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第2話 世界情勢

*西暦1938年(昭和13年)4月25日 樺太庁敷香群 敷香しすか海軍航空隊基地* 


「そんな戦況だから、しばらくの間、敵は樺太方面……」


「はーい岡本先生、また颯真くんが聞いてませーん」


そう言ったのは岡本おかもと純一じゅんいち神楽かぐら快斗かいとであった。


2人ともタイムスリップ直前まで一緒にいた僕の同級生であり、幼馴染だ。


何十年も過去にタイムスリップしたのは僕だけでは無く、コイツらも道づr……もとい同じ境遇にいるので、この様な状況下でも僕は孤独に苦しむことは無かった。


もっとも、僕たちは互いの心の傷を癒やし合う様な仲ではない。


僕は2人を親友というヤツにカテゴライズしたことはないし、それは2人も同じだろう。なぜなら僕たちは幼馴染と言うよりは腐れ縁で進学先やクラスがずーっと同じなだけなのだ。そのぶん互いを知り尽くしていて気兼ねなく話を出来るが、互いの恥部も知り尽くしているので青春ドラマのようなキラキラした友情などあろうはずもない。むしろ自分の黒歴史を公の場でバラされるのではないかと恐れ、互いに牽制することすらある。僕たちの仲は相互確証破壊によって成立していた。


よって、赤の他人が素の僕らの会話の中身を聞いたら3人は険悪な関係にあると勘違いすることだろう。何しろ僕らは相手を侮辱するようなセリフを会話中に散りばめるのが当たり前の関係なのだ。例えばこんなふうに───


「聞いてるよ。けど話が長いからわけ分かんなくなってきちゃって……」


僕がそう応えると、純一がため息まじりに


「『追試王』に軍事の授業を始めた僕が馬鹿だったよ……」


と言ってきた。それに対して僕も


「誰が追試王じゃ!」


とお約束の反論をする。


追試王とはその名の通り、21世紀の高校のテストで僕が赤点を出していつも追試を受けていることから着いたあだ名だ。純一や快斗は僕が追試になるといつもこの名前で呼び始めるのだ。


「でもさージュン、このペースだと説明し終わんないよ?戦況の分析はその辺にして世界情勢だけでも先に話しちゃえば?」


そう言ったのは快斗であった。彼の言う「ジュン」とはもちろん純一のことである。


快斗が言う世界情勢というのは、僕らがタイムスリップした1938年現在の世界情勢についてである。僕は歴史オタクの純一と異なりこの時代のことに知識が無く、これから自分がどんな国際情勢の中で生きるのか、死なないためには何をすべきか判断するための情報を持ち得なかった。一応、僕は高校3年生までに日本史を履修して学んだはずなんだけどね……定期テストでいつも赤点を取っていたくらいなので、日本近現代史は全然覚えていない。


そんな訳でタイムスリップしてから僕ら3人は、この時代を生き延びて何とか21世紀に帰還する方法を探るべく、情報交換会をしていた。今日この場に3人が集まっているのも情報交換のためである。このゴミみたいな時代と戦場から脱すべく、協力プレイをしているわけだ。そして生き残るため、僕は純一の得た情報を一言一句逃さず聴いていたのだ……話が難しくて混乱し始めるまでは。


「そうだね。快斗の言う通り、今現在の世界情勢を簡単に説明することにするよ。それにしても颯真に知識やら勉強やらを教えていると、共に成長した幼馴染として悲しくなってくるよ。地頭は悪くないはずなんだけど、勉強になると脳細胞がミルク粥になるのは勘弁願いたいね」


「言わせておけばこのビン底メガネ!医大志望だか何だか知らないが、勉強ばっかりしてると今に視力を失って失明するぞ!本ばっか読んでないで、外で遊んでらっしゃい!」


言われっぱなしでいられるかと僕も純一に言い返すが、大した悪口になっていない。それに後半はただのオカンである。言われた純一も「もういいかい?」とでも言いたげな表情でこちらを見てくる。悔しい。


「……はい、皆さんが静かになるまでに戦闘機が2機着陸しました」


快斗がそう言って指を示したのは滑走路に着陸したばかりの日本海軍の戦闘機であった。僕たちがいるのは日本海軍の軍用飛行場の滑走路から少し離れた草地である。全長1600メートルの滑走路脇の空き地には搭乗員や整備兵がくつろいでいる姿がちらほら見えた。中にはキャッチボールをしている連中もいる。休憩中にボール遊びをするのは学生も軍人も同じのようだ。


