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第4話 日ソ事変

満州の北部には、ソ連との長大な国境線が続いていた。


満州事変以前にはこの満州において、中ソ間の国境紛争が発生している。満州にある中東鉄道の権利を巡り、本格的な軍事衝突にまで発展した。


この戦闘は最終的にソ連が鉄道の権利を保持することで手打ちとなった。ソ連にとっての最大の関心ごとは、国内の統治や産業の発展、ヨーロッパ諸国との外交にあったし、中国もまた内乱の真っ只中であったため、大国ソ連と全面戦争をする余裕は無かったんだ。


しかし、満州事変と満洲国建国により、満州全域が近代的陸軍を持つ日本の支配下に置かれると状況は一変する。


まともな国産兵器を製造する力もない中華民国軍に代わり、戦車から戦闘機まで自国で製造している日本の軍隊が満州北部のソ連国境まで進出してきたのである。あろうことかその北部地域にはアメリカ資本が投下され、経済・産業が急速に発展してしまった。ソ連はこれを見逃すわけにいかなかった。


ソ連は、ロマノフ王朝という王家が支配するロシア帝国を倒して成立した「社会主義国家」だ。それを示すように「ソビエト社会主義共和国連邦」の国号にはっきりと社会主義であることが謳われていた。


その理念は私有財産を国が没収する代わりに国民に財を平等に再分配することで平等な国を作ろうというものだ。私有財産の所有を認めて国は経済に深入りしないという「資本主義国家」である欧米や日本と真っ向から対立していた。


つまり、満州国の建国とその後の動きを纏めれば、社会主義国家のソ連と敵対する、いくつもの資本主義国家がソ連との国境線沿いに勢力圏を持ってしまった、ということになるのだ。これにソ連が危機感を抱くのは当然のことであろう。


そして極めつけは、満州国の領土内で巨大な油田が発掘されたことだった。


1934年のことである。


オークションによりアメリカの勢力圏となっていた満州国北部の黒竜江省で米国企業が油田を発見。「黒竜江油田」と名付けられたこの油田の推定埋蔵量は膨大で、発見直後には世界中の石油関連企業の株価が乱高下するパニックになった。世界中が黒竜江油田に驚愕したのである。


そう言えばこの油田が発掘された時、「満州の石油を日本のものにせよ!」と国内の愛国者共が暴れてひと悶着あったようだけど…まあ、この辺また今度話そうか。


ともかく、この事態をソ連が黙って見ているはずがない。


これまで敵対勢力の資本が投下されたとはいえ満州産業の中心は石炭や鉱業、繊維業、農業、林業などであった。強力な軍を維持するのに必要な重工業はまだ未発達であり、満州国の脅威度はまだそこまで高くなかった。満州国がこれら産業により、ソ連に脅威を与えるまで強大化するのには時間がかかると見積もられていたからだ。


しかし油田の発見ともなれば話は別だ。発電し、工場を動かし、国を富ませる原動力となる石油が満州にあれば、この地域一帯で重工業が著しい速度で発展する。またアメリカが借用権を得た土地は、最長でも50年の期限を過ぎれば満州国に変換されることが決まっており、アメリカがこの油田で儲けたあとに黒竜江省は満州国に返還される。その場合、国境に面した満州国の親玉である日本は、自国発展のために石油で国力を強化することは明らかだった。そうなればソ連にとって脅威だ。


さらには黒竜江油田を守るために満州地域の防衛を委託されている日本軍が、本国から増援を出してより強大なものになる可能性があった。


そしてそれは現実のものとなる。


油田が発見された翌年、アメリカ政府は日本政府に油田防衛のための兵力増派を要請し、日本側も費用をアメリカ持ちならば、と了承していた。これまで日米は大陸の利権を巡ってずーっと対立していたのに、だ……皮肉なものだね。


そして何より、ソ連と満州国の境界のすぐ向こうに貴重な資源が眠っているのである。これを「欲しい」と思うのは当然のことで、ソ連は強引に奪い取ってでも手に入れようと考えた。


満州国に駐留する日本軍と戦争になってでも、だ。


───とまあこんな感じで日本との全面戦争を覚悟したソ連はついに昨年、満州国へ侵攻した。


西暦1937年(昭和12年)6月19日のことだ。この日、日ソ両軍が戦端を開いた。


最初に攻撃してきたのはソ連軍だった。満州国とソ連の国境である黒竜江省の河川にあり、両国の境界とされる「乾岔子島かんちゃずとう」にソ連軍が上陸。日ソ両軍が銃撃戦になった。「乾岔子島事件」の始まりだ。


それから数日にわたって現地を守る日本軍とソ連軍の間で小競り合いが続いたんだが……同28日になってソ連政府が日本政府に対して「乾岔子島で日本兵と交戦したらウチの兵隊が死んだんだが?どうしてくれんの?とりあえず日本軍は満州国から撤兵してよ。賠償金も払ってもらおうか。(意訳)」と言ってきたので日本政府は「ざけんな(意訳)」と一喝。両国の間で緊張が高まった。


そして迎えた7月7日。


突如、ソ連軍は推定40万人の大兵力で満州へ侵攻。今日まで続く「日ソ事変」が始まった。日本もソ連も相手国に宣戦布告していないから「戦争ではない」って言い張っているけれど、こんな大軍が激突したんじゃ、まあ事実上の戦争だよね。


もともと日本と戦うつもりでいたソ連軍は戦争の準備が整っていた。満州を守備する日本軍をあっという間に蹴散らして満州北部を2週間で制圧してしまった。


これを受けて日本政府は「満州の邦人保護」のため、全国に動員をかけて援軍を送り込む。


結果、日本軍は何とか立て直して満州南部でソ連軍を食い止めたが……ソ連も負けじと援軍を送り込んだために戦力は拮抗。互いに大規模攻勢に出ることなく、満州南部で小競り合いが続き、今に至る。


そしてここ樺太は、日本が樺太南部、ソ連が樺太北部を領有しており、両国の国境があった。満州国内で戦闘が始まったから、交戦国同士、樺太でも戦うことになってしまったわけだね。とはいえ、主戦場は満州だから樺太の戦場は「おまけ」で戦っているだけなんだけど。それでも、樺太には約30万人の邦人がいるから、これを守るために日本軍は負けない程度に戦っている、って感じかな。


「早口でお疲れさまでした岡本先生……で、この話には続きがあるんだろう?」


「神楽学生は物分かりが良くて大変よろしい。桜木学生も見習い給え」


「へいへい。で、続きって?」


純一と快斗は肩をすくめるしぐさをしながら「そりゃあもちろん……」と前置きしてから、続けた。


「僕たちがいるこの世界は、誰かが意図して歴史を変えているって話さ」

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