103話
さて、ほのぼのとした雰囲気になれたここまではいいとしよう。少女も落ち着いてすやすやと眠っているし、もう夜もふけてきた。俺達もそろそろ寝ようと思う。
しかしここで思わぬ問題が発生した。
少女が手を離してくれない!
右手はフィーナの服をがっしりとつかみ、左手は俺の手を握って離さない。
強引に離そうものなら、起きてしまう可能性がある。
さすがにそれは忍びない。
「と、トーカも一緒に寝ればいいんじゃないですか」
フィーナが僅かに上ずった声で提案する。当人は平然を装って喋っているようだが、全然出来てないし、そもそも頬が真っ赤になっている時点で丸わかりだ。
少女を間に挟んで寝るのだから、何もないのは分かり切っている。けどやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
言葉にするとなおさらだ。
「お、おう。そうするしかねぇか」
幸い、スイートのベッドは全てダブル仕様になっていて、三人で横になっても十分なスペースがある。おかげで抱き合うようにくっついて眠る必要は無い。
本当にスイートにしておいて正解だった。
服が捕まれて着替えられないため、その日はそのまま眠ることになった。
翌朝。目が覚めると、ベッドには少女と俺しかいなかった。
いつの間にか少女は俺に掴みかかっていたらしい。そのおかげでフィーナは自由に動くことが出来たみたいだ。
まあ、そのせいで今度は俺が動けないんだけどな。
「さて、どうするか」
天井を見ながらボーっとしていると、寝室の扉が開く。
「トーカ、おはようございます」
「おう、おはよう」
「その子は?」
「まだ寝てる。抱き着かれて起きるに起きれん状態だ」
「ふふ、じゃあもう少しそのままで。その子もやっと落ち着いて眠れたんでしょうし」
今までの洞窟の牢屋じゃ、眠るに眠れなかっただろうしな。
今はぐっすり眠ってるみたいだから、ゆっくり眠らせておきたいのは俺も同意見だ。
「まあ、しばらくは我慢しますか」
「朝ごはんまでは、まだ時間がありますから」
「今何時?」
「5時ですよ」
「まだそんな時間か」
朝食まではまだ1時間ある。俺は抱き着いている少女の頭をゆっくりと撫でながら、2度寝することにした。
再び目が覚めると、同時にもぞもぞと腕のなかで何かが動いた。
まあ少女以外考えられないんだけどな。
「んぁ……」
「おはよう」
少女と目が合う。まだ寝ぼけているのか、半目でトロンとした表情をしている。
俺が挨拶しても、反応が鈍い。
洗ったばかりの髪の毛は、ふわふわとしながら寝癖であっちこっちを向いていた。
「ん、おはよ……う?」
そして徐々に目が開いて行く。その開き方はそのまま普通を通り越して見開いた状態になって固定された。
「俺が誰か分かる?」
無言でうなずく少女。
「ならオッケーだ。とりあえず起きようか」
「うん……」
何とか言うことを聞いてくれるようだ。コミュニケーションもちゃんと取れている。
昨日が昨日だっただけに少し心配だったが、何とかなって一安心だ。
ベッドから起き上がると、フィーナが物音に気付いたのか、寝室にもどってきた。
「あ、2人とも起きたんですね。おはようございます」
「おう、おはよう」
「おはよ、う……」
「ごはんが届いてますから、朝ごはんにしましょう」
フィーナの一言で、俺たちはとりあえず朝食を取ることにした。
昨日ある程度普通に食べれた様子だったので、今日は少女も俺達と同じものを食べている。
「あ、口元ジャムが付いてますよ」
「ん……」
しかし、しっかり面倒は見るフィーナだった。
少女もフィーナにはかなり心を許しているらしく、口元を拭かれながらどこか嬉しそうにしている。
こういう風景を見ると、フィーナの言っていた家族の代わりになると言うのが、現実的に思えてきてしまって不思議だ。
けど、あまり深い感情を少女に抱かない方が良いと思うんだよな。なんせ俺たちはカランの村までの関係だ。
それ以降は、少女は元の親の元で暮らすはずである。
それが1番つらいのはフィーナだろう。
家族のように思うのなら、それは家族と別れるときのように辛いはずだからだ。
しかし、今の2人の幸せそうな顔を見ていると、それを言うことも出来ない。
今は、とりあえずその考えを心の奥に閉じ込めて、フィーナと共に少女のことについて色々聞いてみることにした。
結論から言おう。かなり疲れた。
