プロローグ:通知
通知は鳴っていない。
それでも惣介の親指は、鳴る前提で画面を撫でていた。
画面の上には、配信の看板が残っている。
【戻りました】
短い。軽い。
その軽さが、いちばん怖い。
(これ、誰に向けて書いた)
みんなには、言った。
戻ることも、理由も、空気も。
でも——いちばん先に渡すべき相手に、渡していない。
惣介は画面を閉じようとして、止めた。
閉じたら逃げになる気がした。
開いたままだと、壊しそうな気がした。
結局、履歴を開く。
DMでもなく、スクショでもなく、ただログが残っている場所。
返していないメッセージが、ひとつだけある。
返さないまま、時間だけが積もった。
そこに、一行だけ残っていた。
「よしくん」
文字が一つあるだけで、胸の奥がざわつく。
嬉しい、より先に、喉が詰まる。
(何て返す)
「おつ」でもいい。
「ありがとう」でもいい。
一言でいいのに、指が動かない。
昔は動いた。
夜が長くなって、笑って、眠くなっても切らずに朝まで喋った。
「声、好き」って言われて、照れて、嬉しくて、バカみたいに舞い上がった。
あれは、確かにあった。
なのに今は、一行に返せない。
惣介はスマホを伏せて、深く息を吐いた。
目を閉じると、思い出が勝手に再生される。
笑い声。
眠い声。
犬の鳴き声。
そして——あの日。
(守れんかった)
言葉にしたら、言い訳になる気がして、惣介は口にしない。
ただ、胸の奥が熱くなって、目が痛くなる。
スマホを起こして、もう一度画面を見る。
【戻りました】
(次は……)
惣介は、画面の端に残った「よしくん」を見つめる。
(ちゃんと返す)
約束じゃない。願いだ。
願いだけで戻れたら、ここまで来てない。
惣介は、そっと画面を閉じた。




