108話
ついて行った先にあった1件の家からは、いい匂いがしていた。
俺はフィーナを支えながらその家の中に入る。
「そこに座って待ってな。この子をベッドに連れてくから」
おばちゃんの意見に頷き、俺はフィーナを椅子に座らせる。そして荷物の中からタオルを取り出しフィーナに渡した。
すでにフィーナのハンカチでは間に合わないほどの涙が流れている。
目元も真っ赤に腫れ上がってしまい、見てて痛々しい。
「私たちは、間違えていたんでしょうか……」
「分からない……」
フランを生まれた村まで連れてくる。普通に考えればそれは問題ない行為だったはずだ。
なのに現状は最悪と言っていい状態だ。
「待たせたわね」
答えの出ない問題に、ぐるぐると思考を巡らせていると、おばさんが奥の部屋から戻ってきた。
「フランちゃんは?」
「大丈夫、しっかり眠ってる。よっぽどあんたの魔法が効いたんだろうね」
「いや、フランが疲れ切ってたからだろ。あの魔法はそんな物騒なもんじゃない」
せいぜいが、アロマと同じ程度の効果しかないはずだ。それでぐっすり眠ってしまったのだから、よっぽどだろう。
「それで、教えてもらっていいか? フランの両親が目の前で殺されたってどういうことだ? フランはそんなこと一言も言ってなかったし、そんな素振りも全く見せなかった」
「そうなのかい? あの子の家の扉が無かったのは覚えてるかい?」
「ああ」「はい」
綺麗に片づけられていた扉があった場所を思い出す。
「あの子の家には直接盗賊どもが押し入ったんだよ。その時に扉は壊されたのさ。そしてフランちゃんを守ろうとして2人は殺されたんだ。隠れて見てた奴の話じゃ、2人で庇ってそのまま殺されたって話だよ。その後泣いてるフランちゃんは強引に両親から引き離されてね」
「そんな……」
その光景があまりに衝撃的過ぎて、心を守るために全て忘れたってことか。
フランと牢屋であった時は、心自体が動いて無かったし、自分を守るのに必死だったのだろう。
「フランの親戚とかって生き残ってないのか?」
せめて血のつながった者がいれば。そんな望みをかけておばさんに問いかける。
しかし、その答えは簡潔だった。
「いないよ。あの子の両親は元々この村の出身じゃなかったんだよ。どこか別の村から来たのさ。その時にはもうフランちゃんを抱いてたね。最初は村に住む予定は無かったみたいだけど、しばらく泊まってたら愛着が湧いたらしくてね。フランちゃんを育てるためにもここに住みたいって言うから、私らは快く受け入れたのさ。だからあの子に親戚はいない」
「クソッ! それじゃ手詰まりじゃねぇか」
両親もいない、親戚もいない。それではフランをどうすればいいのか。
「今この村には、預かってやれるほど余裕のある家もないしね。村人自体もかなり減っちまって、村の存続自体危うい状態なんだ。下手すると反対側の村に吸収されるかもしれない。そうなるとフランちゃんの立場はもっと辛いことになりかねないね」
盗賊の襲撃を受けた後なのだから当然だろう。それに、他の村に行けば、頼る者のいないフランは確実に邪魔者になってしまう。
子供にそんな辛い経験なんて絶対に押し付けちゃだめだ。
子供のころ、自分に向けられていた視線を思い出す。誰からも疎まれ、誰からも忌避され、誰からも無視された。
河原で1人遊び、公園で友人と遊ぶ子供たちを遠巻きに見て、家では部屋に篭っていた。
そんな生活、俺以外には絶対に経験させちゃいけない。
「あんたらがフランちゃんを引き取ることは出来ないのかい? あの子をここまで連れてきたってことは、ある程度はフランちゃんも懐いてるんだろ?」
「確かにそうです。けど――」
フィーナが言いよどむ。フィーナが言いたいことは何となく俺にも理解できた。
「俺たちは2人とも冒険者だ。危険が常に付きまとってる。それに、今のフランは俺達のことをどう思ってるか……」
