101話
5分後、全ての盗賊を片付けて戻ってくると、フィーナは馬車の上に座り込んでいた。
自分のしたことを思い出したらしい。
「私は……」
「大丈夫か?」
「私がやったんですよね?」
フィーナの視線の先には、フィーナが凍らせた盗賊たちの氷像。
その盗賊たちの表情はどれも壮絶だ。
「ああ。けど魔力は暴走してたし、フィーナの意識もほぼ無い状態だった。フィーナの責任じゃねぇよ」
そもそも盗賊を殺すことは問題ない行為だしな。
「お父様のことを思い出したら、なんだか心の底から怒りが湧いて来て。だんだん抑えられなくなって……」
自分の体を抱きしめながら、フィーナは声を震わせる。自分のやったことが怖くなったのだろう。
これまでフィーナは人を殺したことが無かったはずだ。
もしかしたら、けん制程度には怪我をさせたことがあるかも知れない。けど直接殺したことは無いと言っていた。
ならば、感覚的には現代の日本人とさほど変わらないだろう。
こればかりは慣れるしかないとは言え、覚悟無くそれを実行してしまったことに怖くなるのは、当然の事なのかもしれない。
けど俺は、それが間違ったことだとは思えなかった。むしろ俺の考えこそが間違っていたのではないかと思える。
「フィーナはさ、親父さんのことが辛かったんだろ? 思いっきり泣いたりしても、やっぱりわだかまりって残るんだと思う。なんでもかんでも簡単に吹っ切れる奴なんていないんだし。なら、フィーナのやったことは間違いじゃないだろ。盗賊が憎いんなら、その怒りは盗賊にぶつけるべきだ。自分たちが何をしたのかをちゃんと分からせるべきだと俺は思うぜ」
「トーカ……」
「だからフィーナは間違っちゃいない。まあ、1つ言うとしたら、もっとしっかり自分の思いをぶつけるべきだけどな」
無意識なんかに頼らず、自分の意思で殺すべきだ。
それが1番、自分の心と向き合えるはずだ。
最初は、フィーナの手は汚したくないなんて思ってた。けど、フィーナの思いを無視してまでそんなことを言うつもりは無い。
フィーナがそれで少しでも楽になれるなら、俺はそれを応援する。
「さて、んじゃ次はアジト潰しに行くか」
「場所が分かったんですか?」
「1人生かしておいたからな。きっちり聞き出すさ。フィーナは移動の準備しといてくれ。日が昇ったら動き出す」
「分かりました」
1つ頷き、フィーナは馬車の屋根から降りる。その足取りは何とかしっかりしていた。
それを見て俺は大丈夫だろうと判断し、気絶させておいた1人の盗賊の元へ向かった。
気絶した盗賊を強引に引っ張って適当な木の根本に持ってくる。
そして幹に向けて投げつけた。
ダンッと激しい音がして、木に止まっていた鳥が飛び立ち、葉が舞う。
その衝撃で盗賊は目を覚ました。
「ゲホッ……グ……」
「とっととしゃっきりしろ」
サイディッシュの柄を、盗賊が四つん這いでむせている真横に突き立てる。
「ひぃ!」
「俺の質問に答えろ。それ以外は喋るな。分かったか?」
「わ、分かった。だから殺さないでくれ!」
命乞いをする盗賊の脇腹に、俺は加減して蹴りを放つ。
「分かってないだろ。質問以外答えるなと言ったんだ。次は無いぞ?」
「わ、分かった」
盗賊は青ざめた顔で俺を見上げる。そのズボンはじっとりと湿っていた。
俺はそれを見下ろしながら、情報を聞き出していった。
あらかたの情報を聞き終えた俺は、フィーナから予め受け取っていたロープで盗賊を縛り上げる。
「フィーナ、アジトの場所が分かったぜ」
「このまま行きますか?」
情報を聞き出しているうちに、完全に日は上っていた。
「おう、こいつをさっさと引き渡しちまいたいしな」
「分かりました。私が御者をしますから、場所の指示をお願いします」
