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第2話:夜が長くなる

惣介のスマホは、朝からやけに軽かった。

通知が少ないとかじゃない。気持ちの話だ。


(昨日の人、ほんまにDMしてきたんやな)


柚菜 杏。

コメントも返事も、ぎこちなかった。

でも、嘘がなかった。


惣介はベッドの上で、もう一度DMを開く。


「合ってるw」

「昨日ほんま助かった。ありがとう」

「また枠、タイミング合ったら行くわ」


自分の返信は短い。

短いのに、変に意識してるのが分かって腹立つ。


(普段こんな丁寧ちゃうやろ)


既読がつく。

しばらくして、返事が来る。


「既読つくの早いw」

「今日も配信しようと思うけど、タイトルの付け方が分からん…」


惣介は吹いた。


でも、その“分からん”を、馬鹿にする気にはならなかった。

分からないって言えるのは、ちゃんとしてる。


惣介は指を動かす。


「タイトル適当でええよw」

「『雑談』って書いといたら人来る」

「あと、通知の設定は後で一緒に見よか」


送ってから、惣介は少しだけ反省した。


(“一緒に”って言い方、重いか?)


でももう送った。

取り消すほどでもない。

変な自意識だけで動く方が、ださい。


昼過ぎ、杏から短い返事が来る。


「雑談でいくw」

「通知のやつ…まじで分からんw」

「でも今日、がんばる」


惣介は思わず笑って、スマホを置いた。


夜。

惣介は自分の枠を開いた。


「こんばんはー。昨日詰まったのは忘れろ。蒸し返すな」


「蒸し返してて草」

「そうさんが一番覚えてるやつ」

「今日は止まるなよw」


「うるさいわw」


いつも通りの軽口。

いつも通りの空気。

なのに、惣介の視線はコメント欄の一箇所に吸われ続けた。


しばらくして、入室が一つ。


柚菜 杏。


「こんにちは〜」

「初見さん?」


惣介はすぐ拾う。


「お、柚菜さん。こんばんは」


「こんばんは…」

「今日も来た…」


句読点が少ない。

言い切りが弱い。

それでも、ちゃんと来た。


惣介はからかわずに言った。


「無理せんでええよ。見てるだけでも」


「見るだけでもいいの…?」

「コメントしないとだめかと思ってた」


「そんなルールないw」


コメント欄が笑う。


「そうさん優しいw」

「杏ちゃん安心してw」


惣介は一瞬だけ、喉の奥が熱くなる。


(こういう時の俺、上手く見えるんよな)


上手く見えるのと、ちゃんとしてるのは別だ。


配信を回しながら、惣介は杏の反応を時々拾った。

杏は多くは喋らない。

でも、いる。

落ちない。

それが妙に嬉しい。


枠の終わりが近づいたころ、杏がぽつりと落とす。


「今日、途中でコメントしようと思ったけど」

「送るボタンどこか分からんくてあきらめた」


「そんなことある?w」


「あるw」

「まじで分からんw」


コメント欄がざわつく。


「かわいいw」

「初心者あるあるw」


惣介は笑いながら、ちゃんと返した。


「じゃあ、今度教えるわ。画面見ながら」


「ほんと…?」

「でも、迷惑じゃない…?」


惣介は少しだけ言葉を選ぶ。


「迷惑やったら言わん」

「俺が言ってるってことは、迷惑じゃない」


杏の返事は少し遅れて来た。


「……ありがと」


その「……」に、惣介は引っかかった。

重い「……」じゃない。

慣れてない「……」だ。

それが分かるから、変に踏み込まない。


「おつ。今日はありがとな」


「おつ…」

「また…来ていい?」


惣介は即答した。


「来いw」


「w」


枠を切って、惣介は椅子に座ったままスマホを見た。

DMが来ている。


「配信おつかれさま」

「さっきの送るボタン、ほんと分からんw」

「スクショ撮ったけどどこに送るのw」


惣介は笑って、短く返す。


「送れんw」

「今から教えるわ。通話できる?」


送ってから、胸の奥が少しだけ軽くなった。

(あ、俺、繋がったって確認したいんや)

(いや、いきなり通話は重いか?)


でも杏は、予想より早く返してきた。


「できる…!」

「でも、私、通話したことない」

「怖い…けど、やってみたい」


惣介は立ち上がった。

妙に背筋が伸びる。


「オッケ。じゃあ今から一回だけ」

「分からんかったら切ってええ」


杏からスタンプが一つ来る。

変なやつ。

初心者っぽいやつ。


惣介は発信ボタンを押した。


コール音が二回鳴って、繋がる。


「……もしもし」


杏の声は、思ったより小さい。

緊張で薄い。

でも、ちゃんと生の温度がある。


「もしもし。聞こえる?」


「聞こえる…!」

「え、すご、ほんとに聞こえる…」


「当たり前やw」


「当たり前じゃないw」

「こういうの、私、ほんと分からんから…」


惣介は笑いながら、画面の説明を始めた。

押すボタン、戻る場所、コメントの送り方。

杏は「待って」「もう一回」を繰り返す。

その繰り返しが、嫌じゃなかった。


むしろ、妙に落ち着く。


(俺、こういうの好きなんやな)


説明が終わって、沈黙が来た。

でも今日は、沈黙が怖くなかった。


杏が先に言った。


「……声、いいね」


惣介は一瞬固まる。


「は?」


「いや、変な意味じゃなくて」

「喋り方、落ち着く」

「配信の声も好きだったけど、こっちの方が…なんか、安心する」


惣介は口元を押さえた。

照れ隠しが間に合わない。


「やめろや。急に言うな」


「え、だめ?」

「ごめん…」


「だめじゃないw」

「……ありがとう」


杏が小さく笑う。

その笑い声が、惣介の胸の奥に落ちた。


「今日さ」杏が言う。

「眠くなるまで、ちょっとだけ喋っててもいい?」

「私、こういうの、すぐ切るの苦手かも」


惣介は時計を見る。

遅い時間。

でも、変に嫌じゃない。


「ええよ」

「無理になったら言って。切るから」


「うん」


そこから先は、何を話したか、全部は覚えてない。

雑談。配信のこと。犬のこと。


気づけば、夜が深い。


「……やば。もうこんな時間」


惣介が言うと、杏が少し焦る。


「ごめん、私、引き止めた…?」


「違う」

「俺も喋ってた」


杏は一拍置いて、ぽつりと言った。


「じゃあ、また……していい?」


惣介は、即答しそうになって止めた。

軽く言えば、軽くなる。

でも、軽くしたくない。


「してええよ」

「……ただ、無理はすんな」


杏は小さく笑った。


「よしくん、優しいね」


その呼び方が、まだ慣れてない感じで。

でも確かに、惣介の胸の奥に残った。


「……誰がや。寝ろw」


杏は小さく笑った。

「うん」


通話が切れたあと、惣介はスマホを置いて、天井を見た。


(夜、長くなるな)


嫌じゃない。

むしろ、ちょっと嬉しい。


透明な板の向こう側が、ほんの少しだけ薄くなった。

——薄くなったと思ってしまった。

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