第6話 政(まつりごと)のはじまり
1918(大正7)年9月。
帝都の空は、あの灼熱の夏を嘘のように忘れ、涼しい秋風が通り抜ける季節になっていた。
それでも、街の空気にはまだざわめきが残っていた。路地では米騒動の余韻を語る声が絶えず、電車の中では誰もが新聞の見出しを食い入るように読んでいた。
寺内内閣総辞職
新聞の一面に大きく躍った文字を、絹は印刷所の前で見つめた。
陸軍出身、強権的な政治を貫き非立憲と揶揄されてきた寺内正毅首相が米騒動の責任をとるかたちで、ついに退陣したのだ。
「――そして、次は誰だ?」
社内で誰かがぽつりと呟いたその問いに、答は別の誰かからすぐに返ってきた。
「原敬だよ、原敬。政友会の総裁。ついに民政の時代が来るってことだ」
原敬――岩手県出身。盛岡藩士の家に生まれ、かつて「大阪毎日新聞」の主筆も務めた、異色の政党政治家である。
外交官としての経験を積み、逓信大臣・外務大臣を歴任。
彼は軍人ではなく、爵位も持たない「平民宰相」として知られる。
政治の要諦は「実務」であり、彼の掲げる理念は「民本主義」――すなわち、天皇主権の枠内であっても、政治は民意に根差すべきだという考えであった。
数日後、「東京タイムス」の朝刊一面の見出しに大きな活字が載った。
原敬君 大命降下 立憲政友会内閣成立す
絹は編集部の片隅でその記事を読みながら、胸の奥にざわめきを感じていた。
それは、熱狂でも希望でもなかった。ただ、問いが生まれていた。
――新聞には何が出来るのか?
そんなある日。
荒井が絹を呼び出した。
「川戸君、君に頼みたい取材がある。社会部の枠を少し越えるが……総理大臣・原敬への単独インタビューだ」
「……私に、ですか?」
「君の過去の記事を読んで、政府の側からも『ぜひ婦人記者と』という声があったらしい。民意と政権、その架け橋に――『婦人の声』も必要なんだよ。どうする?」
考えるまでもなく絹は、
「行きますっ!」
と、大きな声を上げていた。
「ははは、そう言うと思ってたよ」
荒井は笑い声を上げた。
「よしっ、すぐ官邸側と連絡をとってみる。だが、訊くなら鋭く訊けよ。遠慮はいらん」
結局、絹が原敬に単独インタビューできたのは10月も中旬になってからのことだった。その日、絹は永田町の政友会本部の一室に呼ばれた。
黒塗りの机、青い絨毯、緊張の中で待つこと数分。
「お待たせしました」
と秘書に告げられた後に現れたのは、小柄な老紳士。やや猫背で、穏やかな目をしていた。原敬、その人だった。
「君が川戸君か。若いのに、いい文章を書く」
「ありがとうございます。本日は、いくつかお話を伺いたくて……」
原は椅子に腰を下ろすと、まず、こんな言葉を口にした。
「政党内閣の成立は、確かにわが国にとって初めてのことだ。だが――これが『革命』などとは考えてはならないよ」
絹は頷きながら、問いをぶつけた。
「米騒擾をどう受け止めておられますか? 民衆は、命がけで声を上げたのです」
「だからこそ、私は呼ばれたのだ。武断ではない、言葉と法で政治を行う人間が」
「でも、それが『民本主義』であるなら、もっと民衆が声を出し、参加する仕組みが必要なのでは?」
原は少しだけ眉を上げた。
「『民本』とは、民が直接政治を行うという意味ではない。国民の意思を、政党が受け止めて反映する――そうした仕組みの礎を築くのが、今の私の仕事だ」
その言葉に、絹は口を閉じた。
信じたいと思う気持ちと、どこかで感じる限界――「声」が「票」にならなければ、受け止められないのではないか、という疑問。
「私もかつては新聞記者だった。文章を書くことで世の中を変えようと努めていた時代があったよ」
原は懐かしそうに話し続ける。
「だから、記者の苦労はよくわかる。特に、婦人記者となれば、なおさらだろう」
そう言われて、絹は心の中で緊張が少し和らいだのを感じた。
