側にいるグループから声が上がる。
「おいおい、冒険者ってのはそんなんでなれるのか? なら俺が冒険者なんて始めたらすぐにA+ランクになっちまうかもしれないな!」
その言葉に、やはり声が上がった場所と同じ場所から笑い声が上がる。
しかし、そこ以外からは特に笑い声が上がることは無く、むしろその行動を批難するような目線が集中した。
だが、言葉を放った奴。例の貴族のボンボンだが、そいつはその視線を無視して先ほどサーニャが魔法を放った場所に出てきた。
「おい、お前の順番は終わっただろ」
「そこの超弱い魔法しか使えない冒険者に、1等星の炎属性を見せてやるよ。星に願いて、炎弾を放つ! ファイアボール!」
言うや否や、そいつは教師の制止も聞かず、先ほどまでサーニャが目標にしていた的目掛けて、同じ詠唱の炎弾を放った。
その炎弾は、サーニャの魔法と同じ軌道で鎧に直撃する。
しかし、その後は全く別だった。
直撃した炎弾は、爆ぜることなく鎧にめり込み、鎧の一部を食い破ると、その中で爆発を起こした。
内側から爆発された鎧は、当然のごとく衝撃をもろに受け、ガタガタと激しく揺れる。それでも完全に吹き飛ばないのは、硬化の魔法回路のおかげだろう。
そして、その衝撃が収まったことには、ジュウジュウと煙を上げる、ひしゃけた状態の鎧が残されていた。
その結果に、貴族連中から歓声と口笛が上がる。
他の生徒たちは、どこか悔しそうにその光景を眺めている。
それで何となくクラスの実力関係は把握出来た。
つまりあいつが実力的には1番あるってことか。
悠然とグループの元へ戻ってくそいつは、最後に馬鹿にするような目線をサーニャに送った。
それを受けて、サーニャは一瞬ビクッと肩を震わせる。
ふむ、何となく教師達が黙っていた理由が分かったな。つまり、俺にあいつをぶちのめせってことか。
今の様子を見てると、教師の制止も完全に無視してたし、他の教師の言うことも聞いてないのかもしれないな。
チラッとその教師を見れば、教師もこちらを見ており、小さくうなずいた。
悪い子にはお仕置きが必要だよな! まあ、直接タコ殴りにするわけにはいかないから、プライドをズタズタにする感じで行くけど。
「最後はお前の番だぞ。そこの冒険者」
「いいぜ、俺が本当の魔法ってのを見せてやるよ」
静まり返ったドームの中、俺はラインの引かれてある場所まで行き、的を見る。
さすがにさっきくらったばかりの的は、今だ白い煙を上げているから、狙うのは不味いだろう。なら、狙いはその隣、それほど劣化も無く、形もしっかりした損傷のほぼ無い物だ。
「星示せ、火竜の炎弾! ファイアボール! あ、やべ! 威力高過ぎた!」
魔法を放った瞬間気付いた。この炎弾は威力が強すぎると。
そしてすぐに対処の魔法を使う。
「星示せ、灼熱の大壁。ファイアウォール!」
詠唱が完了する直前、炎弾が鎧に直撃する。そして一瞬の閃光の後、轟音と共に激しい爆風が俺達に襲いかかってきた。
その1秒後には、襲いかかる爆風を遮るかのように、巨大な炎の壁が的を囲む。
炎の壁によって衝撃の行き場をなくした爆風は炎と混ざり合い爆炎となって、唯一空いている天井にその方向を変えた。
そして起こる2度目の轟音。その音はドームの天井を衝撃が貫いた音だった。
破壊されガラガラと落ちてくる天井の破片は、炎壁によって一瞬のうちに焼き消される。
天井を破壊した爆炎は、それでも収まることなく上空へと駆け上って行った。それはまさしく天にも昇る火柱に見えただろう。
「やっべー」
衝撃が完全に収まるのを待つ中、俺は計5体の鎧の安否を気にしていた。なにせ1体100万チップはする代物だ。弁償とかになると、出費がバカにならない。それに加えて天井の修繕費まで徴収された日には、いくらかかるか分かったもんじゃない。
