救国の聖女として召喚されたけど、多分というか絶対に人違いです
「さあ、エリナ。今日も始めようか」
ブロンドの髪にブルーサファイアの瞳。誰もが見惚れるほどに、綺麗な笑みを浮かべるのは、ロマン王国の第一王子であるアルノルト。
元の世界では出会うことのなかった美青年。元々、ミーハーな性格であり、幼少期の頃に将来の夢と聞かれたら「キラキラ王子様と結婚すること!」なんて、答えていたものだ。
なので、自分好みの美青年に笑顔でお願いされてしまえば、断ることは不可能に近い。
そんな事を考えながら、エリナは苦笑いを浮かべた。
「……はい、アルノルト殿下」
この世界へやってきた時に教えてもらった知識を振り絞りながら、エリナはアルノルトの手を取り、神殿へと向かった。
一部、放心状態で聞いていたため、抜け落ちていることもあるかもしれないが、それでもこの大事な役目だけは覚えている。
(ええっと……なるべく心を落ち着かせて……と)
聖女の大事な役目の一つである、毎朝の祈りも随分と慣れたものだ。エリナはゆっくりと目を閉じながら、今日もロマン王国の平和を願う。
(といっても、まじで祈るだけで他に何もしてないけど……本当にこれでいいのかな?)
この世界に「救国の聖女」として召喚されてから早二ヶ月。全くといっていいほど、彼女はその力を認知できていなかった。
あの日、いつもの帰り道。突然、眩しいぐらいの光に包まれたかと思えば、次に目を覚ました時には全く知らない世界に来ていた。
そうして、訳もわからず「救国の聖女」だの何だのと言われ、大勢の見知らぬ人々に囲まれながら、エリナはあることを考えていた。
(これって、まさか漫画で読んだやつ……? 元いた世界の知識とか特技を披露して、この世界でチート無双しちゃうやつだよね?!)
まさか自分がそのような体験をするとは思ってもいなかったが、非現実的な出来事に心は躍った。
しかし、エリナはしがない唯の会社員だ。お披露目できる知識などは特に持ち合わせていない。唯一の特技は他人より多く食べられることだが、あまり役に立たなさそうだ。
(大食い大会とかあれば確実に優勝できる自信はあるけど、聖女ってそういったのとは無縁そうだし。……もしかして、後々覚醒するパターンか?)
落ちこぼれからのチートスキル発現も、何度か見たことがある。ならば時が経てば解決するだろう、そう思い、エリナは聖女として務めを果たすことを了承した。
それから、毎日。こうして、言われた通りにアルノルトと共に神殿に祈りを捧げてはいるが、エリナの身体に何も変化などはおきていない。
唯一あった変化といえば、前よりも良質なベッドで長時間眠ることができるようになったおかげで、長年の睡眠不足から解放されたことぐらいだ。
(よく食べてよく寝る……ますます、救国の聖女から遠くなった気がするけど大丈夫かな?)
「エリナ? どうかした?」
「あ、いえ……何でもないです」
不安で俯いていたエリナにアルノルトが声を掛ける。しかし、彼女は首を横に振って笑って誤魔化した。
言えるはずがなかった。こうして、毎日共に祈りを捧げているが、ぶっちゃけ、聖女の力など何も感じていないなど。
(そもそも、聖女の祈りってもっとこう神聖なものでは…? 癒しの光とかが出たりなんかして、病とかも治っちゃったりとかさ……私のは食事前の感謝の祈りと何も変わらないよ)
月日が経てば解決してくれるかと思ったが、全くと言っていいほど、その気配はない。聖女としてのスキルが発動しないということは、自分にはその素質がないということだろう。
後ろ向きな考えしか出てこず、エリナは頭を抱えた。アルノルトの優しい態度も、いまは気まずくて仕方がない。
(もしこのままの状態が続いて、私が偽物だって分かったら……?)
