二度目の闘神戦
イェシカの南西に、隣国コベットに食い込むように領土がある。以北は川を挟んで国境としているのに対し、川を越え、湿地帯から鬱蒼たる森、そして高い山の峰までがイェシカの領土となっている。農耕用としても、人の住む場所としても適さないので、利用価値のあまりない地帯だが、ただひとつ、有益な港町が存在する。
広い湿地帯が作った遠浅な海は、大型船が行き来するのには危険すぎる。だが、その港のある小さな半島からは深い海が広がっており、以後断崖絶壁の海岸線の続くコベットへの航路を考えれば、大型船はここで水や食料の補給をする必要があるので、それなりに需要のある港になっている。
ただ、それ以外の利用をされないので、商業的にはそれほど発展の望みもなく、船の行き来の割には小じんまりとした港町が形成されている。
その港町を見下ろす峰に、イェシカの闘神茉莉は佇んでいた。
時刻は夜半を過ぎ、月のない空に星星が無数の瞬きを繰り返し、地上の黒さとの対比で、まるで空が海で、陸地が空虚な空のような錯覚さえ覚える。
傍らに寄り添う人は先程から何も言わない。
茉莉ほどの視力がないので、もしかするとこの絶景は彼女には違う風に見えているのかもしれない。茉莉がそんな事を考えながら、隣の気配をさぐっていると、唐突にその人の唇から言葉が漏れた。
「マリ様、コベットの王は来て下さると思います?」
「うーん、シンシアの心証は五分五分って感じみたい」
「そうですわね。親切心で親書を持って来て下さったのに…もしかするとお怒りになってしまわれたのかも…しかも色々と注文までつけてしまって…」
「でもさ、こっちは国家機密を明かして、正直に初戦済んじゃいましたって誠実に答えたわけだから、あっちの王様が来なくても、怒ってるとは限らないんじゃないかな?
シンシアもクリスティーナもコベットの王様はいい人だって言ってたじゃん」
茉莉とこっそり王城を抜け出してきた女王、クリスティーナは先日、コベット王から2度目の密書を受け取った。
内容は、初戦の決まらぬイェシカの闘神へ、こっそり初戦をプレゼントしますが受け取りますか?どうしますか?というものだった。
本来なら、対外的には秘密とはいえ、初戦済みなので、諸外国に発表できない闘神戦など、ここは遠慮する所だが、茉莉とクリスティーナは是非、この闘神戦を経験したかった。
条件と場所の提示もこちらの希望に叶っていたし、なによりコベットの闘神が初戦を戦ったという相手が、彼女たちの興味を引いたのだ。
「いい人と言うと、都合のいい人と変換され、特に男の場合は女性にいいように利用されるだけの男という意味もあるのですよ、お譲さん方」
不意に声を掛けられ、茉莉とクリスティーナは仲良く3センチ位飛び上がった。
茉莉は今立っている所がコベット闘神用のパワースポットである事は知っていたので、注意を払っていたが、声がしたのは空からだった。
「驚かせてすみません。聖地の利用履歴を探られないために、他の聖地から飛んできたのでね」
そう言いながら地上に降り立った男は、ちょっと格好悪い事に、もう一人の連れの男にしっかり抱きかかえられての登場だった。
険しい峰を、断崖絶壁を登らず訪れる事ができるのは、鳥と闘神位のものだ。
茉莉達の目の前に立った男はどちらも、年の頃はファーナムの闘神と同じくらいで、声を掛けて来た男は茉莉の頭1つ分程長身、抱きかかえられていたので、これがコベットの王であると知れた。
もう一人はその男のもう頭1つ分背が高い。堂々たる体躯に似合いの無駄を過ぎ落としきった男らしい面構えをしている。そしてその背に、星明かりに鈍く光る大剣を背負っていた。
「ダリウス様、この度はわが国に多大なるお慈悲、感謝します」
クリスティーナは深々と頭を下げてコベットの王に礼を言った。
女王が頭を垂れるのを初めて見たが、土下座までされた茉莉は、それほどの事とは思わなかった。
「いけませんっ女王、例え闇夜であろうとも、その様な姿、天の下で見せてはなりませんよ」
「はい、陛下若輩ゆえ、気概が足りませんでした。
戦で負ける以外で、王が頭を垂れるのは、己の闘神のみですものね」
コベットの王が慌てて言うのに、ゆっくりと頭を起こしたクリスティーナが花が綻ぶような笑顔を返したので、ホッとした雰囲気が王から感じられて、茉莉は非常に複雑な気持ちになってしまった。
この王がほんの1年前にクリスティーナにプロポーズした男であり、その半年前には、なんと婚約者だった時期もあるのだ。そんな男が、シンシアやクリスティーナ本人が言うように、本当に「よい方」っぽいので、面白くない。でも、なんで面白くないかと問われると、茉莉には答えようがないのだ。
ただただ、胸がザワザワするとしか言いようがない。
ふと視線を感じて目を上げると、コベットの闘神が『うんうん分るよ』という顔でこちらを見ていたので、茉莉は益々いたたまれなくなった。
―――コベットの闘神さん、そんな渋い男前のあなたもですかっ!恐るべし闘神体質!