これはフィーナに怒られるかもしれないな。
顔を真っ赤にして俺を睨むフィーナの事を想像しながら、俺は火柱を眺め続けていた。
しばらくして、衝撃が収まる。それを確認して、俺は魔法を解いた。
炎の壁が一瞬にして消滅し、その中の惨状が明らかになる。
さきほどまで並んでいた目標は、モノの見事になくなっており、土だったはずの地面は余りの高温に焼かれ、真っ赤に染まっている。
天井を見上げれば、そこからは太陽がさんさんと降り注ぎ、ドームの中を明るく照らしていた。
自分のやった惨状を確認していると、次第に衝撃波の為に倒れていたり、身を伏せていた生徒たちが顔を上げる。そして皆一様にこの惨状を目の当たりにして、驚きを露わにしていた。
「さて、んで誰がA+冒険者になれるって?」
俺の目線の先には、座り込んだままの姿で俺を見る貴族様。
その表情からは怯えがありありと伺えた。しかし特にショックは感じない。もともと仲が悪い奴にどう思われようと興味も無い。
「う」
「う?」
「うわぁぁああああ!!!!」
貴族様が走り出した。全力で、ドームの出口に向かって。
そしてそれを皮切りに、残りのメンバーも皆一様にドームの出口へと駆け出していく。
「泣きダッシュとかかっこわる。んで先生、この後何やるんですか? 的なくなっちゃいましたけど」
「あ、あー。そうだな、とりあえず校庭走るか」
ドームの地表も、一部は文字通り灼熱の大地と化している。こんなところで授業を続けられるはずも無く、俺たちはグラウンドを走ることになった。
うん、生徒たちには悪い事したかな?
呆然とした表情の生徒たちと共に、俺とサーニャはドームの出口に向かって歩き出した。
生徒たちを校庭へと追い出した直後、ドームの中にレラン学院の教師陣が駆け込んできた。
その先頭は、レラン学院校長のオドラだ。
「カジール先生! 何があったのかね?」
「あー、校長先生。ちょっと生徒が魔法の制御を間違えたようで」
魔法の発動直後、トーカは威力が高過ぎたと言っていた。つまりはそう言うことなのだろうとカジールは判断する。
「制御を間違えてって……それでこんなことになるのかね」
校長が見ているのは、ドームの天井に開いた大穴。
「ええ、なっちゃいましたね。あの的壊しの人形も全部吹き飛んじゃいましたし」
「人形が吹き飛んだじゃと!?」
「ええ、跡形もなく。残ってるのは、焼けた土だけですね」
カジールの背後には、今も赤々と焼けている土がある。それだけが先ほどの魔法の威力の高さを証明するものだった。
「一体誰が……うちの生徒でこんな力を持った者はおらんはずだが」
もしそんな生徒がいたのならば当然のように把握しているはずだ。
そこで校長は思い出す。今日は体験入学を行っていたと言うことを。そしてそれがどんな人物だったかと言うことを。
「ま、まさか彼がこれをしたと言うのか?」
「ええ、やっちゃいましたよ。さすがはA+ランク冒険者ですね、これだけやっても、まだ余裕がある感じでしたよ……」
「こ……これほどとは……」
A+ランクの実力をまざまざと見せつけられ、教師達はただ慄くことしかできなかった。ただ1人会計担当の職員が、ドームと的壊し用人形の修繕費に頭を悩ませるだけで。
校庭を適当に流しながらランニングしていると、恐る恐ると言った表情でサーニャが話しかけてきた。
「トーカ、さっきの魔法は一体なんなんだ? あんな威力の魔法は見たことも聞いたことも無いぞ」
「あれか? あれはファイアボールの応用版かね? 自分に合った詠唱で、俺が打つとああなるんだよ。今回は詠唱が強すぎてあんなことになったけどな。最初の予定だと、もうちょっと威力抑えて鎧が吹き飛ぶぐらいを想定してたんだけどな」
