表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第1話 時間遡行

僕が「へ?」という第一声と共にこの時代にタイムスリップしてきたのはこの時代の時間軸にして約2週間前のことである。


しかし第一声が「へ?」か……。


いやまあ、いつもの通学路を歩いていたハズなのに突然知らない場所に飛ばされたのだからそんな声が出るのも仕方がないのだろうが。


とは言えタイムスリップなどという超常現象に遭遇したのに、それに気づいた第一声が「へ?」ではやはり格好がつかぬというものだ。これがもし小説の中だったらタイムスリップした主人公の第一声としては余りに不適切であろう。読者は頼りない主人公だという印象を受けるに違いない。そういう意味では、自分が21世紀の人間が過去や未来にタイムスリップするような小説の主人公でなくてよかったとは思っている。いや、別になりたくもないが。


いやそんなことはどうでも良いのだ。ひとまず状況を整理しよう。


僕がタイムスリップした先の時代は昭和13年(西暦1938年)という年であり、どうやら第二次世界大戦が始まる前年のようだった。では大戦前なのになぜ僕は戦争に巻き込まれているのかと言うと、どうやら日本は昭和12年(西暦1937年)から第二次世界大戦とは「別の」戦争をやっているらしい。しかも戦火は絶賛拡大中で、中国大陸では50万人の日本軍が激戦を繰り広げているのだとか。え?地獄?


なお、この時代において僕は、なぜか大日本帝国の海軍戦闘機搭乗員、つまり日本の海軍の戦闘機パイロットとして周りの人間───この時代の人間に認識されていた。


大日本帝国といえば、確か太平洋戦争で日本が負けるまでの日本の呼称だった……かな。公民の授業で大日本帝国憲法と日本国憲法についてその違いを習ったっけ。僕が元いた21世紀には「帝国」という言葉はフィクションや歴史上のものとして認識されているが、この時代において日本語で「帝国」といえばひとえに日本のことを指すようだ。


そしてタイムスリップした場所は日本海軍の軍用飛行場であり、その時の状況は訓練後に他の搭乗員と食事をとっている最中であった。そしてそれに驚いたのはその場にいた人間でただ一人、僕だけであり、その後の展開や周囲の人間との会話からしても「僕」という人間はこの20世紀の前半期を「時代の人」として生きていたようであった。


この事実から推測するに、僕は単に21世紀からタイムスリップしただけでなく、この時代の人間に「憑依」したとしか考えられない。事実、この2週間に僕は周りの人間から幾度となく「僕」との思い出話を聞かされ、軍であの時の訓練でああだったよな、学校でこんなことがあったよな、と話を振られたのである。


では憑依した「僕」は21世紀の僕と全くの別人なのだろうか。


そう思った僕は恐る恐る鏡を覗いた。


するとびっくり。


そこにいたのは見慣れた21世紀の僕自身ではないか。


それなら僕は単にタイムスリップしただけなのかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。いきなり現れた僕という存在を周囲の人が「ここに居て当たり前」と認識している理由が説明できないからだ。


では憑依したのかと言えば、顔つきから体格まで憑依前の自分と同一であることがやはり説明できない。


うわあ、いよいよ分からなくなってきたぞ。


考えるほどに謎は増える。


それと同時に僕は「しかしなあ」とこの展開に唸った。


(こーいうタイムスリップ系って元いた時代からいきなり送られるわけだから、化学繊維の服や靴、スマホを過去の人間に見せて「すげーっ」てなるのがセオリーじゃない?違う?少なくとも僕が想像し得るタイムスリップとはこんなものでは無いのだが。これは現実だから小説や映画の話をしてもしょうがないんだけどさ)


これは単なる愚痴ではあったが、それでも僕はタイムスリップという事象にもその後の自身の境遇にも納得することができなかった。


んで、日本海軍の中での僕の階級は三空曹、正式には「三等航空兵曹」である。


それって偉いの?って思ったら……下の方。


軍隊においては「下士官」と分類される地位にあり、それよりも下に複数の階級があることから一番下っ端というほどではないが……僕はまだ訓練を完了したばかりの新兵であり、所属する航空隊の地位としては最下層である。


そして新兵なので当然、今日が初めての実戦だった。「貴様はまだ未熟だから、きっちりシゴいてやる」と上官に言われて訓練中、偶然敵機と遭遇して戦闘になったのである。そして死にかけた。ツいてねえ…。


もし僕が熟達したエースパイロットとかいう設定だったら空戦で生き残れる確率も上がるんだろうが、今日の空戦で死にかけたように腕は全然みたいだ。奇跡的に生き残ったものの、腕が未熟だとこうもあっさり死にそうになる。



だから僕は考えた。



戦争で死にたくたいなら軍隊から逃げ出せばいいじゃない!と。


うむ、名案である。


軍隊である以上、上官の命令は絶対だ。


僕は軍の中では下の階級なので、上官に戦えと命令されれば戦場に行かねばない。戦場に行けば今度こそ死ぬだろう。だから、そのような命令が下される前に軍から逃げ出せば良いのだ。実に良い考えだ!!


───ただ一つ、「逃げたら殺される」という点に目をつぶれば、だが。


軍隊というところは「敵前逃亡」、すなわち敵から逃げたり軍を脱走したら最悪死刑、良くて禁固刑になるという決まりがあるらしい。それってひどくない?って思ったが、軍人がみんなで敵前逃亡などしたら軍そのものが崩壊して戦闘行動が取れなくなるので、それを防ぐには「逃げたら殺す」と脅すしかないようだ。理屈は分かるが、でも僕を巻き込まないでくれと思わずにはいられなかった。


ハイ、状況をまとめよう。


自分は軍人で、新兵だから腕が未熟。


そのため簡単に死ぬかもしれなくて、しかも軍からは逃げられない。


今は戦争中で、今日の空戦でも分かったが敵はかなり手ごわくて、日本軍、つまり自分が所属する軍は苦戦している。


これ、初期設定ハードすぎない?


21世紀のただの高校生にやらせることじゃないよ?


もし「ドッキリ大成功」のプラカードを持った連中が僕にこんな茶番を仕掛けているとしたら、この2点は絶対にクレームとして伝えておこう。その上でドッキリの主催者と僕を隠しカメラ越しに楽しんでる奴ら全員ぶちのめそう。そのためにも生き残ろう……。


気が付くと僕は、生きる方法だけでなく生きる理由をも探すようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