3。強制連行先は病院です
どうにか血の匂いを誤魔化し、無事に例の周期を乗り越えた数日後。
「いいか野郎共!天気次第だが、四日後の朝には出るつもりで行動しろよ」
「保存食は今から買ってもいいけど、他の食べたいものは最終日に買うよ~に。それじゃ、衛兵に捕まらない程度にはしゃいでこい!」
「「「ぃよっしゃあー!!!!」」」
「わーい!」
「おっと。お前はこっちだ、アレク」
「なんでっ!?」
我ら夜波の海賊団、本日は久しぶりの陸地である。
ここは『キアネアの街』という夜波の海賊団御用達の港町で、うちは特に悪さもせず買い物をしていくのでいい客として親しまれている。私も何度か来たことがあった。
自由時間を与えられた男たちは、やれ酒だ、やれ飯だと我先に飛び出していく。対して私は、特に行きたい場所もないという下っ端仲間のレックとマルズの二人と街を回る予定であった。
浅黒い肌の金髪イケメンなレックと、優しげなたれ目で青空のような髪をしたマルズ。この二人はとても仲が良く、うちで二番目に息の合ったコンビである。ちなみに一番は船長とドミニク副船長だ。
彼らも比較的新人の立場であり、私も交えて新人三人組と可愛がられている。
そんな二人と街に飛び出そうとした途端、突然船長に首根っこを捕まれた。首は絞まらなかったが、おかげで前に進めない。
振り返った二人が、あーあ…とでも言いたげな顔をした。いいから助けてほしい。
「アレクってば、また何かやらかしたんでしょ。仕方ないから宿屋で待っててあげるよ」
「早めに反省して解放してもらわねぇと、俺ら二人で街回っちまうからなー!」
「えっ、ちょ、二人の裏切り者ぉー!!」
大変良い笑顔で片手を上げ、さっさと行ってしまった二人。言葉や表情の裏側に、『船長の説教に巻き込まれないうちに逃げよう』という感情が丸見えであった。くそぅ。
じたばたと暴れるが、どうやら見逃してはくれなさそうである。一応アレはもう終わったので、あまり警戒するようなことはないはず――
「んじゃ、病院いくぞ」
「…い、嫌だー!!!」
めっちゃあった。なんてこった。
病院と聞いて本気で嫌がる私を、船長と副船長は子供のように扱って病院へ引きずっていく。微笑ましそうにこちらを見るドミニク副船長が、これ程憎いと思ったことはないだろう。
別に注射はしないとか言われても、私が嫌がる理由は違うので何も安心できないのだが。
そうして必死の抵抗虚しく、街の小さな病院につれていかれた。この二年間健康でやって来たため、この街の医者との面識はない。こんなことになるなら、先に顔合わせをしておいて共犯者でも作っておくべきだった。
足元で心配そうに鳴くイーヴォは、ドミニク副船長に捕まって病院の外での待機となってしまった。あぁ、精神安定剤が……。
「おい、じいさん。患者だぜ」
「なんじゃ、ロクサスか。ワシの弟子じゃ不満か?」
「うちの船医は優秀だよ。ただ、コイツが嫌がンだ」
「ほぅ?最近、お前さんのとこに幼い子までも入ったと聞いたが…おや?」
「ぼぼぼ僕大丈夫なんでほんと、いやもうめっちゃ元気……え?」
病院に居たのは、おじいちゃん医者だった。顎に白い髭を生やし、白衣がとても似合っている、医者というより科学者っぽく感じる人だ。
いやしかし、なんだか見たことある気がするんだよなぁ、このおじいちゃん。年齢的に、今世のお祖父ちゃんと同年代だろうか…お祖父ちゃん?
「あ、え?も、もしかして、ゲンさん…?」
「おぉ!やはり、アレクシ」
「はい!!アレクです!!!お久しぶりです!!!」
「おぉ、お?」
あっぶない。本名を言われるところだった。偽名を使うよりは本名からそのまま持ってきた方が変に怪しまれないと思っていたのだが、まさかこんなところで知り合いに会うなんて。国から出ていたから油断していた。
彼はゲンナージ・ロビンソン。私のお祖父ちゃんの友人で、薬学研究で世界中を飛び回っていた人だ。今は弟子も一人立ちし、どこかに隠居していると聞いていたが、まさかこの街にいたとは。
先程とは打って変わって、飛び付くようにゲンさんへと近づく私。それに船長が不満そうな顔をしたが、今は構っている場合ではない。何か言われる前に話をつけないと。
「僕、ゲンさんなら平気だよ、船長!別に元気だけど、久しぶりにお話ししたいな!」
「まさか知り合いだったとはな。だが話しは診察の後だ。じいさん、コイツ一週間も怪我隠してやがったんだ。診てやってくれ」
「ふむ?それはそれは…どれ、アレクの体の調子も気になるしのう。診察はするが、お主はほれ、心配なら待合室におってよいからここを出なさい」
「俺の部下だぞ。別に居ていいだろ」
「ほっほっ。誰しも知られたくない過去と言うものがあるじゃろうて。診察ついでに、思い出話でもさせとくれ」
「……チッ。待合室にいる。終わったら呼べ」
どうやらゲンさんは色々と察してくれたらしい。さらりと追い出された船長が、舌打ちをしつつ少し荒めに扉を閉めて出ていった。
それにふぅー、と安堵の息を吐き出す。取り合えず、これで性別バレの危機はある程度去っただろう。
ゲンさんが物凄く苦笑いしながらこちらを見てきた。聞きたいことがあるのは分かるし、私も聞きたいことが沢山ある。
あまり遅いと船長が来るだろうから、悠長にしてはいられないだろう。私は、ゲンさんに家出の理由と現状を簡潔に説明した。前世の記憶云々は言えないが、実はこの世界に存在するもので言い訳ができるのだ。
