第16話 立ち上がる女たち
1922(大正11)年、秋。
東京の街は、いつの間にか「変わりつつある顔」を持ちはじめていた。市電の窓から見える歩道を行き交う人々の中に、絹はふと、ある種類の変化を感じ取る。袴姿の女学生、職業婦人風の洋装した若い女性、工場の制服を着た女工たち――かつては「家の中」にいることが当然とされていた女たちが、今や社会のあちこちにその姿を見せている。いや、そもそも絹が今、乗っている市電の運転手も車掌も女性なのだ。
中等・高等教育を受ける女性の数は、年々増加している。絹自身もその一人だった。明正女専で学んだ日々を思い出しながら、彼女は自分のまとう洋装の襟をさりげなく直す。
それでも、と絹は思う。
――女たちには、いまだ何の権利もない。
参政権もなければ、民法は依然として家父長制を維持している。家に入れば「家」の意志が優先され、職場に出れば「女だから」と意見は軽んじられる。
しかし、その「当然」を変えようとしている人々がいた。絹がいま向かっているのは、神田区内の小さな公会堂。今日は、婦人参政権獲得期成同盟の大会が開かれるのだ。
この期成同盟は、あの市川房枝を中心に、平塚らいてうや奥むめおといった、婦人運動家たちが連携して立ち上げたもので、女性の政治的権利獲得を真正面から掲げている。
扉を開けると、思わず息を呑んだ。
椅子が足りない。立ち見の女性たちが壁際に何列も連なっている。ホール内には空調もなく、真夏の熱気と熱意が渦巻いていた。
壇上では市川房枝が開会の挨拶を行っている。
「……私たちは、単に自分たちの権利を求めているのではありません。この国の政治を、より誠実なものにするために、女性の声が必要なのです」
拍手が湧く。その中には、意外な男性の姿も見られた。絹は思わずメモ帳を取り出す。
列席者の紹介の場面で、絹にも聞き覚えのある名前が読み上げられた。
「……来賓として、衆議院議員、憲政会総裁・加藤高明先生」
「同じく、衆議院議員、革新倶楽部党首・犬養毅先生」
「同じく、衆議院議員、尾崎行雄先生」
「元大蔵大臣・片岡直温先生」
会場に大きなどよめきが起こる。これだけの政治家が揃って参政権を求める女たちの集会に顔を出すとは、時代が大きく動き始めた証なのかもしれない。
まず、野党憲政会総裁である加藤高明が演壇に立った。
「国の制度は、一朝一夕に変えられるものではありません。しかし、時代の要請には応えなければならない。婦人の政治参加は、その第一歩です。婦人が家庭の柱であるように、国政においてもその理性が必要です。私は、男女二十歳以上による普通選挙を、次の時代の標準と考えております」
たちまち拍手が巻き起こる。
続いて、革新倶楽部代表の犬養毅がマイクの前に立ち、にこやかに言った。
「諸君、自由というものは、誰かから与えられるものではない。我ら自らが、声を上げ、手を伸ばし、勝ち取るものだ。婦人もまた、日本の国民である以上、当然に参政の権利を持つべきだ。我々革新倶楽部は、それを実現するために、帝国議会に法案を提出する」
万雷の拍手。
そして、尾崎行雄の登場である。
かつて東京市長でもあった尾崎行雄の知名度と人気は絶大なものがあった。髭をたくわえ、背筋をぴんと伸ばして立ち上がったその姿に、会場からは自然と大きな拍手が起こる。
「……あの方が、『憲政の神様』ですか」
絹の隣に立っていた若い女性が感心して呟くように言った。
尾崎行雄——大正の初め、長州軍閥の桂太郎内閣が三たび政権を握ろうとした時、帝国議会で鋭くそれを糾弾し、議会を沸かせたことはすでに伝説化されていた。
絹の脳裏にも、子供の頃に父が教えてくれた、あの桂太郎を弾劾する名演説の一節が甦る。
――彼等は、玉座を以て胸壁と為し、詔勅を以て弾丸に代えて政敵を倒さんとする卑怯者である!
