100話
カラン編スタートです。
俺とフィーナは馬車に揺られながら、昼下がりの温かい日差しを受けつつ草原を進んでいた。
目的地のカランへは、デイゴの首都から西へ進み、二つの町を通り越した後に港に出て、そこからカラン行きの船に乗ることでようやく行くことが出来る。
カランへはその港からしか入国することが出来ないらしく、入国証を買う必要は無いが、船に乗る際に身元のチェックがあるのだ。
首都を出て1週間。今は1つ目の町を通り過ぎ、2つ目の村まであと少しと言ったところだ。
「こうも温かいと眠くなってしまいますね」
馬の手綱を引くフィーナは、太陽に目を細めながら、つぶやく。
「少し寝るか? 交代するぜ」
「じゃあお願いします」
荷台にいても暇なので、フィーナの隣に座っていた俺が、手綱を受け取った。
確かに今の陽ざしは、眠気を誘う。ちょうど昼食後ということで、それもあるのだろう。
フィーナには料理の面倒を任せてしまっているから、その疲れも出たのだろう。
片づけぐらいは手伝っているが、料理で1番疲れるのは、やっぱ作る時だって話だし。
しばらくすると、フィーナは俺の肩に頭を載せて、寝息を立て始める。
馬車に揺られながらだと、意外と肩に頭を乗せるのは疲れるのだ。だから俺はフィーナの体をそっと倒し、俺の膝を枕替わりにした。
「さて、俺はしっかり起きとかないとな。居眠り運転は犯罪だ」
俺のつぶやきにブルヒヒと馬が答えた気がした。
数時間でフィーナは目を覚ました。
フィーナの目覚めは意外と悪い。起床後しばらくの間は、目をこすって眠そうな顔をしているのだが、今日もそれにもれず、俺の膝の上でボーっとしていた。
「おはよう」
「ふぇ……トーカ、おはようございます」
「よだれ、垂れてるぞ」
「あぅ」
口元から垂れる一筋の光を、フィーナは手で拭う。
「どれぐらい寝てました?」
「2時間ちょっとかね。今日はそろそろ野営の準備だ」
「やっぱり町の到着は明日になっちゃいますか」
急げば今日にでも到着することは出来ただろうが、フィーナを起こさないようにいつもよりゆっくり進んだため、微妙に遅れている。
まあ、急ぐ旅でもないし、食料もまだしっかり残ってるから、問題はない。
ごそごそとフィーナが御者席から荷台に入っていく。
顔を拭くのと、野営セットの準備を始めるのだろう。
それを見て、俺は適当に道から外れて馬車を止めた。
道は川から少しはなれた場所に沿って作られており、野営には最適だ。
テントを張り、たき火でコンロを作ったところで、だんだんと日が地平線に隠れ始めた。
地平線に太陽が消えるのは、何度見ても壮大だね。山脈に沈んでいくのは、じいちゃんたちの家で何度も見たけど、地平線に沈むのは見たことが無かった。
こっちの世界で野営をするようになってからはよく見る風景だが、これまでに無かったことだけに、意外と感動は尽きない。
「トーカ、ごはんできましたよ」
「おう、サンキュー」
魔力探査で周囲の安全を確認しながら夕日を見ていると、フィーナが声を掛けてきた。
俺は馬車の屋根からフィーナのそばに飛び降りる。
「トーカは夕日が好きなんですか?」
「ん? 別にそういう訳じゃねぇよ」
「でもよく見てますよね?」
俺のことをよく見てらっしゃる。
「こっちの世界じゃ月が沈まないからな。しっかり星が沈むのを見れるのは夕日だけだし」
「向こうの世界だと月も動いてるんですか?」
そう言えば話してなかったっけ? 今、俺の頭上には、赤い月と普通の月が重なって見えている。
そして向こうの世界では両方とも動いていたのに、こちらの世界に来てからは両方ともが常に頭上に輝いているのだ。
なぜかは分からないが、別に気にすることでもないので、放ってあるが。
「まあな。向こうの世界から見るこっちの月も動いてたし、よく分からんことばっかりだ」
「不思議な世界ですね」
「神様が作ってるって時点で、俺にとっては不思議満点だ」
まして、魔法が有ったりする世界だしな。ファンタジーな世界を実際に旅してるせいで、いまだに驚きが絶えない。
それと同時に、楽しくてしょうがないと言うのもあるな。
「そう言えば、その神様は今どうしてるんでしょうね?」
「さあな。想像も出来ねぇや。あの神さんが仕事してるとこは見てねぇし、仕事してるかどうかも怪しいからな」
「世界の社長みたいな存在ですからね」
「たしかに。意外と書類仕事とかに追われてたりな」
「そうだったら面白いです」
たき火のそばまで行くと、甘酸っぱい匂いが漂っていた。
「今日はデイゴ漬けのサンドイッチです。色々試行錯誤してみました」
「おお! そりゃ楽しみだ」
マナと別れてからフィーナは、独自にデイゴ漬けの改良をしていた。香辛料や、調味料の分量を変えたり、魚を変えてみたり。時にはエビのような生きものを使っている時もあった。
