7。どうしても誤魔化したい
流石に港や船の中で会話する訳にもいかず、私たちは近くの岩場の影で話し合いをすることにした。
端から見るとかなり、というか完全に危ない取引でもしてるようにしか見えない。なんなら、私が子供に見えすぎて警邏を呼ばれるのでは、と少しビクビクしている。
ロイド隊長は、相変わらず私を凝視している。確かに、王子の婚約者になって家出するまでの数年間は週一で顔を合わせていた。髪を切ったぐらいじゃ、知り合いには流石にバレる。
…というか、今更ながら私は週一で王子とお茶会してたのか。そういう決まりだったから仕方ないんだけど、正直王子の顔は見飽きたかもしれない。
髪は王道って感じの金髪で瞳が紫色の、確かに美形だったんだけどね。昔は年相応な顔立ちで可愛かったし、今は多分ゲームのようにカッコいい系になってるんだろう。会いたいとは思わないけど。
船長の背中に隠れてそんなことを考えていれば、バキッ!と大きな音が響いた。ぎょっとして顔をあげれば、頬が赤くなっている船長と拳を握りしめているロイド隊長が。
殴ったんだ。ロイド隊長が、船長の顔を。
……は??この堅物バカ真面目野郎はうちの船長に何してくれてんの???
「…っ、てぇな、この」
「成敗っ!!!!!!」
「え、ちょっい"っっっっっ…!…ぐ、ぅ……」
「うっわえげつな……アレク、お前何してンだ?」
「下っ端を差し置いてうちの船長を殴ろうなんざ、一億万年早いんですよ!!!」
「だからって思いきり急所蹴るか?あと、その船長の後ろに隠れてた奴が偉そうに何を言ってやがる」
殴られたと言うのに、顔色を悪くしてロイド隊長に同情の目を向ける船長。何でですか!!
それに船長とかクルーを抜きにしても、いきなり顔を殴るのはどうかと思う。せめて胸ぐら掴むとかに留めておいてほしかった。
まぁ、もし船長の胸ぐらを掴んでても蹴るんだけどね。だってほら、私今海賊の下っ端だし。船長の部下だし。上司が絡まれたら助けなきゃね、うん。
「大体、何でいきなり船長の顔殴ったんですか!そりゃあ船長は口もガラも悪いし、ついでに意地悪っすけど!決して喧嘩っ早くもないし、陸で面倒事を起こすような人じゃありませんよ!!」
「おう、言ってくれんじゃねぇかアレクテメェ。誰の口とガラと意地が悪いって?」
「アッッえっと、えっと、聞いてるんすか!?そこで踞ってる通りすがりの人!!」
「後でゆっくり話をしようじゃねぇか……あと、まだ復活してねぇんだから勘弁してやれ」
やばい、本当のことを言い過ぎた。これは確実に今夜は寝かせねぇぜ(怒)状態だ。何時間の説教で済むかな…
しかし、流石に強く蹴りすぎたらしい。いまだ踞り呻いているロイド隊長に少しだけ、ほんっっの少しだけやり過ぎたと反省する。0.2秒くらい。
仕方がないので、復活するまで赤くなってしまった船長の頬を見ることにした。本人は別に平気だって強がっているが、近衛騎士隊長の拳である。しかもかなり酷い音がした。
歯は折れていないようだし、出血もしていない。どうやら多少加減はしてくれたらしい。…加減してあの音ってヤバイでしょ…
「船長、本当に大丈夫ですか?」
「平気だっつの。こんぐらい怪我に入んねぇよ。ほっときゃ治る」
「そりゃいつかは治るでしょうけど…何か冷やすものないかな……あ、海でちょっとハンカチ濡らして来ます!」
「あ!?別に大丈夫だって…おい、待て!」
常にハンカチを持っておいてよかった。水は近くにあるし、夜の海は冷たい。濡らして少し絞って、軽く振って風に当てれば結構いい感じになる。
海までたった2、3メートルだっていうのに心配する船長の頬に、冷えた濡れハンカチを押し付ける。不機嫌そうに睨んで来るが、こればっかりは腫れないように応急処置してるんだから許してほしい。
「………自分で持てる。ありがとな」
「あ、そうっすよね。自分で当てた方がいいか。いーえ!乾いたらまた濡らしてきます!」
「乾くまで居ねぇよ。飯もまだだしな…で?そろそろ話せるか?『通りすがりの人』?」
確かに、さっさと話を終わらせて宿屋に帰った方がいい。ご飯は遅くなってもいいから、先に船長の手当てをしたい。宿屋に船医がいてくれたらいいんだけど。
そんなことを考えつつ、船長の言葉にロイド隊長を見る。まだ顔がしかめられているが、いくらか復活したらしい。
私としてはいきなり船長を殴った理由と謝罪を聞きたいんだけど、船長は話しかけてきた理由が聞きたそうだ。
何で性別バレの危機が去ったと思えば、突然身バレの危機が来るのだろう。神様はどうしても私を海賊では居させてくれないというのか。
「…その、突然殴ったりして、大変申し訳ありませんでした……」
「ンなことより、コイツの――」
「そうですよ!!何で船長を殴ったんですか!!よりにもよって顔を!!」
「おい」
「アレクシア嬢を返す気がないと言うから、思わず…しかし、まさか海賊に拐われていたとは…必ずお助けいたします、アレクシア嬢」
「さっきから一体誰の話をしてるんですかね!!!僕分っかんないなぁ!!!!!」
くっそ、アレクシア嬢って連呼するのやめて!!船長の視線が痛いの!!見なくても説明を求める目をしているのが分かるぐらいの視線が…!!
こうなったらすっとぼけ続けるしかない。仲間に甘い船長が諦めるぐらいに!!
「?アレクシア嬢ではない…?いえ、暗くてもそのご尊顔はよく分かります。成長しておられるが、貴女は間違いなくアレクシア嬢だ」
「ううん!僕、男だよ!!確かに名前はアレクで似てるけど、本っ当にただの偶然じゃないっすかね!」
「しかし、それにしたって似すぎている気が…」
「世界には三人ぐらいそっくりな人が居るって聞いたことありますよ!薄い茶髪も緑の目も珍しくないし、アレクなんて名前もいっぱい居るっすもん!」
できる限り声を低めに、それでいて貴族令嬢っぽくない喋り方を心がける。
この世界にも、自分と同じ顔が二、三人はいるという迷信は存在してる。ロイド隊長がその話を知っているかは知らないが、これで押し通すしか…
「なるほど、そうだったのですね!人違いだというのに、大変失礼な真似をしてしまいました。深くお詫び申し上げます」
通ったー!!!!そうだ、この人私が裏でこっそり「ちょロイド隊長」って呼んでたぐらいちょろいんだった!!素直なのはいいことだと思うよ、うん!
直角90度の謝罪――と言うか、私の無理ある説明をあっさり信じたからだと思う――にドン引きの船長が、引きつった顔で謝罪を受け入れる。
お詫びに食事を奢ると言う話を断り、私たちはロイド隊長から逃げるように宿屋へと向かった。
宿屋につき、取り敢えずまとめていくつか借りていた部屋の一つに船長と共に雪崩れ込むように入る。出来る限り彼が確実にいない空間、というものが欲しかったのだ。
素早く扉を閉めれば、静かな部屋に二人して脱力する。
いやもう、どっと疲れたわ。