「了解。途中までは馬車で行けるみたいだけど、近くは馬車も入れない道らしい。どっかに止めていく必要がありそうだな」
「大切な物だけ持っていけば大丈夫だと思いますよ? この子は頭のいい子ですから放し飼いにしてても勝手に逃げたりはしません。危険が迫った時には自分で逃げてくれますから」
「さすがフィーナん家の馬だな」
盗賊を荷台に放り込み、俺も乗り込む。そして俺たちはアジトに向かって走り出した。
アジトはここから馬車で10分、馬車から降りてさらに山道を10分ほど進んだ場所にある洞窟だった。
洞窟はもともと天然の物だったが、それを盗賊団が住み着いて改良していき、だんだん使いやすいようにしていったそうだ。
洞窟の中には30人程度のメンバーがいるらしい。
今日俺達を襲ったのは、リーダーの指示ではなく完全な暇つぶしだったのだとか。
俺達の馬車を襲うとか運悪いな。
まあ、そんなことはどうでもいい。つまりまだアジトの中にはリーダーがいるってことだ。
リーダーを捕まえれば、その分報奨金が上がる可能性がある。
「フィーナはどうする?」
「行きます。私も自分の意思で盗賊を殺します」
「了解。けどリーダーっぽいのは殺すなよ?」
「はい」
情報を吐いた盗賊は、馬車の近くの木に縛り付けてある。魔物が来ても大丈夫なように少し高い位置に縛り付けておいた。
「初撃は俺がやる。盗賊が出て来るはずだから、そこからは各個撃破だ」
「気を付けてくださいね。攫われた人がいるんですから」
そう、盗賊の情報で、村を襲った時に数人を攫っていると言っていたのだ。
帝国の奴隷商人に売っているらしく、今は3人捕まえているのだとか。
どこまでも屑な連中だ。
「星誘いて、急流を放つ。ラピッドウォーター!」
洞窟の入り口に向けて水を放つ。その水は流れとなって洞窟の中に侵入していった。
これなら地面は柔らかくなるだろうが、天井は問題ないはずだ。それに、洞窟の中に水が入ってきたら、ろくな装備もせずに急いで出て来るだろう。
数十秒後、俺の予想通りに、盗賊たちは我先にと穴倉から這い出てきた。
そこにフィーナの魔法が発動する。
「星に願いを。閉ざせ氷結の大地。フローズドフロア」
盗賊たちのいた地面が一瞬にして凍りつき、さらに俺の水で濡れた足が地面に貼り付けられる。
それを確認して、俺たちは茂みから姿を現す。
すぐに俺達に気付いた盗賊の1人が声を上げ、その声にその場にいた全員の視線がこちらに集中した。
しかし、俺はもちろんフィーナも怯むことは無い。
たった10数人程度なのだ。闘技大会で何百人もの視線にさらされてきたこちらからしてみれば、羽虫に等しい。
「さて、リーダーは誰かな?」
「誰だてめぇ! 俺達がなんだか知ってんのか?」
「当然知ってるぜ。盗賊だろ? 今全国の冒険者から絶賛討伐対象のな」
「この野郎!」
口々に罵倒を飛ばすが、そんなものはいちいち耳に入ってこない。
まったく俺の質問に答える気がないようだ。すこし自分たちの状況を分からせてやる必要があるな。
サイディッシュを取り出し、鎌を展開させる。それだけで盗賊たちは少し慄いていた。けど本当の恐怖はこれからだよね。
魔力を流し込み、刃を回転させる。火花が飛び散り、キーンと高い音が森の中にこだまする。
「さて、もう一度だけ言う。リーダーは誰かな?」
「て、てめぇなんかに言うと思ってんのか!」
先ほどから威勢のいい1人が返してきた。だから俺は目標をそいつに定める。
「そうか、そりゃ残念だ」
なるべく軽く言うようにして、俺は盗賊の足もと目掛けてサイディッシュを振り抜いた。
サイディッシュは凍った盗賊の足を簡単に砕く。
しかし痛みは感じないだろう。神経まで完全に凍らされているのだ。
