1。私は下っ端海賊
井上明日香。それが、私の前世の名前だった。
運動と海賊物の話が好きな、ごく普通の女子高生だった私には、自慢の幼馴染み兼親友が二人いた。一人は、優しくてイケメンでモテモテの男の子。もう一人は、美人で可愛くて皆の憧れな女の子。
二人とも、学校や近所で有名な美男美女だった。対して私は外でよく運動し、運動部にも入っていたので、髪は短く肌も焼けていた。
顔も平々凡々で、端から見れば綺麗な花にまとわりつく虫のように見えたのかもしれない。
それでも二人は大事な幼馴染みだし、二人も私のことをそうだと言ってくれた。だから私は、自惚れていたんだと思う。
二人が付き合っているなんて、全く知らなかった。
他の人から教えられて、初めて知った。なぜ言ってくれなかったんだと思ったが、二人は優しいから言えなかったのかもと考え直した。
二人が付き合っているなら、私は完全にお邪魔虫だ。いつも三人一緒だったから、私だけ仲間外れになると気にして言えなかったのだろう。
だから私は、自分から距離を取ることにした。不自然にならないよう、少しずつ部活や運動の方に時間を使うようにしたのだ。
部活のない日などは、読みたい本があるからと部屋にこもったりもした。部活仲間から勧められた乙女ゲームは、言ってしまえば体のいい言い訳になると思って始めたものだった。
二人から誘われた時は、避けていると気付かれないようたまに誘いに乗ったりと、私は慎重に二人から離れようと必死になった。
寂しくないのかと聞かれれば、寂しい!と声を大にして叫ぶだろう。しかし、私は二人が大事だった。だからこそ、二人の幸せのためなら離れることだって厭わない。
そうして放課後に三人で遊ぶこともなくなって、しばらくしたある日だった。
私が階段を降りている時、突然誰かに背中を押された。授業が終わり、部活に向かう途中の出来事だった。
落ちながら咄嗟に後ろを見る。やけに時間がゆっくりに感じられ、私は押した犯人の顔をしかと見た。
それは、私に二人が付き合っていることを教えてくれた女子の一人だった。
どうして、と思った。私は彼女らに言われた通り、二人の邪魔をしないように離れた筈だ。寂しさを我慢して、どうせいつかにはこうなるのだと、自分の心に――彼に寄せていた、想いに蓋をして。
だというのに、何という仕打ちだろうか。離れた筈なのに、何が彼女をここまで駆り立てたのだろうか。
何も分からないまま、結局この想いを伝えることすらできないまま。
ゴシャリと、世界が暗転した。朦朧とする意識の中で、彼女が何かを喚いていた声と、大好きな二人の叫び声が聞こえた気がしたが。
もう何だかどうでもよくなっていた私は、そのまま意識を手放した。
それが、モーニングティーを飲んでいる最中に思い出した私の前世の話である。
ここで私が一つ言いたいのは、そこは何かの事故で死にかけたとか、頭を打ったとか、そういう感じで思い出すものではないのかということだ。
何が悲しくて、ハーブティーを口に含んだ瞬間に思い出さなければならないのだろう。危うく噴き出すところだった。代わりに盛大に噎せたけど。
そうして前世を完全に思い出したことにより、私はこの世界が乙女ゲームの世界だと気づいた。このままいくと、私もろとも一族全員が処刑されることも。
自分も死にたくないし、大好きな家族が死ぬのも嫌だった。だから私は家を飛び出した。誰にも内緒で、こっそりと。
それが、大体二年ほど前の話。
私は現在、15歳の少年『アレク』として海賊船に乗っている。勿論、乗船員としてだ。
家を出たあの日、この船の副船長だったドミニクさんに連れられて、私はこの海賊船にやって来た。リアル海賊にテンションが上がりまくっていたことは否定しない。