それと当然ながら快斗も純一も、僕と同じ日本海軍の軍人である。そうでなければこんな軍の基地内でグダってはいられない。ちなみに快斗は僕と同じ戦闘機の搭乗員で、階級も同じ、所属部隊も同じ。しかし純一だけは腹立たしいことに「少尉」と言って僕らより上の階級であり、軍医という立場にある。階級が高いこともあり、僕らより軍内での待遇は良い。この場には3人しかいないからタメ口で会話しているが、基地に戻ったら必ず敬語で話す必要がある。何か腹立つな……。


「快斗、いつの間にお前が先生になってたんだよ」


「いいから早く始めようぜー。純一先生、説明ヨロシク」


快斗に促された純一はゴホンと咳払いすると低めのトーンで話し始めた。今までの茶番が終わった合図だ。


──それじゃ、まずは今僕たちが交戦しているソ連と日本について再確認しようか。


現在僕たちが所属している日本海軍は、日本陸軍とともにソ連という国家を相手に事実上の戦争をしている。


ソ連とは、王朝が支配するロシア帝国が革命で崩壊して成立した社会主義国家だ。正式な国号を「ソビエト社会主義共和国連邦」と言う。


ソ連の勢力範囲は21世紀おけるロシア連邦よりも広く、強大な陸軍を持つ軍事大国だ。特にソ連はここ数年で重工業が大きく発展したため、日本と比較して十倍程度の戦車を生産していた。日本はそんな国家を相手に交戦しているんだ。


一方の日本はというと、世界第3位という強大な海軍を持つ「列強」だ。交戦中のソ連の海軍は日本海軍とは比べるべくもないほどに貧弱であったため、戦争が始まってすぐに日本海軍が叩きのめした。その結果日本海軍の軍艦は「戦う敵」がいなくなり、ソ連軍と交戦している海軍部隊はもっぱら、僕たち航空隊というわけだ。


そもそもこの戦争の主戦場は中国大陸だ。地上で戦う以上、戦闘の主役は海軍ではなく陸軍になる。そしてその陸軍だが、ソ連陸軍は日本陸軍よりも兵士・兵器・弾薬の数で圧倒的優位にある。だから、大地を埋め尽くす大軍で攻め込んでくるソ連軍を日本軍が必死で防いでいる、といった状況だ。せっかく軍艦の数で圧倒的優位にある僕ら日本海軍は、地上戦で頑張る陸軍のために航空隊を派遣するくらいしかできることが無いという訳だ。


それでも日本陸軍の実力は他の列強と比較して大きく劣るということもなく、建軍以来、これまで多くの戦闘で勝利を収めてきた。初めての本格的な対外戦争となった日清戦争では当時の中国軍に勝利して領土と賠償金を分捕ったし、続く日露戦争では「10倍の国力」と言われたロシア陸軍と互角以上に戦い、日本の勢力圏を樺太や中国北東部にまで拡大していった。


そんなわけで19世紀半ばに近代化を始めた日本はその軍事力をもって北は樺太、南は台湾、西は中国、東は太平洋群島と領土・勢力圏を大きく拡大していた。その勢力圏は陸地だけで日本本土面積の4倍に及ぶ。21世紀生まれの僕からしたら信じがたいことだが、かつての日本はこれだけの広域を勢力圏に収めていたんだね。


さて今現在の日ソ間の戦闘だけど、これは昭和6年(西暦1931年)の「満州事変まんしゅううじへん」に端を発する。これは中国の東北部「満州」と呼ばれる地域で発生した事件だ。


当時の満州南部は中国、正式には中華民国の領土だったが、満州鉄道をはじめとする日本の利権があり、日本に富をもたらしていた。そしてこの日本利権を守るのが日本陸軍のいち組織である「関東軍」だ。


しかしこの関東軍、今の勢力圏である満州南部に飽き足らず、北部も含めた満州の全域を日本の勢力圏に収めようと考えた。その理由は複数ある。まず大不況の最中にあった当時の日本経済を満州全域の植民地化で立て直そうとしたこと。また満州の莫大な資源を利用して来るべき対ソ戦争を戦い抜くだけの軍事力を蓄えようとしたこと。そして当時の中国大陸は内乱状態にあり、在満邦人の生命と財産が脅かされていたのでそれを保護しようと考えたことが挙げられる。つまり、満州全域を日本陸軍が占領して日本の勢力圏に収めてしまえばいいと考えたわけだ。


しかし当時の関東軍は満州の一部でのみ活動が許されていた。それも満州の日本利権を守るという理由でだけだ。そんな関東軍が満州全域を占領するということは日本が中国領に「侵略」したとみなされる。これでは日本が一方的な悪人になってしまう。


そこで関東軍は考えた。「中国の奴らが日本へ先制攻撃仕掛けてきたから反撃して満州を占領しましたってことにすれば、日本は悪者にならないのでは?これ名案では?名案である!」と。


こうして発生したのが━━


「教科書にも載っている日本史のターニングポイント……そして、この世界における最初のターニングポイント、満州事変の始まりだ」

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