「戦争は多くの男たちを奪いました。その空白は、女性の社会進出を後押ししています。私も、現場の声を伝え、政治の課題を明らかにしたいのです」
原は頷きながら言った。
「新聞は社会の鏡であるべきだが、その鏡は時に曇ることもある。政治もまた、常に清廉であるとは限らない。だからこそ、君のような若い記者に期待したい……ただ、言葉は強い武器でもあるが、同時に破壊的でもある。使い方を誤れば、人々を混乱に陥れかねない。覚悟はあるかね?」
絹は迷わず答えた。
「はい。真実を伝えることが、私の使命だと思っております」
原は微笑み、静かに言葉を結んだ。
「それなら、私もできる限り協力しよう。女性の声が、政治に届く時代が来ることを願っているよ」
そう言うと、原は立ち上がった。
「ありがとうございました」
絹は深く頭を下げた――「政治」と「言論」が、今ようやく出会ったのだと実感しながら。
午後、編集部に戻った絹は、原敬への取材メモをまとめながら、机に向かって静かに鉛筆を走らせた。
原首相の言葉には、確かに熱があった。
だが、同時にどこか冷ややかな現実主義も感じた。
――民の声は、伝える者が必要だ。
その言葉に、記者としての自分が呼ばれている気がした。
けれど、その声が政党によって「利用される」だけにならない保証はない。
絹は思った。
――私たちが書くことは、問い続けることだ。
信じたい気持ちと、疑うべき現実の間で、記者のペンは揺れる。
――だからこそ、書かねばならない。
政治の「政」は「まつりごと」とも読む。かつては神の儀礼を、そして今は民の声を扱う行為だ。声を聞く者がいなければ、政治はまた武力に回帰する。私たちは、声を拾い続けなければならない。
このインタビュー記事は、翌日の「東京タイムズ」に載った。
原敬首相、婦人記者と会見――政党内閣成立に民意の声を問ふ
帝都に政友会内閣成立の報が伝はるる折、当社婦人記者・川戸絹、原敬首
相を訪問し、単独取材を行ひたり。
原首相、会見の趣旨を次の如く述べたり。
「民本主義に基づき、政党を通じ民意を政策に反映すること、我が務めなり。
新聞記者、特に婦人記者の如き者、民の声を政権に橋渡しする重要な存在な
り」
会談に臨みし川戸記者、米騒動に対する政権の所見を問ふ。首相曰く、
「民衆の声、現場に届くこと重要。政治は言葉と法にて運営されるべし」
(「東京タイムス」大正7年10月18日号)
このように、記事は政党内閣の理念と民意反映の試みを明示し、婦人記者による現場取材の重要性を併せて報じたものであった。
また、この時のインタビューは『原敬日記』にも簡単ではあるが記載されている。
午後、東京タイムス婦人記者川戸絹来る。米騒動、民本主義につき問はる。応答す。熱心の様子なり。
(大正7年10月17日)
実際、『原敬日記』の記事は常に短く、そっけなく事実だけ記されていることが多い。そこに「熱心の様子なり」という一文が入るだけでも、かなりの誉め言葉である。
それから数日後、午後6時。東京の空はすでに群青に染まりつつあった。
明正女子専門学校の教室には、働き終えて駆けつけた女たちのざわめきがあった。職業も年齢も異なる者たちが、肩を並べてペンを走らせている。
この日は田中耕太郎の「法学概論」の授業のある日だった。
教室の黒板に白墨の音が響いた。
田中の声には張りがあり、語尾は熱を帯びていた。
「諸君、憲法第一条を思い出してください。『大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス』。これは国家の基礎を示す宣言ですね。しかし、ここで重要なのは、統治の具体がどのように行われるか、という点なのです」
田中は黒板に、
「第五十五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス」
と書きつけ、振り返る。
