102話
洞窟の終着点は、1枚の鉄の扉だった。明らかに他の部屋へ通じる扉とは出来が違う。
つまりここがリーダーの部屋なのだろう。それを証明するように、魔力の反応もその先にあった。
ドアノブを軽くひねってみるが、鍵がかかっているのか開く様子は無い。
強引にぶち破ることも出来るが、それが洞窟にどう影響を与えるか分からない以上避けた方が良いよな。
なら、リーダーに開けてもらうとしよう。
俺は扉をノックして、すぐさま壁際に隠れる。
「おう、なんだ?」
部屋のなかからはすぐに反応が返ってきた。
「頭! 外が騒がしい。見に行った連中も戻ってこねぇんだ!」
慌ててる風を装って扉の向こう側に語りかける。
「なんだそりゃ? 騎士団でも来たのか? たく、お前らもう少しは役に立てよな」
ゆっくりと鉄の扉が開く。
「んあ? 誰もいねぇ?」
「残念。侵入者は冒険者でした」
扉を開けて突っ立っている男に向けて、壁際から飛び出し殴り掛かる。
リーダーは驚いてとっさに腕で防御するも、その程度で防げるほど俺のパンチは弱くない。そのまま出てきた部屋の中に吹き飛ばされて戻る。
「誰だテメェ……」
飛ばされた際に頭を打ったのか、痛そうに片目をつむり俺を見るリーダー。
「はは、言ったろ、冒険者だってな。あんたにゃ俺の金になってもらうぜ」
「ふざけんなよ。星に願いて、土槍を放つ。クレイランス!」
「甘い甘い」
俺は飛んできたクレイランスを素手で受け止める。そしてへし折った。
その光景にリーダーが呆然とする。
「俺にゃそんな弱い土塊、意味ねぇよ。あんたが2等星の加護を持ってるのは知ってっけどな。それでも俺には意味がねぇ。とりあえず動けないようにさせてもらうぜ。星誘いて、敵を捕らえる。アースレストレイント」
地面がせり上がり、座ったままのリーダーを土が覆っていく。そしてリーダーはすぐに土塊に飲み込まれ、今は顔だけを出している状態だ。
俺は土塊リーダーに近寄り、視線を合わせる。
「さて、質問タイムだ。ここにもう1人攫ってきた奴がいたろ? そいつはどこだ?」
「楽しんでる最中に自殺しやがったよ。舌噛み切りやがった。いいところだったのにな! 興ざめだよ!」
叫びだすリーダーにパンッとビンタをかます。
「じゃあ次、あんたの盗賊団はここにいる連中で全員か?」
「馬鹿言え。近くにあと5倍はいるぜ!」
もう1度、今度はもう少し強めに頬を叩く。
「事実? あんまりバカな事言ってると、ビンタがどんどんつよくなるぜ。しまいにゃ首が折れるかもな」
そう言って反対側の頬も叩く。
その威力に恐怖を感じたのか、リーダーの顔色が悪くなる。
「カランの隠れ家にあと10人いる」
「その隠れ家の場所ってどこ?」
「リク島って無人島にある洞窟だ。俺がいじり続けて今じゃ要塞みたいになってる」
「素直なのはいいことだな」
「ぐふっ」
素直に質問に答えたリーダーの鳩尾に、俺はパンチを入れる。土塊で守られてはいるが、それでも衝撃は伝わったのか、空気を吐きだしそのまま白目を剥いて気絶した。
それを確認して、立ち上がり周囲を確認する。
部屋の隅に口から血を流し、服をびりびりに破かれた状態の女性が倒れている。
年齢はフィーナと同じぐらいだろうか。まだ年端もいかないと言った感じだ。
「くそっ」
部屋にあったベッドから布団をはがし、その女性にかける。そして包むように持ち上げてベッドに寝かせた。
「悪い。間に合わなかった」
冷たくなり始めた女性の額に手を当てて、半開きになっていた目をつぶらせてやる。
できればこんなところに置いておきたくはないが、リーダーを騎士団に突き出さないといけない。
「すぐ騎士団が来てくれると思うから、少しだけ待っててくれ」
俺はそう語りかけて、リーダーを掴み部屋を出た。
リーダーを引きずりながら洞窟を出ると、外には3人が待っていた。
