閑話 貴重な自分
私は、貴重な人間よ。
リサがそう言ったのは、
ミル=セナでの一件が、あらかた片付いたあとのことだった。
リサは無駄を嫌う。
やるべきことを終えれば、さっさと寝てしまう――
それがいつもの彼女だ。
不死の軍勢、ドレイク。
七席の思惑。
それに、レイのこともあった。
さすがのリサも、少し煮詰まっていたのだろう。
黒帆同盟が用意してくれた宿は上等で、
テラス席があるのを見て、珍しくリサが足を止めた。
「少し、ゆっくりしていこうか」
そう提案すると、
「……悪くないわね」
と、あっさり頷いた。
同盟の人から貰った酒と、
キッチンを借りて作った簡単なつまみを並べる。
野菜の酢漬け。
塩漬け肉のオイル煮。
それから、旅の途中で見つけた果物の乾物に、
ミル=セナでよく食べられている硬いヨーグルトを添える。
「こんなものしか作れないけど」
そう言った僕に、
「あんた、こういうのは要領よく作るわよね」
珍しくリサが僕を褒めた。
――“こういうのは”。
その言い回しに、思わず苦笑いが漏れる。
けれど。
リサの言葉は、たとえ皮肉が混じっていても、
どこか心地よかった。
彼女はきっと、僕のことを本気で気にかけてくれている。
それが分かるからだ。
「飲みなさいな。一人じゃつまらないわ」
有無を言わせず、僕のグラスにワインが注がれる。
リサはユノよりもずっと酒に強い。
酔ったところを、僕はまだ見たことがない。
「良いお酒よ。特に香りがいいわ」
グラスを軽く揺らしながら、リサが言う。
確かに、柑橘を思わせる爽やかな香りと、
程よい酸味がある。
「いつもの強い酒とは違うね」
そう言うと、
「あんたは、分かるからよ」
と、リサがぼそりと呟いた。
「……何が?」
そう聞こうとした僕に、リサは視線を寄越して――
言った。
「私は、貴重な人間よ」
「教養がすべてだなんて言うつもりはないわ。
でもね、ユウ。
あんたがそれを持ってるなら――それは価値なの」
リサは、グラスの中のワインをくるりと回す。
「酸化したワイン」
意味、分かるでしょ?
そう言って、少しだけいたずらっぽく笑った。
「ユウの言葉はね、
先人を馬鹿にするのよ」
「――あんたにそれを教えた人間の積み重ねを、
軽く扱ってるってこと」
リサは僕の料理を一口つまむ。
「美味しいわ、とても」
それからワインを口に含み――
「だから、“こんなもの”なんて言うのはやめなさい」
静かに、そう言った。
僕は頭をかいて、
そういえば、この塩漬け肉のオイル煮は姉が教えてくれたんだったろうか。
「ごめんなさい」
どちらにでもなく、けれど、僕は謝った。