「ファイアボールの応用!? それであんな威力が出るなんて……1等星の炎属性と言うのは、それほど威力が出せる物なのか……」
「あー、そりゃ無理だ。あれは俺だから出せる威力。あのぼんぼんも1等星の炎属性みたいだけど、俺みたいな威力のファイアボールは出せねぇよ。成長しても、せいぜい俺が打とうと思ってたのが出せるぐらいだろうな」
「そ、そうなのか?」
疑ってるな。まあ、それも当然か。サーニャは俺の加護の星が1等星の炎属性だと思ってるんだし。
そろそろネタ晴らししてもいいかね? 一応教師がやってほしそうなことはやったしな。
「あれは1等星の炎じゃ出せない」
「1等星で出せないって……それじゃまるで極星じゃないと無理みたいな言い方じゃないか」
「そう言ったんだぜ。まあ、極星以外にも使える星はあるけどな」
「……それ本気で言ってる?」
「大マジ。サーニャなら分かるだろ、俺のフルネームは漆トーカだぜ」
「漆トーカ……!」
ピンと来たのか、サーニャは驚いてその場に足を止める。俺はその場で足だけ動かしながらサーニャを振り返った。
「分かったか?」
「史上4人目のA+ランク冒険者!?」
サーニャの声は校庭に良く響き渡った。
「A+?」「なんのことだ?」「今トーカがA+冒険者って」「ウソだろ……」「でもあの魔法は」「じゃあまさか」「本物?」
サーニャの声に連鎖して、一緒に走っていたクラスメイトも足を止めその場でひそひそと話し始める。
「ほ、本当なのか!」
「おう、なんならギルドカード見る?」
ポケットから取り出した俺のギルドカードには、しっかりとA+という文字が掘り込まれている。まだ新しく、太陽に反射してキラキラとその存在を主張した。
「ほ、本物のA+冒険者……」
「どうだ、凄いだろ」
ニヤッと笑い、自慢げにギルドカードをサーニャに向けて見せびらかす。
サーニャは無意識なのだろうが、ギルドカードに向けて手を伸ばしてきた。そこで、サーニャの手が触れる直前で自分の方向へ引き戻すと、見事サーニャも連れた。
フラフラとした足取りで一歩を踏み出したため、バランスを崩したサーニャは、躓いた時点で自分の状態に気付いたようだが、時すでに遅くどうすることもできない。手をあたふたと振りながらこちらに倒れ込んできた。
ぽふんと軽い音がして、俺の胸の中にサーニャが飛び込む。
とたん、周りから「おー」と感嘆めいた声が聞こえてきた。
「大胆だな」
「ちょっ、ちがっ!?」
「でも悪い。俺彼女いるから」
「だから違うって!」
慌てるサーニャをよそに、俺は再び軽く走り出す。それを追ってサーニャが走り出すと、自然と他のクラスメイトも走り出した。
「と、言うことで、改めまして自己紹介だ。漆トーカ、A+ランク冒険者で、加護の星は一等星の全属性だ。よろしくな」
『なんでA+で学園来てんだよ!』
いやー、綺麗なハモりだな。教室が揺れるかと思ったぜ。教師も俺の隣で面白そうに腹抱えてるし。
「そりゃ、学園っつったら1度は経験しないと損だろ」
「全属性使えて、闘技大会まで優勝している奴が学ぶことなんてねぇだろ!」
「いやいや、全属性使えても、使いこなせてないからな。特に毒とか」
「あの威力で毒とか使われたら、町が滅ぶわ!」
まあ、そうなんだけどね。そうならないためにもこの学園に来たんだけど、さっきから生徒たちの突っ込みが激しすぎて対処が追いつかない。
「まあ、ともかくだ。後2日間は予定通り通うからよろしくな!」
その言葉に1番反応したのは、先ほど泣きダッシュを披露してくれたぼんぼんたちだ。
何とか帰り前のホームルームには顔を出したが、明らかに顔色が悪い。てか青い。
基本的に肩が強張ってるし、俺が微妙に視界に入るだけでもギュッと目を閉じてしまう。かなりトラウマになったようで何よりだ。これで少しは教師の言うことを聞くようになると良いんだけどな。