女性は近くの幹に体を預け、フィーナが周囲を警戒している。少女は、そのフィーナにだっこされる形でしがみついていた。
「フィーナ」
「トーカ。その人が?」
「ああ、リーダーだ。もう1人の人は……間に合わなかった」
「そうですか……とりあえず2人助けることが出来ましたし、よしとしましょう」
「そうだな。予定の町まで一気に行くか。この時間ならまだ日暮れまでには間に合うだろ」
「ええ」
太陽はまだ頂点に向かう途中だ。日の出と同時に動き始めた割には、意外と時間がかかってしまった。
そこから俺達は2人を伴って馬車に戻る。
リーダーに布を噛ませて詠唱をできないようにし、馬車の荷台に放り込む。少し怖いかもしれないが、助けた女性にも荷台に入ってもらった。さすがに御者席に3人分の余裕は無いのだ。
そして少女がフィーナから離れようとしないため、抱きかかえたまま御者席の隣に座り、俺が手綱を握る。
女性には何かあればすぐに声を上げる様にと伝えてあるし、大丈夫だろ。リーダーもしっかり脅しておいたしな。
念のために捕まえておいた盗賊はそのまま幹に縛り付けておくことにした。
騎士団が来たときの良い目印になるだろうしな。
そこから5時間、途中昼休憩を挟みながら、俺たちは町に到着する。
その町は、栄えている町ほどではないが大きな町で、騎士団の詰所やギルドの支部などもあるらしい。
町の入口で馬車を止め、俺が代表して入口の見張りをしている騎士に話しかけた。
「すみません」
「やあ、いらっしゃい。ようこそモーリアへ」
「おう、今日は世話になるぜ――じゃなくて、盗賊捕まえたから引き渡したいんだけど」
「な! 分かった。すぐに誰か呼んで来る」
騎士は俺の言葉ですぐに詰所らしき場所へ入って行った。
そして数十秒程度で数人を伴って戻ってくる。
「それでその盗賊って言うのはどこだい?」
「あの馬車の中。捕まってた人も助けてきたから」
言いながら俺たちは馬車の元へ移動する。
馬車の後ろから中を覗き込み、騎士たちの顔色がいっそう厳しい物になった。
「こいつは!」
「指名手配中の盗賊じゃないか!」
どうやらこの盗賊、騎士団からもマークされていたらしい。それで生きてこれてたんだからかなりの手練れだったんだろうな。
まあ、俺にしたら相手にもならんけど。
その後はトントン拍子にことが進む。
騎士たちはすぐに本部に連絡し、俺達からアジトの場所を聞いて捜索隊を編成。夕方には出発していった。
俺達が殲滅したから人はいないといえ、ギンバイとの取引の履歴などがあるかもしれないから急ぐとのことだ。
そして攫われていた女性は騎士団に保護されることになる。
出身がデイゴということで、元の村までの移動資金は出してくれるそうだ。
問題になったのは、少女だ。
少女は沢山の騎士を見たとたん、ひどく怯えてフィーナから離れなくなってしまった。
無理に引きはがすことも出来ず、女性から聞いてたとおり出身もカランと言うことで、どうするか悩んだ結果、一時的に俺達が預かることになった。
フィーナが提案したことだが、俺もその意見には特に反対無かったしな。どうせカランには行くつもりだし、頼ってくれるなら、それには応えたいと思う。
まあ、俺はまだその少女と話もしたことが無いけどな。
そして俺たちは現在、モーリアの止まり木に部屋を取っていた。
なんか止まり木に来るのも久しぶりだな。デイゴじゃ王宮に2週間以上いた訳だし。
俺達が取った部屋は、その止まり木のスイートルーム。かつてリリウムに招待されて入ったことのある部屋だ。
さすがにフィーナと少女を2人きりにするのは不安だったため、大きめの部屋でかつベッドは分けられるようにしたらこうなった。
今はスイート特権で3人分の料理を部屋まで持ってきてもらい、ゆっくり楽しんでいる。