「さて、イェシカの方々には、時間がないと聞いている。
今本陣を離れるのも危険とお感じとか……。
我々はあなた方の仮想敵国と何の対立もしていない身、相手の闘神の情報はお渡ししかねるが、我が闘神ファルが剣で語るは言葉に非ず、存分に腕試しされよ」
「ありがとうございます」
クリスティーナはわずかに瞼を下げて応える。
「では、合図は両の者が構えた時で」
「承知」
「はいっ」
コベット王の指示に、2人の闘神が答える。
お互いに目立たぬように着ていた外套を脱ぐと、茉莉もファルも実戦用の武具と闘神衣をまとい、茉莉は今日初めて実戦で使う神刀を携えてる。
外套をそれぞれが王と女王に手渡す。コベットの王は自国の闘神へ信頼を託す視線を送り、それを糧にファルは闘気を高める。この闘神にしては珍しく、闘いの前にふと気になり、相手方を見て一時思考を停止させた。
星明かりの中、白いふんわりとした衣装の女王が、武具と裸同然の最小限の布を纏っただけの象牙色の肌の華奢な少女を、その細腕にかき抱いていた。
闘神を無双の神と知っていながらの壊れ物を扱うかのような優しい抱擁の合間に、女王の容姿に似合いの甘い声で、
「あなたを信じています」
と己の闘神の耳元で呟く。その言葉に闘神は女王に頬を寄せ「うん」と頷く。
闘いの前だと言うのに、あまりに美しく、甘やかな光景だった。
「あれはちょっと、反則だよなあ」
自分の王もどうやら同じ感想を抱いたらしく、素直に感想をもらす。
「私達でやったら、寒いですからね」
「いいなあ、可憐な乙女というのは最強だな。シンシアの言う通りだ」
王はため息をついて、せめてもと、己の闘神の肩を叩いて景気付けしてやった。
闘神達は己のパートナーからそれぞれ遠く離れると、相手の間合いを予想してここと定めた位置につく。
まず、ファルが構える。長大な剣を軽々と正面に構え、茉莉を誘う。
茉莉は闘神にしては珍しく、鞘を背負ってのスタイルだ。神刀も鞘も、闘神神殿の逸品、茉莉のためだけに作られたそれは、美しい刃を相手の闘神にゆっくりと見せつけるように抜かれる。
左右から抜かれた神刀は、他に例のない二刀流だ。ファルのものと比べると美しいが、玩具のように小さく、脆いように見える。だが、闘神戦で見た目程あてにならないものはない。
ファルが初戦後、闘神戦を理解し、次は負ける事はないと挑んだ2回目の試合の相手は、茉莉の父亮だった。初戦と違い、身長も体重も遥かに自分に劣る亮は、今の茉莉よりはましだが、それでもファルに闘いを躊躇させる程華奢な少年闘神だった。
だが、結果ファルは負けた。召還1年のファルに少年に見える闘神は、手ほどきするように闘ってくれさえしたのにだ。
闘神の強さを読むのは不可能。刀剣を交えてその時にやっと気付くのだ。
今回、ファルの役目は、彼が初戦で闘った相手の太刀筋の再現だ。彼の実戦用神刀と、その闘神の物はよく似ている。初戦から4年、今のファルであれば不可能ではない。闘神としての実力は模す事は出来ないのだから、この試合に意味があるかは、茉莉しだいとなる。
あの時も、相手はファルから仕掛けるのをじっと待っていた。
今まで会った事のある闘神は皆そうだが、己の王と国を護るため心血を注ぐ定めからか、その力に慢心したり、驕ったりするような者はひとりもいない。
程度の差はあれ、誠実で、神とはいえ、人の心を理解する優しさをもつ者ばかりだ。
初戦の相手も、初手からファルを打ちのめそうとはしない優しさがあった。深い瞳で同族に理解を示し、血みどろの闘いへ、ゆっくりと導いてくれた。
その彼に敵対するかもしれない少女闘神へ、肩入れするのは心苦しい気もするが、王の望みとあらば応えなければならない。
少女の構えはゆっくりとした所作で、美しい形を作って止まった。
少女闘神自身も可憐で、美しい。その姿はまるで舞の始まりのように見える。
茉莉は意識して完璧な左右対称の美しい構えをした。
最初の構えは闘神戦で何の効果もないだろうが、もしここが戦場ならば、自軍の兵士にどれほど勇気と誇りを感じてもらえるかが大事だ。
ファーナムからヴォルフラムのもたらした情報は、クリスティーナにはすぐには信じられないと言われたが、妖精の国から帰って来た灯明妖精リリーの情報がそれを裏付けし、やがて被害者がイェシカに還り、尋問に答えた事で、茉莉とクリスティーナだけで処理する事ではなくなった。今イェシカでは不測の事態に備えてある地方の強化が行われている。
茉莉も城に常駐し、何かあればすぐに駆け付けるようにしたい所だ。
だが、目の前の闘神ファルが茉莉にその大剣で語る言葉を聞きたかった。
今、ファルにどんな負け方をしてもいい、だが、次に闘うかもしれない相手には万にひとつも負けたくない。
『あなたを信じます』
何度も、何度もクリスティーナから送られた言葉だが、その度に、まるで新しい、初めて知った言葉の様に胸が震えるのを感じる。そして、クリスティーナを、イェシカを護るという気持ちも同じだ。
『あなたを護る。たとえこの身が砕けても』
人の通わぬ頂で、数多の星のみが見守る中、茉莉の二度目の闘神戦が始まった。
年齢制限なしの限界に挑んでおります……大事な事は、小学生にも理解できるGLでなく、小学生が読んだとしても問題にならないGLです…。大人の皆さんには、妄想力という子供にはない翼があるとですよ!『私はあなた方を信じています( ー`дー´)キリッ』




