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第一話 「汝の足跡もて、光を掴むか」

「英雄の軌跡〜青銀の聖女と黒の魔王〜」 それは、どこにでもあるありふれた買い切り型RPGの一つだった。 物語の骨子は王道そのもの。遥か昔に勇者一行によって封印された魔王が復活し、その力を受け継いだ少年少女たちが、魔王を信奉する闇の勢力と戦い、最後には魔王を打ち倒す。

だが、この「ありふれたRPG」には、プレイヤーの心を引き裂く残酷な仕様があった。 タイトルにも冠されているヒロイン、「青銀の聖女」ルゥーナの死である。


物語の最終盤。魔王の圧倒的な力の前に、勇者たちは窮地に立たされる。瀕死となった聖女は、自らの命と存在を代償に最後の大魔術を放つ。魔王の力を削り、仲間に絶大な加護を齎すその一撃。それが勇者たちを勝利へと導くのだ。 自らの死よりも仲間を案じながら光となって消えていく聖女と、彼女の犠牲の上に成り立つ凱旋。


クリアした者の多くが、その結末を拒絶した。 「聖女ルゥーナを救いたい」 二周目、三周目……数多のプレイヤーが彼女を死なせない方法を求めて奔走した。しかし、ゲームのシナリオという絶対的なシステムは、無慈悲に彼女を光へと変え続ける。 やがて人々が諦め、その絶望が定説となった後も、なお抗い続ける男がいた。鷹宮黒乃たかみや・くろのも、その一人だった。


「くっそ、これでもダメか……!」


三桁を超えた試行回数。見飽きるほどに繰り返された「END」の文字を前に、黒乃はヤケ酒のごとくエナジードリンクを飲み干し、空き缶を握りつぶした。

「やっぱりシステム上、聖女の決死のバフがないと魔王の防御を突破できないのか」

黒乃は頭の中でゲームの仕様を反芻する。 この世界には「加護」と呼ばれる四つの力がある。 武勇を高める「力ある者」、魔法と支援を司る「齎す者」、癒しを担う「慈愛の者」、そして工芸の「育てる者」。 プレイヤーはこの中から三つの加護を選択し、勇者レオンの物語を構築していく。しかし、どの組み合わせを試しても、最終決戦の「強制イベント」の壁を越えることはできなかった。


「バグなしの正攻法で、彼女を救う道はないのかな……」


ふと画面端の時計を見ると、時刻は深夜三時。 明日も仕事だ。いい加減寝なくてはとパソコンの電源を落とそうとしたその時、一通の通知が届いた。 差出人不明のメール。本文はひどく文字化けしていたが、最後の一行だけが鮮明に浮かび上がっていた。


『汝の足跡もて、光を掴むか、否か』


「……どういう意味だ?」


足跡とは、自分のこれまでのプレイ記録か。それとも――。 深読みしようとした瞬間、長時間酷使した脳が限界を迎えた。視界が歪み、キーボードを叩く指先の感覚が遠のく。 何かのキーを無意識に押し込んだ感触を最後に、黒乃の意識は暗転した。

「……ん、もう朝か?」


鳥の囀りに意識を浮上させた黒乃は、重い体を動かそうとした。 だが、奇妙な違和感に襲われる。まるで全身を着ぐるみに包まれたように、自分の体なのに意志がうまく伝わらない。

(なんだ、体が動かない……?)

金縛りか、あるいは重度の寝違えか。 焦りを感じながら、光を遮っていたまぶたを無理やり押し上げる。

「あら、おはよう。クロノ」

視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井と――。 紅色の髪に、吸い込まれるような碧眼。泣きぼくろが妖艶な、見惚れるほどの美女の顔だった。 至近距離で美女に微笑まれるという衝撃。だが、今の黒乃にとってはそれ以上に衝撃的な事実が、その眼前に突きつけられていた。

自分の視界の下方に見える、白くてムチムチとした、お餅のような小さな手。


(……おれ、赤ちゃんになってるぅぅぅっ!?)


ライトノベルやネット小説で使い古された、あまりにもありふれた常套句。 だが、今ここにあるのは空想ではない。 目が覚めたら、異世界。 それは、ルゥーナを救うための「戦い」の始まりを告げる、あまりに過酷な現実だった。


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