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絹の国  作者: 喜多里夫
第二章 新聞記者時代と社会認識の形成

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第5話 炎の夏

 1918(大正7)年8月。

 このところ米価が急騰し、庶民の暮らしは一気に苦しくなった。特に女性たちは、家計を預かる立場から日々の食卓に頭を悩ませ、怒りを募らせていた。

 こんな時、富山県魚津(うおづ)で始まった小さな抗議運動は瞬く間に全国に広がり、群衆が米屋を取り囲んだり、建物に放火するなどの騒ぎとなった。警察や軍隊が出動する事態も起きた。この事件は「米騒動」と呼ばれ、単なる物価高騰の問題にとどまらず、民衆の生活実感と政治への関心が結びついたものであったが、後世の歴史教科書に載るような大事件になるとは、当時の人々は夢にも思っていなかった。




 8月13日火曜日。


 真夏の東京は朝から蒸し暑かった。鉛色の雲が垂れ込め、風もない。だが、都心の空気はそれ以上に重苦しかった。

 絹は神田の「東京タイムス」に出勤するなり、社会部の田島に声を掛けられた。


「川戸君、なんだか神戸は大変なことになってるようだね」


「はい、鈴木商店が群衆の焼き討ちを受けたようです」


 先輩記者の言に、絹は新聞記事に目を通しながら答えた。

 そこには、こうあった。 




   関西騒動続報――神戸鈴木商店焼討


   前日、神戸市中央区に所在の鈴木商店、米穀及び雑穀取扱店に於いて、婦人

  多数の群衆突入、焼討の事案発生せり。火炎の勢ひは周囲に及び、建物全焼、

  商店主及び従業員一部負傷す。兵力並びに警察官出動すれど、群衆収束難く、

  被害甚大なり。現地関係者談、婦人群衆、米価高騰に対する怒りの爆発なり

  と。


   神戸市当局、ならびに近隣府県警察は警戒を厳にし、今後の混乱抑止に注

  力すべしと。関西地方における米価騒動、依然として鎮まる気配なし。

    (「東京タイムス」大正7年8月13日号)




