第48話 廃墟の果てに――ダッハウ、そして静かな勝利
1945年初春、連合軍は遂にドイツ本土への侵攻を本格化させた。
日米連合軍は、ドイツ西部に設置されていたA10発射基地の場所を航空偵察によって確認していた。A10は日本のみならず米国も射程に収めており、事実、ワシントンやニューヨークなど東部の大都市を中心に少なからぬ被害が出ていた。そのため、日米両国は自国に向けられた脅威を排除すべく、早期に占領を目指したのである。
その基地は、地図上では小さな集落と丘陵に挟まれた位置にあり、上空からは施設の正確な配置がなかなかわかりにくい。日米連合軍は偵察を重ね、発射台、弾薬庫、燃料タンクの位置を確認した上で、総攻撃が計画された。
占領作戦当日。
曇天の空の下、連合軍は丘陵の林に潜伏しつつ前進した。
地面はぬかるみ、枯れ枝や落葉が足音を吸収するが、遠くから犬の鳴き声や敵哨戒兵の声が聞こえる。日米両軍の先遣隊は静かに進みながら、敵の機関銃陣地や地雷の存在を警戒した。
午前10時、号令とともに連合軍は林を飛び出し、基地に向けて一斉に突入した。
ド、ド、ド、ド、ドッ!
ドイツ軍も事前に防御線を張っており、機関銃掃射と迫撃砲が林越しに火を吹く。
ズドォン、ズドォンッ!
爆風が土煙を巻き上げ、泥と瓦礫が兵士たちの顔に降りかかる。
日本兵たちは、がむしゃらに突撃はしない。冷静に分隊ごとに前進する。小隊長の号令に従い、互いに身を寄せて伏せながら進む。
「右 flank! Cover me!」
日本兵が米兵に英語で呼びかけると、米兵も即座に理解し、返答と射撃のタイミングを合わせた。
これは、大正以来の新教育で培われた兵士たちの自発的な行動力と高学歴化における語学能力が、戦場で真価を発揮する瞬間であった。地図を読み、弾道を計算し、敵兵の動きを読むなど、互いに英語と日本語を交えながら円滑に進められる。
連合軍の発射基地内部に侵入すると、ドイツ軍の砲兵が制御室を守ろうと抵抗していた。
弾薬庫では火花が散り、爆発の危険が迫る。
日本兵と米兵は互いにジェスチャーや簡単な英語で連携し、手榴弾や突入用具を使って順次掃討していく。抵抗は激しく、何人かの味方の兵士も敵弾に倒れた。
「Enemy soldiers are still on the roof!(屋上に敵が残っている!)」
米兵が叫ぶ。数名の日本兵が跳躍し、屋根の角度を利用して狙撃手を制圧する。
周辺は煙と火の匂い、金属が焼ける匂いが入り混じり、地面は弾痕でぼこぼこになっていた。
基地中央の発射台に到達すると、長大なロケットが鎮座する姿が目に入る。燃料補給用の配管は切断され、制御パネルは破壊されつつあった。技術士官が慎重に確認すると、発射可能状態ではないものの、わずかな差で再起動できる可能性があったという。
数時間にわたる激戦の末、A10発射基地は連合軍の手に落ちた。
しかし広がっていたのは、想像以上の廃墟であった。
弾薬庫は破壊され、発射台の周囲は地雷や爆風の跡だらけ。燃料タンクは半壊し、爆発による黒煙が上空に立ち上る。ドイツ軍の抵抗によって生じた死傷者も少なくなく、占領した兵士たちは疲弊していた。
「これが……A10か」
日本兵の一人が呟く。巨大なロケットは圧倒的な威圧感を放つが、それを囲む廃墟の光景は、戦争の犠牲の大きさを雄弁に物語っていた。
占領後、従軍カメラマンたちが撮影を開始する。撮影されたフィルムは輸送機で東京へ送られるのだ。
しかし、この日の連合軍の「戦果」はそれだけではなかった。
日米連合軍の別動隊は、ミュンヘン郊外にあるダッハウ強制収容所への突入を敢行していた。日米両軍の兵士たちは鉄条網を越え、重厚な監視塔や塀に囲まれた収容所内へと進んでいく。