帝国議会で、それを堂々と宣言したのは尾崎ただ一人だった。演壇に立ち、まるで大弁論家のように声を張ったその姿は、民意を代弁する者の理想像として、今も語り継がれている。それゆえに彼は「憲政の神様」と呼ばれ、議会政治家の理想と目されているのだ。
この日、尾崎は穏やかな口調ながら、確かな意志を込めて語った。
「婦人が参政権を持つことに、何の不合理があろうか。教育を受け、納税し、社会の一員として生きている彼女たちを、政治から閉め出すのは理に反する。我々は、性別を理由に国民を差別することを、是としない」
拍手、拍手、拍手。
彼らが口を揃えて訴えたのは、「男女ともに20歳からの普通選挙」。従来の財産・性別による制限を廃し、真の「国民代表」に基づく議会政治を実現すべきだというものだった。
絹は、彼らの言葉を聞きながら、
「これは……時代が、変わるかもしれません」
という言葉が自然に口から出た。
絹はその光景を、ただ興奮のままに取材ノートに書き留めながら、胸の内に深い思いを抱えていた。
——私たちには、声がある。それは、ただ叫ぶことではない。社会と対話し、国と向き合うための言葉だ。その、声なき声が、いま、政治の場に届こうとしている。
絹は思う。中等教育を受ける女性が増え、タイピストや電話交換手、教員や看護師として働く女性の姿が東京の街にあふれ出している。けれど、いまだ彼女たちには選挙権がない。発言権がない。
翻って、自分はどうか。
三重県の豊かな農家に生まれ、女専まで出て、今こうして新聞記者として働いている。父は田畑を持ち、生活には苦労しなかった。
——私は、恵まれていたのだ。
だとすれば、その「恵まれ」は、言葉を持たぬ誰かの代わりに語るために使わねばならない。
絹には、幼い頃から「選択肢」があった。進学するか、働くか、家に入るか。迷うことはあっても、選べた。だがこの社会には、「迷うことすら許されない」女たちがまだ数多くいる。
彼女たちの声を拾わなければならない。書くことは、照らすことだ。
絹は鉛筆を握り直した。
「私は、見たままを書く。けれど、それだけじゃ足りない。声なき人々の言葉を、拾う。それが、私に出来る仕事だ」
絹は鉛筆を走らせながら、自分が今、何を目の当たりにしているのかを考えた。
壇上では、市川房枝が再びマイクの前に立ち、婦人参政権運動の現状と課題を語り始めた。
「婦人の参政権とは、単なる投票の権利ではありません。これは、女性が社会の一員として対等に生きるための土台です。私たちは、家庭においても職場においても責任を果たしてきた。ならば、国家に対しても、発言する資格があるのではないでしょうか?」
拍手、拍手、拍手。
「欧州戦争以降、女性の地位は変わりつつあります。イギリスでもフランスでも、戦争で女性が大量に動員されました。工場で弾丸を作り、輸送車を運転し、病院では軍医の代わりに手術までやっていました。そして戦後になって、ようやく声を上げるようになったのです。『義務を果たしたなら、権利もあるはずだ』と」
市川は続けた。
「女は戦場には行かなかったかもしれない。けれど、銃を作り、食糧を運び、子どもを守った。その重みを、ようやく欧州の男たちが認め始めた。それが女性参政権のきっかけになったのです」
絹は、思わずノートに鉛筆を走らせる。
「みなさん、日本も同じ状況なのです……気づいていないのはお役所だけなのです」
市川は背筋を伸ばし、窓の外を指差すように続けた。
「今、街に出れば、女給、電車の運転助手、小学校の教員、紡績工場以外の製造業でも女性が目につきます。男手が戦争で減って、経済が傾き始めて、女が立ち上がらなきゃ社会が回らない。働く女性はもう『例外』じゃなくて、『常態』なのです」
拍手、拍手、拍手。
集会の帰り道。
夜風が頬を撫でる中、絹は街を歩きながら、ふと周囲に目を向けた。確かに、少しずつ増えている「職業婦人」たちが行き交う。
しかし、目の前を通り過ぎる女工たちの足取りは疲れていて、顔には隠せない不安があった。彼女たちは長い労働時間と過酷な環境に耐え、日々を生きている。