 その時だった。


「本郷で女たちが米屋に詰めかけたらしいですっ!」


 社会部の若手記者が飛び込んできて叫んだ。


「本郷? いよいよ帝都にも来たのか、米騒動が?」


 荒井主筆が腕組みをして呻いた。

 当初は地方の出来事とみなされていた米騒動が、いよいよ東京でも火がついたのだ。

 絹は、女学生のような矢絣(やがすり)模様の着物に記者鞄を肩に掛けると、本郷方面へと駆け出した。


「気をつけてけよ!」


 背後からデスクの声が飛んだ。 




 絹が現場に駆けつけると、騒ぎはすでに本郷から神田、浅草、下谷へと広がっていた。

 米屋の前には人だかりができ、女たちが口々に叫んでいた。


「うちには子供が4人もいるんだよ! こんな高い米、どうやって買えっていうのさ!」


「一升30銭? 去年は12銭だったじゃないか!」


 実際、東京の去年の米価は1升12〜13銭程度だったが、この夏には23〜27銭、さらに場所によっては30銭を超えていた。

 月収30円の工場労働者の家庭では、家族4人が1日3合食べれば、月に米代だけで10円以上が消える計算になる。


 ——誰がそんな生活に耐えられるだろうか。


 絹は取材ノートを握りしめ、女たちの叫びを聞き取り、筆を走らせた。

 その場で何人かの女性に話を聞くと、皆、家族を養うため、必死だった。


「うちは亭主が病気で寝込んでて、私が針仕事の内職で食いつないでるのに、米がこんなに高くちゃ……」


「私ゃ、もう三日も麦飯で……子供が白い飯を夢に見るって泣くんだ」


 彼女たちの言葉は、まるで記事の見出しのように絹の耳に残った。

 警官が慌てて駆けつけ、群衆を押し返そうとするが、人々の叫びは止まなかった。

 しかも、いつの間にやらその声は、女たちのものだけではなくなっていた。


「女房が言ってたよ。お櫃に米がないと、子どもが泣くってな!」


「米はもう庶民には一粒も回ってこねえ!」


「新聞は書け! この窮状を! 黙って見てんじゃねえぞ!」


 労働者や学生たちが加勢する。

 絹は必死にメモを走らせた。

 だがその時、一人の警官が彼女の腕をつかんだ。


「何してるんだ、あんた! 女が危ないところに来るな!」


「新聞記者です! 取材しています!」


「こんなもん書いて何になる! 煽る気か!」


 乱暴に引き離され、絹は倒れ込んだ。だが彼女は歯を食いしばり、立ち上がった。

 取材ノートは無事だった。




 絹は「東京タイムス」へ戻ると、原稿用紙に鉛筆を走らせながら思った。


 ――これは米価高騰ではなく、新聞と政府の戦いの始まりかもしれない。


 その日の夜、編集部では緊迫した会議が行われていた。記者たちは興奮気味に口を開いた。


「これは暴動です! いや、蜂起だ! 民衆の飢餓が限界にきてる!」


「けど、報道すれば検閲で潰されるぞ。政府に睨まれたら、うちも終わりだ」


 絹は発言を求めた。


「私は現場で見ました。泣きながら怒鳴っていた母親の姿を。あれは、命が言葉になった瞬間です。黙っていたら、何も変わらない」


 ざわめきの中、荒井が静かに立ち上がった。


「わが社の名は何だ?」


 誰も答えなかった。


「『東京タイムス』だ。時代の声を記すのが我々の務めだ。今、民の声を封じれば、この国の新聞は死ぬぞ!」


 その一言で空気が変わった。


 翌朝、「東京タイムス」は一面に「米騒動――帝都東京に於ける女等の叫喚と暴動の影」と題した記事を掲載した。


 絹の署名入りのその記事には、こう書かれていた。




   米騒動――帝都東京に於ける女等の叫喚と暴動の影


   本年盛夏、東京の街頭は一つの声に充ちたり。其声、腹底より発せられたる

  怒りにして、助力を求むる叫びなり。


   富山に於いて発したる米価高騰に対する抗議、今や帝都にまで波及せり。此

  東京に於いても、労働者、主婦、且つ何より多くの女性、己が生計を護らんが

  ため、立ち上がりたり。


   彼女等、ただ「米高過ぎ」と叫ぶに止まらず、従来声を挙ぐるを許されざり

  し存在なり。子を抱き、家計を守る母として、女給及び工場女工として、日々

  の命綱を脅かされつつあり。


   其叫び、単なる物価高騰への抗議を超ゆ。

  「何ぞ、戦役に身を挺せる者等の生計、豊かならざるや」

  此疑念、無数の声となりて世に響き渡るなり。


   我、取材せし現場に於いて、女等の眼光、燃ゆるを見たり。普段、静かに

  生活を営むのみなる彼女等、社会の不正義に対し立ち上がれり。


   我ら、問題の本質を見据え、対話と改革を以て解決の道を探るを要す。


   政府、否、此後の日本、此叫びを如何に受け止め、如何に応ずるや? 

  我、其答を求めて止まず。

              (「東京タイムス」大正7年8月14日号 川戸絹)




 政府からの答は、「発禁処分」であった。

 各地で起こった暴動の記事が新聞紙上を賑わすと、寺内正毅首相は顔をしかめた。


「このままでは火に油を注ぐばかりだ。記事を抑えねばならん」


 内務省警保局は直ちに動いた。新聞紙法第十二条を根拠に、「社会の秩序を乱す恐れある記事」を禁止するとの通牒を各新聞社に発したのである。とりわけ鈴木商店焼き討ちや軍隊発砲の報道は、見出し一つで民心をさらに煽ると見なされた。


