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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

砂色の楽園

作者: すずきあい


砂漠と言うほどではないが、乾燥に強い小さな植物が僅かに大地に這うように点在している荒野。


そこには幾つかの小さな国が存在していて、少しでも良い領土を手に入れようと小競り合いの続く大陸だった。海を越えればその向こうに水も緑も豊かな楽園があると伝えられていたが、そこに到達するだけの技術も食糧もない人々は、日々を生き延びるだけで精一杯の生活であった。



その中のある小さな国では、人々は魔物の血を引く馬をとても大切にしていた。


通常の馬では乾きに耐えられず長く生きることは出来ないが、魔物の、砂漠で生まれ育つという馬に似た魔物は特に生命力が強く、それを馬と掛け合わせて血を繋ぐことで人の助けとなり、やがて友となった。


その国では男の子が生まれると魔馬と呼ばれる魔物の血を引く子馬を贈る。そして共に育って、成人すると国を守る兵士として戦う役目が与えられるのだ。


それは王子であっても例外ではなく、この国の王太子も魔馬を与えられていた。


この国の王族は、金の髪を持ち真っ白な毛並みの魔馬を与えられるのが慣例だった。しかし、この王太子は金髪ではあるがどこかくすんだ砂のような色で、与えられた魔馬も似たような砂色をしていた。


間違いなく王と王妃から生まれた王子ではあったが、その髪色故に幼い頃から両親からは遠ざけられて育った。その後に生まれた弟の方が輝くような金の髪をしていたことから、彼らの愛情も、美しい白い子馬も全て弟の元に集まっていた。


兄王子は王太子ではあったが、そのうちに何らかの理由で弟が王になるのだろうとすぐに理解して、日々人の輪から外れたところで生まれた時から側にいてくれる唯一の友である砂色の魔馬と過ごしていた。



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「身代わりじゃ大した役には立たねえな」

「魔馬でも手に入りゃマシだったが、こんなのの一人じゃ生かしておくだけ無駄だな」


兄王子は、遠駆けがしたいと無理を言い出した弟王子に付き合って、供の者数名と国境の付近に来ていた。最近はそこに盗賊団が出没していると噂があったので反対をしたのだが、却って弟を刺激してしまったらしく、周囲も止められなかったのだ。


そして案の定、無茶をして国境を越えかけた弟王子は盗賊団と鉢合わせてしまったのだ。盗賊団と言っても戦い慣れた者達と人に守られていた王子とではあまりにも力が違い過ぎ、弟王子はあわや捕虜になる寸前、兄王子はそこに割り込んで自身が怪我を負って落馬してしまった。

それを見た弟王子と供の者は一目散に逃げ出し、残されたのは兄王子と彼の愛馬だけになった。兄王子はいつかこんなことが来るだろうととうに覚悟はしていたので、咄嗟に自分の愛馬に鞭を入れてその場から離脱させ、彼一人が捕まったのだった。


「まあ待て。あの国に出した手紙に書いた期限は明日の朝だ。それまでは殺すな」

「来ますかね?」

「逃げたヤツの中に金の髪の者がいた。王族の共をしていたくらいだから、それなりの地位か家柄の筈だ。少しくらい融通をしてくれるだろう」


盗賊団は、隣国の王族が金の髪をしているとは知っていたが、まさか王太子がこんなにくすんだ髪色とは思っていなかったのだろう。彼を人質に取って、食糧や金品を引き換えに差し出すように要求したのだ。


兄王子はすぐに殺されなかったことに僅かに安堵したが、きっと出した手紙の返事は来ないだろうと理解していた。いつか弟王子が成人すれば厄介払いされるだろうと思っていたが、それが思ったよりも早まっただけだ。手紙を受け取ったところで誰かが来る筈もなく、明日の朝を待って尽きる命だ。


(ああ…それでもアイツだけは逃せたから、それだけでいい)


ずっと共に育って来た砂色の魔馬に彼は思いを馳せた。魔馬は王族に献上する毛色は持ち合わせていなかったが、非常に賢く勇猛で優しい一番の友だった。きっとあれだけ賢ければ、新しい主人に大切にされるだろう。そう思うだけで、彼は心穏やかになることが出来たのだった。



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いつの間にか眠っていたのか、不意に大きな音で彼は目を覚ました。


