第五話 「出発」
1週間後。
冷たい北風が吹くが外で吹いている音を聞きながら、防寒着に身を包んだクロノは出発の準備を終える。
「はい、これで寒くないわ」
母であるタリアの言葉通り、防寒着を着た状態はかなり温かく、これならば冷たい北風に吹かれても体が冷えて風邪を引いてしまう事は避けられる。
「ありがとう、母さん」
クロノがお礼を言うとタリアはそのまま優しくクロノを抱き締める。
「お父さんが一緒だから大丈夫と思うけど。気を付けて」
かすかに震える声音を、精いっぱい気付かれないように不安を押し殺してのタリアの言葉にクロノは抱き返す。
「うん。母さんも風邪を引いちゃだめだからね?」
「ふふっ。大丈夫よ、お母さんは丈夫なんだから」
息子からの言葉にもう一度、ぎゅっと抱きしめた後、タリアは抱擁を解く。
そして、その様子を見ていたアイクにも抱きつく。
「この子とリンデ婆を、お願いね」
「ああ、任せろ」
そうして。抱擁を終えたアイクはクロノの前に立つ。
「最後にもう一度だけ聞くぞ。本当にいいか?」
「はいっ!」
父、アイクの言葉にクロノは間を空けることなく元気な声で応える。
「なら、ここから街に着くまで俺はお前を一人の男として扱う。いいな?」
「はい、よろしくお願いします」
「よし、なら行くぞ」
アイクはドアの取っ手に手にかけると扉を開ける。そこから冷たい風が吹き込む。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってきます!」
冷たい風を物ともせずアイクは外に出て、その背中を追うようにクロノも外に出る。そんな2人の背中をタリアは見届け、やがて扉は閉じる。
「気を付けて。アイク、クロノ」
夫と息子の安全を祈るように、静かにタリアは旅がどうか安全であることを祈った。
家を出発したアイクはクロノを連れて村の中央にある集会所へと向かった。村に派遣された騎士達に出立の旨と、村の守護を引き継ぐ為だった。
集会所の中に入ると大きな暖炉があり、その近くにカウンター、幾つかの大きなテーブルと椅子が用意されていて。
その内の一つへとアイクは近づいていく。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いや、私達も少し前に到着したところだ。気にしないでくれ」
騎士の服に身を包み、アインハルトの家紋が施されたマントを身に着けた数人の男たち。その代表である一人がそう答えた。
そして、その人物を黒乃は知っていた。
「ヴェルハルト殿、今回はよろしくお願いします」
「ああ、任された」
くすんだ赤髪と淡い黄色の目を持つ長身のその男はアインハルト家に仕える騎士長、ヴェルハルト・ジークリンデ。
ゲームでは「隻腕のヴェルハルト」と呼ばれる人物。
ルゥーナ・レイディアンスの従者として登場し、ルゥーナとパーティを組んだ時はルゥーナの攻撃に応じて追撃をしてくれる序盤ではありがたい存在だった。
物語の中盤頃には年齢を理由に領地へと戻ってしまう存在だったが。目の前にいるヴェルハルトはまさに全盛期だと分かるほどに覇気が満ち溢れていた。
「ん? そちらはご子息ですか?」
ヴェルハルトの視線が向けたられた瞬間、黒乃は自分の全身が粟立つのを感じ取った。それはさながら獅子に睨まれた鼠のような感覚だったが。
「ええ。クロノ、挨拶をしないさい」
「クロノ・ホークスです。かの有名なヴェルハルト様に会えて光栄です」
震えそうになる体を必死に押さえつけ、目線を逸らすことなく、動きの悪い舌を動かして必死に言葉を紡いだ。
「良い御子息だ。将来が楽しみですな」
「俺⋯、いや私ともしても将来は楽しみです。何となくですが、この子は将来大物になると思っています」
「ほう。アイク殿がそう思われるのであれば、そうかも知れません」
アイクの言葉にヴェルハルトは僅かに笑みを零しながらアイクと幾つかの話をする。
「騎士団も巡回をしております。街道は安全だとは思いますが、お気を付けて」
アイクとクロノにそう言い早速巡回のために一足先に集会所を出ていき、それを見届けてクロノはようやく肩の力を抜いた。
「いやー、流石は名が通っている人だ。近くにいるだけで緊張してしまった」
「僕もです」
親子揃って緊張をほぐしているその頃。
集会所を出て村の見回りを始めたヴェルハルトに一人の騎士が話しかける。
「ヴェルハルト様、先程の少年。泣きませんでしたな?」
「そうだな。私の圧に対しての恐怖を覚えながら視線を逸らさず真っ直ぐと見返してきた。強き子だ。今回の旅は彼にとってもいい経験になるだろう」
つい先程のことを思い出しながらヴェルハルトは部下の言葉に頷いた。
「ははっ、ヴェルハルト様は幼子に怖がられますからな」
「確かに。あの年でヴェルハルトを怖がらなかったのはルゥーナお嬢様だけではないですか?」
「⋯そうかもしれんな」
部下達の会話にヴェルハルトは苦笑いを浮かべる。実際、ヴェルハルトはそんなつもりはないのだが、幼子から見ればヴェルハルトの纏う気配は恐怖を抱くに充分なものなのだろうと、ヴェルハルトは既に諦めていた。
(…お嬢様以来、か)
今は屋敷で療養されているルゥーナだけが、ヴェルハルトを見ても泣かなかった。
だからこそ、恐怖を抱きながらも自分から目を逸らさなかった少年の勇気をヴェルハルトは尊いものだと感じていた。
時期が来て、少年が成長した時に稽古をつけるのも悪くはないか。ヴェルハルトは考えながら、今は目の前の仕事に従事することにした。
「お前達、おしゃべりは終わりだ。巡回に戻るぞ」
「「「はっ!」」」
吹き荒ぶ風は冷たいながら、未来の可能性を感じながらヴェルハルトは村の見回りを再開したのだった。
集会場を出たアイクとクロウは村の入口へと向かうが、アイクの手には手綱が握られていた。アイクが集会所に寄った理由、それは派遣された騎士と話をすることともう一つ、リンデ婆のための馬を借りるためだった。
そして、村の入口ではすでにリンデ婆と合流する。
「すまぬの。冬が近くになると体が痛くてなぁ…」
「何、リンデ婆には普段から世話になっているんだ」
申し訳なさそうなリンデ婆にアイクは何でもないと笑う。
「そうですよ。だからリンデ婆は好意に甘えていいと思います」
「クロウの坊ちゃんにまでそう言われては、無下にする訳にはいかんの」
クロウの言葉にリンデ婆は笑い、アイクが手綱を握る馬に乗る。
「さて、それじゃあ出発するぞ」
「お~!」
アイクの言葉にクロウは拳を上げて、そんな親子の様子を馬に乗るリンデ婆は微笑ましそうに笑いながら三人は村を出発したのだった。