元いた世界へ無事に帰る術はあるのだろうか。今ここで城を追い出されても、異世界で一人生き残れる自信などはない。しかし、このまま嘘をつき続けるのもそろそろ限界だった。
その日の夜、エリナは不安で枕を濡らしながら眠りについたのだった。
そんなある日。エリナはいつものように、自室でロマン王国について学んでいた。そして、休憩がてら世話を焼いてくれる使用人の一人であるリンと世間話をしていたところ、衝撃の事実を知ることとなる。
「え?! 本当に?!」
前のめりになってそう叫ぶエリナに、リンは目を丸くした。驚いた顔も可愛い、などとおもったが、今はそれどころではない。
エリナは軽く咳払いをして、姿勢を正した。
ちなみに、リンは女性の服を着てはいるが、性別は男性だ。男ばかりに囲まれると、エリナが警戒するだろうというアルノルトの配慮でこのような格好をしている。
「えーっと、今の話って本当ですか? 私と同じ異世界人がいるって!」
「ええ、本当ですよ」
その言葉にエリナの瞳が輝いた。リンがエリナに話したのは、自分と同じタイミングでこの世界にやってきたヒカリという女性がいることについてだ。
彼女は救国の聖女に選ばれはしなかったが、元の世界へ帰る術もないため、この世界で過ごしているらしい。
元の世界へ帰る術がないという事実に胸が痛んだが、それよりも同じ異世界人が存在する事が、エリナはとても嬉しかった。
「ちなみに、その方っていまどこに…?」
「えーっと、確かエリナ様より先に目を覚ましたのですが、色々ありまして……今は王都から離れた街で薬屋を営んでいるようです」
「薬屋?」
「ええ。何でも彼女が調合した薬は素晴らしく、みるみると病が治ると評判で……」
その言葉にエリナはハッと気がついた。
病が治る薬を調合できる? それこそまさに、聖女にふさわしい力なのではないだろうか。
自分にはそんな力はない。いま出来ることといえば、祈るぐらいだ。しかも、その祈りにさえも何の効果があるのかさえわからない。
先ほどまで浮かれていたエリナの気持ちが一気に沈んでいく。リンはそんなエリナの様子に気づかず、良かれと思って、ヒカリの話を続ける。
そうして、ヒカリの話を聞けば聞くほどに、エリナは確信した。救国の聖女は自分ではなくヒカリなのだ、と。
きっと、アルノルトは人違いをしたのだ。たまたま、同じタイミングで二人も異世界の人間が来てしまったから、選ぶ相手を間違えたのだと。
(偽物なのに本物の聖女の扱いされたまま、この場に居座るなんて、本物の聖女であるヒカリさんに申し訳なさすぎる…! 一刻も早く誤解を解かなくちゃ!)
そう思い、やんわりとリンに伝えたが、エリナの言葉はあっさりと否定されてしまった。
「正真正銘、エリナ様が救国の聖女ですよ」
「えっ、でも…」
「アルノルト殿下が選んだのですから、間違いありません」
リンに真っ直ぐと見つめられてそう言われてしまえば、エリナはそれ以上、何も言えなかった。
しかし、エリナの疑念は消えない。ただ両手を合わせて祈ることしかできない自分と、病を治す薬を調合できるヒカリ。
どちらかが救国の聖女に相応しいかなんて、比べるまでもない。一刻も早く誤解を解いて、お互いに正しい場所へ収まらなくては。
エリナは心の中でそう誓ったのだった。
◇◇◇◇
「ヒカリに会いたい?」
「はい! 私と同じ異世界から来た方がいるとお聞きしまして……一度、お話しできればなぁと」
聖女としての務めを終えた後、エリナはアルノルトの部屋へとやってきた。務めと言っても、この世界のしきたりやマナーを学ぶぐらいで、聖女でなくともできることばかりだ。
それでもアルノルトはエリナを労い、こうして自らお茶まで淹れてくれる。その事を嬉しく思いつつも、エリナは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分は聖女ではなく、人違いなのだと。このまま自分を聖女と讃えても、特別な力など芽生えず、この世界は救われないということに。
そして、自分を聖女だと信じているからこそ、優しく接してくれるであろうアルノルトや周りの人々の信頼を裏切っていることも。
その事実に耐えきれなくなったエリナは、ついにヒカリに会いに行くことにしたのである。
直接、彼女に会って真実を伝えるために。
しかし、いくら人違いとはいえ、今は自分がこの国の聖女として扱われているので、勝手な行動はできない。そのため、こうして、アルノルトにお願いをしにきたのだった。
「駄目、かな」
「ええっ?!」
アルノルトの言葉にエリナは大声で叫んだ。まさか却下されるとは思わず、エリナは目を見開いた。
「どうしてですか…?」
理由を尋ねたエリナにアルノルトは曖昧に笑うだけだ。その事にエリナが思わずムッとした表情を浮かべれば、アルノルトは彼女の口にマカロンを入れた。
「おいしい?」
「おいひいでふけど…!」
(こんなのでは誤魔化されないのだから!)