ホームルームも終わり、生徒たちは帰宅する――と思ったら大間違いだ。ここにA+冒険者こと俺がいるのに、帰る奴は早々いない。と、いうよりぼんぼん以外は荷物を片付ける気配すらない。
「なあなあ、雷帝のフェイリスと戦ったんだろ? やっぱ凄かったのか?」
「おう、なかなか強かったぜ。あいつの雷って普通のより威力が強いっぽいんだよな。掠っただけでも、結構痺れそうになったし」
フェイリスたちデイゴチームとの戦いを思い出す。あの時はルーガとフェイリスのタッグ対俺だったが、ルーガはなんか最初からあんまり使いもんにならなかったもんな。実質俺とフェイリスの一騎打ちだった気がする。
奴の雷を躱しながら、多種多様な魔法を打ち込んだりしたが、あの時ほど全力で魔法を使ったのは無いかもしれない。
決勝とかはどっちかって言うと、体の方の力を使ってたからな。
「いや、そもそも雷に狙われて避けれるのがおかしい……」
「雷がくるなら、雷の速度で躱せばいいじゃない?」
フェイリスの雷速で動く魔法は、今も便利に使わせてもらっている。
と、いつまでもここにいると、フィーナ達を待たせちまうな。1度合流しないと。
「悪いけど今日はこの辺でお開きだ」
『えー』
各所からブーイングが上がるが、俺はそれをやんわりと受け流して教材の入った袋を手に立ち上がる。
「待たせてる奴もいるからな」
「それって言ってた彼女?」
「彼女もだな」
そう言って人垣をかき分け、俺は教室を出た。
うん、まあ結局みんな一緒に付いてくるんだけどな。
ぞろぞろとクラスメイトを引き連れて、俺は校門に出る。そして軽く周りを見回せば、近くのベンチに2人が座っているのを確認した。
そして向こうも、校門から1クラス分の学生が出てきたのに気付き、こちらを見る。するとフィーナもフランもパッと顔を輝かせた。
「悪い、待たせたか?」
「いえ、大丈夫でしたよ。フランちゃんとトーカが何をやったのか予想してましたから」
「あ、俺が何かやったのは確定なんだ」
まあ実際やっちゃいましたけど。ドームの破損と人形の破壊。
「そ、その人がトーカの彼女?」
俺のすぐ後ろを歩いていたサーニャが尋ねる。その声は微妙に振るえている。
「おう、あと娘な」
『娘!?』
本日2度目のクラスメイトによる叫びが、校門に響き渡った。
「えっと、そちらの皆さんは?」
フィーナは突然の声に多少困惑しながらも、何とか対処してみせる。フランはびっくりしてフィーナにしがみついていた。
「魔法科のクラスメイトだ。さっそく俺のランクがバレてな!」
「隠そうとしてたんですか? 隠そうとしてあの火の柱を作ったんですか? バカですかトーカは?」
フィーナの呆れた視線が飛んでくる。俺はその視線に怯みながらも、何とか弁明を試みた。
「いや、あれは――あれだ、しょうがなかったんだよ。ここの教師から無言のお願いが来てたから、仕方がなく……」
「ほう、仕方がなくドームの屋根を吹き飛ばしたんですか? 仕方がなく人形を五体も灰に変えたんですか?」
俺の言い訳に、フィーナの目じりがヒクヒクと動いている。ヤバいって、これかなり怒ってるって……
「な、なんでドームぶっ壊したことを知ってんの?」
「授業後にこれをいただきまして」
フィーナは懐から1枚の用紙を取り出す。そしてそれを俺に差し出してきた。
俺はそれを受けとり、内容を確認する。
・ドーム、及び的壊し用人形破損に伴う、修繕費の一部負担のお願い
このたび、漆トーカ様によって破損した当校備品の修繕費を一部負担していただく思います。
今回の件は、当校教師による管理責任の部分が多くございますが、当校の想定を超える魔法の使用があったと判断し、3割程度の修繕費を請求させていただきます。
これはあくまでお願いであり、強制ではありません。
