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公開 職人特製!エルフベーコンのサンドイッチ

事件から一週間、トルバドは閉店したままの「森の恵み亭」の前に立っていた。割れた窓ガラスは板で塞がれ、壁には「エルフ殺し」と落書きが残っていた。


「店をいつまで休むつもりだ?」ボルダが尋ねた。


「わからん」トルバドは首を振った。「考えることがあってな」


「あのエルフィン・シェパードめ!」ボルダは憤った。「バルフェルトの経済を台無しにする気か!あいつらのせいで観光客も減って、みんな困ってるぞ」


それは事実だった。バルフェルトはエルフ料理を目当てにした観光客で経済が成り立っていた部分もある。しかし今、「エルフを食べるバルフェルトをボイコットしよう」というキャンペーンが広がっていた。


その日の夕方、トルバドは息子のラスクの家を訪れた。ラスクは地元の学校教師で、妻と娘のネリーと暮らしていた。


「父さん」ラスクは疲れた顔で迎えた。


「ネリーはどうだ?」トルバドは孫を心配した。


「学校でまた問題があってね」


居間では、10歳のネリーが窓際で膝を抱えていた。顔には小さな引っ掻き傷があった。


「ネリー、大丈夫か?」トルバドは近づいた。


「おじいちゃん...」ネリーは小さな声で言った。「もう学校に行きたくない」


「どうして?」


「みんなが『エルフ殺しの孫』って言うの。転校生が『お前のおじいちゃんは殺人鬼だ』って...」


トルバドの心が痛んだ。彼の職業のせいで、孫が苦しんでいる。


「その子とケンカになって、この傷ができたんだ」ラスクが説明した。「学校は『多様性理解教育』とかいって、エルフの権利について授業をするようになった。そのせいでネリーが標的になっている」


「すまない、ネリー」トルバドは孫を抱きしめた。


「おじいちゃんが悪いんじゃない」ネリーは首を振った。「でも、どうしてみんな急にエルフのことを気にするようになったの?前は誰も何も言わなかったのに」


トルバド自身、その答えを持っていなかった。


翌朝、町の広場のカフェで、トルバドはバルフェルト地方評議会議長ガンポの会話を耳にした。


「『科学的調査』の枠組みが崩れれば、バルフェルト経済は破綻するぞ!」ガンポは数人の評議員と緊急会議をしていた。


「国際エルフ保護委員会が来月、捕獲枠をさらに削減するらしい」ある評議員が言った。


「ふざけるな!昨年も『科学的根拠』とやらで100体から50体に減らされたばかりだ!」ガンポは拳を叩いた。


「議長、実際には200体以上捕獲していますけどね...」別の評議員が小声で言った。


「黙れ!」ガンポは周りを見回した。「それはバルフェルト存続のための必要悪だ。『科学的調査』の名の下なら問題はない」


「エルフィン・シェパードのやつらが証拠を探している」ガンポは続けた。「証拠を掴まれたら、国際制裁は避けられない」


「奴らの資金源は怪しいですよ」年長の評議員が言った。「エル・ファンドという投資グループが大口スポンサーだとか。そのエル・ファンドの親会社は...」


その日の午後、トルバドは「エルヴァーデンの森」に向かった。バルフェルトに隣接する古代林で、エルフたちの聖域だ。彼は半エルフのグラーシャと会う約束をしていた。


「よく来たな、トルバド」森の入り口でグラーシャが迎えた。「君が森に来るとは思わなかった」


「エルフたちは...本当はどう思っているんだ?」トルバドは尋ねた。「我々が彼らを食べることについて」


「答えは単純ではない」グラーシャは歩き始めた。「長老評議会は『森の恵みの循環』という古い概念を信じている。かつて飢饉の時代、我々は自らの肉を分かち合うことに合意した。それが始まりだ」


「しかし、その合意が『必要な分だけ』『互いを尊重しながら』という条件だったことは、バルフェルトの人間は忘れがちだ」


森の奥に進むと、開けた場所に数人のエルフが集まっていた。中央には銀色の長い髪と古木のような皺を持つ老齢のエルフがいた。


「シルヴァネル長老だ」グラーシャが紹介した。「エルヴァーデンの評議会議長」


「トルバド・グリンマ」シルヴァネルは穏やかな声で言った。「五代続くエルフ料理の料理人と聞いています」


「わたしをご存じですか?」トルバドは動揺した。


「もちろん。あなたの店の評判は森の中にまで届いています。『最も丁寧にエルフを調理する料理人』として」


トルバドは言葉に詰まった。自分の仕事が「犠牲者」側に知られているという事実に居心地の悪さを感じた。


「恐れることはありません」シルヴァネルは言った。「むしろ、あなたと話したかったのです。明日、国際エルフ保護委員会の代表団が町にやってきます。そこで、私はバルフェルトとエルフの本当の関係について語るつもりです」


「本当の...関係?」


「『エルフィン・シェパード』のような外部団体は、単純な『加害者と被害者』の図式でこの問題を捉えています。しかし、現実はもっと複雑です」


「我々エルフは『森の恵みの循環』を尊重しています」長老は続けた。「しかし、それは一方的な搾取ではありません。本来は互いの尊厳を守る関係であるべきです」


「私たちは...間違っていたのですか?」トルバドは震える声で尋ねた。


「間違いではない。しかし、時代は変わりました」シルヴァネルは言った。「かつての必要性と今の状況は異なります。『科学的調査』という嘘の上に関係を続けることは、本当の共存ではないでしょう」


トルバドは混乱した。祖父から受け継いだ伝統、技術、誇り。それらは彼のアイデンティティだった。しかし今、その根底が揺らいでいる。


「グリンマさん」シルヴァネルが言った。「あなたには明日の会議に来ていただきたい。バルフェルトの伝統と、エルフの立場、両方を理解する人間として、あなたの声は重要です」


突然の物音がした。茂みから小型のドローンが飛び出してきた。彼らの会話を盗み撮りしていたようだ。


「おい!誰だ!」グラーシャは叫んだが、ドローンは森の中へ逃げていった。


「撮影装置だ」シルヴァネル長老は眉をひそめた。「会話が外部に漏れるかもしれない」


「エルフィン・シェパードだろう」グラーシャは唾を吐いた。「あいつらはバルフェルトとエルフの亀裂を広げようとしている。我々の対話を彼らの都合良く編集するつもりだ」


トルバドは森を後にする時、大きな混乱を抱えていた。エルフたちは彼の想像より複雑な感情を持っていた。彼らは単なる「食材」でも「被害者」でもなく、独自の見解を持っていたのだ。


帰り道、彼は空を見上げた。明日の会議で何が起こるのか想像もつかなかった。一つだけ確かなことは、彼はもう古い考え方に安住できないということだ。伝統を守るためには、伝統そのものが変わる必要があるのかもしれない。


エルフを「食べる」ということ。それは単純な善悪では測れない複雑な問題だった。トルバドはこの問題の答えを、明日の会議に託すことにした。


翌朝、バルフェルト町の中央広場は人で溢れていた。国際エルフ保護委員会の代表団、エルヴァーデンの長老たち、バルフェルトの住民、そして各国のメディアが集まっていた。トルバドは深呼吸して、運命の会議場へ足を踏み入れた。

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