フランの両親は、フランを育てるためにこの村に住むことにした。それだけ家があると言うことは子育てにおいて重要な事なのだろう。
現状、俺達に家と呼べるものは無い。一応ユズリハにフィーナの実家があるが、そこに帰るまでに後どれぐらいかかるかも分かったものではない。
ただの旅で時間がかかるのならまだいいが、俺達が冒険者である以上、魔物や盗賊との戦闘も避けられない。
そんな危険な旅に、まだ幼いフランが付いて来て大丈夫とは思えない。
一緒に動くとなれば全力で守るつもりだが、それでも四六時中一緒にいられるわけでは無いのだ。
それに俺たちは、両親の辛い記憶を思い出させた張本人なのだ。
そんな俺達に対して、今までのように接してくれるだろうか。それを考えると、正直怖かった。
俺の言葉を聞いて、おばさんも考えるように顎に手を当てる。
そして目をつむって、眉間に眉を寄せていた。
「なるほどね。あんたらの言い分も納得できるね」
おばさんはそう言いながら目を開き、俺達を見る。
「けどそれは逃げじゃないかい? 引き取れないあたしが言うのもなんだけどさ、あんたらはここまでフランちゃんを連れてきた実績があるだろ。あんたらの冒険者だからって理由は、正直理由になってないよ。現にあんたは、フランちゃんが一緒にいるのに盗賊団を潰してるって話じゃないか。それだけの強さがあるなら、フランちゃんを守ることも出来るんじゃないかい?」
確かに、俺が一緒にいれば守れる。それはほぼ間違いないと言っても良い。
けど――
「俺が常に一緒にいることなんて不可能だ。育てるのには金がいる。冒険者が金を稼ぐには、依頼をこなさなきゃなんない。その依頼は命にかかわるものが多いんだ」
特に、上級のランクになればなるほど、依頼の危険度は増していく。
俺が簡単にやられるとは思っていないが、それでも怪我をして動けなくなる可能性だってゼロじゃない。
その時、フランをどうすればいい? フィーナ1人でもある程度は稼げるだろうが、フランに十分な教育をしてやれるだけ稼ぐのは難しいはずだ。
「命なんてのは、結局時の運次第さ。現にフランちゃんの両親は簡単に死んじまったじゃないか。人間死ぬときはどんな状況だろうと死んじまうんだ。そんなことを考える必要は無いね」
俺の考えをおばさんはあっさりと否定する。
その考え方は、死が身近にある異世界ならではの考え方だと俺は感じた。
「それにね、今あの子が頼れるのはアンタたちだけなんだよ? 卑怯な言い方になるけど、あんたたちがあの子を見捨てれば、あの子は孤児院に預けられることになるだろうね。それは、教育が充実してるこの国でも、確実にあの子の将来の枷になるよ」
身元がしっかりしない、保障出来る者がいない。そんな存在は、こっちの世界でも厳しい生活を送ることになる。
俺達のように力が有ったり、技術を持っていたりすればギルドに入って身分を保証してくれる物は出来る。しかし、それを持たない者は、辺境の村で自給自足同然にひっそりと暮らすしかないのが現状だ。
それはいかに教育を受けようと、どうしても埋めようのない差として出てきてしまう。
知ってはいた。しかし、実際に他人から言われると、余計現実としてその事がのしかかってくる。
俺は知らず知らずのうちに、拳を固く握りしめていた。
「あんたはどう思ってるんだい? さっきからだんまりだけど」
「わ、わたしは……」
フィーナは戸惑っている様子だ。心としては受け入れたい。フランを一緒に連れて行きたいと思っているのだろう。しかし、自分たちの現実がそれを受け入れることの難しさを教えているのだ。
「私はあんたの素直な気持ちが知りたいよ」
「でも……」
そう言ってフィーナは俺の方を見る。
きっと俺の言ったことを気にしているのだろう。
