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第1話:透明な板

コメント欄は、透明な板みたいだ。

見えるのに触れない。近いのに届かない。


惣介は、その板の扱いが上手い方だった。

配信アプリ「LINO」で枠を開けば、勝手に空気が回る。

挨拶して、拾って、返して、笑わせて、流して、締める。

それが仕事みたいになっていた。


だから、詰まる自分が嫌いだった。


その夜も、いつも通りのはずだった。


「こんばんはー。今日は……」


言葉が途切れる。

喉が乾いて、息が浅くなる。

沈黙は二秒。でも配信の二秒は長い。


(やばい)


惣介は笑ってごまかそうとした。

適当なネタを投げようとした。

でも出てくるのは薄い言葉ばっかりで、自分でも恥ずかしくなっていく。


コメント欄がざわつく。


「え?」

「どした?」

「詰まった?w」

「大丈夫、ゆっくりでええよ〜」

「そうさんでも止まるんやなw」


その「ゆっくりでええよ〜」が、妙に刺さった。

刺さるのに、救われる。

胸の奥の力が、少しだけ抜ける。

肺に空気が入って、やっと“今”に戻れた気がした。


惣介は笑った。

作った笑いじゃなく、ちゃんと出る笑い。


「……すまん、今、一瞬止まったわ」


「あるあるw」

「今の顔草」

「そうさん焦っててかわいかった」


「うるさいわw」


空気が戻る。

いつものテンポに戻る。

惣介はそれにほっとした。


その中に、少しだけ違う温度のコメントが混ざった。


「焦ってるの分かったから……大丈夫だよ」


句読点の置き方がぎこちない。

絵文字もない。

でも、優しさだけは分かる。


惣介はコメント名を見る。


柚菜 杏。


見覚えはある。

同じ界隈の名前は、だいたい目に入る。

でも絡んだ記憶はない。


惣介は声に出して拾った。


「柚菜さん?今のコメント、ありがと。助かった」


「え、あ、うん……!」

「私、まだ慣れてなくて……変なとこあったらごめん」

「でも、止まったの分かったから……」


(初心者やな、ほんまに)


惣介はからかわない。空気も作らない。普通に返す。


「いや全然。助かったのはこっちや」


「よかった……」


その返しが、素直で、少し頼りなくて、惣介は妙に肩の力が抜けた。


惣介は枠を回し直した。

雑談して、ネタ振って、コメント拾って、笑って。

いつもの配信に戻す。


でも、時々目が戻る。

柚菜杏の名前に。


枠の終わりが近づく。惣介は迷った。


ここで「今度枠行くわ!」って言うのは簡単だ。

むしろ、言った方が相手は助かる。初心者なら尚更だ。


惣介は、そのまま言った。


「柚菜さん、今日はありがとな。今度そっちの枠も遊びに行くわ」


「え、ほんと……?来てくれたら嬉しい」

「でも、私、通知とかまだよく分かってないかも……」


惣介は笑って返す。


「大丈夫や。枠つけてたら勝手に見つけるw」


「ほんと……?w」


「じゃ、おつ!今日は助かった」


「おつー」

「柚菜さんもおつ!」

「そうさん次も頼む」


惣介は枠を切った。


椅子にもたれて、スマホを置く。

(DM……送るのはやめとこ)


初見で助けられた勢いで距離を詰めるのは、違う。

相手は初心者だ。距離感も運用もまだ分からない。


惣介はベッドに倒れた。

今日の二秒を思い出す。


たった二秒。

でも、あの二秒を「大丈夫」って言える人がいるなら、

その人の配信は、きっと誰かの居場所になる。


翌朝、スマホが震えた。


惣介は寝ぼけた目で画面を見る。


「……DM?」


開くと、短い文が届いていた。


「昨日、コメント拾ってくれてありがとう」

「DMの場所、分からんくて探した……合ってる?w」


惣介は思わず笑った。


(かわいいな)


返信欄に指を置いて、少しだけ考える。

長くしない。雑にもしない。


「合ってるw」

「昨日ほんま助かった。ありがとう」

「また枠、タイミング合ったら行くわ」


送信。


惣介は画面を閉じて、息を吐いた。

まだ何も始まってないのに、少しだけ始まった気がした。


透明な板の向こうで、今夜いちばん“ちゃんと人間”だった言葉。

ぎこちないのに、嘘がない。


惣介は、返信欄に残った自分の指を見て、そこで初めて止まった。

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