ですが、当校も国の運営である以上、使用出来る金額に限界がございます。
トーカ様のご厚意を期待します。
レラン学院経理部より
うん、俺に拒否権は無いな……
ご厚意を期待とか言ってるけど、これ絶対強制入ってるよね。3割程度ってのが、学院からの最後の譲歩だなこれ。
ちなみに金額は下の方に書かれていた。その額ざっと400万チップ。今の貯金がざっと1億チップだから余裕で払える。
これは、5割負担ぐらいでもいいんじゃないかな? 明日学院の方に聞いてみよう。
「トーカ、確かにトーカは沢山お金を持っています。ミルファさんを助けたり、闘技大会で優勝したり、デイゴ国から謝礼金を貰ったりして貯金がいっぱいあるのは知っています。でも、むやみにお金のかかる方向へ行く必要は無いと思いませんか?」
「そ、そうですね」
「そうですよね。ですから、今回学院にお支払するお金は、トーカ自身が稼いだお金で弁償するべきだと私は思うんですが、どうでしょう?」
「まったくその通りだと思います」
はい、全く持ってその通りだと思いますよ。貰ったお金は俺のもんだけど、闘技大会で戦った時はフィーナも一緒だったから、フィーナの物でもあるはずだ。それを勝手に使う訳には行かないよな。
てか、個人的にもこの金は残しておきたいんだよな。冒険者としていつまで活動できるか分からないし、フランの教育費にいくらかかるかも分からない。
家を買うなら、まとまったお金は必要だろうし、願望をあげるなら、フィーナとの結婚資金にしたいとも考えている。
言うなら、この金は家族の為に使いたいのだ。
なら、今回の修繕費は俺が個人的に稼いだ金で返すべきだろう。
ってことで、今まで俺が冒険者としての活動で稼いできた金額を簡単に計算してみる。
すると、驚いたことに、たった1000万チップだったことが判明した。しかも、ほとんど使ってしまっていて残っていない。使った金額を引けば、残りは100万あるかないかと言ったところだ。
2等星級とか狩ってたから結構稼いでると思ったんだが、意外と私用で狩っていたいたため金になっていないのだ。
金も魔物の素材もサイディッシュに変わったりしてたしな。
そうなると、学院の体験入学が終わったら、少し冒険者らしい仕事でもしてみようかね?最近冒険もご無沙汰だったし、そろそろ冒険者らしいこともやってみたい。
うん、そうしよう!
「よし、この修繕費は俺が冒険者稼業で稼いだ分の金で返すぜ!」
「と、唐突にどうしたんですか? ああは言いましたけど、別に貯金を使っちゃってもいいんですよ? また溜めればいいことですし」
突然の俺の発言に、フィーナが慌てる。
「問題ないぜ! 俺にもちょっと考えがあるんだ。それに、そろそろフランに俺が仕事している所を見せないと、無職と勘違いされそうだし」
基本家族と一緒にいるパパ。字面的には良いけど、毎日1日中一緒にいるってことは仕事してないってことだもんな。それはそれで子供の教育上良くない気がする。
「そう言うことですか、なら体験入学が終わったら私もフランちゃんと一緒に依頼を受けましょうか? 採取の依頼なら、簡単な物も多いですから、フランちゃんにもいい経験になると思いますし」
「お、それいいな」
「ままと遠足?」
俺達の話を聞いていたフランが、よく分からないと言いたげに首を傾げる。
そんな俺達の様子を、少し離れたところで見ていたクラスメイト達は、いつの間にか解散してどこかに行ってしまっていた。
フィーナの怒りは、お金が掛かることよりも、トーカが力の使い方を間違えた所によるものが大きいです。
なので、トーカが自力で稼いだお金で払うと言い出した時に、焦り出しました。
ちなみに、付き合い始めてからは、トーカとフィーナの口座は合併しています。