そして、絹の胸に痛みをもたらすのは、遊郭へと売られていく少女たちの影だった。社会の闇に押しやられた彼女たちの声なき声を、絹は心の底から知りたかった。と、同時に、こんな疑問も湧いてきた。
「女性が参政権を得ることで、それらの問題が改善されるのだろうか?」
それから何日かして。
東京・芝区の裏通りにある古い町工場跡。今はもう操業していないその空間が、今夜は人々の集会所になっていた。所々塗装の剥げた鉄扉の向こうから、熱気と声が漏れ出している。
川戸絹は、慎重に足を踏み入れた。新聞記者として社会主義運動の集会を取材に来たのだが、ここに来るのは初めてだった。
会場には、学生風の若者、帽子を深く被った女工、軍服のような恰好をした男たちが集まっていた。中には赤いバッジや腕章をつけている者もいる。空気は興奮と、どこか鬱屈とした怒りで満ちていた。
壇上に立っていたのは、意外にも女性だった。短く刈り込んだ髪に、男物のスーツ。声は高くはないが、よく通る。
「……婦人参政権? ええ、もちろん私は反対ではありません。でも、それだけで何が変わるというの?」
会場が静まり返る。
「私たちは、男と同じ投票権を持ったとしても、結局、同じように『家』の中で従属させられる。女という性をもって支配される。国家という名の『家父長』が、家庭という『国家』を支えているのです」
聞く者は皆、息を飲んでいた。絹も、思わずペンを止めた。
——これは、ただの政治集会ではない。
「家族という制度は、国家と同じく、抑圧と服従の装置です。父が権力を握り、母が従い、子は支配される。そして、国家は同じ構造で私たちを縛ってくる。女はまず、そこに気づかなくてはいけないのよ」
——確かに、私の父も、家の中では絶対だった。
と、絹は思った。
壇上の女が口元に笑みを浮かべると、静かな拍手が会場に広がった。
絹は小声で、近くの若者に訊いた。
「……あの方は?」
「伊藤野枝さんです。『婦人戦線』の編集者にして、無政府主義者ですよ」
——伊藤野枝。聞いたことはある。平塚らいてうが創刊した『青鞜』で活躍し、その後独自の急進的思想に傾斜していった女性。
壇上の彼女がマイクを置くと、ざわざわと人波が動き出す。絹がノートを手に近づくと、野枝は涼しげな目でこちらを見た。
「あなた、記者さんね。婦選派? それとも中立?」
「私は……まだ、答を出す途中です」
「ふふ。いいお返事ね」
野枝は嬉しそうに頷き、手招きした。
「だったら、聞かせてあげる。今の社会の問題点を。家も、国家も、男も、女も、みんな絶対視しすぎるのよ。だから、苦しむの」
絹は、思わず訊き返した。
「絶対視、ですか?」
「そう。何が正しいかなんて、時代と状況で変わるわ。今、私はそれを『相対化』するために書いているの。私たちが絶対だと思い込んでるものは、全部、崩していいのよ……私は小学校の時、作文で『将来は新聞記者になりたい』と書いたの。そしたら担任に言われたわ。『女が新聞なんか読んでも、賢くはならない』ってね」
その時だった。会場の後方から、黒い帽子をかぶった男が歩いてきた。
「おい野枝、集会の後はお腹が空くな。カフェにでも……」
長身痩躯、眼光鋭く、それでいて飄々とした空気をまとう男。彼もまた、絹の知識に引っかかる名前だった。
——大杉栄。
無政府主義者、行動主義者。何度も投獄され、そのたびに主張を強めて戻ってくる男。
「うん、君は記者? 新聞で働いてるのか?……ええと、何処かで会ったことなかったかな?」
「……いいえ」
絹は咄嗟に嘘をついた。
「それにしても、知的で聡明な女は好きだ。君さえよければ、一緒に……」
「ちょっと!」
野枝が即座に割って入る。
「またそうやって、初対面の女性を口説くのね。やめなさいって言ってるでしょ!」
「いや、口説いてない、話しかけただけ……」
「どっちでも一緒よ!」
会場の一角が笑いに包まれる。
絹も、思わず笑ってしまった。
——そういえば以前、志村さんも「大杉には気をつけろ」とか言ってたな。
絹は二人に声をかける。