「……この条文は、単なる法技術ではありません。そこには、統治の責任を誰が負うのか、という根源的な問いが込められています。原敬内閣が意味するのは、ここに『政党』が明確に組み込まれたという、運用上の大転換なのです」
ざわつく教室。ある者は理解出来ずに眉を寄せ、ある者は静かに頷いた。
「よろしいですか。政党とは、利権の道具でも官僚の付属物でもない。『民の代表』であるべきです。そしてそれを支持し、監視する力は……一人ひとりの民にかかっています」
絹は、鉛筆を握る手を止めた。その言葉が、胸に重く響いた。
彼女は手を挙げた。
「先生……国民に選ばれた政党が内閣を組むことが、本当に政治を変えるのでしょうか? 私は新聞記者をしています。何度となく私は民衆の声を記事にしてきました。でも、それが為政者に届いたかどうか、今もわからないのです」
田中は静かに彼女を見つめ、ゆっくりと答えた。
「届いたのです、きっと。政党内閣とは、民意が『政策』に影響を与える道がようやく開かれたということです。だが、それを保ち続けるには、言葉が絶えず必要です。民の声が新聞に記され、議会に届く。その橋渡しをするのが、あなた方のような仕事なのです」
絹は、小さく息を呑んだ。
――橋渡し。
言葉の端に、道があるということ。だが、その道がどこへ向かうかは、書く者の覚悟にかかっている。
講義の後、廊下の窓から空を見上げた。
めっきり涼しくなった東京の夜。
遠くで、下町の屋台の声がする。新聞社の明かりが思い浮かぶ。あの原稿用紙の白さに、いったいどれだけの「声」を刻めるだろうか。
絹は、胸の奥で静かに誓った。
――政党が国を治める時代に、女が記す「民の声」が必要になる。その筆は、きっと未来に届く。だから私は、書く。黙らない。
それからさらに数日後の夕刻――。
「東京タイムス」編集部には、活字と煙草の匂いが満ちていた。鉛筆の音、活版の打音、原稿を回す声。絹はその中で、ようやく一稿を仕上げ、そっと原稿籠に入れた。
タイトルは、「原敬内閣成立――民の声を政党政治は如何に受け止むるや」であった。
社会部の村岡デスクが後ろから覗き込んだ。
「いいタイトルじゃないか。問いにしておくのが、らしいな」
「答えが、まだ見えないので……」
と、絹は答えた。
荒井が奥から現れ、二人のやりとりを見て笑った。
「答なんて、どこにもないさ。あっても、1年も経ちゃ変わる」
「主筆は、原内閣に期待しておられないんですか?」
と、絹が訊いた。
荒井は懐からパイプを取り出し、火を点けながら言った。
「ふん。期待か……まあ、『軍人でもなく、華族でもない男』が首相になったってのは、初めてのことだな。ふんぞりかえった陸軍大将が内閣を組んできた時代からすりゃ、大きな進歩だ」
「でも原は政友会の親玉ですよね。利権と癒着のかたまりっていう人も」
と、村岡が皮肉っぽくつぶやいた。
荒井は煙をくゆらせながら答えた。
「腐敗の匂いは、どこにでもある。だが、責任を取る仕組みがあるだけ、まだマシってもんだ……ようやく『政治に文句を言える時代』が来たんだよ。おれたち新聞屋にとってもな」
絹はその言葉に、ふと田中先生の講義を思い出した。
――「民の声」が、紙面を通して届く時代。
「でも、本当に届きますかね?」
絹がぽつりと言うと、荒井はにやりと笑った。
「君の記事が売れれば、届いたことになる。売れなきゃ、それまでだ」
村岡が肩をすくめた。
「つくづく、うちは無頼な新聞社ですね」
「いいじゃないか。偉そうな評論より、一つひとつの声を丁寧に拾う方がよっぽど役に立つさ」
荒井は、絹の原稿を手に取った。
「……川戸君。君が最初に書いた『花の下の小商ひ子』ていう記事、覚えてるか?」
「はい」
「あれで、新聞が何を守るべきか、思い出したよ……政治がどう変わろうと、うちは『声』を書く。地べたの人間の、な」
絹は黙ってうなずいた。机に広がる原稿用紙の白さが、少しだけ温かく見えた。
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