5。女寄らばすなわち恋バナ
「いや~ん♡か~わ~い~い~♡」
「ふっ……私たちにかかれば、どんなずぼら女もこんなもんよ!!」
「髪が短いのが残念だわ~」
「折角だからこれから伸ばしましょうよ!」
「貴女の茶髪は色が薄いから、綺麗な金髪にも負けないわ!」
「あははは…気が向きましたら、そうします…」
娼館のお姉様たちに揉みくちゃにされ、私は二年ぶりにきらびやかな女物の服を着せられていた。
流石大人の女性というか、むしろこの職故なのか。彼女たちには、私が女だと秒でバレていたのである。まぁ、だからこそ風呂に突っ込まれたのだろうけど。
潮風でゴワゴワになっていた髪はトリートメントでトゥルントゥルンにされ、日に焼け満足に手入れもしていなかった肌もモチモチプルンにされた。
いくらノリノリで男装して海賊をやっていても、私だって年頃の女の子である。久しぶりにこんな綺麗にされて悪い気はしない。というか、むしろ嬉しい。
それでも、お姉様たちに着せ替え人形にされたのは流石に疲れた。あれもいいこれもいいと、可愛らしいものや少しセクシーなものまで色々と着せられた。
今着ているものは、藍色を基調とした袖がゆったりとしたシースルーのマーメイドワンピースだ。片側にスリットが入っていて、ちょっと大人っぽい。
そして私は、彼女らの会話を聞きながら一つ気づいたことがある。どうやら皆、私をこの娼館の新人だと誤解しているようなのだ。
何も言っていないのに仕事の話を聞かされた。普通にホワイト営業っぽかったけど、正直生々しい仕事内容の話はあんまり聞きたくなかった気もする。
こういう仕事してる人、本当に凄いと思う。私は多分無理だ。ほとんど知らない男の人と、なんて。
いくらオババがまともな人を選別してるとしても、だ。多分、というか絶対に無理。怖くなって泣くかもしれない。
話を聞いて不安定そうにする私に、お姉様たちは安心させるように微笑む。白魚のような手で優しく撫でられて、つい顔が緩んだ。
いや、別に私ここで働きませんけどね!?
どうにか誤解を解き、私はようやく本題に入ることが出来た。
「――と、言うわけなんです。船から降りたくないし、でも女だってバレて関係が変わるのもイヤで…」
「うーん…あの船の人達がそんなことで変わるとは思えないけど、そこは仕方ないわね。誰でも不安になるわ。一人でよく頑張ったわね」
「お姉様…!」
豊満な胸に抱きしめられ、同じ女だというのに鼻の下が伸びそうになる。一応元令嬢としての矜恃が、ギリギリで表情を引き締めてくれたが。
「アレの臭いを誤魔化せればいいんでしょ?確かに、バレてるのは恥ずかしいわ!」
「香水なんてどうかしら。日頃から付けるようにしておけば、周期が来てもバレにくくなるわ」
「後は、たまに薬で周期をずらせばいいんじゃないかしら?そうすればバレる確率は低くなると思うわよ」
「あとは……」
お姉様たちはあれはどうだ、これはどうだ、と色んな案を出していく。思ったより参考意見が出てきて、私はほっと息を吐き出す。これで「手は何もないわ」なんて言われたら、今度こそ船から降りる決意を固めねばいけなかった。
話し合いの末、無難かつ続けやすいという理由で、私はお姉様たちにオススメされた庶民向けの香水店で香水を購入することにした。後はゲンさんから薬を貰えば、ひとまず不安は少なくなるだろう。
お試し的にこの場にあった香水を嗅がせて貰ったが、いい匂いだけど少し強すぎる気がした。あと、やっぱり女性っぽすぎると思う。
「男物の香水ってないんでしょうか?もう少し、こうスッキリした匂いのやつとか」
「そうね……ミントを使ったものならスッキリしていて、男性がつけてても違和感がないわ。でもほら、平民の男性は香水なんてつけないから」
「ですよねぇ。あんまり、船の上で邪魔にならないような匂いがいいんですけど」
そう言えば、お姉様たちは「邪魔って?」と首を傾げる。
「風の匂いとか、潮の匂いとかでも海の様子が知れるんだって。だから、スッキリしたようなやつがいいなって」
「なるほどね。それなら、お店に行ってみないことには分からないわ。ここにあるものが全てじゃないもの」
「それもそうですね!後で早速行ってみます!」
そこからはキャッキャッと女子トークが始まった。私が今まで行ったことのある街や島などの話もしたが、もっぱら彼女らが聞きたがったのはやはり恋バナである。
いくら男装してても、船の上で気になる人はいないのか、と。
ここはうちの海賊団のクルーがよく来る店らしく、ある程度顔を知っているのだろう。彼はどうだ、あの人はどう思ってる?等々……うーん、どうしたものか。
そのうち、何故か船長と副船長のどちら派かという話になった。確かに、うちのトップ2は顔が良い。荒々しい嵐の海の様な船長と、穏やかな昼の海の様な副船長。勿論二人もこの店を利用したことがあるため、ここの女性たちの中で意見が割れているらしい。
私はその話を聞いたとき、何故か胸がもやっとした。でもそれはあまりに小さくて、気のせいだとすぐに思考の隅へと追いやる。
「で?アレクちゃん的にはどっちが好み?」
「えぇー?どっちと言われても……うーん…強いて言うなら、船長?」
「キャー!何で何で?」
「え、えと、あ!船長の剣が凄い格好よかったんです!まさにイメージ通りって言うのかな……副船長も性格に似合わず結構豪快な戦い方なんですけど、船長はもっと、こう、勢いが違くて!!」
彼が剣を振れば、いつの間にか敵が倒れている。世界一恐ろしい海賊と言われるだけあって、船長の強さは頭一つ抜けているだろう。
だが、ただ強いだけではない。彼の剣は、間違いなく仲間を守るためのものだ。まず優先するのは仲間の命。そのために、鋭く敵を殲滅していくのが船長のスタイルなのである。
ふと、私が船に乗ってから初めての『同業者』との戦闘を思い出した。船長から、私は絶対に人を殺すなときつく言われたあの戦闘。
沢山の荒くれが船の甲板に乗り込んできた。私は剣を握っていたけれど、情けないことに、本物の殺気と空気に飲まれて一歩も動くことが出来なかった。
それに気づいた船長が、私を庇いながら戦ってくれたのだ。
敵を真っ直ぐに見据え、決して目を逸らすことはしなかった。それでも後ろの私を、他の仲間たちを気にしていた。何かがあれば、すぐに助けられるように。
あの光景は今も鮮明に目に焼き付いている。
私はあの日、改めて船長が、ロクサス・サッチがそこに生きていると実感したのだ。
それを思い出しながら語った私は、一体どんな顔をしていたのか。向けられる熱い視線にハッと周りを見れば、その場にいたお姉様たちが物凄くニマニマしながらこっちを見ていた。
待って私今なんて言った!?!?