第四話 「我儘」
少し時間がかかりましたが、出来上がりましたので投稿です。
それは、冬の足音がすぐそこに迫ってきた夕食の席でのことだった。
「数日中になると思うが、街に行ってくる」
クロノの父であるアイクの言葉に、アイクの妻でクロノの母、タリアが食事の手を止めて尋ねる。
「あら、街へですか?」
「ああ。リシェンの街から、腕利きの薬師を連れてきてほしいという依頼が届いたんだ」
「薬師を、ですか? それもこの時期に?」
母さんが疑問の声が出るのも無理はなかった。
リシェン。大陸の東に位置するこの村から西に位置する、王都へと続く交通の要衝であるこの辺りでは最も大きい都市といえる街の名前だ。
人口の多いあの大都市なら、薬師の数も少なくないはず。
だというのに、わざわざ周辺の村からと薬師を呼び寄せるなど、本来ならあり得ない話だ。 小さな村において、けがや病人に対応できる生命線といえる唯一の薬師であるリンデ婆を連れ出されるのは、死活問題でもある。
その内容に母さんも同じだったようで、まだ驚きが抜けきっていない。
「父さん、それは随分と無茶な依頼なんじゃないですか?」
クロノの疑問に、父さんも困った表情を浮かべる。
「ああ、その通りなんだ。だがな、この依頼はうちだけじゃない。この一帯を治める伯爵様が直々に出されたものなんだ」
「伯爵、というとアインハルト様が、ですか?」
「……よく知っているな、クロノ」
「あ、あはは。む、村の人達の話で聞いたんです」
俺は咄嗟に無難な言い訳をして。しかし本当は違う。 アインハルト・レイディアンス伯爵。 俺が救いたいと願ったヒロイン、聖女ルゥーナの父親であり何度となく目にして覚えているなんてとても言えるわけがない。
しかし幸い違和感のない言い訳に父さんは納得したようで、俺は内心でほっと息を吐く。
アインハルト・レイディアンス。爵位は伯爵で俺が救いたいと願ったゲームに登場するヒロイン、聖女ルゥーナの父親であり、この領地を治める最高責任者で、いわば父さんの上司にあたる人物だった。
「でも、薬師を探しているということは、どなたかの具合が悪いのですか?」
驚きから復帰した母さんも村の生命線といえる薬師を集めるという行為の理由を尋ねる。
「まあ、隠すほどでもないんだがな。これは既に広まっている話なんだがな」
父さんが言うにはアインハルト様の一人娘が原因不明の病にかかり、その病状は悪化こそしていないが現在も快方に向かっているわけではなく。
故に病のその原因を突き止めるためにより多くの薬師に見てほしい、故に薬師を集めているという話だった。
「という訳だ」
「なるほどね~。確かにそれなら納得できる部分はあるわね」
「まあな。それと村の生命線といえる薬師を送り出した村には代わりの薬師が派遣される」
まあ、そうなの? と母さんが返事をしている横で、クロノは今聞いた情報に驚いていた。
(まさか、この時からすでに予兆があったのか?)
黒乃の知る情報では、ルゥーナ・レイディアンスが幼少時代に原因不明の病に罹っていた。という情報はゲームの中、ゲーム本編でもそんなエピソードは存在しない。 ルゥーナが幼少期に大病を患ったなんて設定、聞いたこともなかった。
メタ的なことを言えばそこまでの情報は必要ないとカットされた可能性もある。だが、ルゥーナ・レイディアンスを救うために彼女を見る必要がある。そうしなければゲーム通りなら、彼女は十歳で学院に入学し、最後には光となって消えてしまう、その結末を変えられない。
そんな直感が黒乃にそう告げていた。
「父さん。俺も一緒に連れて行ってください」
もしこの「原因不明の病」の解決が『聖女の運命』につながる予兆だとしたら。今ここで食い止めることができれば、結末を変えられるかもしれない。そう思ったときにクロノは無意識のうちに口にしていて。その言葉に、食卓の空気が凍りついたかのように静かになる。
「……ダメだ。冬も近いし、何より村の外は魔物も出る。危険すぎる」
沈黙を破るように父さんはピシャリと言い放った。 その目は、いつもの優しい父親のものではなく、厳しい現実を知る大人の眼だった。
しかし、それも当然。何せ前世を合わせれば精神的には20を越えている。だがこの世界での体は出来あがっていない五歳の子供。外を、それも寒い冬の季節に連れて行くリスクを考えれば、当然の判断だ。
(けど、ここで引き下がるわけにはいかない……!)
クロノには黒乃という前世の記憶とゲームの知識がある。その事を両親(2人)は知らない。2人が知るのはまだ幼いクロノだけで、クロノはまだこの世界の事を知らずの、弱い存在だ。
判明している加護も最低ランク。これがまだ高位であればまだ話は変わっていたかもしれない。
だがそんな都合の良いことは起こらない。
けれど、ルゥーナ・レイディアンスの未来を知っているのは自分だけなのだ。その千載一遇のチャンスを逃す事など、クロノにはどうしても出来なかった。
「わかってます。でも、どうしても行かなきゃいけない気がするんです。そんな予感がしているんです」
前世の事を言ったとしても、子供の戯言と信じないかもしれない。もし信じたとしても、それは今までの関係性の崩壊に繋がるかもしれない。
それはだけは、避けたかった。
「お願いします」
二人に対して、真摯に頭を下げる。下手な情報を開示するわけにはいかない中で、それだけしかできない。
そんな必死に頭を下げるクロノの様子に二人は互いに顔を見合わせた。
「どうして、見ず知らずの子のためにそんなに必死に頭を下げるの?」
「分からないです。でも、何もしなければ後悔することになる。そんな気がするんです」
知りもしない伯爵の娘に対して、なぜこれ程まで真剣なのか。タリアの質問にクロノはまるで自分の事のように真剣な声でそう言った。
「後悔って「あなた、黙ってて」」
父さんの言葉にかぶせて母さんは父さんの言葉を遮る。そして、頭を下げていても分かるほどに真剣な目が貫くのを肌で感じる。
「頭を上げなさい」
「でも」
「家族なんだから。お願いをするときは頭を下げるんじゃなくて、ちゃんと相手の目を見ていう事。ね?」
「…はい」
有無を言わさない声に頭を上げ、母さんの眼をしっかりと見る。無言のままの視線の交差は時間にて数秒にも満たない。だというのに静かな空間と相まって体感は遥かに長く感じる。
「あなた。クロノを連れて行ってあげて」
「な、タリア!?」
予想外からの助けの舟にアイクは驚きの声を上げる。
「いいじゃない。この子がここまでの我儘を言うなんて初めてじゃない。そんな我が子の初めての我儘をあなたは叶えてあげようとは思わない?」
「い、いや。出来ることなら叶えてあげたいとは思うが…」
タリアの言葉にアイクはうまく言い返せすことが出来ず、むしろ追い詰められていくその様子は蛇に睨まれる蛙のようで。
それからの流れは全てタリアに持っていかれて。あれよあれよという間にクロノを連れて行くという事が決まってしまうのだった。
次の話は少しづつ書いていきます。とりあえず第一章までは頑張って書いていく予定です。
投稿ペースは遅いかもしれませんが、こちらの作品もよろしくお願いします。