ドスンと尻もちをつき、自分の砕かれた両足を見る盗賊。そして次第にその状態に対する恐怖がこみあげてきたのか、悲鳴を上げ始めた。
「煩いな。質問に答えないなら黙ってろよ」
叫び声をあげる盗賊の鳩尾にサイディッシュを突き刺す。
内臓が刃によって掻き出され、辺り一帯に血を飛び散らせた。その血は当然仲間の体にもかかる。
しばらくもがいていた盗賊は、やがて動かなくなった。それを確認してサイディッシュを引き抜く。
「さて、次は誰が答えてくれる?」
「り、リーダーは……」
「リーダーは?」
「おい!」
恐怖に負けてリーダーの居場所をはこうとした盗賊に、他の盗賊が喝を入れる。
それを聞いて、吐こうとしていた盗賊は口を閉じてしまった。
「あらら」
俺は特に何も言わずにサイディッシュを、口を閉ざした盗賊に向けて振り抜いた。
今度は胴を真っ二つに破り捨てる。
その光景を見て、喝を入れた盗賊は絶句した。
「あれ? お前が殺されるとでも思った? 吐かない奴が悪いんだから、そいつを殺すに決まってるじゃん。じゃあ次は誰?」
盗賊たちを見まわす。盗賊たちの誰もが俺から視線を外し、下を向いている。
「トーカ、私に任せてください」
「ん? 了解」
今まで黙って成り行きを見ていたフィーナが、交代を申し出た。
俺はそれを受けて後ろに下がる。
フィーナが変わって前に出ると、そのまま属性剣を抜き放ち魔力を流し込む。
一瞬にして出来た氷の剣に盗賊たちの視線が集中する中、フィーナは適当に一番近くにいた盗賊1人を選んで剣を腹に突き刺した。
「ぐぁあああ!」
刺された場所からジュウッと白い煙が上がる。あれは凍傷か?
そしてフィーナが剣を引き抜くも、そこから血が出てくる様子はない。切った場所が凍っているのだ。
「次はどこにしますか? 腕ですか? 足ですか? それとも顔?」
そんなご飯にする? お風呂にする? みたいに言われても、怖くて返事できねぇだろうな。
そうしているうちに、フィーナは盗賊の太ももに剣を突き立てる。
「あまり無駄に時間を取らせないでください。次は顔に行きますよ?」
「リーダーは、ど、洞窟の一番奥にいる。水がそこまで届いてねぇと思うから、気付いてねぇはずだ」
フィーナの氷のような笑顔に耐えかねて、別の男が居場所を吐いた。
その瞬間、フィーナはナイフを刺していた男の首を飛ばす。
「トーカ」
「おう」
リーダーの場所が分かれば、後は用済みだ。
俺はサイディッシュの斧側を振り抜き、その場にいた1人を除いて全員の首を飛ばす。1人はリーダーがいなかった時用の予備だ。
「じゃあ行くか」
「はい。早く捕まっている人たちも助けてあげましょう」
俺たちは魔力探査を発動させて洞窟に入って行った。
洞窟は洞窟とは思えないほど整備されていた。
地面は俺の魔法で濡れてはいたが、ぬかるむことなく固められており、天井も綺麗に整備され石が敷き詰められている。
明るさも魔力回路を使ったランプのおかげか、非常に明るい。
まるで防空壕の中にいる気分だ。
「まずはどっちから行く?」
魔力探査には、2人の魔力反応が2つある。どちらか1つが攫われた人たちで、もう1つが攫われた人とリーダーなのだろう。
攫われた人がリーダーと一緒にいる理由は何となく分かるが、あまり想像はしたくないな。
「完全に運ですね。右に行きましょう」
「了解」
フィーナの勘を頼りに、俺たちは分かれ道を右に向かった。
右の終着地点は牢屋だった。それもかなりしっかりと作られたものだ。鉄格子に大きな南京錠までつけられており、どこかの城の牢屋とすら思える。
中もしっかりと固められた壁で作られており、掘って脱出するのは不可能そうな出来だ。