「仲が良いんですね」
「良くなんてないわよ、まったく……でも、この人、口は軽いけど、命張るときは一番先に行くのよ」
野枝が小さく息を吐いて言った。
「彼は真剣なのよ。国家も、法律も、警察も、軍隊も、全部いらないって本気で思ってる。私はそこまで割り切れないけど、彼の考えにも、耳を傾ける価値はあると思ってるの」
その時、誰かが新聞を掲げて叫んだ。
「アインシュタインが今日、日本に到着したってさ!」
ざわめく会場。
「また『相対性理論』の話で盛り上がるぞ」
「相対性? うちの女房との関係も相対的にしてくれっての」
冗談が飛び交う。
野枝はふっと微笑んだ。
「ほらね。時代は『絶対』を捨て始めてるのよ。あの頭のいい科学者が、世界の物理法則まで『相対的』だと言い出したんだから」
絹は、メモ帳に小さく書き込んだ。
——家族も、国家も、法も、恋も、信じすぎると重くなる。けれど、疑いすぎると、空虚になる。今は、その間にある言葉を探している。
野枝がふと、絹の手帳をのぞき込む。
「ねえ、それ、記事になる?」
「はい。たぶん、誰かの胸には届くと思います」
「だったら書いて。私たちは潰されるかもしれないから」
彼女の目が、一瞬だけ遠くを見ていた。
会場を後にするころ、夜風が頬を冷やした。
——私はまだ、家族も国家も信じたい。でも、それは信じるに値する「かたち」であってほしい。
絹は、歩きながら思った。
——アインシュタインが世界を揺さぶったように、社会を揺さぶる言葉が、ここにもある。この社会こそ、相対的に眺めなければ、真実が見えないのだ。
そして彼女の視線の先には、まだ書かれていない記事の余白が広がっていた。
同じ頃、絹が普選反対派の政治家に取材した記事も残っている。
普選と婦人参政 床次氏の所見——政治は熱情にあらず、理性と責任にて
運営すべし
帝国議会において婦人参政権ならびに男子普通選挙を同時に実現せんと
する議論やかましき折、立憲政友会の重鎮たる床次竹二郎氏を訪ひ、普選
問題に関する所見を聞けり。
――婦人参政権と男子普通選挙の同時導入を求むる声、日に高まりを見
ますが。
氏曰く、「婦人の社会進出は望ましきことなり。然れども参政権は別事に
候。政治は熱情にあらず、理性と責任とにて運営さるべし。民意を無条件に
受くれば必ず混乱を招く。国政の安定のためには、先づ国民の成熟を待つ
べきなり」
――国民はいまだ成熟せず、と。
「農村部や労働階級の人々が選挙を通じ何を選ぶべきか、その判断の基盤
を具へたりとは思へず。彼ら悪徳政治家や扇動者に利用せらるれば、国家の
根幹揺らぐべし。それを防ぐこそ政治家の責任に候」
――政友会としては普通選挙に反対と。
「時期尚早なり。議会政治は徐々に育つべきものにして、いきなり権利の
みを拡張すれば民意の暴走を抑ふる術なし。拙者の選挙区においては候補
者が米俵や酒を配り票を買はんとする輩少なからず。都市ならともかく、
地方はいまだ政治は『言葉の勝負』にあらず。婦人に関してもまた同様。
参政の前に、社会的義務の履行と教育の普及を徹底すべきなり」
斯くして氏は、普選並びに婦人参政の導入に対し、なお熟慮の必要あるこ
とを強調せり。
(「東京タイムス」大正11年12月1日号 川戸絹)
取材を終えて新聞社に戻る市電の中で、絹は窓外の流れる風景をぼんやりと眺めていた。床次の言葉は紳士的だったし、理も通ってはいる。けれど、その「理」は、果たして誰のためのものだったのだろうか。
「時期尚早」——それは、いつのことなのか? 五年後か、十年後か、それとも百年後か。女たちの一歩は、いつになれば「成熟」と見なされるのか。
市川房枝の言葉が、伊藤野枝の言葉が、そして尾崎・犬養らの顔が、脳裏に浮かんだ。憲政の神様が「当然」と言ったことを、「まだ早い」と退ける政治家の声。その狭間で、何が本当の言葉なのかを見極めるには、絹自身もまた、問い続けねばならないのだった。
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