食事を終え、俺は少女と対面に、フィーナは少女の横に座るようにしてソファーに腰掛ける。
そこでゆっくりと少女のことについて聞き始めた。
まず名前。
「そろそろ私たちに名前を教えてもらってもいいかな? ちなみに私はフィーナで、こっちのお兄ちゃんがトーカね」
「フィーナ……トーカ?」
「そうそう」
俺とフィーナを交互に見ながら、俺たちの名前を呼ぶ。
「私は……フラン」
「フランちゃんですね」
「1歩前進だな」
少女の名前がようやく分かった。フランと言うらしい。村出身と言うことだから、苗字は無いのだろう。
その後、フランにとって何が地雷なのか分からない状況で、少しずつ情報を聞いて行く作業は混迷を極めた。
そしてだいたいこれぐらい聞いとけば大丈夫だろうと思われる情報が集まった時には、すでに昼を迎え、3人ともが空腹を訴え始めてもおかしくない時間だった。
結果をまとめよう。
名前・フラン
年齢・6歳
出身・カラン合島国・ロズルカ(島の名前か村の名前かは不明)
親族関係・父、母、フランの3人暮らし。祖父母の存在は分からず。
ロズルカと言う固有名詞が分かったのは、収穫としてはかなり大きいだろう。
しかし、祖父母関連が全くないというのが少し困った。
盗賊に両親が殺されている可能性も考えると、別の所に住んでいたりしてくれればそっちに行くことも考えられたからだ。
「フラン、俺たちはフランを元の村に返してやりたいと思ってる。それまではお父さんたちに会えないかもしれないけど、我慢できるか?」
「ぱぱとままに会えないの?」
最初はとぎれとぎれだった話し方も、だんだんと普通にしゃべれるようになっていた。この喋り方がフランのもともとのしゃべり方なのだろう。
今までは盗賊に怯えて、上手く言葉を出せなくなっていたようだ。
「村まで行けば会えるかもな。けど、それまでに1か月ぐらいかかっちまうかもしれない」
その事は正直に伝えておく。
今すぐ会いたいと言われても、俺達にはどうしようも無いからだ。まだ幼いフランには酷なことかもしれないが、そればかりは受け入れてもらわないとな。
「フランちゃん、本当のパパとママに会うまでは、お姉ちゃんたちがパパとママの代わりになれないかな?」
「お姉ちゃんたちが?」
「そう、私がママの代わりで、トーカがパパの代わり」
そう言いながらフィーナはフランを抱きしめる。
フランのまだ小さいからだは、フィーナの腕の中にすっぽりと収まってしまう大きさだ。
「フランちゃんが寂しくなったら、こうやって抱きしめてあげる。夜に怖い夢を見そうだったら一緒に寝てあげる。我が儘だって聞いてあげられる。だから私たちをパパとママだと思ってくれないかな?」
「わがまま……言ってもいいの? おこらないの?」
「なんでそう思うの?」
「大人の人たち、みんな私が泣くとおこるから……おこってバンバンってすごい音たてるから……」
大人たちと言うのは、おそらくフランを攫った盗賊たちだろう。
最初はフランも抵抗したり、泣いたりしたんだろう。そしてそのたびに盗賊が怒鳴り、牢屋とかを叩いて激しい音を出したりした。そのせいで、フランは心を閉ざしてしまったってところか。
マジで全員殺しておいて正解だったな。カランにいる残党も早く片付けねぇと。
「フランのお父さんは、フランにそういうことした?」
俺の問いにフランが首を横に振る。縦に振られたらどうしようかと一瞬焦ったが、その心配はなさそうだ。
「なら俺もしない。フランにはこうやって優しく撫でてやるだけだ」
そう言いながら、髪を手櫛で解くように優しく撫でる。
若干恥ずかしそうな、嬉しそうな表情になりながら、フランは一度だけ頷いた。
「ぱぱでいい?」
「おう」
「ままでいいの?」
「はい」
こうして、俺たちは即席の家族を作ることになった。
「たかーい!」
「どうだ! 気持ちいいだろ!」
「きもちいい!」
昼ごろに宿を出た俺たちは、予定通りに港町に向かうべく馬車を入らせていた。
町の騎士たちには、俺たちが責任を持ってカランまで連れて行くと言ったら快く了承してくれた。
まあ、A+冒険者が連れて行くなら安全だわな。
そして今、俺は馬車の上でフランを肩車している。のどかな畑の間の道を馬車はフィーナに操られゆっくりと進んでいる。
しかしふきっさらしの為、意外と風は強いのだ。
その風を全身に浴びながら、フランは俺の頭の上で両手を広げて笑っていた。
「ぱぱぁ! とおくにお馬さんがいる!」
