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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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春の空

 アルモナエの町近くのパワースポット以後、時計回りに国境沿いを一周する計画を立てた茉莉とリリーは、国境になっている川の上流まで半日で進み、その後この計画の困難さに気付いた。パワースポットは確かに国境沿いに多数存在しているが、それを結ぶ道は存在しない。それぞれに最寄の街道は存在するが、そのまま外国へと繋がるものがほとんどで、国境を回ろうとすれば、道なき道を進むしかなくなるのだ。

 そうなると、流石に時速60kmで走る事はできなくなる。父の残したスクロールに記載されていたおすすめルートは王都テューネ発の各街道沿いにパワースポットを開通させていくものだが、その方法では夜間城に留まる茉莉の場合、国境沿いのパワースポット全てを回り終わるのに少々時間がかかってしまう。

 クリスティーナの説明によれば、隣国との関係は安定しており、各国に送っている間者からも、イェシカの国王交代のごたごたの間でえ、特に変わった動きのなかった事が報告されているらしいが、有事に国境を割られでもすれば、国民に被害が出てしまう。いくらクリスティーナを守りさえすれば、後々巻き返す事が出来るとはいえ、そこで損なわれた命や人心の傷は修復できないのだ。

 闘神となったからには、最善を尽くす。茉莉はそう心に誓っていた。

 闘神パレードで多くの人々から歓迎を受けた時、それまでは、クリスティーナを護る事が第一で、その付属で彼女の治める国を護る事を意識していたに過ぎなかったが、観衆ひとり一人の顔を見ながら、その個々の暮らしを思うと、その重大さに気付かされたのだ。重い、とても重い責任だが、闘神として自覚するようになった茉莉は、それに伴う精神的な圧迫をあまり感くなっていた。それどころか、クリスティーナや国民の自分に対する信頼が、そのまま力になって体に蓄積されるような、不思議な高揚感を感じたのだ。

 おそらく、クリスティーナとの心のつながりとやらに由来するのだろうが、生まれてこの方、護られる事はあっても、その逆はあまり体験した事のなかった茉莉の内面は、劇的に変化していた。アルモナエでシンシア・リンドを止めたのもその現われだ。

 シンシア・リンドは悪意のない密入国者だったが、皆が皆そうとは限らないだろう。密書事件の事もあり、茉莉の国境に対する警戒心は高まった。

 そんなわけで、道がなかろうと、なんだろうと、最短で国境沿いを一周するつもりの茉莉は、胸ポケットのリリーに話しかけた。

「もう川もなくなっちゃったし、道もないから、ここからは、飛ぼうと思うんだよね。人もいないし」

「そうですね、幸いそろそろ山が増えてきましたから、地図に照らして空からでもご案内できると思います」

 リリーは茉莉のスタンプ用の大きな地図とは別に、最近支給された妖精サイズの気絶しそうに可愛い精巧な地図と、コンパスを取り出した。

「マリ様、雲よりは低く飛んでくださいね」

「おっけ!」

 返事と共に、空へ舞い上がる。

 川の上流は豊かな山へ続く森林になっており、木々の上に出た茉莉は、緑の絶景にしばし見とれた。

「森が若葉色で、ホントにきれいだねー」

「この季節の森は特別なものがありますね。秋もまたすばらしいですが」

「やっぱり紅葉するの?」

「赤やら黄色やらになりますよ」

「おお~見たいなー」

 この一面の緑が色付くと、さぞ壮観だろう。

「見られますよ。マリ様はずっとこの国にいらっしゃるんですから」

「…うん、そうだね!」

 この先何年も、何十年も、クリスティーナと皆を見守るのだ。これから何度も、何度も、春を迎え、秋を待つのだ……。 

 