縛られて身動きが取れなかったが、周囲で盗賊達が走り回っているのは見えた。


「あれは百騎は下らねえ!」

「まさか王族が直接来るなんて聞いてねえぞ!」

「弓矢を放たれる前に逃げるぞ!!」


そんな叫び声を聞いていると、急にグイ、と体を引き上げられて強い力で押し出された。怪我を負っていた足ではまともに立つことは出来ず、そのまま地面に転がる。


「お頭!?こいつを人質には…」

「足手まといはいらねえっ!それくらいならこいつを介抱させてる間に距離を稼ぐぞ!」

「へいっ」


そんな会話を耳にして、兄王子は信じられない思いで目を見開いた。まさか自分を救出しに王族が兵を出したと言うのだろうか。しかしそれを問い質そうにも、盗賊達は我先にと荷物をまとめてあっという間に逃げ去ってしまった。



残されて地面に転がったままの兄王子はしばらく横たわっていたが、周囲は静けさが訪れただけで何も起こらなかった。どうにか体を起こすと、盗賊達が野営していた場所から少し離れた高い岩場の向こうから、土煙のようなものが上がっているのが見えた。そしてその一番高い岩の上に、何か白いものが立っている。それは夜目でも分かる、白い魔馬の形をしていた。


「まさか…!?」


白の毛並みを持つ魔馬は、自分以外の王族が所有している。まさか誰かが自分の為に軍勢を率いて助けに来たのだろうかと目を見張った。しかししばらく経ってもその白い魔馬の影は動くことはなく、後ろでもうもうと立ち上っていた土煙は収まりつつあった。


よく分からないまま兄王子は周囲を見回すと、盗賊が落として行ったらしいナイフを見付けて拘束されていた縄を解いた。そして痛む足を引きずるようにして、ゆっくりと岩場に向かって歩き出した。



「…!お前…」


彼が時間を掛けてようやく岩場に辿り着いた時には、うっすらと空が白み始めていた。そしてようやく肉眼で確認できた時、そこにいたのは砂色の自分の愛馬で、唯一の友であったことを悟った。


不自由な体で何度も滑り落ちながら辿り着いた兄王子は、魔馬の体が小麦粉を被って真っ白になっていたことを理解した。体には人を乗せる鞍ではなく、荷運び用のロープが巻き付いていて、擦れた跡にうっすらと血が滲んでいた。その脇腹の辺りには、隷属の証として魔力で命令を聞かせる真新しい焼き印が押されていた。そして高い岩場の上から周囲を見下ろすと、岩の途中に引っかかって破れた小麦粉を入れた麻の袋が幾つも落ちていた。



夜の中で爆ぜた小麦粉が百騎もの大兵団の迫る土煙に誤解させ、その先頭を率いる者が真っ白な魔馬を有する王族だと思わせたのだ。それは奇跡としか思えない出来事だった。



「ああ…私の為にこんな姿になって」


おそらく、彼が逃がした後の魔馬は誰かに捕まえられて、持ち主がいないのを良いことに勝手に荷運び用の焼き印を押されてしまったのだろう。王族の魔馬ほどではないが、兄王子がしっかりと手入れをしていた為毛並みも体躯も美しかったので、きっと見付けた誰かが丁重に扱ってくれるだろうと思っていたのに、捕まえた相手には伝わらなかったようだ。

そして小麦粉を運ぶ仕事に付かされていたところを、彼を助ける為に逃げ出して駆け付けてくれたのだ。この焼き印は所有者の命令に背くと酷い痛みを生じさせるものだ。それにも関わらず、彼のいる場所へ来てくれたのだと悟った。


兄王子がそっと魔馬の体に触れると、その体は石のように冷たく、固くなっていた。ここまで自らやって来たとは思えないほど、その体は既に生命の兆しが無くなって久しい状態だった。唯一の友は、ただ静かにその場に佇んだまま事切れていた。いや、もしかしたらここに到達する前にとっくに命の火は消えていたのかもしれない。ただ、友の元に駆け付けるという意志だけで体を動かしていたのかもしれない。


「ありがとう…お前は私の生涯の友だ…」


朝日に照らされた魔馬の黒い目は微かに濁り始めていたが、兄王子の目にはどの宝玉よりも美しく映ったのだった。



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国境の何もない岩場に、いつからか小さな石碑が置かれていた。その石碑には「生涯の友に捧ぐ」と刻まれていて、誰が供えているのか分からないが花が絶えることがなかったと言われている。この辺りは荒野で、その花がどこから持ち込まれたのかは知る者はいなかった。


やがて供えた花が根付いたのか、少しずつではあるがその石碑を中心に緑が広がり、今ではこの辺りは最も豊かな「楽園」と呼ばれる美しい土地に変貌した。その土地を奪おうとやって来る者もしばらく絶えなかったが、不思議なことにそういった者はこの土地に足を踏み入れることが出来なかった。



今もその土地は誰のものでもなく、疲れた旅人や魔馬の為の憩いの場として夢のような平和に満ちていると伝えられている。


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