もちろん少女の分は胃に優しい物に変えてもらってある。さすがにいきなり普通の物を食べられるほど、健康な状態ではない。
「大丈夫ですか? ほら、スプーンはこう持って――」
フィーナは相変わらずかいがいしく少女の面倒を見ている。その光景はまるで親が子供にスプーンの持ちからを教えているようだ。
その光景をほほえましく思いながらも、少女の実際の両親がどうなっているかということに不安がよぎる。
生きていればすぐに返してはいお終いで片が付く。しかし、盗賊に襲われている以上、亡くなっている可能性もゼロではないのだ。
親戚なんかも調べたいが、とりあえずは親に返すことを考えて行動したい。
それにはカランのどの村にいたのか。そもそも少女の名前はなんなのかなど、少女から聞き出さなければならないものは山ほどある。
ただとりあえず今は、その不安を少女に悟られないように、食事をすることで精一杯だった。
まだ体力が戻っていない少女を早めに寝かせ、俺とフィーナはリビングで今後のことについて話しあう。
「とりあえずフィーナには懐いてるみたいだよな?」
「よっぽど怖かったんだと思います。トーカを待っている間も、絶対に私から離れようとしませんでしたから」
「そりゃ怖いだろ。村を襲われて連れ去られるなんて経験、あの年じゃなくてもトラウマになるぜ」
「そうですね。今後は私が少しずつあの子のことを聞いて行く感じですかね?」
「そうだな。俺も手伝えればいいけど、あんまり関心持たれてないみたいだし」
そもそも俺には近づいてこようとすらしないし。まあ、今はフィーナがいるから当然と言えば当然かもしれんけどな。俺男だし、盗賊連中が怖かったんなら、男自体を怖がるようになってる可能性もある。
「そうでも無いですよ? 時々トーカのことをちらちら見てましたから」
「そうなの?」
全然気づかなかったんだけど。
「興味はあるけど、勇気がでない感じですかね? トーカの魔法も見てますし」
「そうか、俺もあの時は土属性使ってたしな」
それはあの盗賊団のリーダーと同じ属性だ。
あの子がどこまで盗賊団について知っていたからは知らないが、もしリーダーが魔法を使う瞬間を見ていれば、同じようなことをしていた俺に接触するのは勇気がいるはずか。
「まあ、無関心よりましってところかね」
「そうですね。とりあえず今は私がメインにあの子の面倒は見ますね」
「おう、じゃああの子の面倒はフィーナに見てもらうとして、今後の目的だ」
今の所カランに行くことは確定している。問題はどんな速度で行くかと、どのルートを使うかだ。
「あの子の地元をあの子が知っていれば、そこに行ける道を使えばいいんですけど」
「そこまで期待するのは厳しいだろうな。あの年じゃ村から出たことが無くたっておかしくない。せめて村の名前とかぐらいは知っててほしいけど」
「知らない場合は情報収集からですか?」
「ああ、カランでのあいつらのアジト場所は聞き出してあるからな。そこから行ける範囲を絞って情報を集めれば何とかなると思う」
「そうですか。けど何でアジトの場所を?」
そう言えば話してなかったか。
「まだあいつらの仲間がいるんだよ。カランに行ったら潰すつもりで聞き出しておいた」
「そうだったんですか。たしかにアジトが2つあるなら、2回に分けて騎士に報告した方が、討伐報酬が入りますしね」
「まあ、そう言うことかな」
今騎士に報告しても、カランへの伝達、それからカランの騎士を動かして討伐となると、俺達が行くより時間がかかる可能性が高いしな。
なら、俺がまっすぐ向かって討伐した方が早いし。
「つうわけで、とりあえずカランに行ったらその場所に行くことになるな。フィーナはカランにどれぐらい行ったことがある?」
「私もあまりないですね。行商は基本的にデイゴとユズリハでしたから」
「じゃあ島の渡り方とか分からない?」