収容所の門を突破すると、薄暗い建物の中には人々の呻き声がこだまし、壁や床には血や汚物の跡が残っていた。解放されるユダヤ人たちの顔は、希望と恐怖が入り混じった表情を浮かべ、彼らの目は長年の絶望を映していた。兵士たちは息を呑む。言葉を失い、ただその光景を受け止めるしかなかった。
「This… this is unbelievable…」
米兵の一人が、震える声でそう呟く。日本兵もまた、英語で簡潔に応えながら囚人の救助に取りかかる。物資や担架の手配、負傷者の搬送など、米兵と日本兵は息の合った連携で作業を進める。
1945(昭和20)年4月29日、ダッハウ強制収容所の監視塔は連合軍に占領され、白旗が翻った。その日は、日本では期せずして天長節(天皇誕生日)の祝日であった。
やがて、現地の映像フィルムが東京へ送られた。
一週間後。首相官邸ではそのフィルムが閣僚たちの前で公開されていた。
部屋の空気は重く、誰もが息を詰めてスクリーンを凝視している。そこに映し出されていたのは、つい数日前、連合軍がドイツのダッハウ強制収容所を解放した際の記録映像だった。
画面に現れたのは、棒切れのように痩せ細った人間。
いや、人間であるはずなのに、その姿は絹の目には、ただの「影」としか映らなかった。
骨ばかりの体。乾いた皮膚。空洞のような目。
絹は手帳を持つ手が震えるのを抑えられなかった。
絹は若い頃、矢内原やカンガの言っていたことを思い出していた。カンガの故郷、南西アフリカで起きたヘレロ人虐殺の話。あれも「文明」の名のもとに行われたことだった。
だがこれは――もっと近代的で、もっと冷ややかで、もっと徹底的な「地獄」だった。
「……なんということを……」
映像を見ていた岡田首相がぽつりと呟いた。その声音には、驚きよりも深い怖れが滲んでいるようだった。
「ヒトラーは、このことを『最終的解決』と呼んだのか……」
宇垣陸相の声には憤りがあった。彼は軍人として戦争を知っている。しかし、これは戦いではない。ただの虐殺だ。
米内海相は、ひときわ長く映像を見つめていた。やがて、深く息を吐いて呟いた。
「……これは、戦争ではない……魂の殺戮だ」
絹は堪えきれず、唇を噛んだ。
涙が滲むのは、哀れみのせいではない。怒りのせいだった。
どうして、こんなことが、人間の手で、人間の制度のなかで、可能になったのか。
画面には解放されたユダヤ人の子どもが映っていた。
その顔には、泣きも笑いもなく、ただ、光がなかった。
「……我々は、こういうものと戦ってきたのだな……」
と、岡田が言った。
「だが、もし日本がヒトラーと手を結んでいたら……」
岡田の言葉に、その場の皆がはっとした。実際、ヒトラーと手を結ぼうとした者たちが4年前のクーデター騒ぎを起こしたのだ。
「我々も、ナチスドイツのように歴史に汚点を残したかもしれん」
「その結末は、ただでは済まなかったでしょうな……例えば、帝都や大都市に米軍の戦略爆撃機が大挙して押し寄せるなど……」
「それどころか、ドイツのように本土が連合国に蹂躙されてしまうことまで考えられたかも知れん」
閣僚たちのそんな言葉を聞きながら、絹は、拳をぎゅっと握りしめたまま、スクリーンから目を逸らさなかった。
絹の心の奥で、静かに誓いが芽生えていた。
――この映像を、子どもたちに見せることはできない。だけど……私たちは語らなければならない。
人は、こんなことをしてしまう。
忘れようとするたびに、また繰り返す。
だから、誰かが、この痛みの名を呼び続けなければならない。
と。