 8月14日夜。

 「東京朝日新聞」「読売新聞」「時事新報」――各社の編集局には、内務省の検閲官が出入りし、ゲラ刷りの段階で赤鉛筆が走った。


「この『暴徒数万』という字句は削れ。『一部騒擾』に直せ!」


「軍隊発砲、死者出る?……これも不掲載だ」


 記者たちは歯噛みしながら赤字を見つめた。記録すべき事実を削り落とされる悔しさと、しかし従わねば廃刊処分の恐れがある現実の間で、彼らは唇を噛んだ。


 「東京タイムス」にも、内務省警保局の検閲官が現れた。革靴の音が床を叩き、社内に冷たい空気が漂う。


「ここだな、米騒擾(そうじょう)の記事は」


 検閲官はゲラを手に取ると、容赦なく赤線を引いた。


「『群衆数千』――削除。『暴徒』に改めよ」


「『婦人ら涙声にて叫ぶ』? 不要だ。感情的すぎる」


「……ふむ、『警官サーベルを抜く』。これは不掲載だ。直ちに抹消せよ」


 紙面に走る赤い線は、まるで庶民の声を一本ずつ切り捨ててゆく刃のようだった。


「事実です!」


 若い記者が声を荒げる。


「現場で確かに女たちは泣いていました。警官もサーベルを抜きました!」


 検閲官は冷笑を浮かべた。


「事実であろうがなかろうが、民心を惑わす記述は許されん。新聞は国を乱す道具ではない」


 編集室は重苦しい沈黙に包まれた。


 やがて荒井主筆が低い声で言った。


「……記事を削れば、事実そのものが消えるのか。いや、消えるのは我々の誇りだ」


 彼はゲラを見つめながら、深くため息をついた。


「ならばいっそ、何も書かぬ方が、雄弁だろう」


 記者たちは互いに顔を見合わせた。誰も口にしなかったが、その提案が一つの決意となって胸に刻まれた。




 翌8月15日朝――。


 駅売りの売店に積まれた「東京タイムス」は、誰の目にも異様であった。

 一面の大半は真っ白に塗りつぶされ、ただ片隅に小さく次の一文が刻まれていた。


   寺内内閣は、全国における米騒擾に関する一切の記事掲載を禁止せり。

  本紙は政府当局の指令により、本日の記事を載すること能はず。


 見出しも写真もない。あるのは、巨大な余白であった。

 出勤途中とおぼしき男が立ち止まり、目を細める。


「何も書かれとらん……」


 傍らのモガ風の女性が囁いた。


「違うわ、これは『何も書けなかった』ってことよ」


 別の中年男が低く笑う。


「いや、書いてあるさ。白紙が叫んでる。『民の声を封じるな』ってな」


 沈黙の紙面は、かえって雄弁であった。

 それは記者が筆を折って生んだ空白ではない。封じられた言葉がなおも滲み出し、白地に浮かび上がる「声なき声」だった。


 その光景を少し離れた街角から見守り、絹は胸の奥に熱いものを覚えた。悔しさではない。誇りだった。


「これでいい……いや、これでこそ新聞だ」


 彼女は小さく呟き、群衆のざわめきの中へと歩みを進めた。


 ――拾うべき声はまだ尽きぬ。書くべき事実は消えぬ。


 この国を揺さぶる「炎の夏」は、なお燃え続けていた。

 人々は、こう語り合った。


非立憲(ビリケン)寺内は、これで民の声を封じ込めたつもりか?」


「いや、むしろ逆だろ。ますます不満は膨れあがるってもんよ」


 実際、その予感どおり、米騒動は各地に燃え広がり、ついに政権の命取りとなるのである。

 この「炎の夏」に燃え上がった炎は、単なる米価への怒りではなかった。

 民衆の胸にくすぶり続けた不満と希望が、一度に爆ぜた火であった。

 そしてその火は、やがて国を変える力となる。




 この「炎の夏」の騒動は、単なる米価高騰への抗議にとどまらなかった。庶民、とりわけ女性の声が街頭に充ち、地方の小さな事件が帝都東京に飛び火したことで、新聞と政府の関係は決定的な局面を迎えたのである。


 寺内内閣の強硬な記事発禁策も、逆に民衆の怒りと関心を増幅させる結果となった。米騒動は、民衆の生活実感が政治に影響を及ぼすことを示した初めての全国規模の事件として、後の日本政治史における重要な契機となったのである。

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