じっとアルノルトを見つめるが、彼は笑みを浮かべるだけ。これはもう何を尋ねても理由は話してもらえないだろう。
それでも、エリナは諦めきれずにいた。マカロンを頬張りながら、次の作戦を考える。
(お願いしてもダメなら、彼が公務で忙しい合間を見つけてこっそり抜け出すか……)
今度、リンにスケジュールを教えてもらおう。そう考えながら、エリナは二つ目のマカロンを口に入れたのだった。
その夜、エリナは部屋から抜け出していた。ヒカリのことや今後の自分のことで、不安やら何やらでうまく眠りにつくことができない。あと空腹でもあった。
気晴らしにと城内を散歩していれば、庭の辺りからガサゴソと音がした。
(なになになに?! まさか、敵襲?!)
咄嗟に身を守ろうと、エリナは近くの柱に身を隠す。そうして、ゆっくりと物音がした方へと視線を動かせば、そこには一人の男が歩いていた。
(あれは、確か王国騎士団のローラン団長…?)
初めてこの世界にやってきて以来、中々姿を見かけなかったが、あの特徴的な赤髪が印象的で、記憶に残っていた。
こんな夜更けに一体こんな所で何を? つい気になって、ローランの後を追えば、彼は中庭の噴水の前で立ち止まった。
近くの茂みに隠れながら、エリナはローランを観察する。辺りを見渡している様子を見るに、誰かと待ち合わせでもしているのだろう。
(こんな時間に会う相手って、絶対女だな)
エリナの予想通り、ローランの元へ一人の女性が駆け寄る。黒くてまるまるな瞳、瞳と同じ色をした長い髪、小柄で華奢な身体。
カラフルでキラキラしたこの世界で、自分と同じ、どこか懐かしさを覚えるその姿に、エリナはすぐに分かった。
あの女性こそが、自分と同じく異世界からやってきた人物であるヒカリなのだと。
(なぜあの二人が? 確かヒカリさんは王都から離れた場所に住んでいるはずじゃ……)
次の瞬間、エリナが目にしたのは、ローランとヒカリが抱き合っている姿だった。転びそうなのを助けた、とかではない。確実に自分たちの意思で抱擁している。
そして、今にも二人の唇と唇がくっつきそうなるのを、目を逸らさずにじっと見つめていれば──
「覗き見なんて、悪い子だ」
「──っ?!」
エリナは突然耳元でした声に思わず叫びそうになったが、口を手で塞がれたため、それは叶わなかった。
恐る恐る後ろを振り向けば、そこに居たのは、アルノルトだった。突然のことで目を見開き驚くエリナに対して、彼はふっと微笑んだ。
「大声出したら二人にバレちゃうよ。静かにできる?」
その言葉にエリナがこくこくと頷けば、アルノルトは彼女の口を塞いでいた手をそっと離した。そして、エリナの隣に腰掛ける。
「どうして、アルノルト殿下がここに…?」
「エリナこそ。もう夜は遅いけど、どうしてこんなところへ?」
その質問にエリナは答えられなかった。聖女としての役目に悩み、眠れなかったなど。ただでさえ、人違いで迷惑をかけているのに、弱音を吐いて、これ以上、面倒事を増やしたくなかったのだ。
あと単純に空腹で眠れずにいたのを話すのは、エリナの乙女心が許さなかった。
互いに無言になり、その場に重たい空気が流れる。何も言えずに黙ってローランとヒカリの逢瀬を眺めていれば、二人の行動はどんどんエスカレートしていった。
(わぁーお、すっげぇな……)
別の意味での気まずさに耐えきれなくなったエリナは、アルノルトの袖口をちょんと掴んだ。そして、彼の方に顔を寄せて小声で話しかける。
「あの二人って……どういう関係なんですか?」
「ああ、恋人同士だよ」
もしかしたら聞いてはいけないことかと思っていたが、こうもあっさりと肯定されてしまうとは。驚くエリナにアルノルトは説明を続ける。
「ヒカリがこの世界にやってきてすぐかな。彼女は王都を飛び出していって、それをローランが追いかけたんだよね」
「……へぇ、そうなんですか」
「そこからどんどん仲良くなって……確か、ヒカリが薬を調合するようになったのも、ローランがよく怪我をするからとかって言ってた気がするよ」
アルノルトの話を聞きながらも、エリナは二人を眺めていた。愛おしいとばかりの表情で互いを見つめている。
「ヒカリがいま住んでいる場所も、実はローランの故郷なんだ」
「えっ」
「ローランには足の悪い妹君がいてね。ヒカリはローランが忙しくて中々様子を見にいけないから、代わりに近くに住んで世話をしたいって」
「そう、だったのですね……」
