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船長視点、1

 キアネアの街。そこは、俺たちがよく物資の調達に使っている比較的大きな港町だ。色んな店があるし、品揃えも悪くない。

 なにより、ここの住民は肝が据わっている者が多い。俺たち相手に臆すことがないため、相手をしていて気持ちが良いというのが、ここを利用する一番の理由だろう。


 そんな街だが、どこでもやはり荒くれ者という者はいる。もちろん俺たち以外で、だ。

 うちのクルーは決して弱くない。陸の奴らに負けるような、軟弱な鍛え方はしていないことくらい分かっている。分かってはいるんだが。


「船長ー!あれなんですか?あっちは何の店ですか!?凄く良い匂いがしますが、何の匂いですか!?」

「おい、アレク!勝手に彷徨くンじゃねぇ!!迷っても知らねェぞ!!」

「だってだって、初めて見るものばっかりなんすもん!」


 初めてこの街に連れてきた時、キラキラと目を輝かせてはしゃぐアレクを一人で歩かせてはならないと思ってしまった。

 だって、絶対に拐われる。まだ成人前のガキだから、男だろうが女だろうが関係なく人攫いの餌になるだろう。

 ドミニクからは過保護だと笑われた。確かに、今までこんなことを気にした記憶なんぞない。だがしかし、気になってしまうのだ。

 どうしても、初めて同業者とやり合った時のあの顔を思い出してしまい、できる限り甘やかしたくなるのだ。


 そんな俺の気持ちなんぞ無視して、一週間も血の臭いをさせてたのは本当に腹が立つが。


 分かるか?突然前触れも無く、特に怪我をするようなことも無かった筈なのに、というかさせないように気を付けていた筈なのに。それを嘲笑うかのように、アイツから血の臭いがしてたときの俺の気持ちが。

 あまつさえそれを隠しやがるもんだから、服をひっ剥がして調べてやろうかと思ったぐらいだ。流石に自重したが。

 船医は嫌がるから、街医者に連れてった時は驚いた。まさか元貴族のじいさんと知り合いだったとは。


 アレクの身元は一切知らない。どうでもいいことだし、この船にいる奴らは基本的に色々あって身分すらない者が大半だ。それを主にドミニクが拾ってきた集まりである。

 だからアイツのことも気にして無かった。しかし、過去の知り合いが出てくれば話は変わってくる。


 俺の船から降ろしたくない。確かに、そう思った。


「ろーくさーす船長~」

「……あ?あぁ、ドミニクか」

「ん?何か考えごとでも邪魔しちゃった感じ?アレクのことで話があったんだけど」

「別に大したことじゃねぇ。さっさと話せ」


 そんなことを思い返していれば、いつの間にかドミニクが目の前に居た。現在地は街の一角にある飯屋である。そこで小腹満たすべく、適当に摘まんでいたところだった。

 噂をすればなんとやら。丁度考えていた奴の名前を出され、思わず食い気味に答えてしまった。キョトンとしたドミニクが、それに気づいて笑い出す。


「ふふっ。やっぱり過保護」

「…うるせ。で、アレクがどうしたって?」

「あぁ、そうそう。あの子今『華蝶』に居るから、ちょっと迎え行ってきてくれない?」

「…………は??華蝶って、娼館だろうがよ!何だってそんなとこに…まさか、ドミニクお前」

「行ってみたいって言うから、ちょっとね。日暮れ前に迎え行くって言ったんだけと、急用が入っちゃって」

「何が急用だ、クソボケが。仕方ねぇ…『華蝶』だな?」

「あ、行ってくれる?よかったぁ。ダメだったらどうしようかと。じゃあよろしくね~」


 ドミニクはそう言うと、へらへら笑ってそそくさと何処かへ行ってしまった。一番長い付き合いだが、未だによく分からん奴である。

 というか、どうせyesと言うまで粘るつもりだった癖によく言うぜ。


 テーブルにあった食い物をさっさと片付け、言われた通り娼館『華蝶』へとやって来た。

 大体、なんで娼館なんかに行きたがったんだアイツは。成人もしてねぇのに、こんなとこに来たって相手にすらされないだろう。たとえ買えても、一晩会話して普通に寝て朝に帰らされるだけだと思うんだが。

 店に入れば、婆さんが不意を付かれたような表情でこちらを見た。何だってんだ。


「おや、迎えはロクサスかい?こりゃあ、しまったね。てっきりドミニクが来るもんだと思ってたよ」

「ンだよ、俺じゃ悪いってか?」

「そうさね……ま、むしろ好都合か。あの子はあっちの従業員用休憩室に居るよ。覚悟しておいた方がいいかもね」

「は?」


 先導する婆さんの後をついて行けば、何度か顔を出した事のある休憩室へとついた。中からは楽しげな女たちの声が聞こえてくる。

 その中に聞き覚えのある声がして、人懐っこいアイツは娼館の奴らともすぐに仲良くなれるんだなと、少し感心した。


 開けられたドアの先を見て、そんな思考は全てぶっ飛んでしまったが。


「…おま、は?」

「え、せっ、船長!?何で!?」


 そこに居たのは、ここ二年間で毎日顔を見ているアレクだ。しかしその顔には化粧が施され、ただでさえ童顔で可愛らしい顔立ちだったものが、どう見ても女にしか見えないよう仕上げられている。

 一番の問題はその服装だ。体のラインが分かりやすいマーメイド型で、片側にスリットが入ってるせいで動く度に少し危うい。しかもサイズが微妙に合わなかったのか、首元が若干ずれているおかげでチラリと肩が見えているのが何とも……って。

 いや、いやいやいや!!コイツは男だろうが!!何が危ういだ!!いくら見た目が女だとしても、中身は男……


「ねぇ、夜波の船長~♡この子どう?完璧に可愛く出来たでしょ?」

「あ?…いや、男を可愛くしてどうすんだ」

「あら、そんなこと言って。私たちの腕が悪いって言いたいのかしら?」

「何でそうなる……」


 思わずため息をつけば、女装させられた――本人がノリノリでした訳じゃねぇよな?――アレクが、おずおずと口を開いた。


「…せんちょー。やっぱり、似合ってませんか?」


 身長差的に自然と上目使いになったアレク。その顔はどう見ても女にしか見えなくて。


「……………似合って、る…」

「…!え、ほ、本当!?ふふ、えへへ…」


 絞り出すように本音を言えば、アレクは両頬に手を当てると嬉しそうに笑う。男のくせに何でそこで照れる。


「ほら船長!もう一声!」

「は!?」

「もっと言うことあるでしょ!」


 もうそろそろ満足したかと思えば、女たちがこそこそと耳打ちをしてきた。他?他に言うことなんてあるか?

 つか、似合ってる時点でもう充分だろ。女ならともかく、男を誉めたところで何だってんだ。本人だって、今の格好を誉められていい気には……なってたわ。

 黙りこんだ俺を不思議に思ってか、先程よりも近づいてこちらの顔を下から覗きこんでくるアレク。ふわりと、強すぎない甘い香りがした。

 こちらを見上げる緑の目が、今まで見てきたどの宝石よりも美しく見えて。


「………可愛いな…」

「ぅえ!?!?」


 自然と、そんな言葉が零れ落ちた。

 目の前で真っ赤になった顔を見て、自分の発言を気にするよりもやっぱり可愛いと思ってしまう。しかしすぐさま正気に戻って、頭を抱えたくなった。


 ニヤつく女たちに散々からかわれまくったのは、言うまでもないだろう。クソが。

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