その分、少しずつ味は進化していっていたが、今日はサンドイッチに挑戦したみたいだ。
色とりどりの千切りにされた野菜と、魚の開きが丸パンの間に挟まれている。
それを受け取り、ガッツリと齧りつく。
ジュワッと広がる酸味と甘みが、魚と野菜に絡みつき、口の中に涎を噴出させた。
「うん、うめぇ!」
「我ながら良い出来です」
日が沈む中、俺たちはゆったりと夕食を楽しんだ。
俺は体を揺すられる感覚に目を覚ます。
目を開けると、目の前にフィーナの顔があった。
「フィーナ?」
「トーカ、魔力探査してください。囲まれてます」
フィーナが小声で言う。その言葉に頭の中がスッとクリアになる。
「月示せ、魔力の在り処。サーチ」
周辺のマップが頭の中に浮かび上がり、同時に俺達のキャンプを囲むように無数の点が出現した。
ザッと数えても20以上。
綺麗な円を描いている陣形は、魔物の物とは思えない。
「盗賊か」
「たぶんそうだと思います。最初は2,3人で来てすぐに帰って行ったので、魔物かと思ったんですけど、次に来たときにこの人数を連れてきてすぐに囲まれてしまいました」
「計画的だな。こりゃかなりの数襲ってきたんじゃないか?」
ここにいる盗賊でチーム全員と言うことも無いだろう。少なからずアジトのような所に残っているメンバーもいるはずだ。
それで20人を平然と使えると言うことは、それなりの規模の盗賊団になる。
全メンバーでざっと30人程度だと予測すると、それだけの団員を養えるだけの成果が出てるってことになる。
「どうしますか?」
「潰す。ちょうど盗賊潰せば金が入るようにもなってるしな」
「闘技大会の時の話ですね」
デイゴが3国共同で開始した盗賊討伐の報酬配布は、闘技大会の終了と共に施行されている。
これの報酬が出る条件は、相手が盗賊団としてアジト(洞窟のような場所も可)を持っていること。次に10人以上の規模であることだ。
そしてもっとも重要なことが盗賊だと証明するために1人生かして捕まえることだ。
それが無いと、適当にアジトをでっち上げられる可能性があるし、仕方がないと言えば仕方がないが、面倒くさいな。
「分担はどうしますか?」
「フィーナは馬車の護衛を頼む」
「護衛? 3分の1ぐらい引き受けても問題ないですが」
俺の方針にフィーナが首を傾げた。
確かに今のフィーナの実力なら、6,7人なら十分相手に出来るだろう。けど俺には1つ懸念することがあった。
フィーナはかつて盗賊に親を殺されている。
今はまだ周りにいると分かっているだけだから落ち着いていられるが、実際に目の前で見た時、どういう反応になるか全く予想がつかないのだ。
一度根付いた恐怖は簡単には取り払えない。目の前に盗賊がいるのに、その怖さがぶり返したりして動けなくなったら大変だ。
それに俺の勝手な考えだが、フィーナにはなるべく人を殺さないで生きていてほしい。
囲まれているから、正直面倒な戦い方をしないといけないが、フィーナの手が血に染まるよりはましだ。
「もしかしたら俺達が戦ってる間に馬車を狙われる可能性もある。足が無いと旅は面倒になるからな。フィーナには馬車の警備を頼むわ」
今は真実を話さず、とりあえずそれらしい理由をフィーナに説明する。
「わかりました。気を付けてくださいね」
俺の説明で納得したのか、フィーナは1つ頷くと、テントを出て馬車に向かう。
俺はそれを見送って、サイディッシュを持ち上げる。
カシャンと金属の擦れる音と共に鎌が展開された。
「月示せ、雷の軌道。ライトニングバニッシュ」
詠唱と共に、俺はその場から掻き消え、一瞬のうちに盗賊1人の前に立ちはだかった。
「おはよう人類。俺の眠りを妨げた罪は重いぜ!」
何が起きているのか分からない盗賊を前に、俺は斧側を前にしてサイディッシュを振り抜く。
いとも簡単に、盗賊の顔は上下に分かれた。
ドピュッと血があふれ出る光景を見ながら、俺は地図の次の点に向かって再び詠唱を唱えた。
馬車の上からフィーナはトーカが盗賊を倒していく姿を見る。
フィーナも魔力探査を使い、常に盗賊の位置は把握していた。そしてまたその光が1つ消える。
トーカが殺したのだ。
「盗賊……こんな簡単に死んじゃうのに」
目の前で1つずつ消えていく点を見ながら、フィーナは小さくつぶやく。考えるのは、昔襲われた時のことだ。
突然の襲撃。ろくな片づけもせずに馬車を出し、必死に逃げた。
父は盗賊をけん制するために魔法を放ち、フィーナに指示を出してくる。
それを聞きながら、盗賊の罵声とも、恐喝とも取れる言葉に身を震わせていた時代。
それでも何とか逃げ切れて、逃げ切れた後は父と笑い合っていたはずだった。
なのに、そんな生活も唐突に終わりを告げた。
