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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

泥船

作者: 泣西 有頭

真実とはままならぬもの


その時々によりとある真実に人々は熱狂し、驚嘆し、絶望する


真実によっては知らぬが仏、公開したほうが不幸になる人が多くなるものもあるだろう


それでも人は、真実を求める


何故なのだろうか、騙されたままではいけないのだろうか


真実が好きだからか、嘘が嫌いだからか―

 目覚まし代わりの五月蝿い蝉の音が俺の目を覚まさせた。やれ、これだから夏は嫌いなんだ。

 目を覚ましてすぐ、枕がびっしょりと濡れているのに気づく。そうして夏の暑さを実感してしまっては二度寝なんて不可能だ。いや、そっちのほうが都合がいいか。

 それでも少しばかり寝転んでいると、まるで怠惰な俺を叱るかのように目覚ましが鳴る。天羽渚、仕事へ行く時間だぞとでも言っているのだろうか。余計なことを。立ち上がって少し遠くにある目覚ましを止めると、憂鬱な気持ちが心に湧き上がる。毎日ここで、仮病を使おうか悩むところだ。

 いつも通り会社に行く支度を済ませる。社会人になって1年もすれば支度なんて朝飯前だが、憂鬱な気持ちはおそらく50年後も無くなることはないだろう。そうして時計を見ると8時50分。

 うちの会社は9時スタートだ。あと10分しかない。別に会社は家に近いわけでもないし、間に合わないんじゃないかって思うか?ところがどっこい、文明の利器とは素晴らしいもので。

「今日も会社頑張るぞー」

 そう言葉に出すことで多少なりとも自分を鼓舞する。そうして家を出て数分したところに『泥舟』がある。

 泥舟――その性質上、一瞬で移動できるからつけられた名前なのだろうか。正式には「瞬間移動装置」、正式名称すらどこか本の世界のような名前だ。ここまで言えば流石に分かったと思うが、とても分かりやすく言えばどこでもドアだ。この転移技術は悪用がなんやらなどいろんな国の事情で仕組みが公開されていないが危険な使われ方をした事例は一度もない、極めて安全な移動装置である。

 見慣れた建物の見慣れたカプセルに付いているパッドをいじる。定期をかざすと時間指定で予約をしているためするすると手続きが済む。

『天羽渚様の人体構造のスキャンが終わりました。ただいまより転移を開始します』

 ああ、会社面倒くさいな。そんな事を考えていると、急に後ろで見慣れない火花が散る。

 なんだ――そう思った直後、俺が入っていたカプセルのドアが開き、少しばかり目の前を電流が走る。

『ガスへの引火を確認。消火を開始します。』

 そんな恐ろしいことを言い出す機械から俺は条件反射で外に出た。危ない、こんな事故に巻き込まれるとは。こんな事故は今の今まで聞いたことなかったのだが、何のガスにどういう理由で引火したのだろう。瞬間移動装置なんてものは危険そうに見えるが、転移後に記憶が失われるなんて事故が飛行機墜落位の確率でたまに起こるが死人は不思議と出たことはないし、事故によって起こる記憶障害に関しても適切な治療をすれば戻るらしい。記憶が手術で戻るなんて想像もつかないが、科学の発展は素晴らしいな。