「難しいことは男に任せときゃいいのよ。女は気持ちに真っ直ぐになって、男を引っ張るのが仕事なんだから。そうすれば男も頑張るってもんよ。私も難しいことは全部旦那に任せて、無理なお願いとかしたもんだからね」
そう言いながらおばさんが笑う。
「だから、あんたの気持ちを教えておくれよ」
「私は……私はフランちゃんが許してくれるのなら一緒にいたいです。短い間しか一緒にいませんでしたけど、すごく楽しかったし、すごく幸せでしたから」
「ほら、お嬢ちゃんはこう言ってるよ」
おばさんはいい顔を俺に向けてきた。これで完全に外堀は埋められたことになる訳か。
「はぁ……フランが俺達について来たいって言ったらだぞ?」
「トーカ、ありがとうございます!」
フィーナのまっすぐな笑顔が眩しい。この笑顔を絶やさないためにも、これからは大変になりそうだ。
そう思いながら、俺はおばさんの視線に恥ずかしさを感じて、席から立ち上がる。
「ちょっとフランの様子を見てくる。もう少し寝かせてやりたいから、またあの魔法をかけて来るわ」
「そうかい。フランちゃんが寝てるのは出て最初の部屋だよ」
「了解」
俺は手だけを振って、それに答え廊下へと続く扉を開いた。
ベッドで眠るフランは、とても穏やかな表情だった。
とても目の前で両親が殺されたとは思えないほどに。
「フランはどうしたいんだ」
眠っているフランに優しく問いかけ、髪をゆっくりと触っておでこを露出させる。
そして優しく撫でた。
フランはくすぐったそうに寝返りをうつ。目を覚ましてしまうかとちょっと焦ったが、その心配はまだないようだ。
念のためにフレグランススリープを発動さておく。
規則正しい寝息が聞こえてくる中、フィーナが部屋に入って来た。そしてフランを見て笑顔になる。
自然とこぼれる笑顔が、フィーナがいかにフランを大切にしているかを表していた。
「フランちゃんは?」
「ぐっすり眠ってるよ。一応魔法はかけなおしておいたけどな」
「そうですか。今日はおば様が泊めてくれるそうです」
「そっか、ありがたいな」
フランが起きた時、できればすぐそばにいてやりたかった。
だから副都市の宿に戻る必要が無いと知って安心する。
最初の出会い方が酷い勘違いだっただけに、少し不安だったのだ。
なんだかんだで、あのおばさんは俺達がフランを連れていくことを応援している。どうしてそこまで強く推すのか分からないが、俺達にとってもそれは嬉しい事だった。
多少金の心配や安全面の心配もあるが、それは俺が頑張るべきことだと覚悟を決めてしまえば、意外とすんなり納得することが出来た。
「フランちゃんが起きたら、なんて声を掛けましょう」
「その時になってみないと分からないな。正直俺は、拒絶されるのが怖いよ」
フランが目を覚ました時、もし俺達を拒絶したら。その時のことを考えると、今日の夜眠れるかどうかすら心配になる。
拒絶された時に、俺は平常心を保っていられるだろうか。こっちの世界に来てから拒絶されることも怖がられることもあったが、おおむね優しい反応が返ってきていた。そしてフィーナやリリウムと言った理解者も得た。
今の状態が非常に幸福だと言うことは分かっている。それだけに親しい人物に突き放された時の恐怖は、いままでの倍以上かもしれない。
幸福と不幸は対極になる。幸福であればあるほど、不幸な事は辛く感じる。
今俺はその不幸に耐えられることが出来るだろうか。
「私はフランちゃんを信じてみたいと思います。それで起きたらおはようって言ってあげたいです」
フィーナの言葉に、俺は目を丸くする。そして理解した。
「フィーナは本当に強いな」
「私は弱いですよ。でもトーカの弱いところを守ることぐらいは出来ると思います。だからトーカは私の弱い部分を守ってください」
「おう、必ず守るよ。フランも一緒にな」
「はい」
「じゃあ行くか」
俺はフィーナの肩を抱き寄せ、そっと部屋を出た。