 茉莉が城の奥庭に帰ると、今日もクリスティーナが待っていた。

「お帰りなさい」

 女王としての公務がない時、クリスティーナは髪を下ろす。見事な金髪が彼女の頬を伝い、柔らかく体を包む。その姿が茉莉は大好きだ。

「ただいま。今日はついに空を飛んじゃった」

 茉莉の報告にベンチに腰掛けたまま耳を傾ける。

「緑の森ばっかりので、地図見てもよく位置がつかめないんだけど、リリーちゃんには分かるんだよね~」

「リリーはいつも大活躍ですね。ありがとう」

「いえ、妖精は飛びますので、俯瞰に強いだけです…」

 女王から礼を言われて、リリーは恐縮したが、その女王の部屋でお泊りまでした仲なので、硬さはそれほどでもない。

「空の旅ですか、楽しそうですね。私も仕事がなければご同行してみたいものです」

「わーいいねー、お休みの日があったら一緒に行く?」

「えっでもお邪魔では…」

「ぜんぜーん!クリスティーナも自分の国がすっごく綺麗なの、見てみるといいよ。もーねー感動するからっ!」  

 空の旅で見た、花畑や、動物、美しい湖の話を聞かせる茉莉に、「機会があればかならず」とクリスティーナは約束した。

 茉莉が報告を終えると、束の間静寂が訪れた。

 リリーはとっくの昔に仕事に帰り、東屋に2人きり。自然と昨日の事に心が向かう。

 クリスティーナにコベットの王様から求婚の手紙が届いて、その返事は保留のままだ。今も魔法使いのシンシア・リンドは国境でそれを待っているだろう。

「あのねクリスティーナ、昨日の…」

「昨日のお話なんですけど…」 

 2人はほぼ同時に話しはじめ、お互い話しの先を譲りあって、それが可笑しくて笑ってしまった。

「私、どうしたらいいのか、まだ迷っています…頭で考えてもだめなようです。

 お断りするのも、お受けするのも、どちらもいい事のような気がして。マリ様はその…今どのように思われてます?」

「あのね、あの、クリスティーナはその人の事、す、好きなのかな?昨日はさ、尊敬してるとかは聞いたけど、それも大事だけど、やっぱり私としては、そこも大事かなって…」

 実は茉莉は昨夜眠らず考えていた。そして、大事な事をクリスティーナに尋ねていない事に気がついた。

「好き嫌いで言えば、好きです」

 クリスティーナは照れもなにもない表情で答える。

「そう…じゃあいいのかも…っていうか、好き嫌いで言えばって、あの~食べ物みたく、そういうんじゃなくて、あ、あ、愛情とかっそういうのがあるのかなーって事なんだけど」

 茉莉の方は相当に歯切れが悪い上に、動揺しまくりだ。

「愛情…」

「ほら、その人と結婚するって考えた時に、幸せだなっとか、胸がその、きゅんってするとか、じーんってするとか?」

 クリスティーナは思案顔になってしばし考え込んだ。

「いいえ、私、あの方と婚約が決まりました時、仕事をやり遂げた充実感はありましたが、その様な気持ちにはなりませんでした」

 あまりにさばさばしたクリスティーナの感想に茉莉は悲しい気持ちになる。

「あのさ、クリスティーナは、誰か、好きになったりとかした事ない?あの、恋人とまではいかなくても、あの人いいなーとか、家族じゃなくてもその人とずっといたいとか、その人の事考えるとドキドキするとか」 

「それは…」

 今までの人生で、恋人などいなかったし、そんな風に思える相手はいなかったので、そう答えようとしてクリスティーナは、『そんな人いません』と言えない自分に気付いた。

 茉莉が言った人に心当たりがあるのだ。でも、今この問いに、答えていいものかどうか大いに迷う。言葉にしてはいけないのではないか、そもそも、そんな事を聞くという事は自分の気持ちにその人は気付いていないという事ではないのだろうか。

 クリスティーナは想い込めて、自分の闘神を見つめた。『それは、あなたです』と

 何か言いかけてそのまま沈黙したクリスティーナの真剣な眼差しに、それまで、ドライな物言いをしていた人とは思えない情熱を見た茉莉は目が離せなくなった。

 頬を染め、こちらを見つめる瞳に、荒野で闘神の力の源の話をしたときのクリスティーナの言葉思い出される。茉莉が、今日美しいイェシカの空を飛べたのは、クリスティーナが自分を信じているから。そして自分がクリスティーナを……。

「断っちゃおか!」

「お断りしましょう!」

 再びほぼ同時に言葉を発した2人は、言いなおしも、次に続く言葉をお互いに促す必要も感じなかった。

 ただ、頷きあって、晴れ晴れとした気持ちで咲き誇る花々の間を、手を繋いで城まで歩いた。

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