 そんなことを考えていると急にドアが自動的に閉まり、電気が消える。ああ、これは遅刻かな。少しできた暇な時間を持て余していると天井から見知らぬ男の声が聞こえてくる。

『ご不便をおかけしました、急遽別室を用意しますのでお待ち下さい』

 まあ遅刻なんてしたこと無いし、これからも早々しないだろうから大して気にしてないけど。そんな事を考えていると、何故か目の前のカプセルが光り始め――

「,,,,,,子供?」

 しばらくすると中から子供が出てきた。

 それが原因なのか結果なのかは分からないが、先ほどのエラーに関わっているのは明らかだった。

 その子供がどこかで見覚えがある顔をしていたが、どうしても思い出せない。

 急に目の前に現れた子供に少し驚いたが、何らかの理由で転移所に紛れ込んでしまったのだろうと結論を立てる。

「君、名前は?」

 その答えが。


「えっとね,,,,,,天羽渚」


 俺の人生を狂わせた。




 同姓同名か、珍しいな。まずそう思ったが、その瞬間この顔をどこで見たのかを思い出す。

「,,,,,,こいつ、アルバムで見たぞ」

 アルバムとは勿論俺の家のアルバムである。そうだな、この状況に結論を出すとしたら「昔の自分が、目の前に現れた」だろう。顔も名前も似てるそっくりさんなんてものではなく、見た目が完全に「俺」だった。

「どうしたのお兄ちゃん、具合悪いの?」

 俺は思わず頭を抱えるが、心配そうに見てくる「俺」に話しかけられ、情報を整理しようとする。何から聞くべきだ?まずは――動機とかか。

「えっとね,,,,,,じゃあまず、なんでここに来たのか、理由とかある?」

 今となっては有名になった話だが、相対性理論というものがある。簡単に言うと、光の速さを超えた物質は未来へ行くそうだ。文系だからよく分からないが、瞬間移動装置と言うなら時と関係あってもおかしくはない,,,,,,のかもしれない。何らかの事情で、過去の俺が連れてこられたとかか?いまだ時を戻す技術なんて無いが、これはどう見ても誰かが意図的に起こした状況ではないだろう。

「ううん、わかんない。えっとね、名前くらいしか覚えてないの。」

 その言葉に俺はまた頭を抱える。記憶がないってことは、ただ過去から来たわけじゃないってことだ。やはり文系社会人である俺にこんな未知の理系の難題が解けるはずもないし、この子がここに来た理由を突き止める義務もない。俺がすべきは、この子を然るべきところに引き渡すことだ。

 上目遣いで眺める「俺」を見て俺は少し思案する。適当に交番に行って警察に引き渡してもいいが、俺にはもっと信用できるツテがある。そうして会社へ欠勤連絡をしたあと、長い友人である彼女に電話を入れた。




 家に着くとブラウンジャケットを着た黒髪黒目の女が玄関に不機嫌そうに立っていた。

「人を呼び出しておいて私より遅れてくるなんていい度胸ね。こんな厄介事に巻き込んでくれた礼はいつかしてもらうからね?」

 そう叫ぶ彼女の名前は河村陽花。俺の幼馴染であり――警視総監の実の一人娘、彼女自身も若くして多くの業績が評価される警視である。

「頼れるやつがお前しかいなくてな。仕事も今日は休みって聞いていたし、しばらく会ってないから会いたかったのもあるぞ」

 俺がそういうと途端に機嫌が良くなる。こうも単純だと悪い男にひっかけられそうで心配になるが親が親だし大丈夫だろう。

「じゃあいきなり本題に入りましょう。電話の内容はふざけてるんじゃないかって内容だったわけだけど、確かにこの子昔のあなたにしか見えないわね,,,,,,。私は家と職場が近いから使ったことがなかったけど、やっぱり転送装置なんて怖くて一生使えないわ」