(救国の聖女となれば、王都に戻らなくてはいけない。それはつまり、ヒカリさんにとっては嬉しいことではなくて……確実にヒカリさんが本物の救国の聖女だけど、あそこまで想いあっている二人の幸せを壊すのは、心苦しいよ)
「ごめんね」
突然の謝罪にエリナが目を丸くすれば、アルノルトは眉を下げた。
「ヒカリに会いたいって言ってたでしょ。ヒカリと会うことで、元の世界のことが恋しくなってしまうんじゃないかって……不安で。ごめんね、俺の勝手で」
(何だか意外とあっさりこの世界のことを受け入れてしまっていたけど……そうか、もう元の世界には帰る方法はないのだっけ)
元の世界では出会うことのなかったイケメン達に優しくされて、すっかりそんな事は忘れてしまっていた。いい性格してるなと、エリナは自分で自分を褒める。
「なるべくここがエリナにとって、良い環境になるように俺も努力するから。だから、エリナも何かあったら一人で悩まずに話して欲しい」
聖女の務めについて悩んでいたことを、アルノルトは知っていたのだろう。心配そうな表情でお願いをするアルノルトを見て、エリナはあっさりと心を決めた。ここ数日、悩んでいたのが嘘のように。
(たとえ、偽物の聖女だとしても……ここまで想ってくれるのであれば、それに応えたい。応えられるように頑張りたい)
そう、決してアルノルトの顔がどタイプだからもうちょっとだけ近くで見ていたいからではない。
ヒカリとローランの仲を引き裂くのが心苦しいからだ、みんなの期待を裏切らないためだ、と。エリナは自分に何度も言い聞かせた。
「……私、頑張ります。ヒカリさんの方が救国の聖女にふさわしい存在だとしても。この世界を救えるように、アルノルト殿下の力になれるように」
そして、そのままエリナはアルノルトの手を取った。
「だから、もう少しだけ待っててくれますか?」
上目遣いで自身を見つめるエリナに、アルノルトの顔が薄らと赤く染まる。
「もちろん、エリナの気持ちが決まるまでいくらでも待つよ。俺もエリナしか考えられないからね」
真剣な眼差しでそう伝えるアルノルトの様子に、何だか愛の告白みたいだな、と思った。しかし、勘違いだろうと、エリナは笑みを浮かべて返事をする。
「ありがとうございます! 立派なスキルが身につくよう頑張りますね!」
「……スキル?」
「とりあえず、祈りの力で浄化とかできるよう頑張ります! やっぱ聖女といえば、回復魔法系ですよね…」
ぶつぶつと呟くエリナの言葉に今度はアルノルトが目を丸くした。そして、数十秒ほど考えた後、何やら納得したように頷いた。
「……なるほど、そういうことか。どうりで…」
「アルノルト殿下?」
「いや、何でもないよ」
首を傾げるエリナに、アルノルトは笑う。そして、少しだけ目を細めた。
「エリナは立派な救国の聖女として、もっと先に進みたいってこと?」
「はい! もちろん!」
「じゃあ、手始めにアルノルトって呼んで」
「ん?」
「ほら、アルノルトって」
何故、名前を呼ぶことが立派な聖女への道に繋がるのかと、エリナは疑問に思ったが、この顔面の良さには逆らえない。
「アルノルト……?」
恐る恐るそう口にすれば、アルノルトは満足気に目を細めた。そして、エリナの手の甲にそっとキスを落とす。
「なっ?!」
「これぐらいで驚いてたら、これから先もたないよ」
その言葉にエリナの頭の中に疑問符が浮かぶ。
(これぐらい、って……この世界では挨拶態度ってこと……? 確かに、出会った時にもハグされたっけ)
まあ外国みたいなものだしな、とエリナは少しズレた考えをしながらも、受け入れることにした。そんな彼女の様子を、アルノルトは楽しそうに見ていたのだった。
◇◇◇◇
今にも鼻歌でも歌いそうなぐらい楽しそうに、アルノルトは廊下を歩いていた。
そんな彼を一人の男が呼び止める。
「アルノルト殿下」
「……ああ、ローランか。どうかした?」
何も言わないローランに対して、アルノルトは肩をすくめた。ローランの言いたいことは分かっている。しかし、本人はそれを口にするのが恥ずかしいのだろう。
仕方ないと思い、アルノルトは口を開いた。
「心配しなくても、先ほどの事なら誰にも言わないよ。ただまあ、恋人同士とはいえ、あまり外でああいう行動をするのは控えた方がいいと思うけど」
「……自分とヒカリはそういう関係ではありません」
あそこまでしておいて、それは無理があるだろう─とアルノルトは思った。しかし、この世界では貴重な存在である彼女との関係を、隠しておきたいローランの気持ちもわかる。
「それだけ? じゃあ、もういいかな」
「エリナ様に教えてさしあげないのですか」