「ふむ……『精霊のお告げ』か。それでアレクシアは、レーベアル侯爵家が処刑される未来を変えるために家を出たのじゃな」
「うん。一番は学園に通わないことだと思ったから。今思えば、正直に言っても良かったのかも知れないけど。びっくりして、どうにかしなきゃと思って…」
「いや、自分が死ぬ未来を知ったのじゃから仕方ないじゃろう。よくぞ一人でここまで頑張ったのう」
「ゲンさん…!」
精霊のお告げ。それは、精霊が管理し守っている世界樹の不調を治すために行われる、別名『世界の治療』と呼ばれるものだ。
世界樹の枝と言うのは、枝の一本一本がこの世界で生きる生物の一生を表している。枝が傷めば未来が危うくなり、折れるとその人生が終わってしまう。そしてそれは、決して運命ではなく世界の『歪み』であるらしい。枝が痛まずとも危うい未来があるならそうなるし、折れずとも死ぬときは死ぬ。
しかし傷んだ枝を放っておけば、近くの枝も傷んでしまう。折れた枝をそのままにしておくと、そこから病気にかかってしまう。世界樹というのは強く雄大であるが、案外脆く弱いものである。そう教えてくれたのは、精霊であるイーヴォだ。
そして世界樹が枯れるのを防ぐため、精霊が枝を『治療』する。それが精霊のお告げ。告げられた人は無意識にその未来をどうにかしようと動くため、結果枝の傷みも治っていく。折れた枝からは、新たな枝が生えてくる。
そうやって世界を守っているのだ。
申し訳ないが、私はその話を利用させてもらった。そう言えば余計な詮索もされないし、私の場合は仕方がないとある程度許される範囲だろうからだ。
…いや、流石に海賊やってましたは怒られるだろう。これに関してはお告げ関係なく、私が入りたかっただけだし。
「しかし、まさかお主が海賊とはのう……すっかりお転婆になりおって。家に戻るつもりはないのか?」
「うーん……正直、ゲンさんと会うまで家に戻るっていう発想がなかったから、なんとも。それに、戻るとしてもまだ先だよ。何かあるとすれば今年だから、今戻ったら意味がない気がする」
「そうか…皆心配しとったぞ。いくら置き手紙があったとはいえ、お主一人が背負うには大きすぎる問題じゃ。別の国にいくなら留学でも何でも手はあるだろうに」
それは考えなかった訳ではない。しかし、私が貴族社会にいる、というのが駄目な可能性もあったのだ。もしかしたらゲームとは関係なく、家を潰したい奴らがスパイ疑惑でも出してくるかもしれないし。
そう言えばゲンさんも理解してくれたのか、どうしようもないという風にため息をついた。なんだか巻き込んだようで申し訳ない。
「お主の現状は教えた方がいいかの?」
「ううん。流石に海賊してます、なんて言えないよ。言うのなら、余計な誤解を生まないためにも自分で言いたい」
「そうか。なら、たまたま見かけたと言おう。あやつらも、お主の生存を知れば気も楽になるじゃろうて」
「それはお願い。元気でやってますって、楽しく旅してるよって伝えておいて!」
「あい分かった。しかし、隠居しとるグレウスにぐらいは会ってもよいのではないか?顔を見せるぐらい…」
「駄目だよ。顔を見せるのはいいけど、私一人の問題で何日も出航を遅らせる訳にはいかないから」
「……すっかり海賊じゃのう」
その言葉に嬉しそうに笑えば、褒めとらんと軽くチョップを食らった。でも私にとっては誉め言葉だったんだもん。ちなみに、グレウスというのは今のお祖父ちゃんの名前である。
話の流れで家族のことを聞けば、皆元気にやっているとのことだった。私のことは心配だけど、イーヴォがついて行ったことに気づいて多少は安心していたらしい。良かったねイーヴォ。私の家族から信頼されてたよ。
そして、私はようやく今抱えている問題を話した。女子バレを防ぐにはどうしたらいいですか、と。
「うぅむ…そればかりは何とも……ワシからは何も言えんよ。周期をずらす薬は出せるが、飲み過ぎると子供ができない体になる。あまりお勧めはできんなぁ」
「そうだよね……うーん、流石に子供ができなくなるのはなぁ。私にだって子供が欲しい気持ちはあるし」
前世は彼氏というものに縁は無かったし、片想いのまま若くして死んでしまった。そのおかげか、今世では結婚して家庭を持ちたいと、適齢期を過ぎた人が考えるような願望がある。
まぁ、海賊やってる時点でその夢は遠退いている気がするが。別に貴族じゃなければ結婚適齢期はある程度長いし、流石に性別を隠しきれなくなったら考えればいいかと思考を明後日に投げた。
しばらく二人でウンウン唸っていれば、突然ゲンさんが「あぁ!」と声を出した。
「他の女性に聞いてみればよかろう!血の臭いを誤魔化せればいいんじゃろ?」
「……ゲンさん、私今男のふりしてるんだよ?どうやって聞けって言うのさ」
「…まさかお主、性別を知っておる協力者を作っとらんのか?」
「…………ハイ」
今度は呆れたようなため息をつかれた。まず陸にいる時間が短いというのに、どうやって信頼できる協力者を作れというのか。
それに今日もそうだが、陸にいる間は必ず誰かが私に付いている。迷子防止と、単純に幼い私の保護者係である。どうやって作れというのか(二回目)
それを言えば、一つ丁度良い場所があるという。食い気味に聞き返せば、思わぬ所を提案された。
「娼館に行けばよい。そこの客なら女と疑われることもないし、個室じゃから話が聞かれることもないからの」
そ、それは果たして船長が許してくれるのだろうか…?