 おそらく俺自身よりも俺の顔を見てきた陽花がそう言うということは、やはりこの子供は俺なのだろう。

 その後少しだけスマホをいじった陽花が少し困ったような顔をする。

「こんな事例、聞いたこと無いわね。とりあえず父さんに連絡をいれて、小渚を引き取った後に色々調べてみるけど期待はしないことね」

 そういって陽花は「俺」――呼び名は小渚にしたようだ――を抱きかかえる。小渚は少し彼女に甘えるようにするとまた上目遣いで口を開く。

「お姉ちゃん、どっかで会ったことある?」

 そう言う小渚を陽花が「かわい―!」なんて言って抱きかかえる。質問に答えてやれよ。

 とりあえずしばらく小渚をうちで匿うことにした俺達は家にある非常食からビスケットを取り出して分け与える。

 美味しそうにビスケットを食べる小渚は我ながらとても癒された。

「結婚したらこんな感じなのかなあ,,,,,,」

 癒されたような声を出す陽花を見ると、向こうは何故かこっちを見ており、思わず目が合う。

「あ、いや、そうじゃなくって!いやそうじゃないこともないんだけど結婚したらっていうのは言葉の綾っていうか,,,,,,」

 よくわからない弁明をしながら顔を赤くする陽花を放置し、小渚の頭を撫でる。お腹が膨らんだからか今度は眠くなったようで、うとうとと半目で椅子にもたれかかる。今日は欠勤届も出したし、起きたらこいつと遊んでやってもいいだろう。

 すると俺の家のチャイムが鳴る。誰かが訪ねてきたようだ。

 玄関に向かい、少し後ろをついてくる陽花と一緒に対応に出る。

「はい、どちら様ですか?新聞はいりませんよ」

 言ってから気づくが目の前の男は明らかに新聞売りなどではなかった。見覚えのある青い服に藍色の帽子。どうみたって警察官だった。


「あなたの家に匿っている天羽渚くん――少年の方の引き渡しに来ました」


 随分と早い到着に何故か陽花が突っかかる。

「ちょっと、どういうこと?まだ連絡を入れてからほんの少ししか経っていないんですけど。こんなどうみたって前例がない事象、普通もっと念入りに調べることを調べてから引き取りに来るのが筋じゃないの?こんなに早く引き取りに来るなんて不自然にもほどがあるわ」

 警察官は顔色を変えず数枚の紙を手渡す。

「この事件が起こる前、とある大きい事件の捜査が進んでおりまして、お宅の天羽くんがその事件の有力な証拠である可能性が高いと判断したため引き取りに来ました。詳しくはこちらの資料をお読みください」

 陽花は白い紙の真ん中に黒文字で「泥舟事件」と書かれた紙を受け取ると、中を覗き,,,,,,暫くして紙を地面に落とす。

 そんな彼女の様子は明らかに動揺しており、何かを恐れているような、絶望しているような、そんな顔をしていた。


「見ちゃだめ。機密事項よ」


 俺が紙を拾おうとすると彼女が止める。彼女の目から涙が溢れ出し、何故か俺の手を繋ぐ。彼女の様子を見ていた警察官が顔色を変えず口を開く。

「お気持はわかります。そちらのの天羽くんを引き渡してくれれば、我々が泥舟事件の主要関係者達を全員きっと『死刑』にしてみせます。ご協力よろしくお願いします」

 そう声をかけられた彼女は肩を震わせ、黙って小渚を差し出した。




「空間転移装置泥船計画全容」 P3


 これまで話した空間転移の問題点の中で特に重要なのが巨大な物質の移動事のずれだ。やはり大きな物質を寸分の狂いなく離れた別の場所に移動させると身体の何処かがずれ、ばらばらになってしまう。もし成功したとしても莫大な費用がかかっては意味がない。そこで私たちは画期的な方法を思いついた。まず転移前にその対照である人間をスキャンする。そしてその体中の原子配置を把握し、全く同じ身体を転移先に生成する。そうして残った人間を毒ガスなどを用いて殺害すれば、完全な転移が行える。材料は殺した人間から調達すれば問題はない。記憶などはその日その日でスキャンしなければならないが、大まかな体のつくりは「定期」としてDNAを記憶させておき、それをもとに近い年齢になるまで人工胎児を成長させる。その後細かい記憶などの調整を差し込めば問題はない。もともとの原材料についてだが登録費用と称して人間の材料費、5万6285円を請求するようにする。そうすれば機械さえ製造できればほぼ値段をかけず、人を転移させる装置を作成できる。これを同じような発想の哲学問題、スワンプマンとテセウスの船から名前をとり、

 泥舟と名付け――    P4に続く

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