「そうだな! あれも家族かもな!」
畑を挟んださらに遠く。草原になっている所には、野生の馬が何匹か集まって草を食んでいた。
ほんの指先ほどの大きさだが、道がずっと平らなため、よく見える。
「かぞく!」
「私たちと同じですね!」
御者席から、俺たちの会話を聞いていたフィーナが声を飛ばす。
「おなじ!」
フィーナの声にフランは嬉しそうに声を返した。
日が傾くまで馬車を進め、適度なところでキャンプの準備をする。
俺がテントを張っている間に、フィーナとフランが2人で薪を拾う。近くに森が無いため、意外と苦労しているようだ。
こういう場合は、予備で用意しておいた炭を使ってしまうのだが、今回はフランが楽しそうと言うことで、フィーナも付き合っている。
俺がテントを張り終わり、夕食用の食器や器具を出しているところで、フィーナ達は戻ってきた。
フランの手には、あふれんばかりの木の枝が抱えられている。と言っても、フランの手なので、それほど多くは無い。逆にフィーナはほとんど持っていないため、フランに見つけさせていたのだろう。
「ただいまもどりました」
「ただいま!」
「おう、お帰り。こっちはだいたい準備整ってるぜ」
「ありがとうございます。さっそく準備始めちゃいますね」
「俺は火を起こしてる。フランはフィーナの手伝いな」
「うん」
薪を置き、フランがフィーナに手を引かれながら食材を取りに馬車に戻る。
俺はそれを視界の片隅に入れながら、フランたちが集めてきた枝を見る。
乾燥していてすぐに使えるものもあるが、やはり湿っていて使えないものや小さすぎる物も結構含まれている。
それを選別すると、残っている量じゃさすがに心もとない。
まあ、それは最初から予想していたこと。あらかじめ馬車の中に置いてある炭を持ってきてある。
それを、地面を軽く掘り石で丸く囲った中に置き、その周りにフランの持ってきた枝をかけて見えないようにする。
これで火を付けてしまえば、フランは自分が持ってきた枝がちゃんと役に立っていると思うはずだ。
最初は誰でも苦手だしな。徐々に慣れて行けばいい。
魔法で炭に火をつければ、すぐに枝まで燃え始める。予想通り、火はしっかりと炭を隠して燃え上がっている。
「よし、後は――」
鍋を置くための台を設置し、高さを調整する。折りたたみ式の台は、旅をする者にとって必需品となっている。
毎回枝や石で土台を組むのは面倒なのだ。
この台が1つあれば、網でそのまま焼くことも出来るし、上に鍋を乗せればお湯を沸かすことだってできる。
高級なものだと、わざわざ鍋用の場所が併設されている物もあるらしい。
今使っているのは、フィーナが商人をやっていた時から使っている物なので、そんな豪華なものではない。
それでもフィーナには慣れ親しんだものでかなり使いやすいらしい。
しばらく火の番をしていると、2人が鍋を持ってやってきた。どうやら今日は煮込みものらしい。
「これを10分間煮込めば完成ですよ」
「たのしみ」
「だよな。フィーナのごはんは美味いぞ」
「たのしみ!」
10分後、鍋の周囲にはトマトのような良い匂いが漂っていた。
フランがそわそわしながら鍋の中を覗き、すぐに湯気が熱くなって顔を逸らすというのを繰り返していた。
それを見ながら、フィーナがお玉を鍋の中へと入れる。
そして掬い上げたお玉の中には、真っ赤なスープの野菜、そして何かの肉が入っていた。
それを皿に分けていく。
「お肉はビーリスですよ。干しビーリスを煮込んで柔らかくしたんです。スープともよく合いますからね。野菜は主にとろみをつけるためなので、細かく刻んであります」
「ビーリスだったか。串焼きのイメージが強いんだけどな」
「ビーリスはある意味万能食材ですからね。煮てよし、焼いてよし、干してよしです」
3人ともに皿が渡ったところで、いったん会話を止める。
「んじゃフランもそわそわしているし、いただくとしますかね」
「はい、召し上がれ」
『いただきます』
夕食はこれまでより、にぎやかな物になった。
野営は基本邸にフィーナが先に寝て俺が番をする。4時間で交代し、俺が寝ている時間をフィーナが守ることになる。
「じゃあ、お先に失礼しますね」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
フランはもちろんフィーナと一緒に眠る。交代の時間には起こさず、そのまま朝までぐっすりコースなのは当然だ。