合島国と言うだけあって、カランはその土地の全てが島の国だ。
島どうしの距離が近いとは言っても、この世界だと海風に耐えて長年持つ丈夫な橋を架けると言うのはかなり難しい。
そのため島間の移動はもっぱら船だ。
近場に行くボートのような船もあれば、遠くの町へ一気に行くための大型船もあるらしい。
「だいたいは分かりますよ。船も分かりやすいようになってますからね。基本的には大きな船で主要都市間を渡って、そこから小舟で小さい島に渡る感じです。大きな船は料金固定で周回してますし、自由船と言う、場所を指定して行ってもらう小さい船も地元の人が沢山やっています」
現代のバスとタクシーみたいなもんか。それなら結構分かりやすいかもな。
「ならとりあえず港町から出てる主要都市行きに乗って、カランに入ってから情報収集。その後、周回船で近い主要都市に行って自由船で移動と。かなり時間がかかりそうだな」
「天候や季節にも影響されちゃいますからね。あの子の為にも出来るだけ急ぎたいですけど、こればっかりはどうしようもありません」
「そうだな。情報が早く集まることを願うばかりか」
「そうですね」
話がひと段落し、俺達も寝ようとなったところで、突然部屋に泣き声が響き渡った。
それは少女の眠っている部屋から聞こえてきた。
フィーナはとっさに立ち上がり、すぐさまその部屋に駆け込んでいく。
俺もその後を追って部屋に入ると、少女がベッドの上で手をさまよわせながら泣いていた。
「ままぁぁあああ、ぱぱぁぁあああ、どこぉおおお?」
その声に、心が打たれるような感覚に襲われた。
フィーナがすぐさま少女を抱き寄せ、頭を撫でて落ち着かせる。
「大丈夫ですよ。ママはここにいますからね」
ゆっくりと撫でながら、少女の手を取ると、少女は次第に落ち着きを取り戻していく。
「トーカ。本当のママになるのは無理でも、せめてこの子の親が見つかるまでは――」
フィーナが何を言おうとしているのか、俺も分かった。
「ああ、その子には今親が必要だろうな。フィーナに抱き着いただけで落ち着いてくのがよく分かった」
落ち着きを取り戻した少女は、再び寝息を立て始める。
すると、片手をフィーナの服から離し、宙をさまよわせ始めた。
最初は悪い夢でも見ているのかと思った。けど、少女にうなされているような気配はない。
しかし尚も手は誰かを探し続けている。フィーナと少女の右手はしっかり握られていることから、母親を探している訳では無いのだろう。
なら何を?
「トーカ、手を握ってあげてください」
「俺?」
「この子、パパのことも探してました」
そうだ。この子は泣いている時に、母親と父親、両方を探していた。
母親代わりになったフィーナに抱き着いた途端、落ち着きを取り戻した。けど、まだ父親が見つかった訳じゃないってことなのか?
でも、少女の寝顔はどこか楽しそうだ。
「ぱぱ……」
「もしかしたら、お父さんに向かって歩いているのかもしれませんね」
必死に手を伸ばすその姿は、ようやく立って歩き始めれるようになった子供が、親の元へ向かおうとしてるような、そんな姿に見えてしまう。
フィーナに言われたことで、そのイメージがより鮮明に思い浮かんでしまった。
少女の年からすれば、すでにその事は遠い過去の話だろう。
しかし、楽しい思い出でもあるのはたしかだ。
今俺が少女の手を取らなければ、少女の夢がどんな悪夢に変わってしまうのか。そう思うと怖くなった。
そして気付いたときには、自然と手が伸びていた。
グッと手が掴まれる。その手は柔らかく温かい。
「ね?」
「ああ」
少女の手は俺の手を離そうとはしない。そこに強い意思のような物すら感じられた。
「トーカはパパ役ですね」
「ちょっと自信ないな」
「大丈夫です。最強のお父さんになれますよ」
フィーナの笑顔がなぜかとても恥ずかしく感じられた。