「なにを?」
首を傾げるアルノルトにローランは思わず顔を顰める。分かっていて知らないふりをする、アルノルトの悪いところだ。
渋々と言った表情でローランは口を開いた。
「救国の聖女の本当の役目を」
その言葉にアルノルトは笑みを浮かべた。
そもそも、救国の聖女には特別な力など必要ない。なぜなら、救国の聖女とは、王族の花嫁のことであるからだ。
この世界では、圧倒的に女性の人口が少なく、後継ぎの問題がある。
そのため、王子が生まれた際には異世界より花嫁を連れてくるというのが決まりだった。もちろん、誰かれ構わず召喚するわけではない。こちらの想いに応えてくれる人物のみが選ばれるのだ。
ちなみにエリナもヒカリも「今すぐにでもイケメンでお金と権力持ってる人と結婚したーい!」と願っていたので、召喚することができたのだった。
さらにいうと、エリナは勘違いをしているが、朝に二人で神殿に捧げている祈りも、世界平和のためなどではなく、夫婦円満でいられますようというための祈りである。
「今はまだ早いかな」
先ほどの様子を見るに、エリナは勘違いをしている。ここで無理強いをして嫌われてしまえば、意味がない。
だから、エリナが救国の聖女の本当の役目を知った時、拒絶されないように。自分を受け入れてもらえるようになるまで、待つと決めたのだ。
どのみち、元の世界へは帰せない。それならば、少しでも彼女にとって、ここが過ごしやすい場所になるようにと。
まあ、それについてとやかく言ってくる連中もいるが、そんな奴らは気にしない。全員、権力で黙らせてしまえばいい。
「……そうですか」
「心配しなくとも、ヒカリを奪うような真似はしないよ。俺の花嫁はエリナだけだ」
彼女の調合の知識には惹かれるものがあるが、基本的には全て魔術で補える。あれば助かるが、なくても、困るというものではない。
(それに初めて会った時からなぜか嫌われているし、どのみち彼女とでは夫婦としてやっていけなかっただろう)
アルノルトの言葉にローランは目を泳がせる。
「そういう意味では……」
「周りがうるさいかもしれないけど、俺はただ君たちの幸せを願ってるよ」
たまたま召喚されたとはいえ、ヒカリもこの世界では貴重な女だから妾にしろだなんて、失礼なことを言ってくる連中もいるが、アルノルトにその気はない。
そもそもローランと仲睦まじく過ごしているというのに、わざわざ二人を引き裂くなど、そんな野暮な真似をするものか。
「お幸せに」
深々と頭を下げながらお礼を言うローランに、ひらひらと手を振ってアルノルトはその場から去った。
それにしても。一度も救国の聖女に、特別な力が必要だなんて伝えたことはないのだが、どうしてエリナは勘違いをしているのだろうか。
ヒカリとエリナには、神官が同じ説明をした。その結果、ヒカリは「イケメンとは結婚したいけど、王子はタイプじゃないから絶対むり! 私は暗黒微笑系男子じゃなくて、もっと硬派な男がいいの!」などと言って、そそくさと王都から去ったのだ。
実際、アルノルトも一目見た時からヒカリではなくエリナに惹かれていたため、都合はよかったのだが。
「……そういえば、暗黒微笑系男子って何だろ」
今度、エリナに聞いてみよう。あまり前の世界のことを思い出すような事を言うのは、逆効果かと思って控えていたが、仲良くなるには些細な世間話も必要だろう。
そして、いずれもう少し関係が進めば、どうして勘違いしたのかも、聞けばいい。まだ時間はたっぷりあることだ。
アルノルトはこれからのことが楽しみで仕方なかった。
「待つのは得意だけど……その時が来たら覚悟してね、エリナ」
アルノルトはひどく楽しそうに笑った。
それから数年後。
救国の聖女の本当の役目を知ったエリナは、無事にアルノルトの妻として、共にロマン王国を支える王妃となった。
そして、いつものようにエリナがアルノルトの腕の中で微睡んでいれば、思い出したかのように彼女は口を開いた。
「そういえば、ずっと気になっていたんですけど」
「なに?」
「何で普通に花嫁じゃなくて、救国の聖女って呼ぶのですか? ややこしくないですか?」
「あー、その方が特別感でて、評判がいいって神官に言われたから」
その言葉にエリナは思った。確かに自分も聖女という言葉に、心が躍ったなと。
「……まあ、確かにね」
「でもエリナがそう言うのなら、これからはやめようかな」
それで、承諾率が下がっても嫌だな。そう思ったエリナは、「暫くはそのままでいいんじゃない?」と答えたのだった。