しかし船長さんを一目見た瞬間、私は電撃が走ったような感覚に陥った。私は彼を知っていた。無論、ゲームで見たことがあったのである。
『ここで働かせてください!!』
『えっ?』
『あ゛?』
『ここで働きたいんです!!』
『突然何だコイツ。まず名乗れ?』
『アレクです!13歳です!!ここで働かせてください!!』
『……ドミニク?』
『はっはっ。流石に想定外』
正直、私の第一印象はイカれたガキかおもしれー奴、のどっちかだったと思う。そして、限りなく前者だっただろう。
彼の名前は、ロクサス・サッチ。世界一恐ろしい海賊と名高い、夜波の海賊団船長だ。ちなみに、夜波と言うのは誰かが勝手に付けた呼び名らしい。恐らくだが、船長の髪と目の色に由来しているのではないかと思う。
そんな恐れられている海賊団だが、実は今から約一年後に崩壊する。ゲームのイベントでヒロインや攻略対象と敵対し、船長が捕らえられて処刑されるのだ。
運営は何故そこまで登場人物を処刑したがるのだろう。正直私は、シナリオ担当に悩みでもあったのかと本気で疑っている。
ともかく海賊好きの私にとって、ついでに処刑仲間としても、彼らとの出会いは幸運以外の何物でもなかった。
あの後、某アニメ映画と似たようなやり取りを何度も繰り返し、どれだけ脅しても私の意志が変わらないことを察した船長が折れた。粘り勝ちした私は、見事この船に乗ることになったのである。
「――……ぃ…」
そして私はコツコツと雑用をこなし、キッチンで(他のクルーと比較したら)美味しい料理を作り、嬉々として甲板を走り回った。そんな私を見て、はじめは訝しんでいた皆も次第に受け入れてくれた。
最年少と言うこともあり、今では皆の弟みたいな立ち位置になっている。もしくは親戚の子供みたいな扱いだ。
「……おい」
勿論、この二年間で性別がバレているなんてこともない。どうやら私は発育が悪いらしく、軽く晒を巻くだけで体型を誤魔化せていたのだ。
言動だって、前世のTRPGで鍛えたRP力をなめないでいただきたい。きっとどんな役だってこなしてみせ─
「聞いてんのかアレクゥ!!!」
「ひゃっ、ひゃいぃぃぃいぃ!?!」
突然の真横からの怒号に、体がピョンっと跳ね上がる。持っていた皿がつるんっと手から飛び出したが、声をかけてきた人物が間一髪のところでキャッチした。
そして二人でほっと息を吐く。海の上では、食料に限らずこういう備品も大事なのだ。しかし、ほっとしたのも束の間。皿を流し台に置くと、その藍色の瞳が私を射抜く。
「お前、ぼーっとし過ぎだろ。どんだけ声かけたと思ってる」
「す、すんません、船長…」
いつの間にか真横にいたのは、ロクサス船長だった。今日も、夜の海色の髪に朱色のバンダナが映えている。
私はそっと距離を取ろうとしたが、すぐに気付かれて距離を縮められた。ここ数日、私が彼を避けていたことに気付かれているのだろう。
ちなみに、私が幼いからだろうか。この船のクルーは皆、何故か私を甘やかす。弟扱いだと思った理由はそう言うことだ。
そして、その甘やかし筆頭がこの船長なのだ。
私の第一印象は良くない方だと思っていたが、彼は兄貴肌で面倒見がよいのだろう。ことあるごとに甘やかそうとしてくるので、ちょっと不満なこともある。
憧れもあるし、元々彼のことは好きなキャラだった。構ってくれるのは嬉しいし、私自身、彼に一番懐いているという自覚はある。
しかし、しかしなのだ。現在、私にはこの人にできる限り近づきたくない理由がある。
「やっぱりお前、この前から血の臭いがする気がすンだが。まさか、怪我を隠してるなんてこたァねぇよな?」
「船長の気のせいなんじゃないっすかねぇ!!」
彼は海賊だ。血の臭いには敏感な職なわけで。そして、今の私の状態は察して欲しい。
そう、性別バレの危機なのだ…!!