そしてその中にいたのは2人の女性。いや、1人はまだ女性と呼ぶには未成熟な、少女と呼ぶべきほどの女の子だ。
その2人はまず俺の姿を見て怯えた。そして次にフィーナの姿を見て疑問を持つ。
そりゃ、盗賊団にフィーナみたいな女子がいる訳ないしな。
「助けに来ました」
牢屋にいる2人を見て、フィーナがすぐに鍵を探す。
しかし鍵がどこになるのか分からない。もしかしたらリーダーが常に持ってるのかもしれないな。
「フィーナ、俺がこじ開ける。そこの2人は檻から離れててくれ」
フィーナと普通に話していることで、俺への警戒心が少し解かれたのか、2人は素直に指示に従ってくれた。
2人が離れたのを確認して、俺は詠唱を唱える。
「星誘いて、目の前の障害を喰らえ。アースバイト」
詠唱と共に、檻の地面が動きだし、ずるずると鉄の棒を飲み込んで行った。そして檻は完全に地面に飲み込まれ見えなくなる。
「ほい、終了」
「2人とも大丈夫ですか?」
檻をどけた直後に、フィーナが2人に駆け寄る。
1人の女性は20代前半と言ったところだろう。見た目は非常に綺麗だが、服がボロボロでかなりみすぼらしい。まともな食事を与えられていなかったのか、かなり弱っていた。
そしてもう1人の少女。
軽く背中にかかるほどの赤い髪は本来、光を受けて光沢を放つはずだが、今は埃と土で光沢を失い、どっしりと重たい印象を持たせる。俺達に向けられている視線にも意思を感じない。髪と同じ赤い瞳も、どこか色あせているような気がした。
こっちはかなり重症っぽい。俺達の指示には従ってくれるが、何をいっても返事を返してこない。
完全に心を閉ざしてしまっているようだ。
少女の様子を心配そうに見るフィーナ。その様子を見て、女性の方が少女のことを説明してくれた。
その説明によれば、少女はカランの村出身で、その村がこの盗賊に襲われたらしい。
この盗賊は元々カランで活動しており、ギンバイに攫った女性たちを売るために、今こっちに移動してきているそうだ。この洞窟もそのための移動拠点の1つにすぎないのだとか。
「ただの移動拠点にしては綺麗すぎないか?」
牢屋を見ただけでも分かる通り、この洞窟はかなり整備され管理されている。
そうでなければ鉄の牢屋など不可能だろうし、地面や天井の綺麗さも説明がつかない。
盗賊から聞き出した、自分たちで少しずつ改良したとは思えないほどの綺麗さなのだ。
「盗賊団の頭が2等星の魔法使いなんです。その魔法でいつもあっという間に整備してしまって。実力もかなりあるようで、手下たちがよく私たちに自慢していました」
「属性持ちか。たしかにそれなら整備も可能なのか」
そしてその戦闘力をもってすれば、村を襲ったり、仲間を従えることなど造作も無いってことか。
「そう言えば、もう1人捕まった奴がいるって聞いてたけど」
「少し前に頭に連れていかれました。今は多分……」
「いや、言わなくていい。フィーナ、フィーナは先に2人を連れて外に出ててくれ」
「トーカは?」
「リーダー捕まえて、もう1人を助け出してくる。守りながらじゃ属性持ち相手は面倒だ」
「わかりました。よろしくお願いします」
そう言うや否や、フィーナは少女を背中に背負い、女性を先導してきた道を戻っていく。
俺はその背中を途中まで追って、途中の分かれ道から今度は左に向かった。
道なりに洞窟を進んでいると、突然頭の地図に浮かんでいた点の1つが薄くなり消えた。
「これは……」
魔力反応がなくなったということは、リーダーか攫われた人のどちらかが死んだと言うことになる。
この場でいきなりリーダーが殺されることは考えにくい。つまり――
「殺したのか? わざわざ攫った奴を?」
それもおかしい。なら攫う必要など無いはずだ。
理由が分からないまま、俺は洞窟を疾走する。