後の調査によれば、ダッハウ強制収容所には、全部で30以上の国々から20万人もの人々が送り込まれ、その内の3分の1近くがユダヤ人だったという。そのうち、32,099人が収容所内で殺害され、他に約1万人が主に疾病、栄養失調、自殺により死亡したと言われる。さらにナチスからの解放後にチフスが流行し、体の弱っていた囚人の多くが死亡した。
ダッハウでは悪名高い「超高度実験」と「冷却実験」が行われた。それは、ドイツ空軍のための実験であり、空軍軍医ジクムント・ラッシャー博士によって行われた。
「超高度実験」は、高度の低気圧に人間がどこまで耐えられるかを調べるために行われた実験である。実験に使われた囚人はほとんどが死亡し、生き残った者には一生涯続く後遺症が残った。
「冷却実験」は、冷たい海面に落ちたパイロットを救出できるかどうかを調べるための実験であり、冷たい水面につけるなどして囚人を凍死させた後、蘇生が可能かどうか様々な実験が行われた。
ダッハウより大規模なアウシュヴィッツ同様、ダッハウは多くの人にとってナチス強制収容所の象徴になっている。
1945(昭和20)年4月、ソ連軍はドイツの首都ベルリンを包囲し、ヒトラーは4月30日に自殺した。1945年5月7日、ドイツはフランスのランスで西側連合国に、そして5月9日にはベルリンでソ連軍に無条件降伏した。
ここに、多大な犠牲者を出した第二次欧州戦争は終結したのである。
戦場に静寂が戻った。
欧州の、弾痕だらけの街路に初夏の風が吹き抜け、折れた鉄条網に若葉が絡みつく。
バイエルンの山裾では、日本兵と米兵が肩を並べて黙祷を捧げていた。誰もが、「これが本当に終わりなのか」と、まだ信じきれない面持ちで。
東京の街にも、報せが届いた。
この日、霞が関の空は薄曇りだった。
官庁街の一角に、新聞配達員の自転車が次々と滑り込む。
号外の束を抱えた青年たちは、声を張り上げた。
「号外っ! ドイツ降伏! ドイツ無条件降伏!」
庁舎の窓から人々が顔をのぞかせた。
丸の内の電光掲示板には、大きな文字が流れた。
独逸無条件降伏 暴虐の旗、倒る
通りを行き交う人々の足が止まる。
帽子を脱いで空を仰ぐ者、掌を合わせて黙祷する者、ただ呆然と立ち尽くす者。
しかし、歓声は上がらなかった。
ニューヨークのような紙吹雪も、笑い声も無い。
東京の街は、静かだった。
欧州に出征した東京第一師団関係の戦没者遺族は多く、また、ドイツ軍による幾度の「A10」ロケット攻撃による被害で、あまりに多くの家族が泣いていた。
新聞紙を握りしめる人々の瞳には、勝利よりも、遠い異国で倒れた者たちへの思いが滲んでいた。
有楽町駅前の売店で、一人の老女が呟いた。
「……終わったのね。あの子たち、報われたのかしら……」
若い学生が帽子を脱いで言った。
「ドイツが降伏しても、姉さんは帰ってこない。けど……これで、誰も撃たれずにすみます」
その頃、厚生省の執務室。
川戸絹は窓の外を見つめていた。
霞が関上空をゆっくりと灰色の雲が流れていく。机の上には、欧州派遣婦人部隊の名簿。
多くの名前の横に、赤い「戦死」の印があった。
「人類はまた、ひとつの夜を越えた……だが、光の向こうに何を見るかは、私たち次第……」
絹はそう呟くと、手にしていた「東京タイムス」号外をそっと畳んだ。
その紙面に滲んだ活字が、涙ににじんで見えた。
どこかで、寺院の鐘がゆっくりと鳴り始める。
それは祝砲ではなく、鎮魂の響きだった。
人々はその音を聞きながら、ようやく心の中で「終わり」という言葉を実感していた。
――勝利の歓声なき国、日本。
その沈黙こそが、最も深い祈りであった。
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