盗賊の待ち伏せに合い、父の魔法で強引に突破したは良い物の、その数が多すぎて振り払えない。
馬も大量に持っており、馬車を引きながらでは逃げ切れないことは明白だった。
そんな時に、フィーナの父親は馬車を飛び降りた。
驚くフィーナをしり目に、父は今までフィーナに見せたことの無いような大規模の魔法を発動させる。
周囲一帯を炎に巻き込み、激しく炎上させるその魔法は、盗賊の乗っていた馬たちをことごとく混乱させ、足を止めさせた。
その炎にもならされていたのか、父の馬は怯えることなく馬車を引き続け、フィーナと父親の距離をどんどんと遠ざけてしまう。
手綱を引いて、止めようとしても止まらなかった。いつもはいい子に言うことを聞いていたはずの父の馬が、その時に限ってはフィーナの指示に従わず、遠くからする父の声に従っていた。
その声はひたすら先に逃げろと。
炎の中に消えていく父の姿と声が、今になってフィーナの脳内にはっきりとイメージされる。
目を閉じてしまえば、その時の盗賊たちの動きまではっきりと思い出してしまうだろう。
「こんな……こんな盗賊たちのせいで……」
また1つ点が消えた。
そしてトーカの魔力反応が動く。
「こんな身勝手な人たちのせいで……」
気付いたとき、フィーナの右手は盗賊に向けられていた。
そしてあふれ出した感情が、フィーナの思考を奪っていく。
「お父様はこんな人たちに……」
フィーナの足もとにいつの間にか霜柱が立っていた。
今フィーナに近づけば、誰もがその周囲の冷たさに驚いただろう。
無意識のうちに放つ強烈な願いがフィーナの加護を発動させていた。
「こんな人たちに……殺された」
その言葉を紡いでしまった瞬間、フィーナの心の中で何かがはじけた。
それに合わせるように、フィーナが手を向けていた方向にいた盗賊が氷漬けになる。
「盗賊なんて、皆殺してやる……」
フィーナはただ無心になって、盗賊の氷像を作り始めた。
突然盗賊の1人が氷漬けになった。
俺の背中の方で起こった出来事だが、フィーナの異常な魔力の高まりを感じて振り返ってみた時の出来事だった。
それ以降、フィーナが手を向けた方向にいた盗賊が次々に氷漬けにされていく。
突然の出来事に、盗賊たちも慌て始めたが、俺はそれ以上に驚いていた。
「フィーナ!」
魔力の流れ方が異常だ。渦を巻くように放たれている魔力は、普通に加護を使う時とは全く違う動き方をしている。
そもそも加護を使う時の魔力は、一瞬消費するだけなのだ。使用者の周りを渦巻くなんてことはあり得ない。
今の行動、そして魔力の現状。それから予想される事態はただ1つ。
暴走。
フィーナは感情に飲まれて暴走してる可能性が高い。
その感情が怒りなのか、憎しみなのかは分からないが、止めないといけない。そう感じた。
1番近くにいた盗賊を、柄尻で打ち気絶させ、すぐさまフィーナのもとに駆けよる。
「フィーナ!」
肩を掴んで揺するも、フィーナの表情はボーっとしたままだ。
焦点の会わない目で、俺を一瞬仰ぎ見るが、すぐに盗賊たちに視線を戻して氷漬けにしていく。
「しっかりしろ!」
サイディッシュを投げ捨て、両手でフィーナをゆする。
それにもフィーナはただ揺すられるままになっている。
意識がしっかりしていないのか?
頬を軽くたたいても、抓っても反応が無い。
その間にも、次々に盗賊の氷像が出来上がっていく。
盗賊たちは完全にパニック状態に陥っていた。こうなると、いつ自棄を起こしてこっちに特攻してくるか分からない。
どうすればフィーナが我に返る。
なにか激しいショックを与えればいいか? けど外的要因じゃダメだろ。頬叩いても無理だったし。なら心的なものか? 確かに暴走も心的要因の可能性が高いし、その要因を塗りつぶせれば我に返る可能性はある。
賭けだがやってみるしかないか。
「目ぇ覚ませ、フィーナ!」
フィーナを強引に抱き寄せる。
「んっ……」
フィーナから反応が返ってきた。
だがまだ小さい。
ならもっと強いショックを与えるまでだ。
抱き着いた状態から、肩を押して少し体を離す。そしてフィーナを正面に見据え、顔を近づける。
うつろな目を見つめながら、俺はカチンと歯が当たるほど強くフィーナの唇を塞いだ。
「んっ!?」
はっきりとフィーナから反応が返ってきた。
それに合わせて、フィーナの回りに渦巻いていた魔力が収まっていく。
周囲の冷たさが嘘のように引いて行く。
俺はそれを確認してフィーナの唇から離れる。
「目が覚めたか? フィーナ」
「え? ええ!? ど、どういう!?」
状況が飲み込めず、自分の唇に手を当てながら混乱するフィーナ。
とにかくフィーナは落ち着いた。
「説明は後。とりあえず残ったのを片付けるから」
それだけ言い残して、俺は再び盗賊の掃討に入った。