フランを起こさないようにフィーナを起こすのはちっとばかし骨が折れるかもしれないな。
番は普通なら目視で確認しないといけないため、火を消して夜の暗さに目を慣らす必要がある。
けど、俺の場合は違う。魔力探査によって、俺の探索から逃れることが出来る生きものは存在しない。だから俺はたき火も消さないし、特に周りを見まわる必要も無い。
誰か何かが襲って来れば、光でも打ち上げて辺りを照らしながら戦えばいい。
俺にとって野営とは、睡魔との戦いなのだ。
「うぁ。ねみぃ……」
娯楽がことごとくないこの世界。もちろん本だって持っていない。まあ、あった場合でも、俺が読むとは思えないが。
そのせいで、番をしている4時間、何もすることが無い。
空を見るのもいい加減飽きたし、体を動かすのはフィーナ達を起こしてしまう危険性があるためダメだ。
そして今日も、結局たき火に当たりながら、眠気とひたすら戦うだけの時間を過ごしていった。
なんとか眠気に打ち勝ち、フィーナと交代の時間を迎える。
俺はそっとフィーナ達のテントに近寄り、入口から中を覗く。なんだか非常にいけないことをしている気分になる一瞬だ。
特に今まではフィーナが1人ですやすやと寝てるもんだから、余計に悪い気がしてくる。今は覗くとフランがフィーナと一緒に寝ているため、微笑ましく思えるのは救いだな。
こっそりとフィーナに近寄り、肩を軽く揺する。しかし、その程度ではフィーナは起きないのだ。
目覚めの悪いフィーナを静かに起こすのは、根気との勝負になる。まあ、眠気に打ち勝った俺にしてみれば簡単なものだ。
フィーナが目覚めるまでの間、フィーナは俺のおもちゃ同然になる。なんか言い方がエロいな。
とにかく、フィーナはされたい放題になるので、こっちもつい調子に乗ってしまうのだ。
肩をゆすったあとは、軽く頬を叩く。それでもフィーナはせいぜい眉をしかめる程度だ。
俺はそのしかめられ、眉間に寄った皺をつまむ。
そうすると、フィーナは普通の顔に戻ろうにも、いつまでも眉間に皺の寄った変顔が完成する。現代だったら確実に携帯で写メを取っている。
それでも目覚めないフィーナに、今度は頬を軽く抓る。
ふみゅっと可愛らしい声が口から洩れるが、寝息は変わらない。
そこでちょっとずつ頬を伸ばしていく。筋肉の緩みきった頬は事のほか伸びる。これはフィーナのもち肌も関係しているのだろう。
むにゅっと伸びた頬のせいで、口元が僅かに開きそこから涎が垂れた。
毎朝フィーナが涎を垂らして目覚めるのはこれが原因だったりするのだが、フィーナはその事を知らない。
俺も知らないふりをして、フィーナに忠告するものだから、フィーナは意外と真剣に困っていたりする。
それを見て面白がっている俺もどうかと思うが、目覚めないフィーナが悪いと自分の所業を棚に上げて、今日も絶賛頬伸ばしを実行していた。
ここまで来るとようやくフィーナはうっすらと覚醒の兆しを見せる。これだけやって兆し程度なのだから、相当だ。低血圧なのかね?
まあ、そんなことはいい。ここからが本番だ。
フィーナの耳元に口を寄せる。
「フィーナ、交代の時間だぞ」
小さくささやくと、フィーナはくすぐったいのか身をよじる。しかし俺は逃がさない。
「気持ちいい眠りのなか悪いけどな。こっちもそろそろ寝たいんだわ」
ついでに耳元にふっと息を入れる。
それに反応してフィーナの体がブルっと震えた。ここまで来ると後一歩だ。
「フィーナ、そろそろ起きないと仕入れに間に合わないぞ」
その言葉がフィーナ覚醒の鍵となる。
長年仕込まれたその習慣は簡単に取り除くことが出来ないらしく、仕入れ、配達、販売辺りの言葉を混ぜて急かしてやると、起きるのだ。
まあ、それも半覚醒状態で俺の言葉が耳に入る状態じゃないと意味ないんだけどな。
最初の2回はその確認見たいなもんだ。
「んむぅ、交代の時間ですか」
「おう、静かにな。フランが起きちまう」
「あ、はい。そうですね。おはようございます」
「おう、おはよう。後よろしく頼むな」
「はい。お任せください」
「あと涎」
トントンと自分の頬を叩いて、フィーナの涎が垂れている位置を示してやる。
フィーナはウッとなりながら、すぐに手で涎を拭った。
「じゃあ行ってきます」
恥ずかしげに頬を若干赤く染めながら、フィーナは外に出て行く。
それを見送って俺は布団にもぐりこんだ。
まだフィーナのぬくもりが残っている布団は、俺をすぐさま眠りに誘って行った。




